非上場企業への投資・買収によって利益を得る「プライベート・エクイティ・ファンド(以下、PEファンド)」。過去にはネガティブな印象を持たれることが多かったものの、近年は事業承継やカーブアウトなどビジネスの様々な局面において投資ファンドの存在感が増しています。この記事では過去10年の投資ファンドの市場動向を振り返りながら、これから求められる投資ファンドのあり方を解説します。

※当記事はIndustry Eyeに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

投資ファンド市場全体の動向

日本におけるPEファンド案件数は2010年に48件でしたが、2019年には132件にまで増えました。1年当たりの平均成長率は11.9%と、長期にわたり堅調に推移しています。続いて、案件タイプ別の市況を確認していきましょう。

投資ファンドの案件タイプ(例)

  • 事業承継:後継者不在に悩む企業の株式をPEファンドが買い取る
  • カーブアウト:親会社が子会社や一部事業を切り出す際、PEファンドがその買い手となる
  • 非上場化:上場企業が株式を非公開化する際、PEファンドが資金面で支援する
  • 事業再生:事業再生を目指す会社に対して、PEファンドがスポンサーとなり支援する

投資ファンド市場の6割が「事業承継案件」

投資ファンド市場をけん引しているのは、事業承継案件です。2010年に事業承継案件が全体に占める割合は15%でしたが、2020年には62%にまで拡大しています。経営者の高年齢化、経営者人材の不足などに加えて、M&Aに対するイメージの変化も影響していると考えられます。かつては責任放棄的な印象を持つ人が少なくありませんでしたが、M&Aが企業の課題解決のための有効な選択肢の1つとして認識されるようになっています。

経営者の平均引退年齢から逆算すると、事業承継ニーズがピークアウトするのは2030年頃と考えられています。それまでは事業承継案件の増加が投資ファンド市場全体をリードしていくでしょう。

カーブアウトや非上場化なども堅調に推移

カーブアウト案件や非上場化案件も増加の一途をたどっています。過去10年、上場会社によるカーブアウト件数は安定して年間200件ほどで推移しています。加えて、「潜在的なカーブアウト対象事業数が豊富に存在する」「事業売却が経営戦略オプションとして認識されつつある」などの理由から、カーブアウト案件は今後も増えていくでしょう。
例えば、全上場企業のうち複数事業を営む会社の割合は6割を超え、事業数は6,800社に上ります。このうちカーブアウトの有力ターゲットとなり得る営業利益率5%未満の会社数は、6割超の4,300社ほどであり、まだまだ伸びしろがあるといえます。

さらに近年は、大型のカーブアウトディールもメディアで広く報道されています。資生堂のパーソナルケア事業の売却、武田薬品の大衆薬事業の売却などが好例で、カーブアウトは企業の持続的成長のための重要な手段の1つとして認められつつあるのです。

また、非上場化案件数についても2014年は6件でしたが、2020年は11件と増加傾向です。中長期的な事業変革の必要性や上場維持費用アップも相まって、こちらも増加傾向が続いていくでしょう。

事業再生案件においても、今後の潜在ポテンシャルが大きいといえそうです。特にCOVID-19の打撃を受けた外食、アパレル、観光業などの業種は、資金調達や事業再編の必要性がより一層高まっています。同時にコロナ禍が一巡したいま、国からの支援に頼るのではなく、企業自らが業績を伸ばしていくフェーズへと移行しています。そのような背景から、投資ファンドの存在はより重要性を増すはずです。

生き残るファンドになるための3つの戦略

投資ファンドに対する需要が伸びると同時に、供給が増加している点を忘れてはいけません。プレーヤー数やファンド調達規模も次第に拡大しており、いうなればレッドオーシャン化が進んでいるといえるでしょう。

そのため将来的には、次に紹介するような差別化戦略が重要と考えられます。

セクターでの差別化

投資対象を特定セクターに絞ることで差別化を図ります。例えば、自動車業界は100年に1度の大変革の渦中にあるといわれます。「EV化」「自動化」「コネクテッド」「シェアリング」など技術革新の必要性は、新たな投資機会を生み出します。自動車産業特化型ファンドであれば、そういった最新技術の情報やノウハウを集約でき、企業に対する構造改革支援がしやすくなるでしょう。

バリューアップソリューションでの差別化

資金提供にとどまらず、「どうやって投資先の企業価値を上げるのか」という点も投資ファンドの差別化ポイントになります。

投資ファンドのなかには、経営支援チームを自前で用意し、投資先に対して直接オペレーション改善支援を行うところもあります。また、国をまたいだビジネス拡大や投資の支援を実施している例も多く見られます。さらに、DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)に対する取り組みなど、時代に合わせた経営改革のソリューション提供力も差別化のための1つの方法となります。

出資方法での差別化

日本では、マジョリティ出資(株式の過半数を取得)を前提とした投資ファンドが一般的です。しかし現実には、「経営権は残したい」「一時的な資金面の下支えが欲しい」という、売り手サイドのニーズが根強くあります。そのため、「マイノリティ出資(取得株式を過半数以下にとどめること)」や「メザニン投資(劣後ローンや優先株を活用)」など、投資手法を多様化させるのも差別化戦略として有効です。

おわりに

かつて投資ファンドといえば、安く買った株式を高値で売り抜いて富を得る「ハゲタカ」のイメージが強くありました。ただ実際には、事業再生やカーブアウトなど企業価値を高めるための抜本的改革の後押し役を投資ファンドが担っているケースは少なくありません。

投資ファンド市場は黎明期・成長期を越えて、すでに成熟期に差し掛かりつつあります。産業の新陳代謝が進まないことが日本の成長を阻害していることを鑑みると、投資ファンドの社会的役割は今後もさらに増していくでしょう。そして、同時に供給側のレッドオーシャン化も進み、国内外問わず多くのプレーヤーが参戦しファンド間競争は激化していきます。そんなときには、今回紹介したような差別化戦略が投資ファンド運営のカギを握るはずです。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ターンアラウンド & リストラクチャリングサービス

小川 幸夫 / Ogawa Yukio

マネージングディレクター

大手コンサルティングファームにて、FA、再生などフィナンシャルコンサルティング業務の責任者として活動。特にプライベートエクイティに対するビジネス事業DD、事業会社に対する事業、財務両面から最適事業ポートフォリオ戦略の検討、実行支援を得意としている。DTFA入社後は主に、自動車、食品などコンシューマービジネスの企業再生、事業構造改革、事業再編プロジェクトをリードしている。