新たな企業の形「DAO」の活用に向けたガバナンスのあり方
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ストラテジー
鞍掛 挙
近年、次世代インターネットとして話題のWeb3.0。その応用分野の1つとして、分散型の組織運営の仕組みである「分散型自立組織:Decentralized Autonomous Organization(以下、DAO)」が注目されています。日本においても、地方創生やNFTコレクションのコミュニティー形成、クラウドファンディングなどの幅広い領域でDAOの仕組みが活用されているように、新たな企業の形の1つとして捉えられています。
2022年6月に閣議決定された経済財政運営と改革の基本方針2022ではWeb3.0推進に向けた環境整備がうたわれており、DAOのさらなる普及が見込まれています。しかしながら、DAOは発展途上の仕組みであり、分散型の意思決定が行われるが故に、ガバナンス構築など様々な課題を乗り越えなければならない段階です。
そこで本稿では、DX時代の企業価値を高めることが期待されるDAOの概要および特徴の解説とともに課題を指摘したうえで、ガバナンス構築の考え方を紹介します。
目次
民主的な組織運営を可能にするDAO
組織において、中央集権的ではなく分散型の意思決定が可能な点がDAOの特徴です。株式会社の場合、会社の業務執行の決定は取締役会が行い、その決定に基づく業務執行は代表取締役や業務執行取締役などが行いますが、DAOはスマートコントラクト(所定の条件が満たされた場合に特定の処理を実行するプログラム)を実装しており、一般的な株式の代わりにガバナンストークン(DAO参加者はガバナンストークンを保有することによって、DAOの意思決定において議決権を行使することができる)を保有する参加者の投票結果に応じて自律的に運営されます。従って、意思決定に向けた議論を先導し最終的な判断を下すリーダーや中央集権的な管理者は存在しません。
言い換えると、DAOの場合、組織運営はコミュニティーメンバーの投票行動に基づいてその総意によって民主的に行われるため、特定の経営メンバーに依存することはありません。また、匿名で気軽に参加できる点も大きな特徴です。会社の株式を購入する場合は本人確認を行ったうえで証券口座を開く必要はありますが、DAOに参加する場合はこのような手続きは不要で、トークンを購入しコミュニティーに参加するだけです。
そもそも、DAOはブロックチェーン上に実装されたスマートコントラクトによって運営されるため、DAOの意思決定プロセスは、コーディングによって自由に設計可能です。DAOに参加しているメンバーの投票結果に基づいてブロックチェーン上に書き込まれたコードが自動的に実行され、組織運営の意思決定や契約の承認などが行われます。
もっとも、前述の通り、参加者はトークンを持っていなければ投票することができません。参加者は、トークンを保有することによって、組織運営に関する提案や他メンバーの提案に対する投票を行うなど、DAOの組織運営に参加することができるのです。
意思決定プロセスの弊害と課題
日本にはDAOを規律する法律は存在せず、業務執行の決定などの仕組みが法定されていないのが現状です。投票システムが自由に設計されるため、特定の参加者が投票結果を支配し、意思決定の分散化というDAOのメリットが生かされないという問題が生じ得ます。また、トークンを購入することによって匿名で手軽に参加でき、株式名簿のようにトークン保有者を管理する仕組みが義務付けられていないため、歪んだ意思決定がなされ得るという問題もあります。
例えば、参加者に付与される投票する権利の数がトークン保有量に比例する場合、トークンを多く保有する参加者が投票結果を左右することになりかねません。また、多数のトークン保有者が特定の参加者に代理投票を依頼する場合、その者の意向が投票結果をコントロールすることになってしまう恐れもあります。
さらに、敵対的乗っ取りのような悪意のある提案が可決されるリスクもあります。2021年9月、仮想通貨のレンディングプラットフォームを運営するVenusにおいて、元々の運営主体とは関係のない運営チームBravoを立ち上げるという提案がなされました。賛成多数でこの提案は可決されてしまい、その直後、運営主体によってキャンセルされるという事態になりました。提案内容には、Bravoが5年間にわたって1.9百万XVSの資金提供を募ること、提案に賛成した参加者に対して0.9百万XVSを提供することが含まれていたのです。
いま現在も、こうしたトラブルや事故の予防方法やトラブルなどが起きた際の対応方法が課題となっています。この課題に対処するため、DAOの意思決定メカニズムを工夫し、ガバナンスの一環として内部ルールに位置付けることが考えられます。
ガバナンス構築の考え方
分散型の意思決定を特徴とするDAOの効果的な活用には、特定の参加者が投票結果を支配することを回避し、全ての参加者が実質的に意思決定に関与する状態を確保するために投票権付与のメカニズムを工夫することが必要です。例えば、トークン保有量に応じて平等に投票の権利を配分するのではなく、トークン当たり1つの投票権を付与することを原則としつつ、トークン保有量が予め設定された閾値を超えた場合、超過分のトークンに対して投票権を付与しない仕組みが考えられます。
このようなルールを採用することによって、相対的に多数のトークンを有する参加者がいたとしても、当該参加者の投票権を一定数に抑えることができます。また、トークン保有量に関係なく参加者に対して1つの投票権を与えることや定足数を設けることも考えられるでしょう。投票の委任を可能にする場合は、代理人の資格や委任できる議案の内容を制限することが考えられます。これらの方策によって、トークンを保有する参加者が意思決定に対して均一に影響力を行使する状態を確保できるようになります。
次に、投票プロセスの前段階における提案排除を可能にすることによって悪意のある提案が可決されることを防ぐため、拒否権を導入することが考えられるでしょう。例えば、オンチェーンアバターコミュニティー(オンチェーンとは、データをブロックチェーン上に直接記録すること)であるNouns DAOは拒否権を導入しています。もっとも、この拒否権は無制限に行使されるわけではなく、監査を行うことなく重要なスマートコントラクトをアップデートする提案など、リスクを生じさせる提案などに限って行使されるものです。
自由設計とガバナンスの両立に向けた支援
また、広くガバナンス構築という視点から、様々な制度が検討に値します。例えば、妥当な意思決定を図るため、DAOの組織運営に関する専門的知見を持つトークン保有者による代理投票を認めることが考えられます。また、同様の効果を狙って、専門委員や委員会を設置し、一定の事項に関する意思決定を委任することも想定できます。もっとも、これらの仕組みを導入することによって、DAOの意思決定が中央集権的になるという懸念が生じます。そのため、分散型の意思決定というDAOのメリットが失われないよう、所定の定足数が満たされない場合に限って委任するなど、中央集権的な制度は限定的に導入するべきでしょう。また、事前に提案が精査される手続を設ける方法も考えられます。一例として、事前に提案内容をオフチェーン(データの一部をサーバー等のブロックチェーン外に記録すること)のコミュニティースペースに書き込むこと、参加者の意見を踏まえて提案内容を修正することを義務付けることなどが考えられます。
将来的にDAOがさらに普及するためには、意思決定プロセスの設計の自由度を確保しつつ、少数者による投票結果の支配や悪意ある提案が排除されるガバナンスを構築することが不可欠です。DAOのガバナンス制度や組織内規程の事例分析に取り組んできた当社の法務戦略サービスチームでは、今後も、DAO組成を検討するクライアントに対して、最適な組織形態の検討やDAOのガバナンス構築に関する支援を提供していきたいと考えています。