データは次の石油であるといわれ始めてから10年以上が経過し、データ利活用の重要性は広く知られるようになりました。多くの企業が何らかの形でデータの利活用に取り組んでいますが、世の中のデータ量が増えるにしたがって取捨選択の難易度が高まり、データの海でおぼれる企業も少なくありません。生成AIなど新しい技術が日々生まれる現代社会において、データビジネスの最先端では何が行われているのか?データの海の水先案内人たちに迫ります。

第2回は博報堂でAI・データサイエンスを用いてマーケティング課題を解決する専門チーム「データサイエンスブティック」を率いる髙栁太志氏。データを使った広告領域の分析だけでなく、生活者のデータに基づくサービス開発も行っており、最近は生成AIを使ったマーケティングの可能性にも積極的に取り組んでいます。そんな髙栁氏に今後のデータサイエンスの展望、クリエイターと生成AIの関係について伺いました。(聞き手:編集部毛利俊介)

髙栁 太志氏

株式会社博報堂
DXソリューションデザイン局/データサイエンスブティック リーダー

2011年博報堂入社。21年「Data Science Boutique」チームを立ち上げる。データサイエンティスト、データストラテジストが集うチームで、クライアント企業の課題をAI/データサイエンスを用いて解決するサービスを提供。マーケティングビッグデータの分析や戦略策定、課題を解決するAIの設計・開発を請け負う。

顧客のデータを活用し、新しいサービスを作る

――まずは貴社の「データサイエンスブティック」の業務について教えてください。

データサイエンスブティックは、データサイエンティスト、データストラテジスト、プロデューサーの3職種で構成されたチームです。

このチームの主な活動は、企業の顧客データを分析してマーケティング戦略を立て、そこから新しい顧客体験を構築するサポートを提供することです。例えば、マーケティング向けにCDP(Customer Data Platform)を導入する企業が増加していますが、そのデータを活用して企業にとって全く新しいサービスを開発し、顧客体験を向上させるプロジェクトにも参画しています。ここでの「顧客体験」とは、広告施策に限らず、オウンドメディアやオンオフの営業接点、新サービス開発など、あらゆる企業と顧客との接点でのUXデザインを意味します。

Data Science Boutiqueの体制
出所:株式会社博報堂

――具体的にはどのような取り組みをされていますか。

現在、ある住宅メーカーとのプロジェクトが進行中です。このメーカーは、新規事業としてIoTを利用したスマートホームサービスを提供していますが、この住宅には照明や玄関ドアの鍵などを操作するためのアプリが提供されています。このアプリを通じて、住まい手が照明を何時に点けた、消したというような情報が記録されます。これらのデータを活用して、住まい手の生活ニーズや不便をしっかりと理解し、1人ひとりに合ったサービスの提供を展開していこうとしています。

従来、住宅メーカーは住宅を建設して引き渡し後は、アフターサービス以外の顧客との接点があまり多くないビジネスモデルでした。しかしこちらの企業では、住まい手の生活を豊かにするために継続的なサポートを提供し、生活者に幸せをもたらすことをビジョンに掲げておられます。データとサービスの循環を生み出して顧客満足度を高め、長期的な関係を築くことを目指しており、この考えが生活者データに強い当社とのプロジェクトにつながりました。

生成AIとクリエイターとの関係性

――一般的な広告コミュニケーションとは違ったデータビジネスを展開しているようですが、データ分析をもとにしたコンサルティングに関しては競合他社も多いと考えます。その中で博報堂の強みはどこにありますか。

クライアント企業は様々な種類のデータを持っていますが、当社は特に生活者データの活用を得意としています。当社は以前から「生活者発想」をフィロソフィーに掲げ、常に生活者を中心に据えたビジネスを展開してきたため、生活者分析に対する自信を持っています。また、データ分析のみにとどまらず、顧客体験の設計や施策開発まで一気通貫で支援できることも強みにしています。

――一方で、広告会社はデータを積み上げていくロジカルな打ち手より、理屈ではなく心を動かすクリエイティブな領域に強いとのイメージがあります。データの利活用のビジネスを拡大していくことに対して、クリエイターから抵抗を感じたことはありますか。

当社のUX/UIサービス開発チームには、多くのメンバーがクリエイターのバックグラウンドを持っていますが、データの活用に対して否定的ではありません。むしろ、先進的な技術やそれから生まれる可能性に関心を寄せるメンバーが多いです。その結果、データとクリエイティブがうまく統合されています。

――ここ数年のAIの進化、特に生成AIの登場はクリエイターに相当な衝撃を与えたのではと想像しますが、実際にはどのように受け止めていたのでしょう。

狭義のデジタル広告のクリエイティブ制作において、生成AIの活用は不可避であり、今後ますます増えるでしょう。また、私が個人的に面白いと思っているのは広義のマーケティングでの生成AI活用です。

例えば、生成AIを使ったチャットボットを作る、対話型診断コンテンツを作るといった顧客接点において生成AIを使うことは、多くの企業やクリエイターにとって魅力的です。このようなプロジェクトを実現するには、クリエイターとデータサイエンティストの協力が必要であり、クリエイターたちは表現の幅を広げる機会として捉えています。特に、ノーコードで利用できるLLM(大規模言語モデル)の登場により、クリエイターたちの関心が急速に高まっています。彼らは好奇心旺盛で、中立的な考え方を持つため、生成AIがこの分野に急速に浸透したのでしょう。さらに、マーケティングプランニングの段階でもLLMを用いたコンセプト評価の研究が進行中です。

出所:株式会社博報堂

データを様々な企業で利活用し、さらに快適な社会構築に向けて

――企業が自社でデータ管理を行うのが当たり前になりつつある今、今後企業自体のデータ利活用はどうなっていくと考えますか。

企業のデータ利活用は手段であって目的ではありません。真の目的は、データを活用して顧客と企業の間に良好で持続的な関係を築くこと。特に、顧客データを保有する企業が、そのデータを使って顧客に対して価値のあるサービスとして還元することが極めて重要です。これが実現しない限り、データの収集と活用は本当の循環を作り出すことは難しいでしょう。結果として、企業が事業自体を変革し、生活者の暮らしを向上させるような価値の高いデータの活用が行われれば、社会全体がより良い方向に変わる可能性があると考えられます。

出所:株式会社博報堂

――様々な企業が、データを使って生活者にとって価値あるサービスを提供してほしいですね。

先述した住宅メーカーの事例においても、プラットフォーム化して外部のサービス事業者と連携し新しいサービスを提供する意思があります。彼らは自社だけが利益を享受したいという方針ではなく、ほかの企業との連携を重視しています。同様の考えを持つ企業が増えており、これが今後の社会変化に良い方向で寄与していくのではないでしょうか。