グローバルM&AとSecond Request時代のAI活用型Discovery最前線 ~効率化とリスクヘッジの両立に向けて~
合同会社デロイト トーマツ
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス
出口 朋子
クライシスマネジメントメールマガジン 第92号
昨今、不安定な世界的政治・経済情勢の中、経営成長戦略として大型のグローバルM&A案件が増加傾向にあります。これに伴って、諸外国の独占禁止法規制当局より、追加情報提出要求(二次審査)を受けるケースが増大する可能性があります。M&Aの事前審査、特に米国独禁法規制に基づくSecond Request(追加情報請求)で実施されるDiscovery(証拠開示)対応は企業に大きな負担をもたらします。本記事では、アメリカ法制度下のDiscoveryを想定し、AI(人工知能)技術を活用した最新の実務動向や実践事例、備えるべき体制・ガバナンスのポイントを解説します。
目次
昨今の動向と背景
米国連邦取引委員会(Federal Trade Commission, Bureau of Competition)および司法省反トラスト局(Department of Justice, Antitrust Division)は、アメリカ経済全体の競争上重大な懸念が生じる可能性のある合併・買収(M&A)を特定、調査し、必要に応じて異議を唱える役割を担っている。
2024年度は1976年のハート・スコット・ロディノ反トラスト改正法(HSR法)に基づき、2,031件の届出があり、前年度の1,805件から226件増加している。(下記の図1参照)。これらの取引のおよそ4分の1は、10億ドルを超える規模であり、近年続いている、より大規模かつ複雑な取引への傾向が継続している。連邦取引委員会は30件、司法省反トラスト局は29件のSecond Requestを2024年度に発行、前年度から増加傾向にある(下記の図2参照)。

【図1】出典:HSR Annual Report for FY24 (Federal Trade Commission Bureau of Competition, Department of Justice Antitrust Division) 2025年10月28日閲覧

【図2】出典:HSR Annual Report for FY24 (Federal Trade Commission Bureau of Competition, Department of Justice Antitrust Division) 2025年10月28日閲覧
かねてより、グローバル化・DX化の進展によって訴訟・調査対応で扱うべきデータ量は爆発的に増大し、メール、チャット、クラウド上の文書、音声・動画など対象となるデータソースは多様化している。この「データ爆発」時代において、キーワード検索の結果を人海戦略でレビューしきる従来のDiscovery対応は既に限界を迎えており、AI技術への期待が急速に高まっている。AIはDiscoveryの領域においても、膨大なデータの中から重要な証拠やリスクを迅速・正確に抽出し、コスト削減・リードタイム短縮・品質向上を実現する切り札として注目されている。
Second Requestとは
Second Requestとは、米国の独占禁止法の下で、一定規模以上のM&A案件において規制当局が追加情報・文書の詳細な提出を求める手続きを指す。具体的には、規定の閾値(取引規模・市場影響等)を超えるM&A案件が米国ハート・スコット・ロディノ反トラスト改正法(1976)に基づき事前届出された後、当局が競争上の懸念があるか否かを確認する必要があると判断した場合に発動される。2000年以降、日本企業を対象としたSecond Requestでインパクトの大きな事例は次の通りである。

参考:各社プレスリリース
注:公式の統計はなく、各当時会社のプレスリリースによるため、全件を網羅したものではないことに留意されたい
Second Request発動時、企業は短期間で、数百万件に及ぶ社内外の電子メールや業務文書、経営資料などを精査・提出する必要がある。これに伴う作業負担は極めて大きく、コストの増大、案件クロージングまでのスケジュールの大幅遅延、提出文書の不備・不適切対応による法的リスク増大など、経営に重大な影響を及ぼすこととなりえる。

出典:合同会社デロイト トーマツ
Discoveryの基礎と従来の課題
米国を中心とする訴訟・調査実務では、証拠開示(Discovery)の一環として電子データの提出が必須となっている(eDiscovery)。基本的なプロセスは以下の通りである。
- 特定(Identification)
- 保全(Preservation)
- 収集(Collection)
- 処理(Processing)
- レビュー(Review)
- 分析(Analytics)
- 提出(Production)
従来は、キーワード検索や人手のレビューによる仕分けが標準的な手法であったが、前述の通り、近年のDX化によるデータ量の爆発的増加により、レビュー人員・コストの膨張といった課題が顕在化している。
AIを活用したDiscoveryの最新動向とデロイト トーマツの支援実績
AIは、過去のレビュー結果や教師データをもとに自動でパターンを学習し、膨大な文書を提出対象か否かに分類・抽出する。
AIを活用した現存する作業効率化のフローとしては次のようなものが挙げられる。
- Technology Assisted Review(TAR):機械学習(主に教師データをベースとした学習)を活用し、事案に精通した弁護士がラベル付けした文書をAIが学習する。以降、AIが自動分類・優先順位付けを行うことで、レビュー負荷を大幅に削減できる。
- 自然言語処理(Natural Language Processing, NLP):概念で検索するための文脈解析、類似文書の自動抽出などにより、キーワードに縛られない検索や既出の関連文書をもとに類似のものを抽出するなど、早期案件評価(Early Case Assessment)を効率化することができる。
- AIによる自動翻訳(日本語・中国語・欧州言語等):文書で使用される言語を解さない場合であっても、要旨、文脈の把握を容易にすることが可能となる。
Second Requestでは、短期間で「要提出文書」を網羅的に特定・提出する必要があるが、AIの活用により、レビューフローの自動化・高速化、重要証拠の漏れ防止が効率的に実現できる。
デロイト トーマツによるAI活用Discovery支援の実績は次の通りである。
- 米国司法省によるSecond Requestと訴訟支援
膨大な量のデータをレビューし、提出対象となる文書を早急に特定する必要があった中で、米国法曹資格を有する日英バイリンガルのレビューアーを100名以上動員、指揮しレビューを完結、またAIの活用により、レビューの品質向上、効率化、両国の国益にも関わる巨大ディールのクローズに向けた作業に貢献した。
- 複数国当局によるグローバルカルテル調査支援
各司法管轄内のデロイトメンバーファームと協働し、データプライバシー法に配慮して各データ所在地にてデータプロセスを実施し、弁護士有資格者からなるレビューチームによるレビューを一元化、複数管轄のレビューを同時進行で実施。また、AIの活用により、レビューの品質向上、効率化、コスト削減に貢献した。

出典:合同会社デロイト トーマツ

出典:合同会社デロイト トーマツ
「備え」の重要性と具体的な対策
Second Requestやグローバル訴訟、規制当局調査対応では、「平時の備え」が勝負を分ける。重要なポイントは次の通りである。
- 情報管理の備え・対策
- 情報資産の把握・データマッピング:どこに・どのような性質・形態のデータが・どのような管理で存在するかを可視化し、それぞれのデータソースにて、保存年限・自動廃棄の有無、データエクスポート方法を把握する必要がある。
- Discovery対応・Legal Hold運用体制の構築
- 誰(部署)が、どの部分を担当し、どのように実施するかのオペレーションを予め整理しておくことで、スムーズなスタートが可能になる。
- 訴訟・調査発生時にカストディアン(関係者)を特定、関連するデータの保全・証拠隠滅防止(Legal Hold)を即時実施する必要がある。
- eDiscoveryツール・専門家の選定
- グローバル案件、PMOの実績を有する
- セキュリティ・プライバシー対応に準拠したプラクティス、プラットフォームを保持する
- AI活用のノウハウと品質・精度の担保
AI時代のDiscovery対応─組織体制とガバナンスが企業の生存を左右する
Discoveryは大規模になる傾向があり、手続きが行われるのが遠隔地であることも合わせ考慮すると、本社と現地の密なコミュニケーション、本社による適切なマネジメントが重要なキーとなる。
日本本社主導で、Discovery手続きに精通した国内のテクノロジーパートナーと現地カウンセルの協働による体制を構築し、データの保護、コスト削減を含め案件に応じた最適なDiscovery対応策を講じる必要がある。
グローバル案件では、現地法律事務所・AI活用可能なテクノロジーパートナーとの連携が不可欠であり、特にパートナー次第で、作業効率、ひいては当局による心証に影響を与える可能性がある。クロスボーダー案件の豊富な経験を有するパートナーの選定が重要となる。

出典:合同会社デロイト トーマツ
おわりに
不安定な政治・経済情勢や不確実性の高い経営環境の中、Second Requestやグローバル規模のDiscovery対応の難易度は今後さらに高まる可能性がある。今後、生成AIといった最先端技術動向に注目、積極活用しつつも、組織の「平時の備え」と体制整備が成功のカギとなる。法務・IT・現場部門・外部専門家が一体となり、倫理・法令遵守を徹底しながら、変化に強いDiscovery対応力を磨くことが、企業価値と競争力の源泉となるだろう。
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