脱炭素に向けた気候変動イノベーションとエコシステム
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
木村 将之
脱炭素をはじめとする気候変動対策への取り組みが各領域で積極的に進められている中、気候変動領域におけるイノベーションを創出する企業・ビジネスが続々と登場しています。
デロイト トーマツでは、こうした気候変動に関する潮流を解説するセミナーとして、2022年4月に「ESG/気候変動Webinarシリーズ 第1回:自動車業界における気候変動イノベーションの潮流」を開催しました。その中から、気候変動領域におけるエコシステムのトレンドについて解説した、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 取締役COOの木村将之の講演の内容をご紹介します。
目次
大きな経済効果が見込まれる気候変動対応
気候変動を抑制もしくは適応するための取り組みは、ヨーロッパを中心に積極的に進められています。特に自動車業界では、電動化を中心とした規制強化の流れが加速していて、多くの完成車メーカーおよびサプライヤーが積極的に事業内容の見直しを図っています。
このような業界を巻き込む取り組みのきっかけとなったのが、2015年に開催された第21回 国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)における「パリ協定」の採択です。
この協定では、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前と比べて2度より十分低く保つとともに、1.5度に抑える努力を追求すること」が明確に示されました。さらに2021年に開催されたCOP26では、1.5度シナリオを念頭に2022年末までに各国の国別GHG削減目標(NDC:Nationally Determined Contributions)の2030年目標を見直すことが要請されました。産業革命以前よりも気温が2度上昇した場合、1.5度の場合よりも世界全体のGDPが20兆ドル以上減少すると試算されています。
気候変動をチャンスと捉える流れも生まれつつあります。実際、気候変動に積極的に対応することによる経済効果は、2030年までに約2,600兆円に達するともいわれています。また、気候変動対応を新たな事業機会と捉えることができるかどうかが、企業にとって重要であるといった認識も広まっています。
日本の大企業に求められるTCFDに基づく情報開示
パリ協定採択後、欧米を中心に様々な気候変動イニシアチブが立ち上がりました。それらが相互に連携しつつ、世界の気候変動ムーブメントを先導しています。
そうしたイニシアチブの1つが、パリ協定が求める⽔準と整合し5~15年先を見据えて企業が科学的根拠に基づき設定する、温室効果ガス排出削減目標「Science Based Targets(以下、SBT)」です。気候変動対応の効果は、新規顧客の獲得からイノベーションの創出まで多岐に渡るほか、気候変動に積極的に対応することによって4つの効果が得られるとしています。
具体的には、①投資家からのESG投資の呼び込みにつながることによる資本調達コストの削減、②意識の高い顧客の声に応えることによる機会の獲得、③温室効果ガス削減目標をサプライヤーに示すことによるサプライチェーンの強靱化、そして④イノベーション風土の醸成、の4つがSBT設定の具体的な効果として挙げられています。
また、日本企業に大きな影響を及ぼしているイニシアチブが「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」です。企業などに対し、気候変動関連リスクおよび機会に関して、ガバナンスと戦略、リスクマネジメント、指標と目標のそれぞれの項目で開示することを推奨するイニシアチブです。
日本では401の企業・機関がTCFDに賛同しており(2021年5月時点)、これは世界で最も多い数となっています。また東京証券取引所に新設された「プライム」市場では所属する企業に対し、TCFDに基づく情報開示を求めています。
スタートアップを阻む「死の谷」
デロイト トーマツでは、気候変動や脱炭素に向けた事業について、約250社にアンケートを実施しました。そこで気候変動(脱炭素)事業の位置付けについて尋ねたところ、100社は「既存事業の延長/派生で(新たなビジネスとして)検討/実施している」、62社は「既存事業として実施している」と回答し、「全くの新規領域における事業創出として検討/実施している」と答えたのは48社に留まりました。
「気候変動(脱炭素)事業の取組み手法」についての設問では、最も多かった回答が「戦略的提携/協業」で、「自社のみで事業検討/創出」を上回りました。そもそも気候変動や脱炭素に関する取り組みは、技術分野が多岐に渡ることから、自社だけで対応するのは容易ではありません。また革新的な技術はスタートアップから生まれることも多いため、外部リソースを活用して取り組みを推進することが主流になっています。
一方で、気候変動に関わるスタートアップ企業が大きく成長するのは難しいといわれているのも事実です。実際、アメリカでは2010年頃にグリーンニューディール政策を掲げられたことで、多くのスタートアップに資金が流入しました。しかし多くのスタートアップは、「死の谷」と呼ばれるハードルを乗り越えることができずに市場から撤退し、開発した技術の実用化にまでこぎ着けた企業はほんの一握りに留まりました。
気候変動領域におけるスタートアップを阻む死の谷は、研究開発から実証実験に至る間、実装と導入に進む前、さらに商用化の手前のそれぞれにあるといわれています。こうしたハードルを乗り越え、スタートアップが持つ技術を市場に展開するために、アメリカや欧州では新たなスタートアップのエコシステムを構築する動きが加速しています。具体的には、政府や学術・研究機関、あるいはインキュベータやベンチャーキャピタル、エネルギー業界など、様々なステークホルダーが、スタートアップが持つ技術を実用化し、イノベーションの商用化を支援しています。
気候変動スタートアップを支援するファンド:Breakthrough Energy Ventures
気候変動に関するスタートアップを支援するファンドとして、注目を集めているのがBreakthrough Energy Ventures(以下、BEV)です。このファンドをリードしているのはビル・ゲイツ氏で、世界の名だたるビジネスパーソン、さらには欧州委員会など政府機関まで巻き込み、累計約3,000億円規模のファンドが運用されています。
BEVのユニークな点として、Ph.D.を多数擁する技術評価チームを内部に持ち、スタートアップが有する技術を評価した上で投資判断を行うことが挙げられます。投資基準も明確で、全世界の炭素排出量の1%以上を削減できる可能性がある技術であること、そして同社の技術者が科学的に実現可能と判断し、他の投資家やファンドが追加投資を行う可能性が高いプロジェクトであることとしています。
すでに多くの企業がBEVに賛同しており、自動車業界でも大手完成車メーカーが名前を連ねています。
このように、グローバルでは気候変動に対処するための取り組みが積極的に進められており、イノベーションを生み出すための取り組みは活発化しています。こうした動向を迅速に捉え、自社のビジネスに取り込んでいくことが今後は極めて重要でしょう。