企業成長のカギを握る知的財産活用
特許権、実用新案権、意匠権、商標権など、人間の知的活動から生み出された技術やアイデアの総称である「知的財産」。これは、これからの企業戦略の成功のカギを握るきわめて貴重な「資産」です。従来、知的財産は知的財産部を中心に、その保護を目的とした活動が中心でした。しかし近年では、企業は自社の知的財産価値を認識し、武器としての知財活用を戦略的に実行し始めています。しかし、この分野には日本特有の課題が存在するために、米国や欧州、そして中国に対してかなり後手に回っている状況だということを認識しなくてはなりません。
今回は、日本企業の知的財産の戦略的活用について警鐘を鳴らしてきたデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社パートナーの國光健一とデロイト トーマツ弁理士法人の代表弁理士の加賀谷剛が、知的財産の現状と有用性だけでなく、これからの知的財産部のあり方などについて語り合いました。
目次
國光 健一
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
パートナー
大手電機メーカーの半導体、ハードディスク開発を経て知財部で特許のライセンス業務に従事後、日系戦略コンサルティングファームの事業戦略立案業務に携わる。2014年より現職。日本の大手製造業の知的財産戦略立案、知的財産デューデリジェンスなど知的財産アドバイザリー業務に従事している。
加賀谷 剛
デロイト トーマツ弁理士法人
代表弁理士
国内外での知的財産権利化手続きに精通し、高度な専門知識を有する。知的財産・無体資産の情報分析に基づく事業戦略・知的財産戦略に関するアドバイス、知的財産に関するデューデリジェンス(調査)や契約書作成など、知的財産に関する業務に広く対応している。
知的財産をめぐるこれまでと、近年見られる変化
國光
多くの企業が防衛的な視点で特許を取得していました。競合他社との差別化を図ること、有用な技術を権利で守り、新たな製品を生み出すことで、自社のビジネスを保護することを目的としていたのです。
日本は米国のように特許侵害訴訟で和解することやライセンス契約を結ぶことによって大きな金額が動くことが少ないですし、そもそも知財に関する係争が少ないこともあり、知的財産の価値を実感していない企業が大半でしたね。
加賀谷
とりあえず特許を取ったが、効力を発しているかは明確にわからない、特に15年ほど前までは、それが多くの企業における知的財産への意識だったでしょう。
國光
しかし、2021年に金融庁がコーポレートガバナンス・コードを改定(*1)したことで、企業は知的財産権をどのように活用し、経営にどれだけ貢献しているかを開示する必要が生じました。当然経営陣の意識も知的財産に向けられ、その価値が再評価されつつあります。
*1:2021年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、上場会社は、知財への投資について、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつわかりやすく具体的に情報を開示・提供すべきであること加え、取締役会が、知財への投資の重要性に鑑み、経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきであることが盛り込まれた
加賀谷
知的財産権を事業におけるひとつの武器として考える意識が高まっているのでしょうか。
國光
まだ完全にそこには至っていないと感じます。
ただし、最近ではアライアンスやM&Aにおいて知的財産を活用し、互いの知的財産を提供して共同プロジェクトを進めたり、ジョイントベンチャーを作り出したりする動きが活発化しています。
その際に知的財産のデューデリジェンスが必要になり、それを通じて知的財産の価値が実感されるようになりました。これは企業にとって良い傾向といえるでしょう。
加賀谷
私たち弁理士は知的財産権の出願を主業務としていますが、知財情報およびウェブ情報などからも企業の強みや弱点を推察できる。それを分析し、仮説を立て、企業に提案を行う場合もあります。これが、企業にとっての競争力を高める手段につながっていると考えています。
國光
こうした提案を精査し、受け入れられるように経営陣も意識改革が必要です。ここで私たちコンサルタントの役割が発揮されます。知的財産はビジネスで活用しなければ価値はゼロです。ならばどう使えば知的財産の価値を最大化できるかを考えていかなければなりません。
変化し始めた企業意識、そこから見える次の一手
國光
現在、多くの企業が直面している問題は、経営層や経営戦略部門が知財価値に対する認識が不足していることもありますが、知的財産部の役割が知財管理側に偏っているため、知財の活用に対して頭を使う機会が十分に与えられていないことです。
この問題の解決には、経営層だけでなく、知的財産部門にも意識改革が必要です。そしてスキル向上も重要となるでしょう。両者が歩み寄ることは、企業の舵取りに大きな影響を与えると思います。
加賀谷
確かに、両者が共に成長しなければ、将来の企業戦略を策定するのは難しいでしょう。
一部の大手企業では、知的財産部門に配属されたスタッフに対して、まずビジネス研修を行い、知識やビジネスマインドを向上させるよう努力しているようです。このような取り組みは、ここ10年ほどで見かけるようになったと感じます。
國光
知的財産部門の機能向上にはまだ時間がかかるでしょうが、将来的には知財情報の管理だけでなく、企業戦略の立案にも貢献できるようになれば理想的です。ただし、これには人材育成が欠かせません。
加賀谷
このような育成プログラムが進展すれば、知的財産を活用できる有能な人材が育成されることに期待が寄せられます。
國光
通常、特許権は数年ごとに企業内で棚卸がなされ、維持する価値のある権利と不要な権利が判断されます。一般的に自社の事業に「不要」とされる権利は手放されることが多いですが、これは非常にもったいないことだと個人的に思います。
例えば、自社が5年後や10年後に需要があると予測する知的財産権を取得することは一般的です。ただし、最終的に自社がその知的財産を活用しない場合もあります。しかし、その権利が他社にとって価値のある知的財産であれば、他の企業が必要とする場合に売却することができます。
実際、海外では知的財産の売買が一般的であり、このように知的財産を価値ある資産として捉え、資産の有効活用を考える企業が増えることで、知的財産のサイクルが生まれるでしょう。これは進歩の一環といえます。
加賀谷
ただし、知的財産は資産であり、その価値を理解しているとしても、どのように収益化や事業拡大に結びつけるかは明確でないことがあります。私たち弁理士は、このような課題についてよく相談を受けます。
國光
私の知る限り、知的財産部門が経営企画や研究開発と連携することで、効果的な戦略を立案できるケースが多いと思います。
各部門は情報や技術、発想力などで得意分野を持っており、これらの知識を組み合わせて新たな事業機会や提携先を見付けることもできます。現時点では、これが知的財産を企業戦略に活用する現実的な手法のひとつではないかと考えています。
知的財産のこれからには、大きな期待が寄せられる
加賀谷
最近は特に、知的財産部にも新しいことに挑戦したいという思考を持ったメンバーが増えているように感じております。彼らは知的財産デューデリジェンスなどに興味を持ち、将来の事業発展に対する考えや希望も持っています。
國光
知的財産戦略という分野は、今が黎明期といえるでしょう。知的財産を資産として認識し、保護するだけでなく、どのように事業創出に有効に活用するかを考えて実践することが重要です。
この動きはまだ充分でない部分もありますが、いくつかの企業で変化が見られています。企業は事業提携やM&Aなどを通じて、互いの知的財産を活用し、新しい価値を創造する成功事例を積み重ねていくことで、経営層の意識も変わるでしょう。
加賀谷
企業の方向性は経営層によって決まるものですが、知的財産部のメンバーも、自分たちの競争力を維持し、重要な知的財産を持続的に育てる努力を怠らずに取り組んでおられると感じています。
知的財産は企業の競争力だけでなく、国の競争力にも影響を与えます。したがって、日本として競争力を維持するために、知的財産の重要性を理解し、それを育てる方法を考える必要があります。この課題について、企業や部門、個人が協力して考えていくべきです。
國光
国全体でも知的財産に対する意識が高まっており、今後大きな変化があるかもしれません。現在の取り組みが将来どのように知的財産分野に影響を与えるか、期待を持って注視していきたいと思います。