全国には優れた製品・サービスなどを有しているにも関わらず次の成長を目指す際にキーとなる人材不足に悩む企業、またこれまでの多様な経験・知見を生活かす場を模索している経営人材が数多く存在します。
本シリーズでは大都市から地域に移って活躍している経営人材を取材し、キャリアや地域で働くことの魅力に迫ります。

※当記事は経営人材プラスに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

山本 達也氏

有限会社タックコーポレーション
代表取締役

2001年、福島県郡山市で東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)の独立代理店として創業。法人営業を主体とし、「お客さまの想い」に寄り添うことを目指す。中小機構が進める「事業継続力強化計画」の策定支援地方企業として、事業承継への関わりも深い。

学生時代の起業で営業スキルを磨き上げる

——まずは、今までのキャリアをお聞かせください。

私は生まれも育ちも郡山ですが、大学は東京の日本大学に進学しました。そして入った年の1984(昭和59)年に、旅行会社を立ち上げました。当時話題になっていた学生ベンチャーです。沖縄や与論島などのツアーを企画立案して、女子大などの前でビラを配ってダイレクトに募集をかけていました。資金調達からツアーの仕入れまで全部学生が運営していましたが、これは当時では稀なケースだったようです。学生社員も20人ほど雇っていました。

卒業後はその延長で、都内の旅行会社に就職しました。観光バスを何台も所有している会社で、それを活用したツアーも主催していました。しかしちょうどその頃、知り合いの社長がハワイの不動産会社を立ち上げ、そちらへ転職したのです。旅行会社よりも給料がよく、もう結婚していましたから生活のことも考えなければなりませんでした。1988(昭和63)年から1991(平成3)年までそこに勤めていました。

——ちょうどバブルの時期と重なりますね。

ハワイの不動産会社勤務の時にバブルが弾けてしまい、郡山へ帰ることにしました。ある地方都市に本社を持つハウスメーカーの郡山支社に、営業として勤め始めたのです。学生時代に鍛えた営業スキルが生きました。学生だと銀行から資金を借りられなかったので、企画書を作っていろいろな会社を回り、スポンサーを募るしかなかったんです。それで営業の基礎やノウハウが身に付きました。おかげでハウスメーカーでも営業成績はトップを走ることができたわけです。営業所長までやらせてもらい、とにかくハードに働いていました。

体を壊したことで迎えた、人生の転機

——ハウスメーカーから保険代理業に転身されたいきさつは何でしたか。

ハウスメーカーの営業はトラブル解決にも走り回らなければならず、激務でした。32歳の時とうとう体を壊し、1年半の間、休職してしまったんです。当然給料は減ります。でも当時は保険にも入っておらず、とても困ってしまいました。そんな時に東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)の社員募集を目にしました。東京海上といえば就職人気が高い企業ですから、それほど激務ではないだろうと思い応募したのです。自分は保険について何も知らず、疎かにしていたことも大きな理由でした。そのせいで休職中とても苦労したのですから……。転職したのは1998(平成10)年のことでした。

——当時の保険代理業会はどんな様子でしたか。

1996(平成8)年からいわゆる「金融ビッグバン」が起こっていて、それまでの護送船団方式が崩壊し、金融業界では山一證券や北海道拓殖銀行などの破綻も大きな事件となりました。保険業界にも自由化の波が押し寄せ、損保も生保も各社独自の商品を発表し始めていた時代です。その一方、保険会社がいくつも破綻したり合併を繰り返したりして、再編が進んでいました。私の同期には山一證券や大和証券など、ほかの業界から来た人たちも多かったですね。東京海上で3年2カ月に及ぶ研修を受け、2001(平成13)年に代理店として独立を果たしました。

当社が法人営業に特化している理由

——現在の業務内容について教えてください。

保険代理店が扱う保険には、生命保険と損害保険があります。損害保険は毎年更新をしていくので、その都度手数料をいただくことができます。規模の大きい代理店ならその更新料である程度の利益は確保できます。それに対して生命保険は契約当初以外で手数料をいただくことができませんから、とにかく新規顧客を開拓しなければなりません。しかし人口が減り市場はだんだん縮小しているので、増収はとても難しいのです。どこも個人の見込み客を探して必死に活動しています。当社は生命保険中心ですが、顧客の8割が法人です。従って、個人の見込み客の開拓はしていません。

今まで、ある規模以上の企業は自社で保険代理店になることができました。でも手数料が下がってきてメリットが減り、大手の生命保険会社に切り換えています。一般の保険代理店としてはそういった企業に入り込む余地がなく、諦めているのが実情です。我々のように法人に特化している代理店は稀です。

——法人との契約はどのようにして取っているのですか。

損害保険なら見直すタイミングが決まっているので、それまでに入るかどうかを決めてもらえばいいのですが、生命保険のニーズは潜在化していて掘り起こさなければならない。そこで、講演会やセミナーを定期的に開くのです。例えば、民法改正に関しての解説、人手不足の中で離職者ゼロを目指すにはといったテーマ。ほかには元国税調査官の相続事業承継、M&A会社社長など、企業の経営課題に直結する内容です。こういった講演を何カ月かおきで定期的に行い、来ていただいたお客さまにお悩みを解決する手掛かりを提示します。お悩みもさまざまで、従業員満足度の上げ方や社会保険料の節約方法なども興味を惹くテーマです。

会社にとっての保険とは、経営を守ること

——課題解決ができることを、どのように実感してもらうのでしょうか。

私が以前聴いた生命保険のセミナーで、「あなたがお世話になっている社長に万一のことがあったら、今勧めている保険で大丈夫か?」と問いかけられたのです。それに衝撃を受けました。社長に何かあったら困るのは誰かという、基本的で大きな経営課題から見直すようにというメッセージでした。それ以来、「今社長に何かあったら困るでしょう」と言うのが基本となっています。その時のセミナー講師は、当社の講演会にもお呼びしました。

——会社を守るための保険を勧めるということですね。

会社が存続できなくなれば、従業員やその家族の将来をきちんと担っているとはいえませんからね。よく「貯金の延長」として法人に保険を勧めているケースがありますが、当社は違います。やはりその根底には、自分が若い頃保険に入っていなかったばかりに大変な思いをしたという経験がありますから。

保険業界には「お願い営業」という慣習が横行しています。「今月は重大月(多くの契約ノルマが課せられた月)だから」とか「自分の成績が」と持ち出して、とにかくお願いして契約をいただく。私たちはそうではなく、お客様のお困りごとをどう解決するかきちんと説明して、納得いただくまで待つというスタイルです。

「長いお付き合い」が私たちの理念で、契約をいただいてからの情報提供やコミュニケーションを大切にしています。これが強みにもつながっているのではと思います。

事業承継には多岐にわたる困難が付きまとう

——中小機構の「事業継続力強化計画」策定支援企業に認定されました。

先方から声を掛けていただき、東日本の540社のうち56社を当社が支援に関わっています。国の策定制度には「中小企業投資育成」という組織もあり、事業承継にも活用できる制度を備えています。帝国データバンクの調査によると、全国企業の2020年の休廃業・解散件数は5万6千件で、その主な要因は経営者の高齢化や後継者不足だそうです。これを放置したら、日本は大変なことになり、その解決は経済産業省にとっても喫緊の課題です。災害だけではなく、BCPを危うくさせる要因のひとつが後継者がいないことです。

——事業承継に対しては、どのように向き合ったらよいのでしょう。

事業承継にはさまざまなケースがあり、高いハードルもあります。相続税もそのひとつ。利益を上げている会社であるほど相続税も上がります。猶予制度もありますが、基準がなかなか難しいですね。そして最大の問題は、後継者をどうするか。見つからない場合は「M&Aしましょう」と言ってくるアドバイザーが多いのです。早く決めてもらうほど手数料も早く入るので、急がせる。しかしM&Aが失敗だったという声を大変多く聞きます。双方の声をじっくり聴くことなく進めてしまうからです。大切なのは、「伴走」してくれること。課題に対してしっかりと寄り添ってくれる専門家に相談すべきです。

早ければ早いほどうまくいく後継者選び

——後継者を探すタイミングはいつ頃がベストだと思いますか。

早ければ早いほどいい、とアドバイスしています。「まだ50歳だから承継のことは先」と思っている経営者が多いのですが、必ずやってくる問題です。長いスパンで考えていかなければならないので、先ほど言った伴走してくれる専門家が必要となるのです。いろいろな人物と会い、話を聴いてみれば誰が本物かわかります。先送りするほど後で大変になるものです。

——タックコーポレーションさんはすでに後継者が決まっていますね。

3人息子がいますが、長男が社長になると決めていて、兄弟の間でも納得しています。それぞれのパーソナリティを理解して、誰がどういう役割に向いているかがわかっていますし、分担をしっかり決めています。私は大学を卒業する時から将来のビジョンを考えていて、40代半ばくらいにはもう決定していました。考え始めるのは早く、決めるのはじっくり、が良いと思っています。

——仕事のスタイルはどうやって伝授したのですか。

私が客先を訪れると、先方の社長が大喜びでフレンドリーに迎えてくれます。「この間はいい提案してくれてありがとう」と、お客さんが感謝してくれる。息子たちを含めた社員を同行させると、まずそれを見るわけです。新卒社員は、きついと聞いていた保険会社のイメージが全然違う、と驚きます。悩みをしっかり聞いたり難しい課題を解決したり、そういう姿を常日ごろから見せておくことで、自分もああなりたいと思うようになってくれるのです。

「優しさ」が事業承継の成功を決める

——後継者にふさわしいのは、一般的にどんな人材だと思われますか。

ある会社の社長から「自分の甥を後継者にと思っていたが、不安だ」と相談を受けました。聞いてみると、「甥には優しさが足りない」と言います。他人への思いやりがない、頭はいいが心がない、と。甥御さんが会社を継いだ場合どうなるかを想像すると、もしかすると潰れてしまうのではと危惧したのです。その会社は業績がいいのではじめはM&Aも視野に入れていましたが、まずは5年間かけて様子を見ましょうと提案しました。社内にほかにもふさわしい社員がいるかもしれない。根底にあるのは、従業員への優しさです。想いがきちんとある人でないと経営者になることは難しいと思っています。

——承継にあたって、会社経営のほかにはどんな注意点があるでしょうか。

経営者の家族との関係がとても重要です。家族関係を壊すことは絶対に避けましょう。相続も大切ですが「争続」にしないことも大切です。会社を継がなかった息子が、後になってその株価が高かったりすると取り分を要求してくるケースも多く見られます。そうならないためにも、事業承継は家族や親族がきちんと納得する形で進める必要があります。

まず自分の利益を、というアメリカ的資本主義では地方の中小企業は続いていけません。心がないと駄目です。経営者にとって、会社も社員も子どものような存在。その行く末を最善のものにするため、最善を尽くしてほしいと思います。

※本インタビュー内の写真につき無断転用などを禁じます。

FAポータル編集部にて再編