新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で社会が一変した2020年、大会・試合の中止や延期、無観客化などが相次ぎ、「もう観客は戻ってこないのではないか」と悲観的な見方が多くあった興行スポーツ業界について、筆者は「スポーツがコロナ禍を乗り越えるために」と「歴史から考えるコロナ禍後のスポーツビジネスの世界」という記事の中でコロナ禍後の姿を考察した。

コロナ禍も3年目となり、諸外国では社会の正常化が進みつつある。記事の"答え合わせ"をするためのデータも揃いつつあることから、このタイミングで検証を行いたい。

感染症の歴史からコロナ禍後の姿を探る

【図1】
*:入場者数減少には米国の第一次世界大戦の参戦および激化の影響もあるとみられる。
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

前述した記事では、感染症の歴史を起点に、コロナ禍後のスポーツ界の姿を考察した。
感染症の歴史を分析すると、パンデミックは既存の変化を加速することはあれ、マクロトレンドを根底から覆すような変化までは起こしづらい傾向が見えた。
今回のコロナ禍に当てはめると、加速した変化にはリモートワークの普及が挙げられ、通勤時間削減に伴い人々の可処分時間が増えるため、スポーツには追い風となり得る。また、揺るぎないマクロトレンドとしては、モノからコトへの消費のシフトが挙げられ、究極のコト消費であるスポーツへの支持は強固である。
これらを踏まえると、興行スポーツはコロナ禍で一時的にはダメージを受けつつも、中長期的には再び人々の支持を得て勢いを盛り返す可能性が高いという結論が導かれた。
また、補強材料として、100年前のスペイン風邪禍における野球の米MLB(メジャーリーグ)の入場者数データを見ると、一時的に落ち込んだもののすぐにリバウンドして"超回復"を遂げたこと、その後も大恐慌・第二次世界大戦・911同時多発テロなど、大きな厄災で入場者数が減少した後には同様の傾向が見られることがわかった。

入場者数の推移に見る欧米スポーツ界の今

MLB

【図2】
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

検証を行うに当たり、欧米スポーツ界のコロナ禍を通じた変化を、入場者数の推移を見ることで、捉えていきたい。
まずは、米MLB(メジャーリーグ)だ。コロナ禍を受け、MLBでは2020年シーズンは開幕延期の末、試合数の大幅削減のうえで全試合無観客にて開催された。2021年シーズンも各州のルールに沿った入場者数制限が設けられたうえでスタートしたものの、コロナワクチンの普及に伴い、段階的に制限が緩和され、7月5日からは全球団完全無制限となった。2022年シーズンは前シーズンからの流れをそのままに、開幕から完全無制限で実施されている。図2にはMLBの平均入場者数の推移を記載している。2021年シーズンは平均入場者数が18,651人とコロナ禍前の2019年シーズンの28,203人と比較して低水準に終わったが、2022年シーズンは5月8日時点の途中経過ながらも25,136人となっており、概ねコロナ禍前の水準に戻りつつあることがわかる。なお、2022年シーズンは労使交渉の難航により約100日もの間ロックアウトが起き、春季キャンプや開幕が遅れるなどの結果につながった。ファン不在で進んだ労使交渉がファン心理に悪影響を及ぼし入場者数を押し下げた可能性も指摘されており、ご留意いただきたい。

欧州サッカー

【図3】
注:2021の欧州各国リーグ入場者数は2022年3月時点の途中経過。
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

2020年春のイタリア北部を皮切りに大規模な感染拡大が続き、甚大な影響を受けた欧州サッカーはどうだろうか。図3では、英・仏・独・西・伊各国のいわゆる"5大リーグ"の2018-19年シーズンの平均入場者数を100と置いた時のその後の推移を示している(コロナ禍が2019-20年シーズン終盤に発生したため、影響を受けていない最後のシーズンは2018-19年シーズンとなる)。2020-21年シーズンは基本的に無観客試合となったが、その後2021-22年シーズンで回復しつつあり、イングランド・プレミアリーグに至ってはコロナ禍前水準を超える"超回復"を遂げていることがわかる。一方、その他の4リーグはコロナ禍前水準には届いていないように見えるが、2021-22年シーズンはオミクロン株の流行などを受けて欧州各国はコロナ規制を敷いており、スタジアム入場者数に2022年2~3月まで上限が設けられていた(プレミアリーグのみ無制限)。このため、制限が掛かっていない状態でどの程度の回復を見せるのかについては、図3記載のシーズン単位のデータからは読み取り切れない。制限解除後の変化については、以下、クラブごと・試合ごとの入場者数の推移にて追ってみたい。

ドイツ・ブンデスリーガのドルトムントのホーム入場者数推移

【図4】
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

まず、ドイツ・ブンデスリーガのドルトムントのホーム入場者数推移である(図4)。ドイツでは2021年夏~秋にコロナ規制が徐々に緩和され、入場者数もスタジアム収容人数の75%まで認められた。ところが、オミクロン株の流行に伴い12月から再び厳しい行動制限が敷かれたことで振り出しに戻り、2021-22年シーズン半ばに大きく入場者数が落ち込んだ。その後、2022年3月に制限が廃止されると直ちにコロナ禍前平均の80,430人と同等の水準にまで回復している。
なお、ドルトムントの本拠地ジグナル・イドゥナ・パルクの収容人数は81,365人であり、既に満員を達成している状況のため、"超回復"は構造上起こり得ない。

イタリア・セリエAの強豪ACミランの入場者数推移

【図5】
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

次に、イタリア・セリエAの強豪ACミランの入場者数推移である(図5)。こちらも2021年秋に入場者数制限が緩和され回復基調にあった中、オミクロン株の流行に伴う制限で落ち込んだ。ただし、その後2022年春に制限が撤廃されて以降、コロナ禍前を超える水準に"超回復"している。なお、同クラブについては、2021-22年シーズンに優勝を果たしているため、入場者数がその分増加した可能性があることをご承知おきいただきたい。

歴史は繰り返す

ここまでの議論を踏まえると、MLBでも欧州サッカーでも、総じて、スタジアム入場者数のキャップが外れると同時に入場者数はV字回復し、一部"超回復"も起きている。人々のスポーツへの渇望がデータからにじみ出ているようであり、人間というものはパンデミックなどで行動が制限され心が荒むと、反動的にスポーツや芸術といった心を揺さぶられる人間的な活動に救いを求めるものかもしれないと感ずる。100年前のスペイン風邪禍で起きたのと全く同じことが今回も起きている。歴史は繰り返すのである。

ここまで欧米の興行スポーツの状況を見てきたが、一方、日本はどうだろうか。後編で探る。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネスグループ

太田 和彦 / Ota Kazuhiko

ヴァイスプレジデント

大手不動産デベロッパーから、英系戦略コンサルティングファームを経て、現職。スポーツを専門領域に持ち、プロスポーツリーグの経営企画、プロスポーツクラブの経営計画策定、海外スタジアム/アリーナ市場調査、大規模国際大会の実施運営、国内外プロスポーツクラブのビジネスデューデリジェンス、地方自治体のスポーツを核とした地方創生事業などの支援業務に従事。著書に『スポーツのビジネスの未来 2021-30』(共著、日経BP社)。