2025年3月26日に、SUPER GTにTGR TEAM Deloitte TOM'Sのドライバーとして出場する、笹原右京選手、ジュリアーノ・アレジ選手を招いた座談会が開催されました。モビリティ業界では、脱炭素化やDX化、社会的責任を果たすために、独自の価値創造とESG経営を含む持続的成長が求められています。この認識のもと、デロイト トーマツとTOM'S(トムス)は強みを融合し、新しいモビリティ社会と日本社会の確立を目指して協業を推進しています。本稿では、選手の素顔やレースの裏側に迫るトークが繰り広げられた、座談会の模様をレポートします。

モビリティ業界が抱える課題を“楽しく”解決するための協業は着々と進んでいる

イベントの冒頭ではデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー(DTFA)執行役の三木から、DTFAとモビリティ業界との関わりについて紹介がありました。「2021年、コロナ禍の頃、レースを含むエンターテイメント業界はかなり辛い状況にありました。DTFAもそういった業界の方々をご支援するケースはありましたが、我々としては単純なご支援にとどまらない、ビジネスのプラットフォームを作りたいという考えを抱えていました。そのような中、トムスの舘会長と谷本社長からモビリティサービス領域協業のお話をいただきました。トムスさんは日本のモータースポーツを代表する老舗のチームで、たくさんのノウハウやリレーションをお持ちです。レースは車両開発の実験場だとよく言われますが、我々としては様々な社会課題を解決する実験場として活用していきたい。そんな想いを舘会長と谷本社長に伝えましたら、面白いと言っていただけてお付き合いが始まり、今年で4年目になります。我々の仕事においてクライアントをハッピーにするには、面白く、楽しく動かなければなりません。トムスさんとの取り組みにおいても、チームのスポンサーになるだけでなく、両社でどうしたら楽しいことをやっていけるか、日々追求しています」

DTFAとトムスの取り組みは、レースデータのプラットフォーム開発、老舗ヘルメットメーカーの事業承継支援、内閣府と前橋市が推進する「交通テック×脳テック」へのドライブシュミレーターの提供など、具体的な成果を挙げています。脱炭素化、DX化、インフラ機能の整備・維持など、モビリティ業界が抱える課題は少なくありません。それらを楽しく解決するための両社の協業は、着々と進んでいます。

レーサーになるべくしてなった笹原選手とアレジ選手

最初に語られたのは、2人がドライバーになるまでの生い立ちです。レーサーになるべくしてなったという点で、2人は似通っています。

笹原選手「自動車整備工場を経営している父は、サーキットやオフロードでのレースにも出場していました。母は片山右京選手の大ファンで、お腹にいる赤ちゃんが男の子だとわかった瞬間に、右京と名付けることを決めたそうです。父にも息子をレーサーにしたいという思いがありましたし、僕自身も乗り物が大好きでした。自転車とか一輪車とか、車輪のついている乗り物を全部乗り倒してきて、もう残った選択肢がレーシングカーかバイクしかなくなって。それでバイクは危ないからクルマにしようという流れになりました。両親の思いもありましたが、僕自身がレースやクルマを大好きになれたので、いまこうやって好きなことをできているのは幸せだと思います」

一方のアレジ選手は、F1で大活躍した世界的レーサーのジャン・アレジさん、日本人女優・後藤久美子さんの間に生まれました。彼は「日本語はあまり上手くない」と言いながら、非常に流暢な日本語で、自らがレーサーになるまでを語りました。

アレジ選手「僕はフランスの南東部、アビニョンの出身です。3歳、4歳ぐらいの頃から父の仕事を理解していました。学校に入ってからは父とレースを見に行くことも多く、レーサーとしてのパッションはそのときにもう生まれていましたね。エンジンの音、クルマがピットに入るときのエンジンやガソリンの匂い、ブレーキの熱さ、全部が大好きで、もうこれしかないなと思って。その後、欧州でレーサーとして活動していましたが、日本に行きたいという思いがずっと強くて、2021年に拠点を日本に移しました。日本はいい人、いいものばかりですし、こうしてレースのチャンスもいただけて、本当にありがたいと思っています」

こうしてレーサーになった2人は、TGR TEAM Deloitte TOM'Sのドライバーとして、2024年のSUPER GTでは2勝を飾りました。いま勢いに乗る、まさに旬な男たちです。

コンマ数秒の判断で勝敗が決まるSUPER GT

続いてのトークテーマは、笹原選手によるSUPER GTの解説です。そこで語られたのは、戦いの緻密さ、戦略性の高さでした。

笹原選手「SUPER GTのGTはグランドツーリングの意味で、SUPER GTはGTカーによるレースです。SUPER GTを走るクルマは、GT300GT5002つのクラスに分かれていて、僕たちはGT500を走っています。GT300は、街中でも走っているGTカーをレース用にアレンジしたクルマが走ります。一方のGT500は、車体こそ参戦メーカーの市販GTカーがベースですが、レースの規定に沿うように、全車が同じエンジンやシャーシを搭載しています。GT300のクルマはお金さえあればほぼ同じものを買えますが、GT500はレース専用で、購入することはできません。2つのクラスはエンジンの馬力の違いによって区別されています。よりパワーの大きいエンジンを搭載しているGT500では、GT300より速度が速くなりますが、SUPER GTではこの2つが同時に走ります。だから、追い抜きが多く発生します。前の車をどのタイミングで抜くか、コンマ数秒の判断で順位が決まってしまいます。本当にシビアな戦いなので、常に頭を使って走っています」

その戦略をサポートするのが、チームを支えるエンジニアの存在です。2人が所属するトムスのチームは17名で構成されており、レース中にドライバーとのコミュニケーションを担当するレースエンジニアは、戦略の核を担います。

笹原選手「レース中は、レースエンジニアと常に無線でやりとりしています。前を走っている車のタイムや全体的なレースの流れ、クラッシュが起きた場所などの情報を共有してもらっています。また、どのタイミングでピットに入りたいかも相談していますね。レースエンジニアの方とは、親密な関係を築いておくことがとにかく大事です。40台以上が時速300kmで走るレースでは、必要な情報は絶対に欲しいですが、不要な情報は一切要りません。不要な情報を伝えられたときには“うるさい”と言えるぐらいの関係でないといけませんね」

選手が語る「レーシングカーはここが違う!」

座談会では、SUPER GTを走る車両についての解説も行われました。まずはエンジン。パワーが低めのGT300クラスでも、エンジンの馬力は市販車の倍以上になります。

笹原選手「GT500GT300のクルマでは、搭載しているエンジンが違います。GT500の場合はレギュレーションでエンジンが決まっているので、各メーカーがそれに合ったものを搭載します。GT300では、V8気筒であればOKなのですが、メーカーによって性能が異なるので、平等になるように性能調整を行なっています。これらのエンジンの音は、生で聞くのが最高です。サーキットで観戦すれば、音だけではなく匂いや熱気も感じられて、映像で見るのとは全然違います。ぜひ生で観戦してほしいです」

車体の性能を大きく左右するパーツがタイヤです。路面の状況による適切なタイヤの使い分けが、勝敗を分けるといいます。

笹原選手「晴れの日は溝がないスリックタイヤ、雨の日は溝があるウエットタイヤを使っています。それに加えて、特定の温度帯に最適化されたスペシャルタイヤというものもあります。ただ、スペシャルタイヤにはデメリットもあって、タイヤが想定した温度とレース時の温度が少しでも違ってしまうと、全然グリップしなくなってしまうんです。しかもタイヤをオーダーするのはレースの1カ月前までと決まっているので、天気の予測が困難です。なので、過去の経験やデータの蓄積で対応しています」

アレジ選手「日本にはたくさんのタイヤメーカーがあって、ヨーロッパにいた頃より選択肢が広くなりました。ひとつひとつをしっかりテストしなければいけないので大変ですが、それがとても楽しいです。スペシャルタイヤの温度のレンジはとてもシビアで、例えば気温2030度を想定したタイヤを32度のときに使うと、もう完全に扱えないレベルになります。だからタイヤ選びについては、ギャンブルのような気持ちもありますね。タイヤは生き物です」

また、レーシングカーはハンドルも特徴的です。市販車にはないボタンが多数搭載されています。

笹原選手「特徴的なのは、ドリンクが出るボタンですね。マシンに搭載されているドリンクボトルから、ヘルメットにチューブがつながっていて、ハンドルのボタンを押すと飲み物が出る仕組みです。でも真夏のレースだと、氷を入れてキンキンに冷やしたドリンクを入れておいても、走り出したらお湯みたいになってしまうので、あまり飲みたくないですね。あと、搭載しているドリンクが少なければそれだけ車体が軽くなるので、ドリンクを入れないドライバーもいます。ジュリアーノ(・アレジ選手)なんかはそうですよね」

そのほか、レースエンジニアとの通信に使うイヤホン、環境に配慮した燃料、レーシングスーツなど、話題は多岐にわたりました。SUPER GTという環境がいかに過酷なのかが伝わる、実際にレースを走る2人ならではのトークが繰り広げられました。

4月12日の開幕に向け、準備は万端

座談会の最後、2人は412日に岡山国際サーキットで開幕する、2025年のSUPER GTへの意気込みを語りました。

アレジ選手「去年はいい位置につけていて、チャンピオン争いができていたのに、最終戦の前にエンジントラブルが起きてしまって、脱落してしまいました。でも、いい戦いはできていたと思います。その良かった部分を維持しながら、データの分析やタイヤの改善も行なってきているので、今年は去年よりも速く走れるはずです。チーム全員、モチベーションがとても高いので、チャンピオンになれるように、あとは僕らが頑張ります」

笹原選手「さっきジュリアーノ(・アレジ選手)が言ってくれたように、去年もチャンピオンになれるだけのパフォーマンスは十分できていたと思っています。ただ、去年は0100かのような極端な走り方をしてしまったレースもあったので、そこを改善して、1年を通して上位にいられるようにしたいですね。去年は2勝できたので、今年は3勝して、チャンピオンになりたいと思っています」

2025年末、トロフィーを掲げる2人の姿。まさにそれが目に浮かぶような、座談会の終幕でした。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

川端 一成 / Issei Kawabata

コンサルタント

2018年に食品メーカーに入社し、利益計画の策定、事業部の収益・需給管理、工場や物流オペレーションの改善など、事業部管理に従事。2024年にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、製造業のオペレーション改善や工場統廃合などのコンサルティング業務を担当。現在はコンサルティング業務に携わる傍ら、2024年よりDTFATimes編集部に加入し、経済関連テーマを中心とした動画・記事編集にも取り組んでいる。

本記事に関するお問い合わせはこちら