第1回 あらゆる人にデータという武器を――消費者意識データの組み合わせから見付け出す未来の可能性
データは次の石油であるといわれ始めてから10年以上が経過し、データ利活用の重要性は広く知られるようになりました。多くの企業が何らかの形でデータの利活用に取り組んでいますが、世の中のデータ量が増えるにしたがって取捨選択の難易度が高まり、データの海でおぼれる企業も少なくありません。生成AIなど新しい技術が日々生まれる現代社会において、データビジネスの最先端では何が行われているのか?データの海の水先案内人たちに迫ります。
第1回は消費者データ分析ツール「Knowns Biz」を提供しているノウンズ株式会社の代表田中啓志朗氏。データの集積と分析を行う企業が数多く存在するなか、ノウンズはどのように他社と差別化しているのか。また進化し続ける生成AIに対し、どのようなアプローチを考えているのか。さらに、リサーチ業界の未来についてお話を伺いました。(聞き手:編集部毛利俊介)
目次
田中 啓志朗氏
ノウンズ株式会社
代表取締役
慶應義塾大学卒業後、株式会社リクルート入社。ライフスタイル事業領域で事業戦略、マーケティング、新規事業立ち上げを担当。その後、AI系スタートアップでBizDev部門の立ち上げ、クリエイティブ系スタートアップで取締役CMO、CFOを担当したのちノウンズ株式会社設立。
集積された消費者意識データを「みんな」で使う
――「あらゆる人にデータという武器を」。これが御社のミッションですが、展開しているサービスについてご紹介ください。
多くのビジネスパーソンがデータの価値を認識している一方で、データ活用は難しく感じることもあるでしょう。しかし、データは非常に強力で、推論や説得、人間の認識では見えない相関性を見付けるのに役立ちます。
一方で、データを活用できる人は限られています。そんな現状を変えるため、当社は「Knowns Biz」というサービスを提供し、サブスクリプションで累計何十億という膨大なデータを誰もが使える環境を提供しています。
当社が集積しているデータは、消費者との接点に関するものです。これらのデータを組み合わせて、企業のニーズに合った結果を導き出せば新しいプロジェクトのエビデンスとなり得ます。消費者の生の意見から統計的に最適なアイデアを見付けるデータ分析はこれまでになかったものであり、その領域にフォーカスした「Knowns Biz」だからこそ、多くの企業から需要があると考えています。
――リサーチツールとして真っ先に考えられるのは広告、マーケティング領域での活用ですが、そういった分野の顧客が多いのでしょうか。
初期の顧客はまさに広告、マーケティング業界の会社が多かったのですが、現在は広告代理店だけでなく、メーカーやサービス提供企業などBtoC企業からの需要があります。つまり大量の消費者意識データを分析し、プランニングを行いたい企業なら、どこでも活用できるサービスになっています。
また、現在の状況を見ると、このサービスは主にマーケティング、営業、商品企画の3つの用途で利用されています。特に営業の分野では、最近はメーカーでも独自にデータ分析などを行うことが増えてきました。商談の際、相手を説得するための根拠として、当社のオープンなデータが活用されています。
――データ集積や情報分析サービスを行う企業は多いですが、そのなかにおける御社の特徴は何でしょう。
当社のオリジナリティは、消費者意識のデータにあります。私たちは幅広い領域のデータをカバーし、自社パネルも保有しています。そして、このデータを公開し、ユーザーにはそれらを組み合わせたり、自社データと結び付けたりするなど、自由に活用する機会を提供しています。現時点でこのようなポジションを築いているのは当社だけだと認識しています。
利用に高額な費用がかかり、限定的なデータを用意する従来型のリサーチ会社と異なり、当社はニーズの高い幅広いデータを大量に集めています。そして、それをサブスクリプションとして提供し、「みんな」で利活用していこうと考えています。このアプローチはまったく新しいビジネスモデルといえます。
これにより、コストが格段に低く、データの追加も迅速に行えます。そして何より、広範で大量なデータを結び付けることから、意外な関連性を見付け出し、異なる製品やサービス間の新しいビジネスのヒントを提供できます。関連性の薄い商品同士の間に相関性を見出す、そんなアプローチができるのは当社ならではと自負しています。
創造性に満ちた生成AIは脅威ではない
――生成AIの登場は、リサーチ業界にも影響を与えたと考えます。今後は、それを取り込んでビジネス発展につなげていくことになりますか。
もちろんです。リサーチ業務は、調査設計、データ生成、集計レポーティングの3つのステップから成り立っています。しかし、データ生成以外は将来的には生成AIに置き換えられる可能性があります。
ただ、生成AIにもできない領域もあります。例えば以前当社で検証した例ですが、データ生成部分の段階において生成AIを使い、デプス調査を行った結果、当初は「私は機械なので回答できない」との答えが出ました。しかし、人格形成的に情報を段階的に追加していくと、「この商品について、何でも聞いてください」というテンションに変わったのです。
このように疑似的な人格を作成してデプス調査を行うことは可能ですが、定量的な情報、例えば1,000人中800人がこう答えたという数の力を再現することはできませんし、それをAIにやらせてしまったら嘘になる。量的な評価が必要な部分では、生成AIによる置き換えは難しいでしょう。
そういった意味では、データ生成以外のプロセスでイノベーションを起こしている生成AIの発展は当社にとって追い風になっていますし、企業価値を高めることにもつながっていると考えます。
目指すのはデータビジネスそのものの発展
――リサーチ市場は着実に成長していると聞きます。その要因はどこにあるとお考えですか。
消費者意識データを集積するには、直接消費者にアンケートを実施する必要があります。このアプローチは長い間変わっておらず、今後も変わることはないでしょう。ただし、広範で大量なデータを1つの企業が独占する時代は終わりつつあると考えています。最近では、データ関連の企業は特定の分野に特化し、その専門性を発展させて差別化することが求められています。
データが過剰にあるため、ユーザーをどのように活用すべきかわからなくなる状況を整理し、より価値のあるプロダクトを提供することが求められています。それによって市場規模が広がっていけば、企業も我々もハッピー。当社は単独で市場を支配することを求めていませんし、大企業や新興のイノベーション企業と協業し、データビジネスそのものを加速させることを望んでいます。
――先日、大手通信キャリアがリサーチ会社を買収しましたが、キャリアを軸とした複数のデータプラットフォームができていくということでしょうか。
特化したデータを扱うデータ会社やリサーチ会社には価値があり、だからこそ自社内に取り込みたいというニーズも生まれつつあります。このため、M&Aが1つの手段として考えられて、特に消費者とスマホを通して密接に関係する通信キャリアがこのような動きを展開するでしょう。ただ、自社で何もかもを牛耳ることは、ビジネス的に閉じたものになってしまう。それを避けるためにも、M&Aを経た大手キャリアには内部からイノベーションを起こしてほしいし、それができる立場にあるのは彼らだと感じます。
データは価値があるものですが、そのデータをどのように活用し、どんな成果を出すのか、最終的には人間にかかっています。その部分をフォローする形でM&Aを実行したり、オープンシステムを活用したりする努力を期待しています。