2021年7月より、経済学をビジネスに活用する「エコノミクスサービス領域」における協業を開始した株式会社エコノミクスデザイン(以下、エコノミクスデザイン)とデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)。協業から約1年、両社は官公庁や地方自治体、民間企業が抱える課題に対し、経済学の知見を活用してソリューション提案およびサポートを実施してきました。

今回は、エコノミクスデザインとDTFAによる座談会の様子をレポートします。エコノミクスデザインからは代表取締役を務める共同創業者の今井誠氏、星野崇宏氏を招き、安田洋祐氏はオンラインでの参加となりました。DTFAの小嶋、竹ノ内と1年間の協業実績を振り返るとともに、日本のビジネスにおける経済学の活用の現状や課題、今後の可能性について語り合いました。

今井 誠氏

株式会社エコノミクスデザイン
代表取締役・共同創業者

金融機関を経てジョインしたアイディーユー(現・日本アセットマーケティング)では、不動産オークションの黎明期を経験する。2018年ディアブル代表取締役、デューデリ&ディール取締役に就任し、不動産オークションにおける経済学の実装に取り組む。2020年6月、さらに経済学のビジネス実装を広めるため、星野氏や安田氏などとともに、株式会社エコノミクスデザインを共同創業。

星野 崇宏氏

株式会社エコノミクスデザイン
取締役・共同創業者

慶應義塾大学経済研究所所長・経済学部教授。2004年3月東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。行動経済学会長。情報・システム研究機構統計数理研究所、名古屋大学大学院経済学研究科などを経て、現職へ。2017年、45歳未満の研究者に政府が授与する最も権威のある賞である日本学術振興会賞を受賞。

安田 洋祐氏

株式会社エコノミクスデザイン
共同創業者

大阪大学大学院経済学研究科准教授。1980年東京都生まれ。2002年に東京大学経済学部を卒業。最優秀卒業論文に与えられる大内兵衛賞を受賞し、経済学部卒業生総代となる。その後、米国プリンストン大学へ留学して2007年にPh.D.を取得(経済学)。2014年4月より現職。専門は戦略的な状況を分析するゲーム理論。

小嶋 完治

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
マネージングディレクター

監査法人系アドバイザリーファームでは民間企業の事業再編、財務基盤強化、公共部門の民営化やPPP事業などのプロジェクトに従事。2004年以降はヘルスケア領域に特化し、大学病院の経営企画部や戦略コンサルティングファームなどにてヘルスケア領域に関わる新規事業立ち上げ支援、販売・マーケティング力強化戦略策定、新規市場参入支援、市場調査、M&Aにおけるデューデリジェンスなど、多岐にわたるプロジェクトを牽引。

竹ノ内 勇人

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
シニアヴァイスプレジデント

大手監査法人にて主に金融機関・ファンドの会計監査に従事。その後、2016年に入社、ライフサイエンス・ヘルスケア領域における企業価値評価業務、無形資産価値評価業務に従事しているほか、企業活動やスポーツビジネスにより創出される社会的インパクト分析などに携わる。

協業1年目は助走期間。2年目以降は加速期間にしていきたい

――エコノミクスサービス領域における協業が開始されてから1年が経過しました。協業1年目を振り返り、率直な感想をお願いします。

DTFA
竹ノ内

1年目の協業実績として、「ESGと企業価値~最新のファイナンスと経済学の知見に基づくESG取り組みと企業価値の関係~」と題した共同ウェビナーの開催や官公庁向けの共同プロジェクトへの取り組みなどが挙げられます。こうした取り組みを通じて、まずは協業1年目ということで、お互いの強みを現場の肌感覚で理解し合えた点は、大きな収穫と思っています。

エコノミクスデザイン
今井

DTFAさんと協業を始めたことで、アプローチできる領域・クライアントの間口が広がったと感じております。1年目を助走期間だとすると、2年目以降はさらにこの「経済学のビジネス活用」を加速させていけたらと考えています。

経済学をビジネスに活用できる余地はたくさんある

――経済学をビジネスに取り入れると何が良いのか、考えをお聞かせください。

エコノミクスデザイン
星野

経済学を用いることで、何にいくら投資をすれば、どれくらいの利益が出るのか、投資行為を金銭に換算することができます。また経済学の知見には、例えば「ブランド価値が財務指標にどのような影響をもたらすのか」「値上げをしたい場合、どのような条件が揃うと消費者は反感を持ちづらいのか」といったかなり実践的な内容のものもあります。これらの知見はビジネスに直接活用することができます。

エコノミクスデザイン
今井

経済学は売上、もう少し直接的な表現だとお金儲けに直結する学問です。ただ、そのメリットはなかなか浸透しておらず、貪欲に経済学の知見を活用しようとする日本企業はまだまだ少ないのが現状です。

――海外、とりわけアメリカ企業は経済学のビジネス活用が進んでいると聞きますが、具体的にはどのように活用しているのでしょうか。

エコノミクスデザイン
星野

例えば、Amazonは経済学者を含むエコノミクスチームが、経済学的な知見・情報に基づき経営の意思決定をしています。具体的には「運送業者が配送料を値上げした場合に、配送料をいくらに設定すれば配送料無料のAmazonプライム会員が何%増えるのか?従って配送料をどの程度値上げすべきか?」というような利益に直結する分析を、経済学の学知に基づいて行い、意思決定をするわけです。

なぜデータサイエンティストではなく経済学者かといえば、過去行われたことの無い施策実施の影響は単純な過去データからの予測は当然うまくできないので、人々や他企業の行動を計量経済学の学知で適切にモデリングする必要があります。経営に直結する意思決定を行うために、Amazonだけでなく、GAFAM(大手IT企業5社)は経済学者を多く雇用しています。

エコノミクスデザイン
安田

各部署から上がってきたデータを経済の専門家集団が分析し全社的な意思決定のサポートをする、という体制をイメージされる方は多いでしょう。ところが、Amazonでは専門家を個々の部署に配属しています。特定の効果を測定するためには、どのようなデータを取れば良いのか。与えられたデータを分析するのではなく、データの取得方法の設計から経済学者が携わっているのです。この体制はAmazonのユニークな点です。

意思決定におけるデータ活用は政府で先行して進められている

――続いて、ビジネスで経済学の活用を進めていくに当たり、協業をしていく中で見えてきた、クライアントの課題についてどのように感じましたか。

エコノミクスデザイン
今井

クライアントや企業と接していて感じるのが、「経済学で何ができるのか、伝わっているようで全く伝わっていない」ということ。経済学のビジネス活用について、学知を過大評価している企業もあれば、全くそのメリットに気付いていない企業もある。いかにビジネスにおける経済学の活用領域や強みを伝えていけるかは大きな課題です。

エコノミクスデザイン
安田

近年、政府においては、統計やデータを活用し、証拠(エビデンス)に基づいて政策立案を行う「EBPM(Evidence-Based Policy Making)」の取り組みが推進されています。多くの民間企業は政府と比べて、EBPMのようなエビデンスに基づいた経営への取り組みは遅れており、確かにこの点は課題ですね。ただ、企業側のニーズとしては、慣習や経験に頼るだけではなく、学知やデータといったエビデンスを活用して分析・意思決定を行うというトレンドは、今後高まっていくものと考えています。今井さんが触れたように、経済学の有効な活用法が広まれば、このトレンドはさらに加速していくでしょう。

DTFA
小嶋

データのビジネス活用という観点では、日本においても例えば、病院は検査データや画像診断データなど膨大なデータを扱っています。過去には当社においても病院の各種データを、製薬会社がマーケティングや医師への情報提供などへ役立てられるようサポートしたプロジェクト実績もあります。こうした事例からも、安田先生が仰る通り、データのビジネス活用は政府だけでなく、様々な業界・企業へも波及していくのでしょう。

経済学がどれほど効果があるのか、低コストで効果測定ができる

――経済学のビジネス活用を広めていくに当たり、エコノミクスデザインとDTFAの協業はどのような企業のニーズを満たすことができると考えますか。

エコノミクスデザイン
安田

「経済学を活用することで解決したい具体的な課題を意識している」かつ「まずはコストを抑えて経済学のビジネス効果を確認したい」という企業のニーズには応えやすいと思います。

経済学の学知をビジネスに利用して、マイナスの影響が出ることはあまりないでしょうが、問題はコスト面です。経済学者や専門家を正社員として雇用して果たして採算が合うのかどうか、不安に思う企業も少なくないはずです。そのような企業にとって、当社とDTFAさんのように、相対的に低コストで効果測定を行える外部の専門家集団のニーズは高いのではないかと期待しています。

DTFA
竹ノ内

安田先生の仰るニーズを捉え、広げていくためにはエコノミクスデザインさんのお力を借りつつ、DTFAとしては、どうしたら現場で経済学を取り入れることができるのか、企業ごとに経済学の理論を実現可能なプランとして実装していくスキルを磨くことが大切だと認識しています。

――どのような企業に経済学のビジネス活用が効果的に働くと考えますか。

エコノミクスデザイン
安田

組織内部でできる取り組みはすべて試したにもかかわらず、売上・収益が頭打ちの企業でしょうか。従業員のモチベーションも高く、様々な施策に挑戦するもののなかなか成果が上がらない、といったケースです。例えば、行動経済学の知見を生かして広告の出し方を工夫したり、顧客関係管理を活用してマーケティング手法を変更したり。経済学を用いて、収益改善のためにすぐに着手できることはいくつもあります。

一方、組織内部でできる、生産性向上に係る施策を十分講じていない企業は、もしかしたらまだ経済学が役に立つ段階に立っていないのかもしれません。従業員にそもそもやる気がない、顧客データをきちんと取っていない、という場合には、待遇や人員配置を見直す、データ管理のためのツールを導入する、といった対策をまず行う方が、最新の経済学を用いるよりパフォーマンスの向上に寄与することでしょう。

エコノミクスデザイン
今井

現状として、経済学の活用に関心がある企業は、企業課題に対し貪欲にリサーチをしている企業や近しい課題を持つライバル企業の、経済学の活用事例を見聞きした企業が多いです。

――最後に、エコノミクスデザインとDTFAより、今後の抱負をお聞かせください。

DTFA
竹ノ内

今回の対談で皆さまのご意見をお聞きし、エコノミクスデザインさんにご相談したいプロジェクトがいくつか具体的に頭に浮かんできました。今後も緊密に連携を取らせていただきながら、クライアントへ経済学のビジネス活用を浸透させていけたらと思っています。

エコノミクスデザイン
今井

経済学を用いて実績を上げている企業は、そのことをあまり表には出しません。そのため、経済学を利用している企業と利用していない企業の差がいつの間にか広がっているのが現状です。私たちとしてはまずこうした現状をお伝えした上で、DTFAさんと一緒に力をつけながら、経済学をビジネス活用する企業の裾野を広げていきたいと考えています。

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