物価上昇圧力が根強く、それによって個人消費が抑えられるなど、2023年前半のヨーロッパ経済は厳しい状況が続いていますが、それでも街中を歩き、スーパーマーケットの商品棚に並ぶ消費財を見ていると、新たなトレンドの萌芽が見て取れると話すのは、2023年5月に訪欧し、ロンドンやパリといった都市を視察したデロイト  トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)の依藤祐介です。人々の関心事や消費財のトレンドにおける変化の予兆、あるいはフレグランス業界の最新の動きなど、ヨーロッパのマーケットについて依藤がレポートします。

コロナ後の日々の暮らしおよび消費事情

マスクをせずに街を歩く人の姿が当たり前になり、また多くの観光客で街がにぎわうなど、社会は確実にコロナ禍から脱却しつつあります。このような状況にあるヨーロッパを数年ぶりに視察する機会を得て、日本人の視点から見たコロナ後のヨーロッパ現地の所感をレポートしていきます。

さて、今回ヨーロッパを訪れて最も強く感じたのは、「多くの人々が日常の何気ない喜びを改めて実感している」ことです。

印象的だったのは、毎週日曜日にロンドンのコロンビアロードで開催されている、フラワーマーケットでの光景です。300メートルほどの狭い道に多くのフラワーショップが軒を連ねているのですが、そこでは笑顔で花を買い求め、店員や友人などとの交流を心から楽しみ、抱えきれないほど大きな花束をうれしそうに持ち帰る人で大変なにぎわいを見せていました。ようやく日々の暮らしを楽しめるようになった、人々のそういった気持ちが伝わってくる景色でした。

もちろん、日常を取り戻しているのはロンドンだけではありません。フランスのパリでもコロナ前の状態に戻りつつあり、多くの人たちがレストランのテラスで食事や仲間との会話を楽しんでいました。コロナによるライフスタイルの変化や、政治や経済不安など、決してすべての人がポジティブな状況にいるわけではないものの、目の前にあるささいな喜びや当たり前に毎日の生活を送れる素晴らしさを改めてかみしめながら、それらの状況を前向きに乗り越えていこうとするヨーロッパの人々のマインドが感じられました。

一方で驚くこともありました。ロンドンの有名デパートの香水売場において、5年以上前に発売されたある有名ブランドの香水が「New」のポップとともに販売されていたのです。これまでこのような間違いは見たことがなく、その香水はブランドの中でも売れ筋の香りであるため、スタッフのミスである可能性は低いように思われます。このような間違った情報が発信された理由として感じたのは、ブレグジットの影響によるイギリス内でのインバウンド市場の落ち込みや、コロナの影響によるブランドの新製品開発・発売の鈍化により、(特にブランド品や新しい物を求めるお客様に対する)魅力的で鮮度のある売り場作りに苦心し、思うように売上を上げることができていないのではないかということです。

イギリスはEUから離脱した際、外国人客に対して付加価値税(VAT:Value Added Tax)を還付する免税制度を廃止しているため、外国人観光客にとって、イギリスで買い物をするメリットが薄くなっています。今回別のデパートでもマネージャーの方と話をする機会がありましたが、インバウンド需要の回復は想定よりも遅いというコメントがありました。特にデパートおいてインバウンド売上は重要でありますが、売場をより魅力的に見せようと店頭が苦心していることの表れのひとつといえるのではないでしょうか。

昨今のフレグランス市場は、中国や東南アジア諸国、さらには中東や南米の市場開拓を進めることで成長を続けており、それに伴い若年層を中心に香水などの香り製品に対する興味・関心層が増えています。ただ一方で、それら興味・関心層の香り製品やブランドに関する知識には個人差があることから、特に香水売場などの多数のブランドがひしめき合い、パッケージやボトルでの見分けがつきにくいブランドが増えている状況においては、店頭での案内がなければ短い滞在時間で新しく発売された商品とそうでないものを見分けるのは容易ではありません。そのため、それらの人々の足を少しでも止めるべく、長年発売されている人気商品に対して「New」のポップを付けてしまったのではないかとも感じられました。

ヨーロッパにおけるアジアのライフスタイルトレンドや影響

ロンドン市民の生活は日常に戻りつつも、コロナやブレグジット前のロンドンとはやや異なる「日常」が生まれているように見受けられました。ヨガや瞑想など兼ねてから浸透しているアジアの文化や思想を「食」にも取り入れる動きが見られたことも印象的でした。その一例として挙げたいのは、ハックニーと呼ばれるロンドンの若者が集まるトレンドエリアにあるレストランです。

この店舗では、持続可能な活動を行っている飲食店を認証するミシュランの「グリーンスター」を取得しており、ゴミを出さない「ゼロ・ウェイスト」をコンセプトに運営されており、ヨーロッパの食文化から見たときに「サステナブル」として捉えることができる味噌などの発酵食品を使用したアジアの食文化が取り入れられています。もっとも、普段の日本での食生活のなかで味噌や納豆などの発酵食品がサステナブルであると意識する機会は少ないと思われますので、自分の普段の食事がヨーロッパではどう解釈され得るのかを見つめ直す良い機会となりました。

今回、バックヤードも見学させていただいたのですが、そこでは味噌や麹を自分たちの手で造っており、実際に調味料などとして利用しているといいます。日本の庶民の味がイギリスのオシャレなレストランで採り入れられているわけです。

またレストランのスタッフに話を聞いたところ、小ぶりであるために市場には出回らないムール貝など規格外の食材の活用や、ワインのコルクを再加工して作られたカトラリーボックスなど廃材の利活用も積極的に実施しているそうです。こうしたコンセプトが現地の人々に受け入れられている点にも注目すべきでしょう。

化粧品の世界では、「ダーマコスメ」がヨーロッパにも展開されていました。ダーマコスメとは、皮膚科学に基づいて作られたコスメティクス製品を指し、韓国で大きなブームとなり、日本でもすでに多くの商品が発売されています。もともとはヨーロッパで研究が進んでいたこのような分野が、美容製品としてヨーロッパでも逆輸入的に再認識され、世界中に商品を展開する大手日用品メーカーもこのダーマトロジーコンセプトを採り入れた商品開発がなされていました。

近年化粧品・コスメの世界では、欧米のブランドのアジア進出が顕著でしたが、アジアの化粧品・コスメトレンドがヨーロッパ市場でも展開され始めているという、大きなトレンドの流れにも改めて注目すべきであると思われます。

オーガニックが席巻するヨーロッパのマーケット

筆者は訪欧した際には、いつもスーパーマーケットやドラッグストアに立ち寄り商品棚を定点観測的に見ているのですが、そこでは改めて「オーガニック・サステナブルの浸透・定着」の動きを目にすることができました。

オーガニックであることや環境に優しいことを指す「BIO(ビオ)」の考え方が昔から根付いている国のひとつであるフランス・パリのスーパーマーケットでは、ボディソープやヘアケア商品の日用品カテゴリにおいて、いわゆる大手日用品メーカーが展開している市民にとっての定番ブランド・定番商品に、従来(コロナ以前)にも増して大きく「BIO」「リサイクル」「〇〇フリー(〇〇不使用)」などの表記が商品のパッケージに目立つようにデザインされているものが増えていました。中にはブランドのロゴよりも「BIO」の文字のほうが大きいものや、表の商品パッケージの2カ所に「BIO」と記載されているものもありました。

こうした状況を見ると、長年多くの生活者に親しまれ、信頼性や認知度も十分に醸成できているブランドでさえ、BIOでありサステナブルであることを大きく訴求し、そのうえで「価格」「デザイン」「(様々な場所で)買いやすい」などの従来からの訴求点・生活者の人々に親しまれていたポイントがあるという状況にあるように思われます。商品をサステナブルな方向にリニューアルすることは、企業が背負うコスト、品質、販促面での負荷は決して小さくないと考えられるため、各社が今後このサステナビリティという社会変革の波にどのように対応し、どのように生活者もリアクションしていくのかが、今後の日用品市場においても大きなポイントとなりそうです。

最後に、現在のヨーロッパでフレグランス市場を通して改めて気付いたトレンドや価値観の変化を紹介します。

まずひとつは自然に対する表現の変化です。ある人気フレグランスブランドは、スコットランドのハイランド地方にインスパイアされたコレクションをリリースしましたが、商品開発時にイメージされたのは多くの自然が残るハイランド地方における広大な荒野と霧の立ち込めた原野や老朽化した古城だそうで、香りも軽いナチュラルなイメージながら、少しひねりのきいたどこか印象に残る香りでした。

従来「自然」といえば、「手つかずの自然」という言い方があるように、人間の手が加えられていないというイメージが一般的であると思います。しかし、このコレクションでは人工物である廃墟となった古城やそこに生える植物もまとめて「自然」として解釈し、新しい自然を表現しようとする試みを感じ、改めて「自然とは何を指すのか」について考え方が今後より多様化していくのではないかと感じられました。

「お父さんの香り」もアップデートされつつあるようです。従来お父さんの香りと言えば、シェービングクリームやたばこ、あるいはレザーや木などの男性的で力強さのある香りが定番でした。これに対し、海外で若年層やファッション感度の高い人たちに人気の、あるブランドでは、ウィスキーの香りにはちみつの香りを組み合わせたような軽いタッチでやや甘みも感じられる新作の香りをリリースしました。また、世界的に人気のラグジュアリーブランドでも「父の日」の販促広告に、子どもに優しく微笑みかける清潔感のある若い男性が起用されるなど、Z世代をはじめ、若い世代の人々にとっての父親像が「よりクリーンで、優しくて、しなやか」な方向にシフトしているのではないかと感じられました。

ここまで解説したように、コロナ後のヨーロッパでは様々な軸でトレンドやこれまでの物事の捉え方が移り変わっているようです。日本の企業においても、このような変化を捉えて自社の商品やサービスを適切に見直し、今後のブランド展開をアップデートしていく必要があるのではないでしょうか。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション

依藤 祐介 / Yorifuji Yusuke

アナリスト

国内アパレルメーカー、ヨーロッパインテリアメーカー、国内香料メーカーを経てデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。「衣食住」を軸に、マーケティング、商品企画、海外営業など幅広い業務に従事。ブランディングアドバイザリー。

関連コンテンツ