ODRは学生を救えるか――日本司法書士会連合会に聞くODRトライアルの狙い
近年、欧米で普及しつつあるチャット型調停システム「ODR(Online Dispute Resolution)」は日常のトラブルをオンラインで簡単に解決する仕組みで、日本でも検討が始まっています。第2回はこちら>>
今回は早くからODRについて取り組んできた日本司法書士会連合会の紛争解決支援推進対策部ODR対応ワーキングチーム座長である山田茂樹氏に、現在の取り組みと今後のODRをどう考えているのかについて伺いました。(聞き手:編集部 毛利俊介)
山田 茂樹氏
司法書士
平成9年司法書士試験合格。伊豆の国市において司法書士山田茂樹事務所を開設。現在、日本司法書士会連合会紛争解決支援推進対策部「ODR対応WT」座長など。
大学生・専門学校生向けにODRのトライアルを開始
――日本司法書士会連合会(以下、日司連)では、「司法書士による大学生・専門学校生向けオンライン紛争解決手続き(無料チャット調停)」のトライアルプロジェクトを始められたとのことですが、その内容を教えてください。
これは全国の大学生や専門学校生を対象として、司法書士が調停人を務めるオンラインでのチャット調停を行う取り組みです。パソコンやスマートフォンを使用して、トラブルの相手方と対面せずにチャット上で調停を行うことができます。アクセス方法は2つあり、日司連のLINEアカウントをフォローして司法書士に問い合わせたうえで調停を開始するパターンと、日司連のHPを経由して直接調停の申し込みをするパターンがあります。手数料やシステム利用料は無料ですので、ぜひ多くの方にご利用いただければと思います。なおチャット調停システムには、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の「Smart Judgement」を利用しています。
――対象として、大学生と専門学校生を選んだのはなぜでしょうか。
大きく分けて3つの理由があります。
1つ目の理由は、現在の大学生や専門学校生がデジタルネイティブの世代であることです。スマートフォンやSNSの利用になじんでいる世代であれば、オンライン上の紛争解決手続きであるODRも違和感を覚えることなく使ってもらえるのではないかと考えたことです。
2つ目は大学生や専門学校生であっても、様々なトラブルを経験する可能性があることです。アルバイト先である企業や店舗との間での労働問題、あるいはアパートやマンションの賃貸における契約トラブルなどが考えられるでしょう。そのほかにも、マルチ商法関連やインターネット上の取引など消費者トラブルも起こり得ます。
しかし、まだ社会に出ていない大学生や専門学校生では、トラブルが起きたときに誰に相談すれば良いのか分からない、どのようにトラブルを解決すべきかを知らないといった人も多いのではないでしょうか。そこで日頃使い慣れているスマートフォンを使い、チャットで紛争解決を試みることができるとすればメリットになると考えたことです。
そして3つ目の理由としては、今後の社会を支える中心世代となる大学生や専門学校生に、早い段階でODRを経験してもらうことによって、日本でのODRの普及を加速したいと考えたことです。
ODRの課題
――ODRの課題としてはどのようなことが考えられるでしょうか。
調停相手がODRに参加していただけないときに、どのように対処するかは非常に難しい課題であると感じています。諸外国での先行事例をみてもこうした課題があることは分かってはいましたが、実際に取り組んでみて肌身に感じたというところです。これを解決するためには、最終的には、国の制度設計から考え直す必要もあり得るのではないかと感じています。
また、そのほかの課題としては、本人確認の実施の方法やその精度、なりすましの防止、証拠の提出方法、調停が終わった後の処理などが課題として挙げられると思います。
ODRの普及には国による後押しが不可欠
――日司連として、ODRの今後についてどのようにお考えでしょうか。
デジタル改革関連法案が成立し、裁判のIT化も進められるなど、社会のデジタル化に向けた動きが加速する中で、ODRのようなオンラインによる手続きも発展していくだろうと捉えています。
すでに私たちは、裁判外での紛争解決のための仕組みとして、常設の無料法律相談を行っているほか、認証を得たADR機関としても活動しています。私個人の意見としては、ODRはそれらとは異なる存在として、社会的に意義がある形で司法書士団体として取り組んでいければと考えているところです。
――ODRには今後どのような機能が必要だと思いますか。
AIの実装ですね。そのためにはデータの蓄積と活用に向けた取り組みも必要になると考えています。AIを使って過去の調停結果から妥当な解決案を自動的に提示するなどといったことを実現するうえでは、機械学習に利用するデータをどれだけ蓄積するかが重要なポイントになります。
ただ民間ODRを提供する事業者が個別にデータを蓄積していては、十分な機械学習データを確保することができず、AIの精度を高めることができません。この点に関しては、ODRに必要な機能を提供するベンダーやODRを実施する事業者や団体も含めて調整していく必要があるでしょう。
そのほか実現してほしいこととして、紛争解決における解決金、和解金の支払いをオンラインで完結できるようにすることがあります。例えば解決金が30万円というとき、5万円ずつ分割での支払いにするといったことがあります。こうした金銭の処理もオンラインで実現できれば、紛争解決をスムーズに進められるようになると考えています。
――国や企業に対して期待することはありますか。
多くの人にODRを利用していただくためには、国が行っている民事調停などと対等なものとしてODRを位置付け、国民にとって魅力のある選択肢の1つとする必要があるでしょう。そのためには、全体的な制度設計を改めて考えていく必要があります。
成功体験が積み重なり、社会的にODRについての認知が広まれば自然と社会に浸透するでしょう。そこに至るまでの助走期間におけるサポートが、ぜひ国にお願いしたいことです。
次にコスト面についてです。民間としてODRの仕組みを提供するといった際には、システムの導入など様々なコストが発生します。それによって利用者の負担が大きくなれば、多くの人が使える仕組みにはなりません。難しい部分ではありますが、こうした費用やコスト面での対応も国に期待したいところです。