デジタルセラピューティクス(DTx)が普及したあとの世界とは
医療ソリューションの鍵を握ると注目されているDTxの基本を解説した第1回に続き、今回はDTx事業を含む4つの事業を運営している株式会社MICIN(以下、MICIN)の代表取締役CEO原 聖吾氏にご登場いただき、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)浦川と対談を実施しました。医師の資格を持ち、スタンフォード大学でMBAを取得したIT起業家でもある原氏に、浦川がコンサルタントとしての観点から、DTxの現状や課題、展望などについてお話を伺います。
目次
原 聖吾氏
株式会社MICIN
代表取締役CEO
東京大学医学部、スタンフォード大学経営大学院卒業。国立国際医療センター(現・国立国際医療研究センター)に勤務後、2007年に日本医療政策機構へ参画。米スタンフォード大学への留学を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーへ。2014年から日本医療政策機構に出向し、厚生労働省の保健医療2035事務局にて医療政策の提言策定に従事する。2015年株式会社MICINを創業。
浦川 慶史
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
シニアヴァイスプレジデント
大手化学メーカーで、新規材料開発、新規事業創出、コーポレートベンチャーキャピタル業務を担当。マサチューセッツ工科大学(客員研究員)の新規材料開発にも従事。DTFA入社後、ライフサイエンス領域を中心にM&A戦略策定支援、事業計画分析、ビジネスデューデリジェンス、および日米バイオベンチャー動向分析や東南アジア医薬品市場動向分析、ライフサイエンス事業の多業種連携支援などに携わる。
デジタルの力が個別性の高い治療を実現する
浦川
MICINさんはDTx業界のパイオニアとして業界を切り拓いている存在だと認識しております。最初に御社のDTx事業の概要および特徴を教えてください。
原
当社のDTx事業では、「診断」「治療」「治療支援」の3つの領域で、患者さんが納得して治療に取り組み、安心して治療生活を送るためのDTx製品の開発を進めています。例えば、治療支援領域では、外科手術を受ける患者さん向けに、在宅環境でのセルフケアをサポートするアプリ「MedBridge(メドブリッジ)」を展開中です。
また当社のDTx事業の特徴は、DTxをビジネスとして加速させていくために必要な3つの要素、「メディカルサイエンスの知見」「テクノロジー」「ビジネス構築力」を併せ持つ点だと自負しております。
そのほか、大学や製薬企業、医療機器メーカーなど多様な組織・企業と積極的に提携・連携している点も当社のユニークなポイントかと思います。
浦川
自社の強みを持ちつつも、事業を加速させていくために、外部との連携も積極的に進めているのですね。原さんはDTxが果たす役割についてどうお考えですか。
原
DTxの核であるデジタルの力により、予防や診断、治療などの各過程がより良い形で促進されることでしょう。具体的には、診断領域ではデジタルの力によって、発見が遅れがちな病気の兆候を以前よりも早く捉えることができるようになりますね。
また治療・治療支援領域では、とくにメンタルヘルスや生活習慣病など、行動変容が大きな効果をもたらす病気に対して、DTxによるデジタルの介入によってより大きな改善効果をもたらすようになると考えます。
浦川
DTxにより、患者さんへ最適な医療ソリューションを提供できる武器が増えたというイメージでしょうか。
原
そうですね。また患者さんの状態に合わせた、個別性の高い治療を提供できるようになる点もDTxのメリットであり、役割ですね。
日本のDTx市場拡大に必要なのは「予見性の高い環境づくり」
浦川
コンサルタントの視点で見ると、DTx市場は既存の医療と共存できる可能性を大いに秘めた市場だと考えます。原さんは日本のDTx市場について、海外との比較も踏まえて、どのような所感をお持ちでしょうか。
原
残念ながら、米国やドイツといったDTx先進国と比べると、日本はまだ遅れているのが現状です。一方で、この1年は市場に出回るDTx製品が増加したこともあり、日本のDTx市場も一定の進捗が見られた、とも感じています。
浦川
厚生労働省や、医薬品・医療機器を指導・審査するPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)もDTx製品の扱いについては、まだまだ模索段階にある印象です。日本のDTx市場がより加速するためには、何が必要なのでしょうか。
原
制度の整備は必須だと考えます。現状、DTx事業者にとっては、DTx製品の価格がどうなるのかが不透明で、投資回収の予見性が非常に低い環境にあります。
そのため具体的には、薬事承認をより早く受けられる制度を整えたり、保険償還の承認(診療報酬の支払対象となること)の明確な評価の仕組みを構築したりすることで、企業がDTx製品の開発にあたり、投資しやすい環境をつくることが大切ではないでしょうか。
浦川
各種制度面については、国も民間企業とDTx市場を推し進める姿勢を持っているので、今後の改善に期待したいですね。制度面以外で日本のDTx市場が広がるポイントはありますか。
原
これはDTxがもう少し普及したあとにはなりますが、医療機関側と患者さんがいかにDTx製品を使いこなせるかが大きな岐路になるかと思います。
浦川
DTx製品の利活用については、とくにデジタル製品に馴染みの薄い高齢者の割合が多い日本では、より強く課題として意識されますね。
「具合が悪くなってから病院に行く」が過去のものとなる世界へ
浦川
MICINさんはオンライン診療サービスを含むオンライン医療事業も手掛けていらっしゃいます。同事業とDTxとの連携も効果的なのではないでしょうか。
原
仰る通り、オンライン診療とDTxは互いに相性の良い領域だと思います。例えば、触診や聴診のできないオンライン診療では、よく「患者さんから得られる情報が限られること」が課題として挙げられます。ただ、DTx製品を患者さんに利用してもらうことで、足りない情報を一定程度補完できるようになる可能性はありますね。
浦川
企業として、DTx事業をいかに大きくしていくかを考える際に、DTx製品が医療行為に対して価格が付けられる「技術料」なのか、それともモノに対して価格が付けられる「特定保険医療材料」なのか、どちらに分類されるかは大きなポイントかと思います。原さんのお考えはいかがでしょうか。
原
現状の技術料の仕組みは改善が必要だ、という前提ではありますが、当社としては技術料への分類が良いのではないかと考えます。これは特定保険医療材料は技術料と比べて、製品が世に出回ってからの価格の下げ圧力が強い傾向にあるためです。
浦川
技術料の仕組みが抱える改善事項とは何でしょうか。
原
2つあると考えます。1つはDTx製品の機能の差に応じて適用できる、細やかな技術料の項目を設定すること。もう1つは、どのようなロジックで診療報酬点数が付けられるのかをクリアにすること。後者については、今後はより価値ベースに重きを置いて、技術料が算定される仕組みになることが望ましいのかな、と思います。
浦川
現在、医薬品の価格設定は徐々に価値ベースへシフトしていますよね。その意味では原さんが提言された、DTx製品における価値ベースに重きを置いた技術料算定の仕組みも十分あり得るのではないかと思いました。最後にDTxが普及することで、原さんはどのような世界が訪れると考えますか?
原
より早いタイミングで自身の健康状態の変化や病気の兆候を捉えられるようになり、「具合が悪くなってから病院に行く」という現在の一般的な行動が、過去のものになるのではないかと思います。
現在は病気になってから病院へ行く方が多数派ですよね。ただそれでは重い病気に罹患していた場合、残念ながら患者さんが残りの人生で選べる選択肢が限られてしまい、そこには後悔が生じてしまうこともあるはずです。だからこそ、多くの人がDTxを活用すれば、早期に病気の兆候をつかんで治療を受けられるようになり、その結果、より多くの選択肢を確保した状態で残りの人生を歩めるようになるのではないでしょうか。そしてそれは、当社のビジョンである「すべての人が、納得して生きて、最期を迎えられる世界を。」に近づいた世界でもありますね。