サステナブル・ブランディングの実践(前編)――なぜその“サステナビリティ”は企業価値につながらないのか
脱炭素や生物多様性、循環型社会への貢献といったサステナビリティへの取り組みが重要な経営アジェンダとして注目され、様々な施策や非財務情報開示が進められています。一方で、それらが自社の中長期的なパフォーマンスや企業価値の向上にどうつながっているのか実感を持てないケースが少なくありません。今後、企業がサステナビリティへの対応を将来的な価値に転換していくには、サステナブル・ブランディングを戦略的に実践していくことが重要だと考えられます。
本コラムでは、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)ブランディングアドバイザリーの栗原隆人に、サステナブル・ブランディングの重要性が高まっている背景およびその手法について、話を聞きました。(聞き手:編集部 諸井美佳)
目次
栗原 隆人
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
マネージングディレクター
大手広告代理店系ブランドコンサルティングファーム、米系ファームにてブランド・ブランディング専門家として幅広い業界へのコンサルティングに従事し、戦略策定からクリエイティブディレクションまでを一気通貫で担当。ブランド再生・インターナルブランディング・ブランドパーパス起点の企業変革に強みを持つ。
情報過多の時代:ステークホルダーの記憶に残すには
――プライム上場企業の多くは、コーポレートガバナンス・コード改訂やTCFD提言への賛同の影響もあり、自社のサステナビリティ推進や統合報告書の発行などに積極的に取り組んでいますが、そういった活動が自社の価値創出にどうつながるかに実感を持ちづらくなっている要因としては、何が考えられますか。
日々、大量の情報が生み出され続けている情報社会において、一企業による発信内容は、情報の受け手にとっては大量の情報のほんの一部です。サステナビリティへの取り組みに関しては、多くの企業が自社ウェブサイトや投資家向けの報告書にまとめていますが、自社にとって重要なステークホルダーは、投資家以外にも複数存在します。
例えば、一般の消費者が商品・サービスの購買を検討するときに、その企業がどのようなサステナビリティの取り組みをしているかは徐々に高い関心事になってきていると思います。が、まさにそのタイミングで、企業のサステナビリティ報告書を小まめにチェックすることまでは想定しにくいと思います。消費者は自分がその時そのタイミングで想起した内容に基づいてその商品やサービスを購入するか否かを判断します。このとき想起されることは、企業が言っていることの中で、消費者に届き、憶えてもらっていることだけです。
自社の“サステナビリティ”を将来的な価値につなげていくには、このように「ステークホルダーの記憶に残すこと」こそが、突破口になるといえます。サステナビリティの領域では、企業はブランディングの観点を取り入れて戦略的に取り組み、発信していく必要があります。
――情報過多の時代において人々の記憶に残りやすくするためには、どのような点に気をつけてサステナブル・ブランディングに取り組んでいけばいいのでしょうか。
企業は、自社らしいESGアクションを選定して実行し、ステークホルダーに対して適切なメッセージを発信していくにあたり、「何をするのか」「何を伝えるか」の重要性もさることながら、サステナビリティに関する自社のイメージをどうやって意図的に「ステークホルダーに知ってもらい、憶えてもらうか」について、事前に検討し戦略を立てておく必要があります。
ステークホルダーに自社のことをより良く知ってもらい、憶えてもらうために有効と考えられる、サステナブル・ブランディングの手法を3つ、具体的に解説していきます。
サステナブル・ブランディングの3つの手法
1. シンボリックアクション型ブランディング
2. 「推し」を軸にしたコミュニケーション戦略
3. 生活者の賛同、共感の連鎖
1. シンボリックアクション型ブランディング
シンボリックアクションとは、企業理念・パーパス(存在意義)を起点とした自社のサステナビリティに関するイメージを示すシンボルとなる活動のことを指します。従来型のブランディングのように自社の活動から事実を集めてきてメッセージを発信するアプローチとは異なり、先にパーパス起点で世の中に伝えたい自社イメージを想定したうえで、企業が伝えたいメッセージやイメージを体験・共感できるようなファクトを作り、そこでの体験談・エピソードを拡散することでイメージを醸成していくアプローチとなります。
2. 「推し」を軸にしたコミュニケーション戦略
自己表現の方法は時代と共に変遷していくものですが、以前は出身・大学などの「所属」や車・洋服などの「所有」による自己表現が中心でした。最近は「推し」が自己表現の方法のひとつになりつつあります。
「推し」とは、具体的な行動や応援(例:商品を買う、ライブに行くなど)を意味しています。企業がESG/サステナビリティ領域においてステークホルダーの体感や共感を伴う「推される」事業や取り組みを作り出すことができれば、記憶に残りやすくなります。そのうえで、口コミに近い「推し」を軸としたコミュニケーションを行うことによって、情報量の増加(拡散)やステークホルダーとの接触頻度増加(常時接続)などのメリットを期待することができます。
3. 生活者の賛同、共感の連鎖
もう1つ重要なのは、注目度の高い社会的課題に対して、生活者を巻き込んでいくことです。例えば、SNSなどで企業側がそのスタンスを明確にし、メッセージとして議論を投げかけた論点に対して、社会的な注目度が高まり、生活者の賛同や共感の連鎖が起こることによって、社会変革のムーブメントが創出されるといったことがあります。
企業が、1. のシンボリックアクションや、2. の「推し」と共に、3. 生活者の賛同、共感の連鎖も活用することで、ステークホルダーの記憶に残りやすいサステナブル・ブランディングを展開していくことが可能になると考えられます。
後編では、サステナブル・ブランディングを成功に導くKSF(Key Success Factor)を2点紹介したうえで、それらをいかにサステナビリティ経営戦略に統合し、実践していくかについて論じます。