2024年1月、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)のストラテジー部門にて、M&A戦略策定支援サービスなどを提供する中山博喜が執筆した『9つの失敗パターンでわかる M&A戦略の基本と実務』が刊行されました。M&Aの失敗パターンを9つの類型に分類し、その対処法を解説した本書は、実験的にChatGPTでM&A戦略を作らせてみた結果の考察や、戦略策定の模擬演習が画期的な一冊です。執筆の経緯、書籍に掲載されている内容のポイントについてインタビューするのは、DTFA Times編集部の西本雅代です。特定のサービスによらず日頃からクライアントのお困りごとに対して総合窓口として接しているカバレッジの立場から話を聞きました。

中山 博喜

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
シニアヴァイスプレジデント

専門はM&A戦略策定、コマーシャル・デューデリジェンス、ビジネス・デューデリジェンス、企業再編、市場調査。企業再生、事業計画策定支援、営業戦略策定、PMO業務などの幅広い業務に従事。多くのクロスボーダー案件の経験も有する。今回著作のほか、著書に『買収後につながる戦略的デューデリジェンスの実践 外部環境分析の考え方・技術(中央経済社、2020年)』がある。

西本 雅代

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ヴァイスプレジデント

邦銀・欧州系・アジア系銀行で主に日系グローバル企業のリレーションシップマネジメントに従事。進出国におけるファイナンスのアレンジや貿易金融、キャッシュマネジメントの導入で支援する。2022年デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に参画。化学・流通セクターを中心にカバレッジ業務に従事する。

M&Aとの出会い

西本

まず初めに、中山さんがM&Aに関わることになった経緯を教えていただけますか。

中山

前職で証券会社に勤務するかたわら通っていた一橋大学の大学院で佐山展生先生からM&Aの講義を受ける機会を得ました。これが、M&Aに興味を持ったきっかけです。その後の転職活動を経て、風土が自分に合うと思ったDTFAに入社して10年になります。

西本

DTFAではこれまでどのような業務に携わってきたのでしょうか。

中山

思い返すと、多方面で様々な仕事に携わりましたが、特に多かったのはM&A戦略、ビジネス・デューデリジェンス、市場調査です。バンコク駐在時にはクロスボーダー案件に多く携わらせていただきました。

西本

M&Aのアドバイザーとして案件に携わり、どのような面白みがありますか。

中山

M&Aに携わらせていただくということは、大きな責任感を伴います。ディールはタイトな時間軸で進めることが多く、クライアント様はもちろん、アドバイザーとしても大変ですし、時折厳しい状況にも直面しますが、M&Aという重要な意思決定に関わるのは、何物にも代え難いやりがいを感じます。

M&A戦略について執筆した理由

西本

今回『9つの失敗パターンでわかる M&A戦略の基本と実務』が出版されましたが、このテーマを選んだ理由は何でしょうか。

中山

M&Aに対する問題意識をもとに筆を執った結果、このテーマにたどり着いています。まず、M&Aの失敗が未だに多いという点に問題意識がありました。この状況に対して改善策を提案し、クライアント様に貢献したいという思いが執筆の背景にあります。

また、M&A戦略に関する書籍は複数存在しますが、まだ深く掘り下げられていない分野だとも感じていました。そこに私自身の知見を加えることで、M&A成功につながる貢献ができるのではないかと考え、執筆を始めました。9つの失敗パターンとなっているのは結果的にそうなったという形で、執筆当初は5つぐらいでしたが、書き進めていくと10ぐらいまで増えて、最後に集約して9つになったという流れです。

西本

日々クライアントとお話をしていても、そのような問題意識を持っていらっしゃる方が多くいらっしゃいます。そもそもM&A戦略について他社はどうしているか、秘匿性が高い内容であるだけに他社と情報交換することも難しく、ましてや「失敗パターン」となると、なかなか情報に触れることは難しいですよね。

中山

その通りだと思います。戦略を練り、失敗を避ける方法を考える必要がありますが、そのためにも、事例から学ぶことは肝要です。例えば、よくある失敗事例として、「M&Aありき」の状況に陥るということがあります。そうした局面をどのように避けるのか、対応策をまとめておくことが、有益だろうと考えました。

西本

確かに、私もクライアントや営業との対話の中で、戦略に悩む方は多いと感じます。M&Aのプロセス的なことを書いた本は多いですが、案件が進む中での戦略の立て方に焦点を当てた本はあまりないように思います。

戦略フレームワークの落とし穴

西本

本の構成を見いく中で、「戦略フレームワークの落とし穴にはまる」という言葉が気になりました。

中山

少しフレームワークに対して否定的なニュアンスを持たれるかもしれませんが、まず前提として、戦略フレームワークそのものを否定しているわけではありません。けれども、例えばSWOT分析(*1)などでは、どうしても4象限の情報を埋めることが目的になってしまって、深い考えにはつながりにくくなります。フレームワークは情報整理に優れたツールと考えますが、盲目的に使ってしまうと望ましくない結果になります。

ほかに有名なフレームワークとして「アンゾフの成長マトリクス」があります。これも4象限を埋めると、戦略が表面的にできそうに見える傾向があります。特に多角化戦略については、実際は難易度が高いのですが、フレームワークを使うと簡単そうに見えてしまう。このことを、きちんと理解しつつ使うのであれば有用なのですが、M&Aが目的となり、それを成し遂げようとする際、フレームワークが都合よく使われることがあり、これが落とし穴になることもあります。

*1:内部環境の強み(Strength)と弱み(Weakness)、外部環境の機会(Opportunity)と脅威(Threat)で状況整理する基本手法。そもそも戦略を考えるフレームワークではないが、わかりやすい例として取り上げている

西本

フレームワークを使う際にはその副作用も理解し、慎重に扱う必要があるということですね。

中山

そうですね。M&A自体が目的化してしまうと、フレームワークが都合よく使われる傾向があります。本来の目的を見失わないよう注意が必要です。

西本

組織内で意思決定を行う際には、説明責任を果たすためにもフレームワークは便利ですが、枠を埋められて思考停止になっていては本末転倒ですね。

インタビューを通じ得られた気付きとは

西本

本書執筆にあたり、企業のM&A責任者の方々にインタビューされたと伺いましたが、どのような洞察が得られたのでしょうか。

中山

まず、M&Aを成功に導いている責任者の考え方は個々に異なりますが、共通して自らの持論を持っていることが挙げられます。M&Aを推進するうえでの重要なポイントを把握し、それを具現化している印象を受けました。

2つ目には、相手のことを考える姿勢です。M&Aは相手先の協力が無くては成立しませんし、シナジーも生み出しにくいです。インタビューの中では、企業を「買う」とか「買収する」というような表現ではなく、「グループに入っていただく」という表現をなさる方もいらっしゃいました。話しを聞いていると、これは相手の立場を尊重し、協力体制を築く姿勢を示すものでした。

そのほかにもM&Aが失敗に至る要因について、インタビューの中で色々と教えていただきました。「M&Aがなぜ失敗に至ったのか?」「なぜそんなことが起こるのか?」「なぜそれを防げなかったのか?」などなどの傷口に塩を塗るような質問に対しても守秘義務に触れない範囲でお話しいただき、失敗の原因を考察することができました。本書では、架空事例を作成しつつ、インタビューで得た考察についても織り込んでいます。

ChatGPTに戦略を作らせてみた

西本

特徴的な章立てに「ChatGPTによるM&A戦略策定」というものがあります。我々の仕事がなくなってしまうのではないかと、ちょっとドキッとしたのですが(笑)。

中山

確かに恐怖感もありますね(笑)。ChatGPTが人間のやっていた仕事をどこまでできるのかという観点に興味があり、ChatGPTによる戦略立案を検証してみたいという興味から始まりました。

ChatGPTに前提条件を与えて「戦略を考えてみて」と打ち込むと、それなりのものが返ってきます。ただ、何でその考えに至ったのか、ロジックがない。ですから、何となくよさそうだけれども、使えるのかには疑問が残ります。ただし回答の文章の質は非常に高いです。

使用時のポイントとして、プロンプトを適切に出す、考えるために必要な情報をChatGPTに与えてあげる必要があります。そうすることで、回答の質を向上することができますし、ロジックについても補強することができます。ただし、これを行うためには戦略を作る際に何を考えなければいけないか、どういう情報が必要なのか、というのを我々が理解しておく必要がありますし、適切な情報をインプットしてあげないと、間違った方向性の戦略をChatGPTが回答することにつながります。少し長くなりましたが、ChatGPTが使えるのか、使えないのか、という問いに対しての持論としてはプロンプトの出し方によるというのが回答になります。

西本

なるほど。それに加えM&Aは、人の気持ちに大きく関わってくるロジックで測れない部分もありますしね。もう1つ画期的だなと思ったのが、架空の会社を題材にして、模擬演習ができるところがあります。なかなかそういった本もないですよね。

中山

そうですね。M&A戦略はどういうアウトプットを出せばいいのか、戦略策定に携わったことがない方には、わからないですよね。M&Aに関する戦略を外部に公表している企業もありますが、表面的で1~2ページ程度なので、実際に舞台裏でどういう資料が作られているのかが外部からはわかりません。どういう感じで作ればいいのかを説明するために模擬演習を入れました。

インタビューの最後に

西本

最後に、この本をどういう方に手にとってほしいと思われますか。

中山

一番は企業でM&Aに関わっていらっしゃる方々ですね。本書では、実際にM&Aに関わっている方々にお話しを伺って、その改善策を示しています。方法論を細かく書いているというよりも、「あるある」話というか、実際に起こっている難しい局面を盛り込んで、それに対してどのように対策をとればよいのかを書いています。

西本

経営企画に関与する方は、会社の機密事項に関わっていることもあって、他者との交流が少ないと思います。だからこそ、ほかの人はどう進めているかといった情報は貴重なはずです。これから経営企画を始める人にとってM&Aへの理解を深めるうえで心強い本だと思いました。本日はありがとうございました。

書名:9つの失敗パターンでわかる M&A戦略の基本と実務
発行元:中央経済社
著者:中山博喜
価格:2,970円(税込)
ISBN:9784502486012

戦略に起因するM&Aの失敗パターンを9つに集約し、その処方箋を解説。戦略策定の模擬演習やChatGPTを用いた策定例を紹介するなど実践的なアプローチで解説した。