多くの東南アジアの都市では、都市化と人口増加が急速に進んでおり、それに伴う気候変動に対する環境対策や慢性的な渋滞問題への対応に迫られています。そして、それらの問題解決のために昨今注目が集まっているのが「スマートシティ」という概念です。スマートシティとは、デジタル技術を活用して都市の計画・運営・管理などを行い、企業や生活者の利便性・快適性の向上を目指す考え方のことを指します。この記事ではMaaSやTOD、都市OSといったスマートシティと関連の深いキーワードを解説しながら、東南アジアにおける最新の都市開発事情をひもといていきます。

※当記事はIndustry Eyeに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

東南アジアで加速する人口集中と課題

国連ハビタットによると2030年には全人口の60%が都市に住み、都市人口増加数の約9割はアジアやアフリカなどの途上国で発生すると予想されています。アジア主要国においては、都市部に住む人口の割合(都市化率)が一貫して上昇しており、2030年には台湾、マレーシアで80%、2050年にはタイ、インドネシアで70%前後にまで達する見込みです。

図表1:アジア主要国の都市化率
出所:United Nations、World Urbanization Prospects 2018、Annual Percentage of Population at Mid-Year Residing in Urban Areas

都市部への人口集中は、多くの社会問題を引き起こします。渋滞や大気汚染、無秩序な乱開発などが代表的で、なかでも「渋滞問題」はアジア諸国に共通する重要課題といえるでしょう。それを受けて近年では、都市鉄道やBus Rapid Transit(BRT:バスを基盤とした大量輸送システム)などの公共交通の整備が盛んに行われています。また同時に、都市鉄道に人々を誘導するため、駅拠点の利便性の向上や複数の交通手段間の情報連携、駅に向かうためのパーソナルモビリティの整備なども進められています。

都市化を支えるスマートシティのトレンド

アジア主要都市では現在進行形で、スマートシティの取り組みが進められています。スマートシティの方法論には様々なものがあり、なかでも近年注目を集めるのが「MaaS」や「TOD」「都市OS」といったキーワードです。ここではそれぞれの用語を解説しながら、東南アジアにおけるスマートシティのトレンドを見ていきましょう。

MaaS(マース)は「Mobility as a Service」の頭文字をとったもので、異なる公共交通機関や移動サービスを連携させることで、移動の利便性向上や地域の課題解決を図ろうとする考え方です。欧州を中心に実用化が進んでおり、東南アジアでは台湾やインドネシアでMaaSの取り組みが活発化しています。

またコロナ禍を経て、交通機関における非接触決済(QRコードやコンタクトレス決済)を推進する動きが加速しています。決済手法がICカードベース(Card Based Ticketing/CBT)から利用者の口座と連動するアカウントベース(Account Based Ticketing/ABT)へ移行しているのもトレンドといえるでしょう。

そして、MaaSとともに注目されているのが「TOD」です。TOD(Transit Oriented Development)とは、駅などのハブを核にして、その周辺環境を含めた都市全体の開発を進める戦略のことで、日本語では「公共交通指向型開発」と訳されます。これまで東南アジアの多くの都市では、ODA(政府開発援助)を活用した鉄道開発が行われてきました。しかし、駅周辺の整備はODAの支援対象外であるため、総合的な沿線開発はあまり行われてこなかったのが実情です。そういった背景から下図のように、ODAなどによる公共セクター開発と民間セクター開発を連結させるTODに注目が集まっています。TOD活用により、駅の価値を最大化する街づくりが促進されると考えられます。なお、日本はTOD先進国として知られています。本邦企業もノウハウを有していることから、TODは日本の優位性を発揮できるチャンスととらえることもできるでしょう。

図表2:リンク部分のアンロックによるTOD効果の向上
出所:公開情報よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

MaaSやTODがスマート化のためのひとつのソリューションだとすれば、都市OSはそれらのソリューションを集約・管理・運用するITプラットフォームです。近年の都市開発では、様々なデータを統合し利活用しようとする動きが活発であり、都市OSは各国のスマートシティ戦略においても重視されているコンセプトとなっています。エストニアのX-ROAD、中国の杭州で採用されているET City Brainなど、既に様々な情報基盤システムが登場しており、なかでも導入事例が多いのが「FIWARE(ファイウェア)」です。FIWAREはオープンソースソフトウェアをベースに開発されており、柔軟性・適応能力の高いのが特徴といえます。日本国内においても香川県高松市や兵庫県加古川市などで導入されており、今後は東南アジアでもFIWAREが推進されていく見込みです。

東南アジア都市 スマート化の展望

コロナ禍を経て、アジア諸国におけるデジタル技術を活用した都市のスマート化が加速しています。鉄道・バスなどの伝統的なハードインフラ整備に合わせ、今回ご紹介したようなMaaSや都市OSなどのソフト面での整備が進んでいるのは特筆すべき点です。アジアにおける今後の都市開発においては、ハード・ソフト両面での取り組みを進めることがより重要となっていくでしょう。

現状、台北やシンガポールではMaaSが発展し、先進的な取り組みが見られる一方、ホーチミン、ハノイ、マニラなどの都市では依然として発展途上の状況です。その意味では、これから進むであろう「東南アジア都市のスマート化」は、日本企業にとってビジネスチャンスになる可能性を秘めているともいえるでしょう。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
政府・公共サービス

元岡 亮 / Motooka Ryo

シニアヴァイスプレジデント

日系デベロッパーを経て2017年にデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社へ入社。2018年にTOD・海外都市開発アドバイザリーを立ち上げ、公共機関および民間企業に対して都市開発に関する豊富な業務実績を有する。アジア圏における海外都市開発に関する実務経験を有し、調査、市場分析、戦略企画、ビジネスモデル立案、投資支援などの業務提供を専門とする。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
政府・公共サービス

板倉 雅也 / Itakura Masaya

ヴァイスプレジデント

民間不動産会社を経て2018年デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー入社。J-REITの運営、不動産(マンション、工場、商業ビル)の再開発・取引、東南アジアでの企画・交渉などのビジネスマッチングなど、日本と東南アジアの都市開発・不動産プロジェクトに携わる。