政府は地域未来戦略において、大規模な産業クラスターの形成だけではなく、地域レベルのクラスターの創出や地域資源の活用に焦点を当てている。戦略の成否を左右するのは、外部からの大型投資のみならず、地域内の中堅・中小企業の成長となる。この点で売上高100億円規模を目標として経営者の成長意欲を可視化する「100億宣言」は、地域企業からの内発的な発展を支える政策モジュール(施策)として機能する。今後の成長戦略における100億宣言の位置付け、可能性と課題を提示する。

本稿では特に、100億宣言が補助金と連動した分配政策にとどまらず、地域未来戦略における中堅・中小企業の内発的発展を支える構成政策に発展することが重要であることを指摘したい。はじめに地域未来戦略と100億宣言について、それぞれの特色を整理する。

 

地域未来戦略の構造

政府が策定する地域未来戦略は、全体のKGI(重要目標達成指標)について、官民設備投資の増加(特に東京圏以外)、地方における付加価値向上(特に東京圏以外)、地域の人材力強化(産業ニーズに即した人材育成数)——3点を定めた。

今後創出を目指す産業クラスターは、次の3類型に整理される[i]

 

類型A:戦略産業クラスター計画

都道府県域をまたぐ地域ブロック単位を想定し、日本成長戦略上の重点分野において大規模投資を促すもの。半導体など、ラピダスやTSMC進出地域のような事例が先行モデルとされる。

類型B:地域産業クラスター計画

主として都道府県単位、あるいは複数市町村にまたがるエリアを対象とし、地域のサービス・製品が国内外市場で競争力を持つことを目指す。自治体間連携や中堅企業支援の活用が重要となる。

類型C:地場産業成長プラン

市区町村から都道府県単位までの範囲を想定し、農林水産品、観光、工芸品など地域資源の高付加価値化を通じた経済成長を目指す。伴走支援や地域支援サービスの整備が焦点となる。

 

AC3類型に共通して重要なポイントは、サプライチェーン、物流、雇用、人材育成を含む広域連携と言える。したがって、地域未来戦略は、単発の個別補助ではなく、自治体・企業・金融機関・支援機関を束ねる地域横断的な枠組みを実装する戦略として理解すべきである。

政府は、3類型の産業集積の前提となる広域連携を実現していくため、複数の自治体による共同提案や連携を推進することを記した。地域未来戦略の正式決定後、2027年度予算案・税制改正等において自治体経由の資金支援(交付金)を柱とした政策が議論される。新たな国際秩序の中、国内投資を喚起する日本成長戦略の枠組みの中で、地域未来戦略は重要な政策モジュールとなっていく[ii]

(本稿ではミュンヘン安全保障会議に関する分析を参照し、「政策モジュール」を、特定の行政課題に対する解決手法として、他の施策群と接続可能な形で機能する政策要素として扱う[iii]

この地域未来戦略における中堅・中小企業の位置付けは次のように整理できる。

類型A「戦略産業クラスター計画」においては、経済産業省地域局による素案で10の候補が示された。今後、政府は17の戦略分野について、ラピダスやTSMCを先行事例として、長期・大規模なインフラ支援を検討する。これらの大規模投資(外発的契機)を単なる企業誘致に終わらせず、地域経済に定着させるためには、インフラの拡充と同時に、サプライチェーンを支える中堅・中小企業の底上げ(内発的発展)が不可欠である。

(本稿における「内発的発展」とは、地域が固有の資源と主体性を基盤に、外部との関係を統御しながら、自律的に投資・学習・連携を進め、持続的に成長能力を形成することを指す[iv]

このような中堅・中小企業の内発的発展は、類型Aにおいて重要な要素である一方、類型Bの「地域産業クラスター計画」、類型Cの「地場産業成長プラン」においては成否を左右する基盤となる。そして地域企業の成長意欲を喚起させ、顕在化させる政策モジュールが「100億宣言」である。(図1

 

1 地域未来戦略を支える100億宣言

デロイト トーマツ戦略研究所作成

 

2年目を迎えた100億宣言の本質:経営者ガバナンスの創出

100億宣言とは何か。2025年度にスタートしたこの政策は、売上高100億円という目標設定を通じて、経営者の成長意欲を可視化し、社外に発信する取り組みである。表面的には数値目標を掲げ、それに適合した企業に成長加速化補助金などの支援を講じる制度であるが、その本質は単なる「目標管理」ではない。重要なのは、経営者が成長意思を外部に向けて表明することで、地域、金融機関、支援機関の関心を集め、経営者の意識変容や経営者同士のネットワーク形成を促す点である。

中小企業庁の山下隆一長官は2026年3月、デロイト トーマツ戦略研究所によるヒアリングに対し、次のように指摘した[v]

 

今後の投資の担い手は、地域の企業だと考えています。売上高100億円を目指すような、意欲ある中小・中堅企業の経営者が重要になります。中小・中堅企業は、社長が本気になれば会社が一気に変わります。経営者によるガバナンスが強く効きます

AIの急激な発達、地政学リスクの高まり、GX(グリーントランスフォーメーション)、少子高齢化という構造的な課題と人手不足。世界、そして日本経済の前提が一斉に変わっており、その中で中小・中堅企業は変化に適応する可能性を持っています。

 

この観点から見ると、100億宣言の政策的意義は、企業の将来売上目標を掲げるだけではなく、経営者が成長に向けた意思を可視化し、社会的に接続する仕組みと言える。

特に中小企業では、経営者の意思決定が企業行動に与える影響が大きい。したがって、経営者の覚悟や構想が可視化されること自体が、投資、採用、新規事業、M&A、研究開発といった成長に向けた取り組みの出発点となる。宣言によって、経営者は地域の雇用や経済を牽引する主体として見られるようになり、地域社会や金融機関、支援機関との接点も広がる。企業経営者は地域経済の要であり、外部からの期待や注目は、一定の規律や後押しとして作用し、成長に向けた「経営者によるガバナンス」を生み出す可能性がある。

202510月以降、中小企業庁は東京をはじめ、茨城、福島、広島、熊本などで100億宣言企業経営者、支援機関を対象にしたセミナーを実施した。会場でのヒアリングでは、次のような回答が目立った[vi]

 

①新たな視点への意欲:「異業種・異地域との交流から新たな視点を得たい」、「自社とは異なる経営スタイルや価値観に触れたい」、「トレンドや外部環境への感度を高めたい」

②知見への意欲:「失敗談や意思決定プロセスから学びたい」

③ネットワークへの意欲:「次世代経営者同士の横のつながりを作りたい」、「ネットワークを築きたい」

 

100億宣言は、個社の経営課題への対応を超え、地域における成長志向の醸成や、挑戦を後押しする環境の整備に資する施策として捉えられる。売上高100億円の達成よって、宣言企業の収益拡大にとどまらず、そのエリアでの雇用拡大、賃上げ、設備投資増進、生産性向上といった波及的な政策効果が生まれることが期待される。

一方、中小企業は100億宣言の実現に向け、成長戦略の具体化、投資判断、人材確保、販路拡大、事業承継やM&Aの検討など、多岐にわたる課題に直面する。したがって、実施2年目以降の政策では、宣言件数の積み上げだけを目指すのではなく、補助金を超える参加価値を確実にし、宣言企業がさらに一歩、経営変革へと踏み出せる環境を整備することが求められる。

政策過程論(Lowiの政策4類型[vii])の観点から見れば、100億宣言は短期的には補助金や支援措置と結びついた「分配政策」の性質が色濃い。しかし、より長い時間軸においては、地域の関係性や役割認識、支援の枠組み、エコシステムやアイデンティティ自体を変更する「構成政策」として機能するか否かが焦点となる。(表1

本稿でいう「構成政策」には、補助金配分のような資源移転にとどまらず、企業・支援機関・金融機関・地域社会の関係性、役割認識、期待形成、ネットワークの枠組みそのものを変える政策が含まれる。100億宣言が構成政策として機能するかどうかは、継続的なネットワーク形成、伴走支援の接続強化などの有無から判断されるだろう。

 

1 Lowi1972)の4類型に関するPetek2024)の整理[viii]

デロイト トーマツ戦略研究所作成

 

 

100億宣言:周知から実装・成果創出への転換、3つの課題

2025年度に開始された100億宣言は、2026年度に制度運用の第二段階に入った。継続的な対話・支援を生み出す構成政策として機能し、地域未来戦略における内発的発展の中核的な政策モジュールに進化するためには、現在の周知の段階から実装・成果創出の流れに向かうことが必要である。課題は少なくとも次の3点が挙げられる。

課題①:補助金依存からの脱却=多元的経営者ネットワークの構築・強化

新規の補助金制度が恒久的な措置になることは、まれである。100億宣言企業を対象とした中小企業成長加速化補助金は2026年度予算で拡充されたが、この政策判断が持続すると考える政策関係者は少ない。補助金だけはなく、宣言に伴うネットワークや支援(投融資・助言)体制が企業の成長にとって魅力(インセンティブ)となる仕組みづくりが急務である。

中小企業庁が2025年度に開催したセミナーでの参加者ヒアリングでは、「経営者同士だからこそ話せる失敗談がある」、「先行する経営者の話を聞き、自社の意思決定を相対化できた」といった反響を確認できた。必要とされていたのは、制度説明や名刺交換に終わらない、経営者同士だからこそ成立する対話や視座の共有だった可能性がある。セミナーやネットワークは「『孤独な経営者』が自身のアイデンティティ、経験を再評価し、再構成する効果」が期待される[ix]。セミナーには今後、政府機関だけではなく、自治体・地域金融機関・支援機関が積極的に役割を果たすことが期待され、実務と視座を共有できる場づくりが課題となる。経営者がセミナーをきっかけに継続的にコミュニケーションする仕組み(例えばSNS、連絡網の共有)を検討すべきである[x]

経営者自身が抱える迷いや危機感を同じ立場の社長と共有し、経営者としての自己を再定義(再構成)できる環境は、次の不確実な投資への決断(心理的レジリエンスの醸成)を支える。2年目の100億宣言が目指すべきは、経営者の信念体系を支え直す「アイデンティティの基盤」としてのネットワーク網かもしれない。

課題②:EBPM(証拠に基づく政策立案)による波及効果の可視化

個社の売上高の伸び、業績向上だけではなく、100億宣言企業がかかわる地域への外部効果(雇用創出、賃上げ、投資促進、域内取引拡大)を測定することが課題になる。将来的には信念の表明(宣言、ナラティブ)が企業の投資行動、ガバナンスをどのように変えたのか、地域メディアのコーディングデータ(テキスト分析)を実施するといった研究・測定が解決策の一つになり得る。さらに、宣言企業と非宣言企業の財務データや地域雇用統計を用いた因果推計を組み合わせることで、ナラティブの変容と実体経済への波及効果の双方を検証するEBPMのモデル構築も一案になる。

課題:伴走支援に経済安全保障などの「大局観」が不足しやすい

100億宣言企業の成長支援では、個社の資金繰りや補助金申請支援だけでは不十分である。現代の経営課題は、国際秩序の変化、サプライチェーン再編、AI(人工知能)に代表される破壊的技術革新、人口動態の変化、インフレの進展といったマクロ環境の変化と密接に結び付く。高い技術や投資意欲を持つ地方企業が全国のクラスター、地場産業で成長すること自体が国内サプライチェーンの強靭性・冗長性を向上し、経済安全保障で重視される戦略的不可欠性・自律性を高める。

伴走支援においては、急激な外部環境の変化を前提として、戦略的不可欠性・自律性を理解し、「変化する世界の中で何が必要されるのか」という物語を中堅・中小企業の経営に翻訳し、伝えていくことが課題になる。したがって、支援者は次の二つの能力が求められる。

 

ミクロの理解力:地域・個別企業の現場の課題、個別事情、経営者の制約条件を理解し、実情に即して助言できること

マクロの翻訳力:世界経済や技術変化、経済安全保障上の要請(例えば、半導体供給網の国内回帰やAIデータセンター誘致に伴うインフラ需要など)を、個別企業の戦略課題に翻訳して伝えられること

 

言い換えるならば、伴走支援者は「虫の目」によって地域の課題に寄り添い、「鳥の目」によってグローバルな動向を俯瞰し迅速に対応する力が必要である。

この二つの能力は必ずしも単一の組織で満たす必要はないが、両方を兼ね備えたチーム、グループの活動は期待される。半導体に関する経済・研究エコシステム構築を目指す北海道バレー協議会(HVVA)のように、産学官が経済安全保障上の課題を大局観として捉え、地域の産業振興に翻訳して伴走を始めたアプローチは参考になり得る[xi]

今後、100億宣言においても、自治体や金融機関、専門ファームが連携し、従来型の財務支援や制度紹介を超えて、投資判断、人材戦略、サプライチェーン再編、知財・ブランド戦略まで含めた総合的支援を提供できるかが問われる。

このため、企業が伴走支援を受けるだけでなく、支援者を選べる環境を整える仕組みが求められる。100億宣言のセミナーやネットワークは、意欲ある経営者が十分な実力を持つ支援機関を選別し、また支援機関も企業の本気度を見極める接点として設計されることが期待される。(図2

 

2 100億宣言の実装・成果創出に向けた3要素

デロイト トーマツ戦略研究所作成

 

100億宣言企業が主体的かつ能動的に外部リソースを見極め、活用するようになれば、自立的な組織・ガバナンスづくりは進展するだろう。それが結果として成長に結びつく。

 

結語:強靭な地域成長エコシステム創出へ

100億宣言の本質は、売上高100億円という数値目標を通じ、地域の経営者が成長意思を明示し、外部の期待、支援、規律を受ける成長エコシステムを形成することにある。

宣言企業、達成企業の数を増やしていくことは重要な通過点であるが、政策の最終目的は、成長意欲を持つ経営者が挑戦できる環境を整えることであり、雇用拡大、賃上げ、国内投資の促進といった成果を積み上げていくことである。

そして、この「意欲に基づく内発的発展」を100億宣言企業だけではなく、地域、自治体の内発的な取り組みにつなげることが、今後の地域未来戦略において要素になる。

地域未来戦略が目指すのは、地域の付加価値向上、人材力強化、投資拡大を持続的に実現することである。そのためには、戦略産業クラスター(類型A)、地域産業クラスター(類型B)、地場産業(類型C)のいずれにとっても基盤となる地域企業の内発的成長を導く政策モジュールが不可欠である。100億宣言は、その役割を担い得る。

地域未来戦略の実効性を高めるためにも、100億宣言を補助金の「分配政策」にとどめてはならない。経営者ネットワークの拡充、波及効果の可視化、支援機関の高度化を通じて、100億宣言を「分配政策」から「構成政策」へと転換していく必要がある。

成長意欲を持つ経営者が挑戦しやすく、地域全体がそれを支え、成果が再び地域に還流する——このような強靱な産業クラスター・地場産業を設計できるか。自治体や支援機関を含め、100億宣言が喚起する内発的発展を拡充できるか。これらが地域未来戦略の成否を左右する。

 

<参考レポート>

地方創生2.0、賞賛による「100億企業」創出――中小企業成長へ、意志に働き掛け | Strategy Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ

戦略産業クラスターをどう設計するか――北海道バレーが示す新たな官民連携の要諦 | Strategy Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ

ミュンヘン安全保障会議が示す「新秩序」の論理:モジュール化、包括防衛、AI台頭を補助線として | Strategy Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ

 

<参考文献・注釈>


[i] 地域未来戦略本部. (2026). 地域未来戦略の政策パッケージ(案)内閣官房サイト. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chiikimirai/kankei_fukudaijin/dai4/shiryo2.pdf

[ii] 政策モジュールとは、行政課題に対する解決策や事業手法を独立した構成要素(モジュール)として体系化したもの。

[iii] 江田 覚平木綾香. (2026, June 8). ミュンヘン安全保障会議が示す「新秩序」の論理:モジュール化、包括防衛、AI台頭を補助線としてデロイト トーマツ戦略研究所. https://faportal.deloitte.jp/institute/report/articles/2209

[iv] 内発的発展論は、Parsons (1961)らによる「内発型」「外発型」の社会変化分析を基礎としつつ、日本では鶴見和子、玉野井芳郎、宮本憲一らによって、地域文化、住民自治、生活の質を含む総合的な地域発展論として展開された。
 近江加奈子. (2024). 内発的発展論:日本発の開発理論としての可能性と課題東洋文化104, 45-65. 

[v] 江田 覚. (2026, April 22). 地域経営者が創出する新たな成長=中小企業庁の山下長官が語る「100億宣言」政策デロイト トーマツ戦略研究所. https://dtsi.deloitte.jp/interview/growth-100-oku

[vi] 中小企業庁などは202510月から20266月までに11の地域で100億宣言に関するシンポジウム・会合を開催した。筆者は合同会社デロイト トーマツ職員および研究者として、このうち5回に参加した。
中小企業庁. (n.d.). 100億企業成長ポータル中小企業庁. https://growth-100-oku.smrj.go.jp/

[vii] Lowi, T. J. (1972). Four systems of policy, politics, and choice. Public administration review, 32(4), 298-310.

[viii] Petek, A. (2024). Testing Lowi's policy types on Croatian public policies. Balkan social science review, 23(23), 415-447.

[ix] Petek (2024)が整理した「構成政策の事例としてのアイデンティティ政策」と言える。

[x] 2025年度に実施された公的セミナーにおいても参加者の情報共有、SNSを使ったネットワークづくりが課題に上がった。しかし、個人情報保護との兼ね合いがハードルとなるケースが多く、この点でも内発的取り組みが重要となる。

[xi] 江田 覚. (2026, June 8). 戦略産業クラスターをどう設計するか――北海道バレーが示す新たな官民連携の要諦デロイト トーマツ戦略研究所. https://faportal.deloitte.jp/institute/report/articles/2209

最終閲覧日は2026年6月30日.

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(現合同会社デロイト トーマツ)に参画後、戦略研究所設立計画を主導。政策分析・調整に携わる。以前は時事通信社にてワシントン特派員、編集委員を務めた。
専門分野は国際関係論、産業政策論、政策過程分析。修士(公共政策)。


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