建設不動産業界における環境対応の動向
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
航空宇宙・防衛
羽場 俊輔
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ストラテジー
市川 裕真
建設不動産業界は建設施行・管理/運用・解体時にCO2や廃棄物を多く排出するなど、環境に与える負の影響が従前より指摘されていますが、同業界ではどのような環境対応が進められているのでしょうか。環境対応に係る3つの主要トピックである「脱炭素」「循環型社会」「生物多様性」を軸に解説します。(編集:DTFA Times編集部 諸井美佳)
※当記事はIndustry Eyeに掲載した内容を一部改訂して転載しています。目次
パリ協定と建設不動産業界におけるCO2排出の現況
まず、世界的な環境対応に係る動向として押さえておきたいのが、2015年に採択された「パリ協定」です。同協定では産業革命時代と比較して、世界の気温上昇を1.5℃以下とすることを目標(「1.5℃目標」とも呼ばれる)に掲げています。しかしながら、現在のペースでCO2を排出し続けると、今世紀中には2.4℃以上の気温上昇を迎えるという予測も存在します。
世界の平均気温が上昇すると、異常気象の頻発化・激甚化や海面上昇などが起こるとされ、地球環境や国際社会にネガティブな影響を及ぼしかねません。1.5℃目標を達成して未来の地球や社会を守るためには、2030年までのCO2削減に関する行動が非常に重要になります。
では、建設不動産業界におけるCO2排出状況はどのようになっているのでしょうか。実は、同業界におけるCO2排出量は、世界の総CO2排出量の約4割を占めているともいわれています。中でも、世界の総CO2排出量の16%が主に建設素材の製造過程から発生する内包CO2(建築資材の製造や施工、維持管理など、建設プロセスに関連したCO2排出量)であることから、同業界におけるCO2排出量の削減が進むことにより、パリ協定の目標達成に近づくことが期待されます。
なお、建設不動産業界におけるCO2排出割合について、エンドマーケット別に見ると「建築物」の割合が、プロセスごとに区切ると「素材の製造・調達」過程の割合が最も高い結果となっています。
このような動向を踏まえ、続いて環境対応の主要3トピック「脱炭素」「循環型社会」「生物多様性」について、政府や自治体、民間企業等の取り組みを見ていきましょう。
脱炭素に関する取り組み
まず、脱炭素に向けた政府や自治体、民間企業を主体とする取り組みを順に紹介します。
国における脱炭素に関する取り組みには、経済産業省が発表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」があります。同戦略では成長が期待される14の分野を特定しており、その中で建設不動産業界に関連するのが「住宅・建築物・次世代電力マネジメント産業」となります。同産業がカーボンニュートラルを進めることで、国民生活に対して、例えば以下のようなメリットが生じると考えられます。
住宅・建築物・次世代電力マネジメント産業がカーボンニュートラルを進めることで生じるメリット
- 住宅やビルのゼロエネルギー化を実現し、光熱費の大幅削減が見込める
- 住宅の断熱性能向上を図ることで、ヒートショックの防止が見込める
同産業においては今後、現状の課題を踏まえ、AI・IoTの社会実装や新たなZEH・ZEBの創出、木造建築物の普及拡大などが進んでいくことが見込まれています。
そのほかの政府による脱炭素に関する取り組みとしては、2023年2月に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」が挙げられます。同方針では14の今後の対応が取りまとめられており、建設不動産業界に関しては、例えば「省エネ性能の高い住宅・建築物の新築や省エネ改修に対する支援等を強化すること」とされています。
自治体による取り組みとしては、例えば、東京都が脱炭素に関する取り組みを進めています。東京都は2019年に「ゼロエミッション東京戦略」を策定し、6分野にて14の施策を整理しました。建設不動産業界に関わる分野は「都市インフラセクター(建築物)」であり、同分野では2050年の目指すべき姿として「都内すべての建物がゼロエミッションビルに」を掲げています。
さらに、建設不動産業界各社も脱炭素に関する取り組みを進めています。具体的な施策としては、保有施設の再エネ化や大型建造物の木造・木質化の推進、ICT省力化施工などが挙げられます。
循環型社会に関する取り組み
続いて、循環型社会に関する政府および民間企業の取り組みについて説明します。
まず、循環型社会に関する政府方針として、2018年6月に閣議決定された「第四次循環型社会形成推進基本計画」が挙げられます。同計画には7つの柱ごとに将来像と国の取り組みが取りまとめられており、建設不動産業界と関わりが深い柱に「ライフサイクル全体での徹底的な資源循環」と「適正処理の更なる推進と環境再生」があります。例えば、前者の柱において、国は「建築物の強靱化、長寿命化による建設廃棄物の発生抑制」に取り組んでいます。
次に、国土交通省では、循環型社会の形成を目指し、建設リサイクル推進計画2020に基づく「質」を重視した建設リサイクルを推進中です。なお、同計画に関わる建設廃棄物のリサイクル率は、1990年代の約60%から2018年度には約97%へと、大きく成長を遂げています。
また、建設不動産各社における代表的な循環型社会に関する取り組みとしては、オフィスビルの長寿命化に向けた設備の採用・更新、エコ建設資材の開発、建設副産物の再資源化などが進められています。このように建設不動産各社は、循環型社会に資する資源循環・既存ストック活用に取り組んでいます。
生物多様性に関する取り組み
最後に「生物多様性」に関する取り組みについてですが、そもそも、脱炭素や循環型社会と比べて、企業が生物多様性に取り組む意義はなかなか見出しにくいかもしれません。しかし、レジリエンス研究所の研究者であるヨハン・ロックストローム博士が提唱する「SDGsウェディングケーキモデル」によると、生物多様性が人間の生活・経済活動を下支えしている、とされています。つまり、経済という領域にいる企業にとって、生物多様性は十分に取り組むべきトピックと言えます。
では、ここから主体別に取り組みを紹介していきます。
生物多様性に関する世界的な枠組みに、2022年12月に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」があります。同枠組では、2030年までに「生物多様性の損失を食い止め、反転させる(ネイチャーポジティブ)」をミッションに掲げ、自然と共生する世界を目指します。
日本においては、2023年3月に「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定されました。昆明・モントリオール生物多様性枠組と同様に、2030年に「ネイチャーポジティブ(自然再興)」、2050年に「自然と共生する社会」を目指し、「5項目の基本戦略」や「15の状態目標」「24のなすべき行動目標」を策定しています。
国土交通省では、都市計画基本問題小委員会において、まちづくりのグリーン化に関する議論を進めています。中間とりまとめにおいて、以下の結論が示されました。
- 気候変動への対応や生物多様性の確保など地球規模課題の解決や人々のWellbeingの向上を図るため、グリーンインフラとして多様な機能を有する都市の緑地の確保や都市におけるエネルギーの有効活用などに取り組むことが重要
- 都市の緑地に関して、その配置(立地)も含めた、官民が共通して目指すべき姿を行政として示すことや、民間資金の導入を図るための事業者の自発的な取り組みを客観的に評価できる仕組みの導入や取組を促すインセンティブ付けなどについても検討すべき
こうしたまちのグリーン化を進めることで、生物が生息できる緑地や森林などを増やし(減らさず)、生物多様性に寄与することができます。特に都市開発といった環境改変を行う建設不動産業界にとって、緑化や森林の保全などは重要なテーマと言えるでしょう。
一方、東京都では「東京都生物多様性地域戦略」において、2030年のネイチャーポジティブを目標に掲げています。3つの基本戦略とそれに対する行動目標、10の行動方針を策定し、生態系サービスごとの東京の将来像をまとめ、大都市・東京の新たな目指すべき姿を掲げています。
建設不動産各社においても生物多様性に関する取り組みに対する意識が高まり、徐々に施策が進められています。具体的には、壁面・屋上の緑化や、緑地のネットワーク化、動植物・環境モニタリングシステムの開発といった生物との共生を可能にする取組みのほか、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)フォーラムに参画している企業もあります。
まとめ
このように、国際的イニシアチブや政府・自治体などによる中長期での環境への取り組みのみならず、建設不動産業界では民間企業が主体となって、技術開発や業務改革を伴う「脱炭素」「循環型社会」「生物多様性」に関する統合的な取り組みが進められています。同業界の企業活動が環境保全や人々の社会生活に与える影響は大きく、2030年目標、ひいては2050年の長期ビジョン達成に向けて一層の推進が期待されます。