国際秩序の変容と破壊的な技術革新を背景に、日本政府は経済安全保障を重視した成長戦略の策定を進めている。柱は、戦略的な自律性と不可欠性を高め、産業基盤とサプライチェーンを強靱化することだ。その実装のカギを握るのが、世界情勢と技術の変化に対応できる地域エコシステムの構築である。本稿は、2026年6月に策定が見込まれる「地域未来戦略」を念頭に、官民連携の先行事例とされる北海道バレービジョン協議会を分析し、他地域の産業クラスター創出への示唆を探る。

成長戦略と地域未来戦略の接点

 

はじめに、成長戦略をめぐる2026年の現在地を整理したい。

2026年初の解散総選挙によって自由民主党の議席を大幅に拡大した高市早苗首相は同年2月の施政方針演説で「圧倒的に足りないのは、資本投入量、すなわち国内投資です。その促進に徹底的なてこ入れをします」と表明した[i]

それまでの間、政府は米国のトランプ大統領が掲げた高関税措置の軽減と引き換えに、総額5500億ドルを米国に投資する日米戦略的投資イニシアティブ[ii]を確約した。このイニシアティブが一つの契機となり、日本成長戦略ではAI・半導体、航空・宇宙、フュージョンエネルギーなど「17の戦略分野」が定められた[iii]

この日本成長戦略を実現するために、政府は全国を10ブロックに分け、17分野を中心にした産業クラスターを形成し、官民投資を呼び込む全体戦略を策定しようとしている。それが、「地域未来戦略」である。

デロイト トーマツ戦略研究所が20265月に開催したシンポジウムにおいて小林鷹之・自民党政務調査会長は次のように説明している[iv]

 

「列島の衰退を防ぐには、全国津々浦々に成長の果実が行き渡るような政策を実行しなければならない。そのためのキーワードが『責任ある積極財政』です。高市総理の言葉を借りれば『危機管理投資』、そして『成長投資』です。国がリスクをとってこの2つの投資を進めて行きます。正確な言い方をすれば、国も民間企業と一緒にリスクを取っていくということです」

 

小林氏はまた、10ブロックについては、次のように語り、メリハリが大事だとも強調している。

 

「全国10ブロックでどんな産業集積を行うか。その対象は戦略17分野を特定しておりますが、17分野を同じスケジュールで進めて行けるかと言えば、それは違います。すぐに取りかかれる分野、時間のかかる分野があります。戦略17分野の中で、時間軸を考慮して優先順位を決める。やる順序を整理していくことが必要です」

 

具体的に、産業を集積する場合、①該当地域の選定、②その地域の体制整備(企業・拠点の誘致や資金手当て、社会インフラ整備)——の2点が重要になるだろう。その指針となるのが、日本成長戦略にも反映される「地域未来戦略」と言える。

内閣官房は地域未来戦略全体のKGI(重要目標達成指標)について、①官民設備投資の増加(特に東京圏以外)、②地方における付加価値向上(特に東京圏以外)、③地域の人材力強化(産業ニーズに即した人材育成数)——の3点を置いた[v]。その上で、今後創出を目指す産業クラスターを3つの類型で整理した[vi]。(図表1

 

図表1 地域未来戦略における3つの類型の計画

 類型エリアKGI 
 A. 戦略産業クラスター都道府県域をまたぐ広域①官民設備投資の増加
②地方における付加価値向上
③地域の人材力強化
 
 B. 地域産業クラスター都道府県内①官民設備投資の増加
②地方における付加価値向上
③地域の人材力強化
 
 C. 地場産業成長プラン市区町村~都道府県単位②地方における付加価値向上 

 

データソース 地域未来戦略本部. (2026b).

 

戦略産業クラスターが自治体に求めるもの

 

本稿では、広域かつ大規模な産業集積を目指す「A.戦略産業クラスター」計画を取り上げる。この計画は、日本成長戦略において、従来型の地方経済振興の枠にとどまらず、国の経済安全保障戦略を地理的・空間的に実装するパーツとして位置付けられる可能性がある。

対米投資枠組みとも関係する成長戦略の下で、戦略産業クラスターを見るには次の2点が重要になる。

第一に、地域未来交付金などを用いた長期・大規模な政策資金の供給が予想される点である。地域未来戦略において、戦略産業クラスター構築に向けた資金は、従来型の単年度・細切れの地方交付金と異なる枠組みが活用される可能性が高い。内閣官房の検討資料[vii]においては、「地域産業構造転換インフラ整備推進交付金」などが挙げられ、自治体に単年度の予算消化ではなく、長期的なマクロ経済へのインパクトの実現を促す資金供給メカニズムの拡充が提案された。

これは経済安保上の戦略17分野の国内投資拡大に向け、政府(国)からの直接支援だけではなく、自治体経由の政策支援の可能性を切り拓く措置と位置付けられる。

第二に、自治体・地域の自発的なクラスター戦略・取り組みが求められる点である。戦略産業クラスターの形成に向け、交付金を主軸とした資金供給を受けるにあたって、都道府県は資金獲得に向けた特色ある提案を課される。すなわち、政府が提示した戦略分野とKGIを基に、独自のアイデアを示すことが不可欠であり、一種の自治体間の競争環境が設定される。

自治体や地域の関係者は、経済安全保障が関わる国際環境と技術変化を咀嚼し、自地域の強みを「戦略的自律性・不可欠性」に結び付けて案を示し、語ることが求められる。

 

なぜ新たな官民連携が必要なのか

 

日本成長戦略においては、戦略産業クラスターの構築に向け、「長期・大規模資金」と「地域の自発的プロジェクト招請」という政策措置が盛り込まれる。その結果、官民連携の重要性は従来以上に高まる。その主要な理由として次の2点を挙げたい。

理由①:地方自治体の現場において、国際情勢・技術革新に関する情報が必要になる

戦略産業クラスターは17の戦略分野と平仄を合わせて、構築される。内閣官房は、17分野を「AI・半導体」、「乗り物(宇宙・航空等)、「エネルギー・GXDX」、「造船」、「医療・バイオ」、「ものづくり」に再整理し、日本全国に配置する素案を示した[viii]。特に半導体・AIGX、量子、ロボティクスなどの分野は技術革新のスピードが加速するとともに、米国や中国などの覇権国家の政策動向が大きく影響する領域であり、地方創生・自治とは異なる情報、専門性が求められる。準備段階から、経済安保や先端技術に通じた企業・シンクタンク・専門家を巻き込み、その知見を自治体の制度設計に落とし込むことが不可欠になる。

理由②:大規模資金の活用体制が必要になる

地域産業構造転換インフラ整備推進交付金のような政策資金が用意された場合、自治体・地域ステークホルダーは持続的な投資を呼び込む枠組みを整えることが求められる。産業集積には人材、資源・素材・部品(供給網)、資金を中長期のビジョンを持って運用するノウハウが重要である。特に、国内外から専門人材や先端企業を集めるために、家族の生活・教育環境の整備や陸海空の運輸・交通網、エネルギー供給網を含めた社会インフラの形成は不可欠である。

特に企業・金融機関は道路・住宅地の拡張、インターナショナルスクールの誘致検討など個別具体的な要求をする。これらの論点を整理し実行するためには、従来型の自治体による意思決定だけではなく、産学官や金融による多元的な連携・ガバナンスが重要になる。

 

 

先行事例:北海道バレービジョン協議会の設計

 

北海道経済産業局などが策定した素案では、ラピダスを取り巻く半導体・AIクラスターが示され、主要ステークホルダーとして北海道バレービジョン協議会(略称HVVA、事務局:北海道経済連合会)が紹介された[ix]

北海道バレービジョンとは何か。それは、ラピダスの小池淳義代表取締役社長兼CEO2023年頃に提唱した地域経済エコシステム構想である。協議会サイトによると、「苫小牧から札幌、石狩に抜ける一帯を『北海道バレー』と名付けて、シリコンバレーに負けないような開発により、半導体関連企業や研究機関、大学が集まるエリアを実現したい」―。小池氏のこの考えが原点となった[x](図表2)

 

図表2 北海道バレービジョン(HVV)のイメージ

合同会社デロイト トーマツ作成

 

この構想を実現するため、20255月に、法人格を持たないコンソーシアム組織「北海道バレービジョン協議会」が設立され、北海道経済連合会の藤井裕会長が、HVVA会長に就いた。当初30団体強だったメンバーは20265月時点で、地方自治体や大学、金融機関を含め、産官学金などの90団体に拡大した。

HVVA設立に先立ち、2023年半ばから関係者による準備が進められていた。重要なのは、その準備段階に既に他地域の構想には見られにくい特徴があった点である。

キーパーソンであるHVVA顧問・和田義明氏(現衆議院議員)とデロイト トーマツの鹿山真吾氏は202512月に対談し、準備段階からの特色として2点を挙げた[xi]

 

(参考) インタビュー | デロイトトーマツ戦略研究所 | デロイト トーマツ グループ

 

第一に、準備段階で、投資計画策定や規制緩和検討、システム構築など専門的な議論を進める部会を置き、設立後も引き継いだ点である。例えば、ラピダスが目指す次世代半導体の開発・製造拠点を軌道に乗せるためには、多様な人材とインフラが不可欠となる。専門家を招請する場合、家族の住まいや学校が必要である。また、電力、交通、運輸などの基盤を築くとともに、地域に即した形での規制を整えることも重要になる。対談では「(教育、インフラ、規制の問題などを)一括で話し合うのは非効率的です。複数のコアとなる部会を立ち上げ、それぞれの部会で専門的な議論を進めています」と指摘された[xii]

現時点で、部会は「都市計画」、「人材育成」、「規制緩和」、「エコシステム構築」、「バレーブランドPR」の5つが設けられ、幹事が中心となって検討を進めている。統括する事務局は、部会の成果を最終的に取りまとめ、全体の計画に反映させる仕組みとなっている。

第二に、準備段階において、米国と台湾、韓国の半導体製造の取り組みを視察し、詳細に研究した点である。先進的な国・地域では、政府、地方自治体、経済界、学術界が一体となり、共通の目標を共有しており、HVVAはそれらを参考にした。

例えば、台湾は、TSMCを中核に、科学園区(サイエンスパーク)や各種優遇制度、研究開発支援、人材供給策などを組み合わせた産業政策を展開してきた。米国ニューヨーク州のオールバニでは、半導体の研究開発・実装を中核とする産官学のクラスターが形成され、製造だけでなく、技術革新や人材育成の拠点としても機能していた。海外と接点を持つ企業や政治家が、米国や台湾、韓国の先行事例を現地で研究し、最初期からビジョンの具体化に反映させたことをキーパーソン2人は「(HVVAが設立された)ポイント」と評価している[xiii]

上記の2つの要素に加え、国政レベルで調整に当たった関係者やPMO(プロジェクト管理)を主導した民間プロフェッショナルが、制度や仕組みを変えるためにリソースを投入する「政策起業家」として動いたことは、第3の特色に挙げられるだろう。HVVAの準備メンバーたちは最初期から、経済安全保障に基づく産業クラスター創出を目標に掲げていた。官民の政策起業家は、2020年代初頭において国政レベルで語られた経済安全保障の概念を地域の政策や産業界向けに翻訳し、半導体産業を通じて自治体政策に実装したと言い換えることもできる[xiv]

 

北海道の示唆:3要素の横展開の可能性

 

北海道バレー構想は始まったばかりであり、その成否は定まっていない。しかし、現時点においても、HVVAを特徴づける3つの要素(機能別専門部会、海外事例の研究、官民の政策起業家が動きやすい環境)は、他地域が政府のプロジェクト招請に応え、長期の大規模資金を獲得する上で、参考になるのではないか。

例えば、HVVAの人材育成部会が進める、北海道大学や地元の高等専門学校(高専)と連携した次世代半導体カリキュラムの構築は、知的財産と高度な技能・労働力が地域に定着する「内発的な知識のスピルオーバー」の創出を目指す動きと言える[xv]。これは、域外の大企業の拠点を誘致・配置した際に起こる「生産拠点の地理的再編(下請け工業化)」のリスクを避けるための取り組みと定義できる。

HVVAはその3つの特色により、地域への新産業集積という点で推進力を発揮した可能性がある。政府は、北海道のAI・半導体だけではなく、北陸における部素材・サーキュラーエコノミー、近畿のモビリティやバイオサイエンス、沖縄の医療バイオ・エネルギー・通信など、新技術導入を前提とした戦略産業クラスター構想を例示している[xvi]。破壊的技術革新が関わる新領域に限れば、HVVA3つの特色は、迅速に国際競争力と戦略的な自律性・不可欠性を獲得する有力なツールとなる可能性を秘めている。

地域未来戦略と日本成長戦略の成否は、地域が先端産業を単に誘致するだけでなく、官民が共通の戦略を持って実装できるかがカギとなる。北海道バレービジョン協議会の経験は、そのために必要な組織設計・知識導入・政策調整のあり方を示す先行事例として位置付けられよう。

 

<参考文献・注釈>

[i] 首相官邸. (2026). 第221回国会における高市内閣総理大臣施政方針演説首相官邸サイト. https://www.kantei.go.jp/jp/105/statement/2026/0220shiseihoshin.html

[ii] The Government of the United States of America and the Government of Japan. (2025). Memorandum of Understanding Between the Government of Japan and the Government of the United States of America with. Respect to Strategic Investments. 内閣官房サイト. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/tariff_measures/houmon/pdf/MOU(EN).pdf

[iii] 日本成長戦略会議. (2025). 成長戦略の検討課題内閣官房サイト. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/kaigi/dai1/shiryou4.pdf

[iv] デロイト トーマツ戦略研究所. (2026). シンポジウムデロイト トーマツ戦略研究所サイト. https://faportal.deloitte.jp/institute/information/articles/2183

[v] 地域未来戦略本部. (2026a). 「地域未来戦略」の政策パッケージとして 目指すべき成果等内閣官房サイト. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chiikimirai/kankei_fukudaijin/dai3/shiryo1.pdf

[vi] 地域未来戦略本部. (2026b). 地域未来戦略の3つの類型の計画について(概要)内閣官房サイト. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chiikimirai/kankei_fukudaijin/dai3/shiryo2.pdf

[vii] ⅳと同じ.

[viii] 地域未来戦略本部. (2026c). 各地方ブロック別の戦略産業クラスター計画の素案(概要)内閣官房サイト. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chiikimirai/kankei_fukudaijin/dai3/shiryo4.pdf

[ix] 地域未来戦略本部. (2026d). 北海道地域における戦略産業クラスター計画の素案内閣官房サイト. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chiikimirai/kankei_fukudaijin/dai3/sankoshiryo1no2.pdf

[x] 北海道バレービジョン協議会. (n.d.). 北海道バレービジョン協議会. https://www.hvva.gr.jp/

[xi] デロイト トーマツ戦略研究所. (2025). 半導体再興へ、北海道バレー構想と全国展開の可能性デロイト トーマツ戦略研究所サイト. https://dtsi.deloitte.jp/interview/semiconductor-revival

[xii] ⅺと同じ.

[xiii] ⅺと同じ.

[xiv] Kingdon, John (2003). Agendas, Alternatives, and Public Policies (2nd ed.). New York, NY: Pearson.Multiple Streams Frameworkを援用するならば問題の流れ(=北海道経済停滞・半導体の重要性の高まり)政策の流れ(=経済安全保障)政治の流れ(=経済安保政策関係者の発言権増大)が一致する中和田氏や民間企業の政策起業家が新たなアジェンダ、政策推進策を提供したと考えられる詳細は別稿にまとめたい.

[xv] Feldman, M. (2003). The locational dynamics of the US biotech industry: knowledge externalities and the anchor hypothesis. Industry and innovation, 10(3), 311-329.

[xvi] 注ⅷと同じ.

最終閲覧日は20266月8日.

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(現合同会社デロイト トーマツ)に入社後、戦略研究所設立計画に従事。政策分析・調整に携わる。以前は時事通信社にてワシントン特派員、編集委員を務めた。
専門分野は国際関係論、産業政策論、政策過程分析。修士(公共政策)。


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