不祥事対応における経営者の役割
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス統括
中島 祐輔
どんな企業においても、不祥事はいつ発生するかわかりません。そして、ひとたび不祥事が発覚すると、経営者は切迫した状況の中、企業のその後の運命を左右する重大な意思決定を次々と行う必要があります。
この記事では、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 フォレンジック & クライシスマネジメントサービス統括 パートナーである中島祐輔による「不祥事対応における経営者の役割」と題したDeloitte Forensic Webinar第7回の内容をもとに、不祥事発覚の場面で経営者が適切な判断を行うために知っておくべきポイントや初動対応の要点をお伝えします。
目次
不祥事対応の5つのプロセスにおける初動対応の重要性
不祥事対応の一連のプロセスは、「不正検知→初動対応→体制構築→実態把握→説明責任」が基本です。事案や内容によっても対応の手順は異なりますが、大きな要素はこの5つといえるでしょう。最終的なゴールはすべてのステークホルダーに対して説明責任を果たし、一連のプロセスで信頼を回復することです。
不祥事対応は強く巧拙が問われます。「発覚した後にどう立ち振る舞うか」が注視され、失敗すればステークホルダーから厳しく糾弾されることが少なくないためです。うまく立ち回れなければ、企業の信用が大きく損なわれ、顧客離れはもちろんのこと従業員の離反も生じ得ます。不祥事は人間性の本質に根差したものであるため、一定程度の発生はやむを得えません。しかし発覚後の対応はそうではありません。不祥事の発覚を一次損害とするならば、対応の失敗は二次損害に位置付けられ、人災ともいえます。周囲からの許容は極めて小さいと心得るべきです。
二律背反のマネジメントこそが不祥事対応の難しさ
不祥事対応は、内部通報などの断片的情報から始まります。初動段階では情報漏洩のリスクから限られたメンバーのみで対応することが通常です。それゆえ得られる情報も限定的で、その状況の中で事案を評価し、方針を決めなくてはなりません。同時に、複数のステークホルダーとのコミュニケーションも並行して進めなくてはならず、この点が不祥事の初期対応を困難なものにしている所以です。
不祥事の内容によって採るべき方針は当然異なります。例えば、品質偽装のような消費者の生命・健康に関わる深刻な事案では、即座の公表や出荷停止などの緊急対応が求められ、発端が内部通報か外部漏洩かでもその後の対応は変わってくるでしょう。また、メディアなどとの心理戦的な側面を有することもあり、的確な情報収集とそれに基づく情報処理が対応の成否の鍵を握ります。これらすべてのプロセスを、短期間の切迫した状況の中で迅速に遂行しなくてはいけない点が不祥事対応の特徴といえます。
実際にあった会社代表者の法令違反の事例では、社長逮捕から最初の記者会見まで数日間しかない状況でした。その中で対策本部の設立、新社長の就任、債権者集会の開催を機関決定し、さらには東証への報告、記者会見の内容の精査・リハーサルを行わないといけないという慌ただしさでした。短い期間で大きな意思決定を矢継ぎ早に行わないといけないことがイメージできるのではないでしょうか。
これらを単にスピード感をもって意思決定するだけでは不十分です。即断即決と同時に、大局的な視点に立って一連の意思決定に一貫性をもたせなくてはなりません。1つひとつの決断を精査しつつ、全体としては真摯な反省と未来志向の骨太なストーリーを具備することが求められるのです。この二律背反のマネジメントこそが不祥事対応の本質です。内外の情報を素早く収集し、多くの変数を分析して解決策を見出し、強力な指揮系統を築いて、間違いなく行動に移していく。不祥事対応が極めて経営的な課題であることがわかるでしょう。
平時にすべき不祥事対応は2つ
発見・エスカレーションルートの整備
視点を変えて、不祥事などの有事対策として、平時にできることを考えてみましょう。有事に備えるためにすべきことは大きく2点。1つは「発見・エスカレーションルートの整備」です。
不祥事は、その情報が現場から経営者に届くまでに様々な障害が存在します。第1の障害は現場です。不正を不正として認識できればいいですが、その場しのぎで始まったものが慣習化し、社内で半ば常識化して、結果として不正として認識されないケースが少なくありません。さらに、認識はされても報復や監督責任の追及を恐れてエスカレーションが遅れる現象もしばしば見られます。
そのため、不正の発見、不祥事の情報の吸い上げができる環境・企業風土づくりは、平時にできる重要な不祥事対策の1つといえるでしょう。具体的には、内部通報制度の周知・グローバル対応、意識向上に向けた啓蒙研修、人事評価へのコンプラインス遵守項目の反映、不正検知アナリティクスの導入による牽制など、複数の対応策を組み合わせながら組織としての不正認知力を上げていきます。
有事シミュレーション
もう1つの平時の備えは「有事シミュレーション」です。まず、初動対応を速やかに行えるよう、有事ガイドラインを整備します。不祥事は固有性・個別性が極めて高いため、細かい手順を決めたとて必ずしもそれ通りに進むとは限りません。そのため有事ガイドラインでは、自社のビジネス特性を鑑みながら、想定されるシナリオを検討し、外すべからざる重要なポイント、判断に迷うポイントなどに内容を絞り、行動の原理・原則を定めるのが望ましいでしょう。
次に、有事におけるリソースを事前に検討しておきます。経営者がトップダウンで進めるにしても、不祥事の対策本部には有能なコア人材を配置しなければ乗り切れません。平時からコア人材を見極め、有事を想定したシミュレーションによる実践的なトレーニングを施します。模擬的な記者会見などを含めると身につまされて極めて効果的です。シミュレーションを通じて社内リソースで足りないことが認識された場合には、危機管理アドバイザーを特定するなど社外リソースの検討も欠かせません。発見・エスカレーションルートの整備も有事シミュレーションも全社的な観点が欠かせず、平時の備えから経営者の役割は始まっています。
以上のように、不祥事対応においては「二次被害をいかに抑えるか」がポイントとなります。そのためにすべきことは「決断のスピードと一貫性を保つこと」と「不祥事対応への平時からの備え」の2点です。これらを行えるのは経営者以外に適任はおらず、必要性の観点からも、能力の観点からも、不祥事対応は経営トップ自らが当事者として取り組むべき課題といえるのです。