シリコンバレーの投資動向とベンチャー投資が過熱する理由
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
木村 将之
いくつもの巨大IT企業を輩出し、そして今も多くのベンチャーがしのぎを削っているシリコンバレーでは、新型コロナウイルスの影響を感じさせることなく活発に投資活動が行われています。そのシリコンバレーの現状、そしてベンチャー投資が改めて過熱している背景を解説します。
目次
1億ドル以上のメガディールが大幅に増加
新型コロナウイルスの感染拡大により、経済活動の広範な分野が停滞している一方、アメリカではスタートアップ企業への投資が活発化しています。
実際、アメリカにおける2021年の投資額は第二四半期までで約1,500億ドルに達しています。ちなみに2020年の年間を通した投資額は約1,643億ドルであり、このまま進めば2021年の1年間の投資額は前年の2倍近い数字になりそうです。
このアメリカにおける投資の約半分がシリコンバレーで行われており、2021年の同地域における投資額は最終的に日本円で15兆円程度になるのではないかといわれています。
では、ディールの状況を詳しく見ていきましょう。投資ラウンドを起業前の「Angel/Seed」と起業直後の「Early」、そして事業が本格的にスタートした後の「Later」に分けて見てみると、Laterラウンドの投資が非常に伸びています。また1億ドル以上を投資するメガディールが増えていて、ディールが大型化していることも注目すべきポイントです。
活性化の要因として挙げられるのは、特にFinTech領域のソフトウェアと、製薬やバイオといったヘルスケア領域におけるメガディール件数の急増です。例えばソフトウェア領域の場合、2020年のメガディール件数は107件でしたが、2021年は半期で既に141件に達しています。
地域別でると、シリコンバレーのディール件数は前年よりも減少していますが、ディールバリューは逆に50%以上増加しています。その他の地域でもディールバリューは伸びていて、例えばシアトルは164%増、ニューヨークで143%増です。アメリカで投資が過熱している状況が分かるでしょう。
各地域のシェアも見ておきましょう。投資件数でるとシリコンバレーは20%前後に留まります。ただ大型のディールが行われることが多いため、投資額のシェアは30%以上を常にキープしている状態です。
ベンチャーに資金が流れ込んでいる4つの理由
このようにシリコンバレーでの投資が積極化している背景には、「グロース投資に参入するプライベートエクイティの存在」「コーポレートイノベーションへの継続的なデマンド」「ベンチャーラウンドの新たな出口となったSPACディールの存在」、そして「COVID-19環境下でのテクノロジーへの期待の高まり」の4つの理由があると考えられます。
グロース投資に参入するプライベートエクイティの存在
実質ゼロ金利によって金余りの状態となっていることに加え、キュアピタルゲイン税の税率引き上げの可能性が高まっていることから、ベンチャーキャピタルにおける利益確定のためのエグジットが進んでいます。そしてプライベートエクイティはバイアウトやレバレッジド・バイアウトよりもグロース投資に注力していることから、このようにだぶついた資金がグロースステージにあるベンチャーに流れ込んでいます。
プライベートエクイティが果たす役割が増えていることも注目される動きです。昨今では、未上場の段階でも組織の規模が大きくなることが少なくありません。そこでもともと経営のプロフェッショナル集団であったプライベートエクイティが組織に入り、ベンチャーの経営をチェックするといったことが行われるようになっています。
コーポレートイノベーションへの継続的なデマンド
昨今、存在感を増しているのがコーポレートベンチャーキャピタルです。不確実性が非常に大きくなっている時代だからこそ、競争優位の源泉を様々な形で取り入れる必要があり、その手段の1つとしてコーポレートベンチャーキャピタルを通じた投資に力を入れているという構図です。
これに伴い、新たな能力を獲得することを目的としたM&Aも増加しています。従来はスケールの拡大、すなわち市場獲得を目的としたM&Aが目立っていましたが、昨今ではデジタル能力の獲得を目的としたM&Aや提携の割合が高まっています。
ベンチャーラウンドの新たな出口となったSPACディールの存在
未公開会社の買収を目的として設立される、SPAC(Special Purpose Acquisition Company:特別買収目的会社)をスキームに組み込んだディールが増加しています。2019年は53件に過ぎませんでしたが、2020年は230件、そして2021年は3月時点ですでに281件も行われています。SPACの仕組みによって出口がしっかり確保されたことで、ベンチャー投資が加速しているという状況です。
例えばエネルギー産業は投資期間が長く、投資額も巨大になることから、ベンチャーキャピタルに敬遠される傾向がありました。こういった領域でもSPACは大きな役割を果たしていて、最近では再生エネルギー関連の企業がSPACと合併して上場するケースが増えつつあります。
COVID-19環境下でのテクノロジーへの期待の高まり
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、多くの企業がDXへの取り組みを加速させています。その流れを受けて、DX関連銘柄に注目が集まっている状況です。具体的な領域の1つとして挙げられるのが、膨大なデータを蓄積できるデータレイクです。最近では膨大なデータを取り込み、機械学習などを用いて分析が行えるサービスを提供する企業が多額の資金調達に成功して話題になりました。
バイデン政権に変わり、パリ協定に復帰したことなどを受けて、クリーンエネルギー関連の銘柄に対する投資も増加傾向にあります。実際、地球温暖化に対処する技術(Climate Tech)を持つベンチャーに投資することを目的とした、大規模ファンドが次々と立ち上げられています。この動きに追従する日系企業も現れていて、今後大きなトレンドになる可能性も十分に考えられます。
後編では、シリコンバレーにおける日系企業のコーポレートベンチャーキャピタルやM&A に関する動向を解説します。