企業評価業務を身近な存在にするValuation Assist、WACC計算を自動化
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
DTFAインスティテュート
小林 明子
2023年12月に提供を開始した、WACC(加重平均資本コスト)計算のオンラインサービス「Valuation Assist(バリュエーションアシスト)」。WACCは企業評価における基本的かつ重要な指標であり、従来専門家が時間をかけて算出していました。このツールを使うことで、専門家でなくても簡単に、短時間でWACCの計算を行えます。ユーザーの声を吸い上げアドバイス機能拡張や生成AIに使用される大規模言語モデル活用など、新たなニーズに応える改良も実施しています。バリエーションチームのパートナー、安廣 史(やすひろ ふみと)に、開発の経緯や今後の展望について聞きました。
目次
安廣 史
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
パートナー
米国基準の監査経験を有し、減損テストを含む会計目的評価等を担当。大型減損テストで、意見が対立する利害関係者に評価結果の構成要素をわかりやすく説明することに苦労した経験を踏まえ、客観性のある評価業務を提示できるValuation Assistの開発責任者を務める。評価業務をサイエンスに落とし込み、専門家でなくてもより多くの人が評価業務に親しめるような各種インフラ作りに尽力している。
「企業評価業務を身近な存在にする」事を目指す
――Valuation Assist開発の経緯と、その狙いについて教えてください。
企業評価に関連したM&Aのアドバイスを企業に提供する中で、クライアント側に、企業評価の基本的な指標たるWACC(*1)の計算を理解し自社で計算を行いたい、個別の事情に合わせてWACCを調整したいなどのニーズがあることを理解していました。現状、ほとんどの企業が私達のようなコンサルティング企業に企業評価を委託しています。金融機関や商社は社内に担当者を置いていることもありますが、一定規模以上のM&Aなどではやはり外部に頼ります。WACCは企業評価においては基本的な指標ですが、これまでは専門家の手に任されていたのです。
私たち専門家側は、クライアントと契約を締結し、知見に基づいて計算を行い、詳細な報告書を作成して提出します。その場合、やはりクライアントにとってはコストと時間がかかることが課題になります。そのため、外部委託をせず簡易な方法で計算したり、そもそもWACCなどに使用されるパラメーターを取り違え企業価値を誤って計算したりするケースも起きていました。企業評価はリスクが高く、正しく計算しないと巨額の損失につながり社会問題化することもあります。
そのような現状を鑑みて、Valuation Assistを開発しました。専門知識がない人でもWACCをより容易に算出できるツールを、SaaSとして提供しています。投資の初期的分析や、投資の効果が継続しているか、いわゆる減損の判断などに有効です。テーマとしたのは企業評価業務を身近な存在にする、いわゆる「企業評価業務の民主化」です。付け加えるなら、専門家であるなしに関わらず、評価業務に携わる人の負担を軽減したいという意図もありました。
*1:加重平均資本コスト。市場により決定される会社の資本コストの計算方法
――「Valuation Assist」と同等のツールは、あまりないように見受けられますが、難しかった点などはありますか。
簡易的に計算するツールは一部存在しますが、実務で要求される精度を担保しつつ計算できるツールはありません。WACCの計算は、資本構成、負債コスト、時間的価値、株式市場のエクイティリスクプレミアムなど、様々なデータを利用する必要があります。ほとんどのデータは公開されていますが、どこを探してどのデータを選ぶかは専門的判断を必要とします。
Valuation Assistの開発においても、計算式そのものは確立しておりシステム化できますが、様々なデータと連携し瞬時に集めてくる機能の実現がもっとも難しかったといえます。
初心者でも使いやすい操作性で、納得感のあるアウトプットを提供
――「Valuation Assist」の機能のポイントを教えてください。
専門家でなくても使えるツールとして、操作性は工夫しました。例えば、自動化するといっても、類似会社の選定やパラメーターの選択、例えばβは5年か2年かなど、人の判断はどうしても必要になります。画面にポップアップや説明スライドを表示するガイド機能を設け、用語の意味や一般的に利用されているパラメーターなどを説明しています。このツールを使うことで、初心者がWACCについて学ぶこともできるため、教育ツールとしても利用していただけます。
パラメーターを選び終えれば、ボタン1つで計算が終わります。専門家が1時間かけていた計算が10分足らずで完了します。データは定期的に自動収集されるため、常に最新の情報をもとに算出できることも特長の1つです。
――アウトプットについてはどのような点を考慮しましたか。
企業評価は、1つの決まった正解があるわけではありませんが、ブラックボックスであってはなりません。複数存在する利害関係者にとって許容可能なレンジに落とし込むこと、さらに結果に対しロジックをもって説明できる事が重要で、それこそが評価の本質といえます。
Valuation Assistのアウトプットは、選択したパラメーターやサポートデータの出典、計算過程などを確認できる形でExcelに表示します。評価結果を客観的に説明することが可能です。
技術の進歩と顧客ニーズを注視しながら機能拡張と自動化を推進
――利用している企業からの反応はいかがですか。
使い勝手に関しては、画面が見やすく非常に使いやすいという感想を頂いています。一方で、初心者の場合はやはり類似企業の選定やパラメーターの選択などの判断に迷うので、サポートして欲しいという要望もあります。機能面では、WACC計算だけでは用途が限られるため、マルチプル法(*2)の計算に対応して欲しいという要望もいただいています。こういったリアルなニーズを反映させながら、Valuation Assistの改良を進めていきます。
*2:上場している類似企業の株価などを参考として、企業の相対的な価値を求める簡易的評価方法
――今後、どういった機能やサービスの追加を計画していますか。また、大企業でなくても使って頂けるツールなのでしょうか。
すでに要望をいただいている類似上場会社の選定アドバイスやマルチプル法の計算への対応などの機能拡張は順次行っていく予定です。またサポートの要望に対しては、気軽に相談していただけるような窓口の設置も計画しています。
類似上場会社の選定については生成AIで使用されている大規模言語モデルも取り入れます。テクノロジーは急速に進化しており、専門家が行っていた業務をAIが代替する流れは不可逆的に進んでいきます。私たちは変化にいち早く対応していきたいと考えています。
ユーザーに関しては、大手企業から中小企業まで、幅広く活用していただきたいと考えています。Valuation Assistを使うことで評価業務に慣れ親しみ企業間取引が活発になるといった波及効果につながると嬉しいですね。