前編ではCOVID-19環境下でもスタートアップ企業への投資が活発なシリコンバレーの現状とその背景をお届けしました。そのシリコンバレーに、独自の技術やノウハウを持つベンチャー企業に投資することを目的としてコーポレートベンチャーキャピタルを設立したが、思うような成果が上がらないと悩む企業は少なくありません。本稿では、多くのコーポレートベンチャーキャピタルに共通する課題や、それを解決することで得られるメリットなどについて詳しく解説していきます。

なかなか成果につながらない日本のコーポレートベンチャーキャピタル

不確実性が高い環境下で事業の競争優位を実現するためには、既存事業や技術の深堀りだけではなく、新たな技術、ビジネスへの挑戦が必要不可欠となります。これを実現する手法として、昨今広まりつつあるのがオープンイノベーションです。これは事業会社がベンチャー企業などの外部と連携、それぞれがアイデアやリソースなどを持ち寄ることでシナジーの創出を目指す取り組みです。

このオープンイノベーションの実践やベンチャー企業の買収、あるいはイノベーションに関わる情報の収集などを目的として、コーポレートベンチャーキャピタル(以下、CVC)を設立する企業が増加しています。

アメリカのカリフォルニア州北部にある、シリコンバレーを含むベイエリアには多くのグローバル大企業がイノベーション拠点を設置していますが、拠点の性質のうち最も多いのがCVCとなっています。日系企業も増加傾向にあり、ベイエリアの日系企業数は1,000社を超えている状況です。

ただ、日系企業のCVCが順風満帆であるかというと、決してそうではありません。デロイト トーマツが国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構と共同で調査を行ったところ、CVCでよくみられる問題として、社内での位置付けや目的が明確ではないため、トップ交代に伴ってCVCが廃止される、あるいは経営層の期待する規模の新事業を創出できない、投資方針に合致する投資対象企業が少なく、出資や協業までつながらないなどといった問題がよく見受けられます。また、トップのコミットメントや方針の明確化における課題に加え、オペレーション観点での課題も浮かび上がっています。

例えば組織体制でいえば、担当組織に権限がないために意思決定に時間がかかり過ぎていたり、社内連携においてもが連携体制が不十分であるため、事業部門から協力を得られず、実際の協業に結び付かないといった悩みも少なくないようです。

CVCをアンテナとして活用して両利きの経営を実践

このようにCVCの運営には多くの課題が指摘されていますが、適切に運営がされた場合、大きな果実が得られるのも事実です。

例えば両利きの経営と呼ばれる考え方では、イノベーションの創出においては既存事業の深掘りである「知の深化」だけでなく、認知を広める「知の探索」をバランス良く行うことが重要だとされています。ただ企業においては短期の業績目標達成、単年度の予算達成が重視されるため、知の探索はおろそかになりがちです。

これに対しCVCによる投資を活用すれば、直近で関係性の薄い技術やビジネスに関して情報収集、外部の企業との関係性構築などを通じて、知の探索につながるアクションを起こしやすくなります。

協業やM&Aのきっかけの構築においても、CVCは有効に機能します。例えば、有望な技術を持つベンチャーがあり、協業したいと考えたとしましょう。しかし多くのベンチャーのリソースは限定的であり、協業相手にコミットメントとして出資を求める場合があります。このようなケースに機動的に対応する際、CVCが有効になる場合があります。

投資活動をCVCに集約することで、投資やM&Aにより、リスクの低減が可能になるといったメリットも見逃せません。

シリコンバレー"村"のルールを知るパートナーを選ぶ

このCVCによって得られる戦略的リターンの種類としては、「トレンド・業界動向把握」「M&Aパイプライン構築」「エコシステム拡大」、技術スカウティング」「新市場アクセス」といったものが挙げられます。

トレンド・業界動向把握は、CVCをアンテナとして用い、情報収集能力を高める活動です。これによって技術トレンドや業界動向をいち早くキャッチし、他者との競争優位などにつなげます。

M&Aパイプライン構築は、将来のM&Aを見据えた投資活動であるといえます。具体的には、少額出資を軸にベンチャー企業などと連携を図り、継続的な関係構築モニタリングを実施した後、自社のビジネスとのシナジーが大きいと判断できれば積極的にM&Aへつなげる取り組みです。

自社サービスとの関連が深い企業への投資や買収を通じ、収益構造の拡大や自社製品・サービスの価値向上を狙うのがエコシステムの拡大です。そのほか、広い視野で技術探索を行う技術スカウティングや、投資を通じて新たな市場に参入する新市場アクセスなどを目的として、CVCの活動を行うことも考えられます。

実際にCVCからの投資で成功したのが、日本のある損害保険会社です。その企業は自社内のデータ活用に課題があったことから、企業内外の膨大なデータを統合して可視化、インサイトを抽出する技術を持つベンチャー企業とジョイントベンチャーを設立しました。この取り組みにより、そのベンチャー企業との相性のよさを確認した損害保険会社は、ベンチャー企業本体に多額の出資を行い、大きなキャピタルゲインを得ることに成功しました。

DXビジネスを加速させるために、次々と買収を行ったのは日本のあるメーカーです。まずビッグデータ分析や可視化の技術を持つベンチャー企業と子会社を合併して新会社を設立した後、クラウド関連の技術を持つ企業を買収、続けてソフトウェアの設計や研究開発に強みを持つIT企業も買収し、DXビジネス全般に対応するためのケイパビリティを複数の買収で獲得しました。

このように投資やM&Aを成功させるためには、経験やノウハウが求められるのは言うまでもありません。またシリコンバレーには特有のディールの進め方があり、それについて理解していることも重要です。

事前にディール戦略を練っておくことも欠かせません。魅力的な案件があったとしても、ディール戦略がなければ迅速に検討を行うことができず、出遅れてしまったり受け身になってしまったりする可能性があるためです。また価格算定に関する知見や、PMI(Post Merger Integration)のノウハウが不足していれば、ディールや事業統合をスムーズに進めることはできないでしょう。

こうしたリスクを排除し、シリコンバレーでのCVCによる投資やM&Aを円滑に進めたいと考えるのであれば、現地の事情に精通していてM&Aに関する経験も豊富なアドバイザーの手を借りることを検討したいところです。

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社

木村 将之 / Kimura Masayuki

COO

2007年3月有限責任監査法人トーマツ入社。M&A、損益改善、KPI改善などの各種業務に従事。2010年より、デロイト トーマツ ベンチャーサポートの第2創業に参画し、200社超の成長戦略、資本政策立案をサポート、数多くの企業のIPO実現に貢献。大企業向けイノベーションコンサルティング事業を立ち上げ、現在は執行責任者を務める。世界各国のテクノロジー企業と日系企業の協業を促進すべく海外事業の責任者に就任。...さらに詳しく>>