思い込みで生じる『認知ギャップ』は、ビジネスやブランディングにおいて見過ごせないリスクを抱えている。本記事では、認知ギャップとは何かをひもとき、リスクを避けるための手法を提言したい。
目次
認知ギャップとは
本記事では『認知ギャップ』という言葉を「認知している情報」と「実際の情報」に生じる「差」を指して使う。また、近しい単語で『認知バイアス』という言葉がある。偏見や先入観、一方的な思い込みや誤解などを指す言葉として広く使用されている。いわゆる『認知バイアス』に分類される用語は数百以上存在しているため、今回はギャップが生じる背景を説明するためにバイアスの理論も補足として紹介したい。
なぜギャップは生じるのか?
それにしても、なぜ認知ギャップが発生するのか?
要因は、脳の情報処理のクセにあるようだ。脳は、円滑に情報処理するために無意識的に自分にとって優先度の高い情報を取捨選択する性質を持つことがわかっている。このメカニズムを行動経済学者であるダニエル・カーネマンが書籍「ファスト&スロー」で以下のように解説している。
人間には2種類の意思決定の過程(システム)が同時に異なるスピードで起きている。なぜならば、人の情報処理には限界があり、日常全てを正確に理解することはできない。そこで無意識に速い思考が働き、即座に「だいたい合っていそうな判断・結論」を出す。効率的ではあるが往々にしてバイアスが生じて正確ではない。
こうした脳のクセは、ビジネス上でも現れる。一例を紹介しよう。
定期的に消費者調査を実施し、結果を基に製品開発のためのアクションプランを立てていたプロジェクトがあった。そこでは、プロジェクトチームが設定したターゲット顧客層に製品評価の調査を実施していた。ただ、この2年間で大きなライフスタイルの変容が世の中で起こり、ニーズも変わったのではないかという仮説から別の視点での調査が行われた。結果、いままで想定していなかった新たな潜在顧客やニーズを発見することができた。逆にいうと今まで設定していたターゲットとは別に優良顧客層がいて、機会損失を起こしていたことが判明した。
原因を探るべく、第三者視点を交えて振り返りを行ってみると、そこでは、今まで客観的に次のアクションプランを検証しているつもりが、実施してきた打ち手を裏付けようとする思考に陥っていたことがわかった。この例では、開発者の中で自分の考えや好ましい仮説に沿うような情報のみを集め、その仮説に反するような情報は無視した、思い込みが確立した「確証バイアス」が生じていた。
時に合理的な処理はバイアスの傾向を増幅させ、「認知している情報」と「現実の情報」の間に差を生み『認知ギャップ』を発生させている。
ギャップによって生じるリスク
不特定多数で生まれる認知の誤差は、計り知れない。顧客だけではなく、組織の中であっても立場や環境、性別、国籍、年齢などによって同じものを見ていない可能性が大きい。ブランド成長のために設定したポジショニングやターゲットを見誤った場合、想定した投資結果が生まれず、大きな損失となるのは容易に想像できる。
例えば、多くのものづくり企業に見られるのが「知識の呪縛」というバイアス。自分あるいは自分のチームが持つ知識を無意識的におおよそ第三者も知っているだろうと思い込み、知識を持たない人の立場から物事を考えることができなくなってしまう現象だ。ブランディングにおいて顧客の体験価値を重視する際に意識したい落とし穴になる。前提が異なれば、コミュニケーションも大きく変わる。
どうしても人は立場、環境によって、情報を取捨選択してしまう。それならば、偏った結果が出ることを前提に、異なる属性を組み合わせて客観的な判断を行えるようにすることが重要となる。つまり、鍵は「多様性」にある。異なる属性の視点を組み合わせることは、ブランドを立体的に見る上で欠かせない。
無意識に生まれるギャップを顕在化させて比較する
共通のブランドイメージの構築を目的とするブランディングでは、概念やイメージを「言語化」「可視化」し、誤差を埋める『探索』する段階を設ける。
これを『ブランド・ディスカバリー(*1)』と呼んでいる。一連の活動において重要となるのが、ブランドに対するイメージやニーズを正しく、解像度高く捉えること。では、ブランド・ディスカバリーの際に偏りが少ないブランドの実体を把握するにはどうすれば良いのか。
ブランド・ディスカバリーには、送り手となる事業会社、受け手の消費者の声と合わせて業界に知見があるプロフェッショナルの目利きも利用したい。抽象的なブランド課題や評価だけではなく、外側から見たビジネス観点を得られることは大きい。
異なる役割から得られた結果を比較することで、認知ギャップが見えてくる。そこで生まれる差分は、リスクと機会損失の可能性を気が付かせてくれるだけではなく、未来に向けての問いにもなる。
まず、認知ギャップを意識的に活用し、複数の観点からブランドを把握するべきだと提言してきた。次はどのようにブランド・ディスカバリーを行うか?ブランドを知るソリューションは、複数存在する。それぞれで得られる情報は異なる。次回はそれぞれの特性を紹介したいと思う。
*1:ブランド・ディスカバリー(Brand Discovery)とは、ブランディング会社CIA Inc.が使用する特有な言葉。ブランドDNAを発見・再定義するためにリサーチ、フィールドワークなどの調査活動の段階を指して使われる。