人の人生がかかるM&Aの本質とは
2022年9月、株式会社ストライク(以下、ストライク)とデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)は、中小企業の事業承継・M&Aを推進することを目的に協業を開始しました。両社の協業を記念して2022年10月21日に開催されたセミナー「M&A業界の近未来像」をレポートします。
目次
荒井 邦彦氏
株式会社ストライク
代表取締役社長
一橋大学商学部卒。1993年に太田昭和監査法人(現:EY新日本有限責任監査法人)に入社し、財務デューディリジェンス、株式公開の支援などの業務に従事。1997年、株式会社ストライクを設立。2016年6月には東証マザーズに上場(現在、東証プライム上場)を果たす。2022年3月には一般社団法人M&A仲介協会の代表理事に就任する。
黒岡 博明氏
株式会社ストライク
M&A Online
編集長
M&Aに関する情報を広く一般の方々に提供するメディア「M&A Online」の編集長。編集長としての業務の傍ら、自身が取材・執筆を手掛ける。
伊東 真史
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
パートナー
外資系コンサルティングファームを経て、現在のデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。医薬品・医療機器事業の売却アドバイザリーやベンチャー企業の事業性評価、カーブアウト案件やJV設立における各種アドバイザリー業務など、戦略から統合フェーズまでM&Aに係る業務に幅広く従事する。
熊谷 元裕
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
パートナー
有限責任監査法人トーマツにて、法定監査・金融機関監査やIPO支援・J-SOX導入支援業務に従事した後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に転籍。現在は製造業、小売業、ライフサイエンス分野等を中心にM&Aアドバイザリー業務・企業価値評価業務に従事する。
馬渕 磨理子氏(モデレーター)
経済アナリスト
京都大学公共政策大学院修士課程修了。トレーダーとして法人の資産運用を担う。その後、金融メディアのシニアアナリスト、コメンテーター、連載を通してメディア活動を行う。
M&A件数はリーマンショック以降最多ペースで推移
モデレーター
馬渕
最初にM&A業界の現況を教えてください。
ストライク
黒岡
ここ数年のM&Aの件数は、新型コロナ1年目の2020年はさすがに足踏みをしたものの、2021年には大きく切り返しました。2022年はさらにその勢いを増しており、リーマンショック以来最多のM&A件数を記録した2021年を上回るのは確実視されています。特に2022年9月のM&Aの件数は105件と、2008年3月以来の水準を記録しました。
ただ新型コロナの影響もあり、国境をまたぐ海外M&A件数は2020年に大きく落ち込み、現在も回復の途上にあるのが現状です。
DTFA
熊谷
M&Aの中身に注目すると、大規模事業者に加え、中・小規模事業者のM&A件数も増えていますね。例えば個人商店 が事業継承の一環でM&Aを選択する事例が非常に増えてきた印象があります。
DTFA
伊東
感覚的な話になりますが、日本企業による海外企業のM&A「アウトバンド」および海外企業による日本企業のM&A「インバウンド」、両者ともに水面下で大きく動いている印象です。
「生産性の向上」がM&Aの新たなキーワード
モデレーター
馬渕
M&Aに対する顧客ニーズはどのように変化しているのでしょうか。
ストライク
荒井
当社は、約25年前から中小企業を対象にM&Aのマッチングサービスを展開し始めましたが、当初の顧客ニーズは「事業継承」でした。つまり、後継者のいない中小企業が存続するために、M&Aに活路を見出したわけですね。昨今は事業継承に加え、「生産性の向上」というニーズも新たに加わりました。背景には、人口減少による日本経済縮小への危惧があります。経済が停滞すると、税収が減り、例えば橋を修復できずに事故が起こったり、年金支給開始年齢が後ろにずれたりと、国民生活に様々な悪影響が及びかねません。こうした未来にならないためにも、人口減をカバーし経済を立て直す鍵として、「生産性の向上」を1つの軸にM&Aも行われるようになりました。
モデレーター
馬渕
「生産性の向上」がキーワードとなると、若い世代もM&Aに積極的な方がいらっしゃるのではないでしょうか。
ストライク
荒井
仰る通り、今は若い世代も会社を売る時代です。「もう単独でやっていく時代ではない」という意識から、2代目・3代目の後継者が40代前後でM&Aを決断されるケースも徐々に増えていますね。
DTFA
熊谷
「M&Aは秘密裏に進めたい」というクライアントも多かったのですが、世の中でM&Aが浸透していくにつれ、オープンネーム(実名)による公募のニーズも増えてきている印象です。
ストライク
荒井
企業名を秘密にしておいた方が良いのか、逆にオープンにした方が価値あるM&Aを実現できそうなのか、比較をした結果、後者を選ぶ企業も増えてきていますね。
モデレーター
馬渕
M&Aというとクローズドな印象がありますが、オープンに募集するケースも増えているんですね。続いて、増加しているM&A仲介会社の質について所感をお聞かせください。
ストライク
黒岡
前提としてM&A仲介会社の数は、実はなかなか判然としないのですが、中小企業庁が2021年に創設した「M&A支援機関登録制度」の数字を参照すると、2,688件(2022年11月1日現在) に上ります。「この10年で4〜5倍に増えた」と主張する方もいますね。
M&A仲介会社に関わらず、一般的に企業数が増えると、問題点も増えてきます。例えば、M&Aの知識・経験に乏しい事業者も一定数出てくるでしょう。
こうした背景もあり、M&A仲介分野における初の業界団体「一般社団法人M&A仲介協会」が、2021年秋に発足しました。同協会の発足により、M&A仲介の質およびモラルが高まることを期待しております。
モデレーター
馬渕
大手M&A仲介会社と中・小M&A仲介会社の質の違いについてどう思われますか。
ストライク
荒井
それぞれの良さがあるため、どちらが良いとはなかなか言えません。多くの大手M&A仲介会社は、分業制を敷き、業種ごとに専門的な知見を各部門が蓄積していますね。一方、中・小M&A仲介会社はクライアントにとっては、話に親身になって耳を傾けてくれる存在だと思います。大手仲介会社が大学病院、中・小仲介会社はかかりつけ医というイメージでしょうか。
DTFA
熊谷
企業規模問わず、結局は担当者個人の力によるのかな、と思います。そのため、「大手だから良い、中小だからダメ」なんてことは決してありません。とはいえ、最低限押さえなければならない専門知識や知見はあります。それらを効率的に教えられる教育体制はやはり大手仲介会社の方が整備されているのだろうとは思います。
人の人生がかかるM&Aは「人間力」が必須
モデレーター
馬渕
ニーズが多様化するM&A業界において、M&A仲介会社が生き残っていくためには何が必要なのでしょうか。
ストライク
荒井
M&Aは従業員やクライアントへ様々な影響を直接的に及ぼします。その意味で、M&A仲介会社は患者さんの人生を預かる医者と一緒ですね。そのため最低限、技量や倫理観、使命感は必須だと考えます。
DTFA
熊谷
M&A仲介は人の人生がかかった仕事です。クライアントと向き合う力、M&Aの相手方と交渉する力など、様々な能力が必要なのは間違いありません。ただ、行き着くのは「人間力」なんだろうなと思います。
モデレーター
馬渕
ストライクとDTFAが協業に至った背景をお聞かせください。
DTFA
伊東
当社はアドバイザーという立場で、クライアントに寄り添ったM&Aサービスを提供しております。一方で、今後もM&A件数の増加が予想されています。これからも質を担保したうえで、増加するM&Aへのニーズを満たし、価値を提供し続けていくために「自分たちだけで何とかしよう」という発想を変え、ストライクさんとの協業を決断させていただきました。
ストライク
荒井
当社の「M&A Online」とDTFAさんの「M&Aプラス」、この両者のプラットフォーム分野でのシナジーを期待し、協業に至りました。また、個人的にはDTFAの熊谷さん・伊東さんと「業界を良くしていきたい」という熱い思いを同じくしたことも大きいですね。
モデレーター
馬渕
ストライクの「M&A Online」はどのようなメディアなのでしょうか。
ストライク
黒岡
「M&Aをもっと身近に。」をモットーに、M&Aに関する情報を広く一般の方々にも提供している経済情報メディア です。当メディアでは、注目企業やM&Aの背景や狙いを掘り下げて解説しています。
中でも上場企業の適時開示で明らかにされた、経営権が異動するM&Aについては即日短信記事で発信しており、これは当メディアの大きな特徴です。そのほか、「適時開示情報」や「TOB(株式公開買い付け)」「大量保有報告書」に特化したデータベースを無料で公開しております ので、関心のある方にはぜひご活用いただきたいですね。今後はDTFAさんの高い専門性・知見もお借りしながら、良質な情報発信に努めていきたいと考えております。
モデレーター
馬渕
DTFAの「M&Aプラス」の概要も教えてください。
DTFA
伊東
「企業のマッチングが手軽になり、事業成長戦略の選択肢を広げるサポートをしたい」という思いから生まれた、中堅・中小企業向けのM&Aマッチングプラットフォームです。会員間のクローズドなプラットフォームで、M&A案件情報の閲覧や検索、質問、マッチングなどの機能を有します。実際にM&Aを検討されている方は、ぜひご活用いただければ嬉しいですね。
2社が一緒になればできないこともできるようになる。M&Aの本質は「仲間づくり」
モデレーター
馬渕
最後に改めて両社からこれからの意気込みも含めてメッセージをお願いいたします。
ストライク
荒井
私の持論は「M&Aは仲間づくり」です。例えば、後継者がいない企業も別の会社と仲間として一緒になることで、会社を存続させることができます。このように「1社ではできないことも、2社が一緒になればできることがある」、これがM&Aの本質ではないでしょうか。これからもM&Aで仲間づくりをしながら、M&A関係者の皆さまとも一緒にM&A業界を盛り上げていきたいと思います。
DTFA
熊谷
私のモットーは「灼熱」です。自分の熱いハートで日本も熱くしていきたい、そんな気持ちで仕事をしています。今日に至るまで、M&A業界は急成長を遂げてきました。それ自体は良いことではありますが、一方で様々な課題も抱えています。M&Aに関わるすべての関係者が課題を乗り越え、「日本の未来を良くする」という共通の熱い思いを持って、M&Aに取り組んでいきたいですね。