従来、特許情報を用いた分析として「パテントマップ」という手法が用いられてきた。パテントマップは特許価値向上、特許戦略立案を主な目的とした現状分析(仮説検証)が中心であった。近年、特許情報を用いた分析手法としてIP(Intellectual Property)ランドスケープという手法が注目されている。IPランドスケープは、企業価値の向上、事業戦略立案を目的とした将来予測(仮説構築)のツールとして位置付けられている。
平常時の活用はもちろん、未来志向のIPランドスケープはアフターコロナの企業価値向上、事業戦略立案の仮説構築にも活用できる可能性がある。

※当記事はM&Aプラスに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

1. IPランドスケープとは

IPランドスケープは、「知的財産権に係る情報、マーケットに係る情報、および事業に係る情報を統合し、自社の企業戦略に資するインサイトを獲得する方法」である。

IPランドスケープは、欧米の企業を中心に活用されることが多かったが、近年日本でも注目されており、2020年12月に大手企業の知財部長を発起人としたIPL協議会が設立されている。

同手法が近年注目される理由の1つとして、産業間の敷居が低くなり、複雑な市場環境となっていることから、将来の事業戦略の見通しが難しくなってきていることが挙げられる。近年、事業的にも技術的にも、知的財産の独占排他権によって1社で特定のビジネスを成立・独占することが難しくなっている。特にIT・通信技術の革新によるIoT(Internet of Things)、クラウドビジネス、AI(Artificial Intelligence)、ビッグデータ、ロボティクスやファクトリーオートメーションといった次世代産業の勃興によって、「ものづくり」のための従来型の戦略ではなく、時勢に沿った新しい事業戦略、および知財戦略の構築が求められている。また、直近のコロナ禍ではアフターコロナを見据えた事業戦略、および知財戦略の構築が求められている。

そのような背景から、多角的な情報からの事業環境分析に基づき、未来志向のインサイトを得ることで、自社の戦略や事業の成功に繋げる仮説構築を可能となる「IPランドスケープ(図1)」が有効なソリューションとして注目されている。

【図1】
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

本コラムは、IPランドスケープの活用シーンと手法の1例を紹介する。

2. IPランドスケープの活用シーン

従来、特許情報を用いた分析として「パテントマップ」という手法が用いられてきた。パテントマップは特許価値向上、特許戦略立案を主な目的とした現状分析(仮説検証)が中心であった。一方、IPランドスケープは、企業価値の向上、事業戦略立案を目的とした将来予測(仮説構築)が中心であり、「探索」「予測」の実行において、特に有効なソリューションとなり得る。

探索する対象は、M&A・アライアンスの候補となり得る企業、新規の事業やR&Dテーマ、新規事業領域での最適人材などのリソース、およびポテンシャル顧客などが一例として挙げられる。

一方、予測する対象は、業界・市場への新規参入者、競合の戦略、および顧客ニーズに合わせたソリューション(マーケットイン型)など、将来の機会/脅威が一例として挙げられる(図2)。

【図2】
注:各項目の右下の番号は本文中のセクション番号に対応
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

2-1. IPランドスケープの探索への活用

本セクションでは、各種探索に関するIPランドスケープの活用シーンの一例を4つ紹介する。

2-1-1. M&A・アライアンス候補探索

M&A、資本提携、事業提携、技術提携を含む、広い意味でのアライアンス候補先企業を探索する。

<例>
◎技術・デザイン・ブランドなどの権利を保有する企業を知財情報に基づき抽出
◎ロングリストからショートリストへの絞り込みを行うための評価軸の1つとして活用
◎戦略適合性、事業親和性、技術シナジーなどの具体的な検討が可能

2-1-2. 新規事業開発/R&Dテーマ探索

新規事業開発、イノベーション・マネジメントの一環としての知財活動により、新たな価値を創出する。

<例>
◎パテントマップや引用・被引用分析などの知財情報と、ビジネス・マーケット情報を統合
◎社会・顧客の課題解決につながる革新的手法(技術/アイデア)による新たな価値(製品/サービス)の検討
◎社会・顧客への普及・浸透を通じて、ビジネス上の利益・対価(キャッシュ)を獲得するための知財活用の検討

2-1-3. 新規事業領域での最適な人材候補の抽出

新規事業領域における特許出願の発明者を分析することで最適な人材候補を抽出する。

<例>
◎発明者分析により発明チームを特定し、チーム構成、出願技術内容、および、公開情報から各メンバーのコアコンピテンシーを抽出
◎自社の事業情報、R&D情報、特許情報などの分析により獲得すべき人物像を特定
◎コアコンピテンシーを抽出した発明者リストから獲得すべき人材候補を抽出

2-1-4. ポテンシャル顧客探索

<例>
◎既存事業に関連する共同出願や特許譲渡などの特許情報に基づく新たなビジネス関係を抽出
◎抽出された新たなビジネス関係にある企業同士の関係性を分析し、既存事業資産を展開可能なポテンシャル顧客を探索

2-2. IPランドスケープの予測への活用

本セクションでは、各種予測に関するIPランドスケープの活用シーンの一例を4つ紹介する。

2-2-1. 新規参入者の予測

特定の事業領域に関連する特許出願情報を分析することで新規参入者を予測する。

<例>
◎特定の事業領域、およびその周辺技術領域を対象とした出願人分析に基づき新規参入者候補を抽出
◎新規参入者候補の抽出は出願件数ランキングのロングテールまで含めて実施
◎出願技術内容、出願動向、事業内容に基づき参入確度を算出

2-2-2. 競合の戦略予測

市場環境と特許情報を分析することで競合の戦略を予測する。

<例>
◎業界動向、従来の事業戦略/ビジネスモデル、R&D/出願動向を分析
◎市場環境と現在競合が保有するリソース、獲得し始めている新たな技術からターゲット市場を予測
◎予測されたターゲット市場と不足するリソースから競合の戦略を予測

2-2-3. マーケットイン型ソリューション開発

カスタマーの技術ニーズからマーケットイン型のソリューション候補を予測する。

<例>
◎サプライヤー・カスタマーの製品・R&D・出願動向から、技術ニーズを解釈
◎カスタマーの技術ニーズを読み解くことで、事業であってもニーズに基づくおよび新規ソリューション開発が可能

2-2-4. 将来の事業リスク予測

事業(知財)リスクを低減すると同時に、エコシステムの構築による仲間作りと自社の利益確保を両立する方法を検討する。

<例>
◎事業環境を踏まえたオープン&クローズ戦略を検討
◎先進技術の普及、特許侵害訴訟の増加(高額賠償化)、非実施主体(NPE)リスクの増加などの事業リスクの増大への対応方針の検討
 ・知財獲得:自前の特許出願の増加、R&D人材の外部獲得、M&Aおよび特許購入
 ・知財活用:包括クロスライセンスの推進、オープンアライアンス団体の設立

3. 固有の論点

前述の通り、IPランドスケープは多様な活用シーンを有する。そのため、手法などを組み合わせることで、自社と競合企業を中心に、異業種、顧客、代替品、パートナーの観点から、自社リソースの活用対象の探索や、異業種からの新規参入などの外部環境の予測など、全方位的なインサイトを得ることが可能となる(図3)。

【図3】
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

では、どのような分析手法を採ればよいのか。本セクションでは、IPランドスケープの具体的な分析として、「引用分析」「用途/課題分析」「譲渡履歴分析」「共願分析」の4つを例示し、概要と得られるアウトプットを説明する(図4)。

【図4】
出所:トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

3-1. 引用分析

引用情報を利用し、親子引用(直接引用)/兄弟引用の技術内容、および出願人の業種を分析することで、自社技術を起点とした競合企業、異業種企業、顧客の展望を予測、さらにポテンシャル顧客を探索する。また、分析対象を兄弟引用に拡大することで、更なるインサイトの取得が期待できる(図5)。

【図5】
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

アウトプット

Ⅰ. 競合の戦略予測
・自社技術と類似する競合技術がどのような顧客企業、異業種企業と引用関係にあるのか分析することで競合がターゲットとしている可能性のあるマーケットと事業ポジションを予測

Ⅱ. 異業種参入予測
・自社技術と直接引用や兄弟引用にある技術の出願人を分析することで、どのような異業種が参入してくる可能性があるのか予測

Ⅲ. 顧客ニーズ予測
・自社技術や自社技術に類似する競合技術を引用する顧客の出願を分析することで、顧客がどのようなニーズを持っているのか予測

Ⅳ. ポテンシャル顧客探索
・自社技術の兄弟引用、当該兄弟引用をさらに引用する出願の出願人を分析することで、現状直接的に見えていないポテンシャル顧客を探索

3-2. 用途/課題分析

技術起点の特許母集団を作成し、用途/課題の分析、および出願人の業種の分析により、課題にひもづく新たな用途、新規R&Dテーマを探索、および異業種企業の参入や代替品の出現を予測する。単なる用途/課題マトリクスを描画して終るのではなく、市場情報などと統合し、技術・課題・用途・業種の連関を分析すること重要となる(図6)。

【図6】
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

アウトプット

Ⅰ. 新規事業探索
・自社技術が解決する課題を解決する別技術に係る特許の分析し、当該特許の用途を特定することで新規事業を探索

Ⅱ. 新規R&Dテーマ探索
・自社技術の応用先であるである用途を対象とする別技術に係る特許を分析し、当該特許に記載のある課題を特定することで、自社技術をさらに改良するための新規R&Dテーマを探索

Ⅲ. 異業種参入予測
・自社技術の応用先である用途を対象とする別技術に係る特許の出願人を分析することで、どのような異業種企業が参入してくる可能性があるのか予測

Ⅳ. 代替品出現予測
・自社技術により解決する課題を解決する別技術に係る特許を分析し、自社の技術とは異なるが同一課題を解決する代替品の出現を予測

3-3. 譲渡履歴分析

譲渡履歴(担保権設定履歴を含む)の分析により、競合企業の戦略予測、および新規パートナー、ライセンス先、ポテンシャル顧客を探索する(図7)。

【図7】
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

アウトプット

Ⅰ. 競合の戦略予測
・競合が調達している特許を分析することで、従来出願していた技術と異なる技術の獲得を検知し、競合の戦略を予測

Ⅱ. 新規パートナー探索
・自社の属する業界へ特許譲渡している業種を特定し、当該業界のプレイヤー分析することで新規パートナーを探索
・担保権設定を行う企業を特定し、有望なベンチャーを探索する

Ⅲ. ポテンシャル顧客探索
・競合企業が特許を譲渡している企業の業種を特定し、譲渡された特許を分析することで、現状では直接的に見えていないポテンシャル顧客を探索

Ⅳ. ライセンス先探索
・競合企業が特許を譲渡している企業の業種を分析することで、自社技術ニーズがある業界を特定し、現状では直接的に見えていないライセンス先を探索

3-4. 共願分析

出願人の事業規模、業種、技術内容を含めた共同出願の分析をすることで、競合企業の戦略予測、アライアンス先探索、ポテンシャル顧客探索を行う。分析では、共願の技術内容だけでなく、出願人の事業規模、業種、通常の出願傾向(出願技術の異質性など)を含めて分析を行う(図8)。

【図8】
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

アウトプット

Ⅰ. 競合の戦略予測
・競合企業の共同出願のうち、従来の出願領域とは異なる出願技術を検知し、共同出願のパートナー企業と出願技術を分析することで、競合企業の戦略を予測

Ⅱ. 新規パートナー探索
・異業種間の共同出願を分析することで、自社と親和性の高い業種を特定し、当該業種に所属するプレイヤーから新規パートナーを探索

Ⅲ. ポテンシャル顧客探索
・事業規模の異なる企業同士の共同出願のうち、異業種同士の共同出願を分析することで、現状では直接的に見えていないポテンシャル顧客を探索

4. おわりに

多種多様な活用シーンが想定されるIPランドスケープ、本コラムで紹介した活用シーンはその一部に過ぎない。また、紹介した分析手法も一例であり、活用シーンに応じてカスタマイズする必要がある。貴社が戦略立案などを実施する際には、目的やシーンに応じて柔軟に分析プランを設計されることを推奨する。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
TMT/知的財産アドバイザリー

沼田 岳 / Numata Takashi

ヴァイスプレジデント

銀行での個人・法人営業を経て、有限責任監査法人トーマツのアドバイザリー部門に所属。中期経営計画策定支援、地方創生支援、人事コンサル、エコシステム形成支援などの業務に従事。現職では、知財戦略策定、知財管理体制構築、知財VAL、知財DDなどの業務に関与している。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
TMT/知的財産アドバイザリー

網中 裕一 / Aminaka Hirokazu

シニアアナリスト

国立大学法人にて産学連携業務に従事したのち、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。現職では、ライフサイエンス・ヘルスケア業界を中心に、知財戦略策定、事業・知財動向調査、知財DDなどの業務に関与している。