パネルディスカッションⅡの様子

地政学リスクが高まりAIなど先端技術の急速な実装が世界的に進む一方、人口減少や生産性低迷に悩む日本は新たな「勝ち筋」を必要としている。一般社団法人デロイト トーマツ戦略研究所(DTSI)はこのほど、デロイト トーマツ グループとの共催でシンポジウムを開いた。日米から産学官の有識者を集め、日米同盟や宇宙・通信産業の視点から、成長戦略のあり方と企業が何をなすべきかを議論した。

シンポジウムは「日本の成長戦略~変革の時代における競争力とイノベーション」と題し、2026520日に都内で開催された。プログラムは次の通り。

1.開会あいさつ 

デロイト トーマツ グループ CEO  CGO 木村 研一

2.祝辞(司会代読)

内閣総理大臣 高市早苗氏

3.主催者講演「変革の時代における競争力とイノベーション~戦略研究所設立の狙い」

  デロイト トーマツ戦略研究所 共同代表理事 角南篤

4.基調講演「日本の成長に向けた戦略」

自由民主党 政務調査会長 小林鷹之氏

基調講演「日本の成長戦略に対する米国の期待」

在日米国大使館 経済・科学担当公使 Evan Felsing

基調講演「先端テクノロジービジネスの日米の動向」

TWG AI President Drew Cukor

5.パネルセッション「成長戦略推進に向けた日本企業への期待」

内閣官房参与/明星大学教授 細川昌彦氏

経済産業省 経済産業政策局長 畠山陽二郎氏

合同会社デロイト トーマツ 常務執行役 鹿山真吾

  デロイト トーマツ戦略研究所 共同代表理事 香野剛

パネルセッション「日本発・次世代インフラによるAI時代の競争力強化~光・無線ネットワーク×宇宙が拓く新市場」

  NTT株式会社チーフエグゼクティブフェロー/IOWN Global Forum会長 川添雄彦氏

  一般社団法人 Space Port Japan 代表理事 山崎直子氏

  デロイト トーマツ戦略研究所 共同代表理事 角南篤

6.閉会あいさつ

  合同会社デロイト トーマツ 代表執行役 長川知太郎

(肩書は開催当時)

 

戦略研を設立した理由

・開会あいさつでデロイト トーマツグループの木村研一CEOCGO(当時)は「日本初の女性総理が誕生するなど変革期である今、私たちが考えるべきテーマを総ざらいして、皆様の成長戦略の一助としていただければ」と述べた。

・続いて、シンポジウム参加者が議論を深めることで「高市内閣の『日本成長戦略』とりまとめに向け、有益な御示唆をいただけることを期待しています」とする、高市早苗総理の祝辞が紹介された。

閉塞感を打破する「触媒」として

・主催者講演で角南篤DTSI共同代表理事は、情勢混迷で世界の枠組みが変わる中、従来型の日本の意思決定は「グローバルな情報ネットワーク」と「インテリジェンス」を欠き、限界を迎えていると指摘。その閉塞感を打破する「触媒」として、DTSIは設立されたと説明したうえで、デロイト トーマツ グループはDTSIを通じて「国の発展、公共のために尽くす」と断言した。

「陰徳を積む」ことが一番の目標

・さらにDTSI設立の一番の目標は「陰徳を積む」、つまり「人知れず社会の基盤を支え、善き行いを積み重ねることで、国や社会全体の『信頼』という見えない資本を育むことだ」と語った。具体的には、デロイトが内外に持つ「圧倒的な情報ネットワークと、サイバースペースや経済安全保障の最先端を行く基盤を日本の政策立案の高度化へ、そして産業界全体の底上げへと還元していく」とした。

・角南代表はデロイト トーマツの「日本社会と長年向き合ってきた老舗ファームとしての総合力」を結集し、「民間でありながら公共的な役割を担うという、これまで日本になかった新しい組織のあり方に挑戦する」と述べた。そして産学官の最前線の面々とともに「ビジョンを描き、リスクを見極め、大胆な戦略を構想し、スピード感を持って、泥臭く着実に、新たな日本の絵姿を具現化していく」意気込みを示した。

 

 

日本列島を強く豊かにするために~自民党政調会長

基調講演では自由民主党の小林鷹之・政務調査会長が、日本の成長戦略について語った。要旨は次の通り。

地方衰退が続けば日本は沈む

・政権公約「日本列島を、強く豊かに。」のポイントは「列島」の二文字だ。都市部にエネルギー、食料、人を供給してきた地方が衰退の一途をたどれば、日本全体が沈むという危機感を込めた。全国津々浦々に成長の果実が行き渡るように「危機管理投資」と「成長投資」を、国が企業とともにリスクをとって、進めて行く。

・危機管理投資は一言で言えば、「国土強靭化」だ。埼玉県八潮市で下水道による道路陥没事故が起きた。上下水道をはじめ、道路、港湾について、防災の観点も含めた危機管理投資が必要である。政府は先般、成長投資に関しては全国を10のブロックに分けて成長産業の集積地を作る「戦略産業クラスター計画」の素案を公表した。

「造船」は自国で、宇宙は民間主導で

・戦略17分野で私自身が強い関心をもって取り組んできたのが造船だ。かつて建造量は世界一だったが、今では1割前後まで落ち込み、日本国内で使う船の3~4割を他国に頼らざるを得ない。しかし、我が国は物流をほぼ海上輸送に頼っている中で造船を他国任せにはできない。加えて、LNGは全量を輸入しているが、それを運ぶLNG船すら自分たちで作れない国になってしまっている。

・私は宇宙にも強い関心を持っている。特に宇宙空間へのアクセスや輸送を他国に頼っているようでは宇宙大国には到底なれない。JAXA(宇宙航空研究開発機構)が次世代のH3ロケットで輸送手段を確保しようとしているが、輸送分野は民間企業で担ってもらうようにする方が良い。NASA(米宇宙航空局)が推進した商業軌道輸送サービス「COTS」のように、民間企業が自由に設計・開発したサービスを政府が購入する「日本版COTS」が必要である。

17分野で先行する半導体の集積地を

・成長戦略の17分野で最も先行しているのが半導体である。5年前に政治、行政、そして産業界が議論し、今後10年のビジョンを作り、工程と国の支援額までコミットした。それが、第一ステップの熊本へのTSMC(台湾積体電路製造)誘致、第2ステップの北海道のラピダスにつながり、現時点ではほぼ順調に進んでいる。

・さらにラピダスを契機に、苫小牧市、札幌市、石狩市などにまたがる広域エリアを半導体や先端技術のデジタル産業集積地とする「北海道バレー構想」 を、地元の自治体や産業界、大学、研究機関、若い人たちが進めている。国も、そこに伴走することが重要である。

経済安保の究極の目的に向けて

・最後に国家安全保障に触れたい。国家安全保障の本質は経済と安全保障が融合する経済安全保障と言っても過言ではない。経済安全保障の究極の目的は「強い経済成長」である。強い経済力が、防衛力や外交力という国力の基盤にあるからだ。その経済力を高めるためには過度に他国に依存しない経済構造づくりの「自律性の確保」、日本が存在しなかったら成り立たないようにする「不可欠性」、「公正な競争環境の整備」、そして偽情報対策を含めた「的確な情報の受発信」の4つの要素が重要だ。

・それらの4つの要素を強化するのが「インテリジェンス、体制・組織の整備、人材育成」だ。特に経済安保のインテリジェンスは極めて重要であり。官と民がしっかりと情報を収集し、分析し、共有する仕組みが必要。成立予定の「国家情報会議設置法」を皮切りとして成長の基盤であるインテリジェンスの強化に取り組んでいきたい。(編注:2026527日成立)

手に持ったスーツの男性

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基調講演では、在日米国大使館のEvan Felsing経済・科学担当公使が「日本の成長戦略に対する米国の期待」と題して講演した。

 

AIが全てを変えていく~元情報将校が語る変革

基調講演では米TWG AIPresidentDrew Cukor氏が登壇。米国防総省初の大規模AI計画『Project Maven』と同名の著作(20263月刊行、Katrina Manson著)を紹介しながら、AI による世界の変革について語った。同氏は米海兵隊の情報将校として30年間にわたって従軍後、JPモルガンの最高データ責任者兼最高分析責任者を務めた。要旨は次の通り。

「アルファ碁」が国防総省を動かした

・『Project Maven』では、防衛分野へのAI導入が金融やその他の産業と同様に不可避である点が示されている。本質はAI導入の是非ではなく、スピードだ。導入に2030年を費やすのか、それとも12年で実現するのか、という時間の差が、現場での実行力や組織の対応力に大きな違いを生む。

・国防総省は5年でAI導入を実現できた背景には、1015年にわたる知識基盤の蓄積があった。AI駆動型の戦い方を理解するために多くの論文を発表し、シンクタンクなど多様な機関と議論を重ねてきたことが、短期導入を可能にした。

・危機感を決定付けたのが、2015年に起きた「アルファ碁」の勝利だ。AIが名人をしのぐ迅速かつ高度な思考能力を備えていると実証されたその瞬間、国防総省はAIの転換点が訪れたと強い衝撃を受けた。 2017年には中国の商湯科技が監視カメラに導入したAIの検知能力と洞察力にも驚かされた。その基盤技術が米国発であるにもかかわらず、米国には同レベルの監視システムが存在しなかった事実は、国防総省に強い危機感を抱かせた。

・また、Uberのテスト施設では、自動運転車に搭載されたAIが、混雑した道路で車両を検知し進行方向を予測していた。こうした民間企業や他国における急速なAI導入の進展に対し、米政府が大きく遅れている実情に、国防総省は問題意識を持たざるを得なかった。

鍵はデータの扱いと適用のあり方

・それまでWordExcelに埋もれていた膨大なデータは十分に活用されておらず、AI時代の戦い方に対応できていなかった。そこで必要となったのが「プラットフォーム」。センサーからの情報を解析・意味づけしたうえで、AIが検知を支援し、人間のオペレーターが最終判断を行う協働によって、状況図を継続的に更新する仕組みである。

Project MavenではPalantir社の技術を活用して、AI駆動のオペレーション・プラットフォーム構築が進められた。自動運転で実現しているセンシング技術とAIは防衛にも応用できるはずだ。鍵は導入の仕方と組織変革にある。Project Mavenでは、保有する全データをどう扱い、どう適用するかという「導入(adaptation)」が核心だった。

Project Mavenで構築された仕組みは、大リーグ人気チーム本拠地の球場の駐車場における混雑の最適化、ロデオ競技を進化させるための牛や馬の暴れ具合解析など多様な領域に転用され始めた。資産運用、銀行、金融サービス、保険といった規制産業にも展開できる。決して簡単な道のりではないが、成功には、あらゆるレベルでリスクを取り、組織を鼓舞するリーダーの存在が不可欠である。

手に持ったスーツの男性

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成長戦略の現状と企業がすべきこと

基調講演に続くパネルセッションでは、経済産業省で貿易管理部長を務めた細川昌彦・内閣官房参与/明星大学教授、同省の畠山陽二郎・経済産業政策局長、合同会社デロイト トーマツの鹿山真吾・常務執行役(当時、現在は代表執行役)が官民の立場から成長戦略を論じた。ファシリテーターは香野剛DTSI共同代表理事が務めた。セッションの流れは次の通り。

 

【細川氏の説明】

自律性と不可欠性を強調したい

・成長戦略には4つの観点、投資による経済効果、需要・市場の創出、経済安保(自律性、不可欠性)、有志国との連携がある。このうち、特にを強調したい。自律性は他国から威圧を受けても自分の足で立てること、不可欠性は他の国にとって日本の産業・企業がなくてはならない存在だということだ。そして、国際的な環境激変の中で、日本の経済安保には、海外事業を同志国・新興国と展開していく視点を加える必要がある。

・官民が連携して米国に投融資を行う「日米戦略的投資イニシアティブ」は、日本企業のビジネス拡大にもつながる。日本企業による対米投資を国際協力銀行(JBIC)などが支える「パターン1」だけではない。欧米など第三国の企業の対米投資に日本企業が装置や材料を供給したり製品を購入したりする「パターン2」に、むしろ大きな可能性がある。

 細川氏が説明した「日米戦略的投資イニシアティブの2パターン」

パターン1:JBIC等の投融資資金・支援日本企業による米国投資

パターン2:JBIC等の投融資資金・支援日本企業の装置・材料購入につながる「米国・第三国企業による米国投資」

・これは日本のサプライチェーン強化になるとともに、米国市場に日本企業が入り込む機会ともなる。今後の日本企業にとって、総額80兆円規模の戦略的投資イニシアティブを活用してパターン2でいかに参画していくか、経営者のセンスが問われる。

経済安保を「接着剤」に

・高市総理が先日発表した、「進化した『自由で開かれたインド太平洋(FOIP)』」においても、日本の自律性・不可欠性が大切になる。「米国第一」や「高関税」で動く米国と、「自強自立」や「経済的威圧」に動く中国という巨大な市場の間で、日本には経済安保を「接着剤」として、欧州・豪州・韓国、またはインド・ASEAN・南米諸国などとの連携を通じて自律性・不可欠性を積み上げていくことが、成長戦略とも一体的につながる。

 

【畠山氏の説明】

成長戦略とりまとめで注視すべき3点

・日本成長戦略とりまとめで注視すべきポイントは3つ。第1に投資と賃上げの好循環による経済の強化だ。日本は潜在成長率が低く大きな労働投入は今後も見込めないため、国内投資をいかに増やすかが大きな論点。第2に投資の主役は企業である点。企業業績が上向き資金もある現状で、その資金をいかに成長投資に振り向けるかが問われる。第3に企業に予見性を持って投資してもらうには、政府が先導して環境をつくらねばならない。

・これまでの成長戦略では予算措置の長さが不十分だったことなどから、政策形成やそのためのアイデア出しすら抑制された。しかし、デフレの時代が終わり、金利がつき物価も上昇する現在では、本当に集中すべきところにしっかり投資していくための積極財政が打ち出され、必要な政策を考えて実行するための予算がつくようになりつつある 。

 (左)細川氏 (右)畠山氏

 

【鹿山氏の説明】

案件形成力と市場見据えた行動が肝要

・民間企業にまず求められるのは案件形成力だ。日本成長戦略会議で優先的に支援すべき製品や技術が選定され、民間側にとっても方向性の解像度はかなり上がった。これらを参照して自社の勝ち筋を見極め、どの分野で誰と組み、どうやって資金を組み立てて案件化するのかを、具体的かつ実務的に考えていくことが非常に重要だ。

・次に必要なのは市場を見据えた行動。優れた技術があっても、実際の市場規模や潜在成長力が見えなければ本格投資には至らない。さらに、危機管理投資や成長投資においては輸出、知財、人材、情報の管理によるガバナンス強化が不可欠。お金や技術があるだけではエコシステムに入れない。制度が出そろってから動くのではなく、勝負はすでに始まっているという認識で積極的に参加すべきだ。

 

受け身では通用しなくなっている

【香野氏】

・「パターン2」の形で国際連携を進めるうえで、自社単独のアイデアを具体化するために政府と対話・連携しながら形にしていきたい企業もあるのではないか。

【細川氏】

・そうした企業はすでに多数出てきており、JBICや経産省に積極的に案件を持ち込む企業もある。アンテナを高く張って機会をつかんで動く企業と、そうではない企業との差が大きく出てくる。やり方に決まった型はないし、分野によっても違う。例えば英製薬メーカーの米国進出を察知した材料メーカーが、その製薬メーカーに「JBICのこういう仕掛けで資金調達が十分できるよ」と提案して案件化することも十分あり得る。受け身で待つのではなくチャンスを生かし、自ら案件を掘り起こしていく姿勢を持つことが重要だ。

【香野氏】

・成長戦略の各分野はそれぞれステージが異なると認識される。需要創出段階のものから、生産体制を強化していくフェーズのものまで、どのように理解していくとよいか。

【畠山氏】

17分野中の特に投資を進めていくべき61の製品・技術においても、ステージは大きく異なる。永久磁石や医薬品のように量産段階に入ったものも、フュージョン(核融合)や量子のようにこれから人材確保や、将来の市場をにらんだ研究開発を進めていく段階のものもある。「足元の成長を実現するもの」、「次の飯の種になるもの」、そして「将来の成長の芽を育くむもの」という時間軸の違いも意識し、投資ロードマップにおける「勝ち筋につながる大事な取り組み」を丁寧に議論していくことが大切だ。

AIや半導体のような成長分野の巨額投資は、もはや単独の民間企業では賄いきれない。かつて世界一だった日本の半導体産業がその座を維持できなかったのは巨額の投資を継続できなかったためという反省も踏まえ、これからの産業政策では官民連携を念頭に政府も前に出て措置を講じていく。民間企業も政府の政策資源を使って成長することを意識していただきたい。政府が出たら企業が引くのではなく、互いに一歩でも二歩でも前に出て、成長に結びつけていきたい。

 

北海道バレーへの期待

【香野氏】

・半導体関係ではデロイト トーマツも北海道バレー構想に関わってきている。成長戦略の具体的な展開という意味で、地方への大規模投資と産業集積やクラスター形成を促す地域未来戦略を推進していくために、どのような観点が重要となるだろうか。

【鹿山氏】

・半導体サプライチェーンは非常に複雑で、都市基盤の十分な整備も必要。例えば次世代半導体のエンジニアを米国から北海道へ招致するにしても住環境、医療、通信、エネルギーなどの条件を一つひとつ整えねばならない。そうした環境整備の積み重ねが進むことではじめてクラスターが形成される。

・実際に市場の見通しが立ち、投資の波及が始まって、サイクルが回る。半導体はその上のソフトレイヤーを含めてかなり大きな乗数効果を持つため、地方と中央が連携し、地域経済をけん引する具体的なユースケースになり得る。

 

(左)香野氏 (右)鹿山氏

 

政策を「使い倒す」気持ちで

【細川氏】

・最後に強調したいのは、今回の成長戦略を従来の「産業政策」という言葉で一括りにして見ないでほしい点。「米国や中国もやっている、日本も遅れを取るな」という単純な論調では産業政策の意図や目的、中身がまるで違うという本質を見誤る。しかも今回の成長戦略は、各分野のステージの異なる課題を多くの民間企業が参加する分科会ごとに議論している。経営者や取締役会も、こうした実態をきちんと見て各論をフォローし、自らがプレイヤーであるという意識をもって、自社の経営戦略としてどう参画するか考えていただきたい。

【畠山氏】

・これからは政府も企業もマインドチェンジが必要。デフレが終わった中で、研究開発・設備・人材への投資を従来同様のスタンスで判断していると、希少な経営資源を取り逃してしまう。リスクを恐れて縮こまり、必要な投資をしていかないと本当に取り残される。もちろん政府も変わるので民間にもマインドを変えてほしい。政府の政策を「使い倒す」くらいの気持ちで一緒に取り組んでいければ、本当にいいものができるはずだ。

 

光の次世代基盤と宇宙の可能性とは

パネルセッションでは日本発の「勝ち筋」候補として、光による次世代無線ネットワークと宇宙開発に関する議論が行われた。光技術を情報処理にも活用する「Innovative Optical & Wireless NetworkIOWN、アイオン)」 推進役の川添雄彦NTTチーフエグゼクティブフェローと、日本人2人目の女性宇宙飛行士として知られる山崎直子Space Port Japan 代表理事が登壇しファシリテーターは角南篤DTSI共同代表理事が務めた。各氏の発言要旨は次の通り。

【川添氏】

AI時代の通信基盤の課題を解決

AI時代の通信基盤には、電力消費急増とユーザーの主権喪失リスク という課題がある。通信量はコロナを経てほぼ倍増し、データセンターだけでなく生成AIの電力消費も膨大となっている。そして生成AIは「人が何を考え、何をしたいのか」を分析して未来の需要を予測できる半面、オープンなデータを広く取り込む特性があるため、ユーザー側の独自性や主権に影響を与える可能性がある。

IOWN推進の起点は、2019年に英誌「Nature」に発表した世界初の光トランジスタ開発。これに伴い「電力効率100倍、伝送容量125倍、遅延200分の1」 のシステムを実現できる可能性が示された。チップ内部まで光化すれば、サイバー攻撃への耐性も高まる。

ポテンシャルは宇宙でこそ

・特に宇宙は光をワイヤレスで最大限活用できるため、IOWNのポテンシャルが最大限発揮される。衛星や空中基地局、地上を光無線通信で結べば、衛星の膨大な観測データを宇宙空間で分散処理できるほか、必要な情報だけを地上へ送ることで転送コストと遅延を大幅に削減できる。さらに、エネルギー調達やAI処理、データ保存を宇宙で完結させることで、国家境界を超えた新たなイノベーションが生まれる可能性がある。

・日本は光技術で世界的に高い競争力を持ち、宇宙・通信・AI時代の基盤技術で存在感を示せる。しかし、すべてを日本単独で完結させるのではなく、果たすべき役割を明確にして、国際的な企業や研究機関と連携しながら価値を創出することが重要だ。

AIの限界と宇宙

・イノベーションには長短2種類がある。長期の意外な例はNVIDIA30年以上前、つまりGoogleよりも昔に設立された。短期の例は生成AIだ。日本としては両方とも必要だが、区分けして考えることが重要かもしれない。

・生成AIは人間がこれまで作り上げたデジタルデータを学び、素早く答えを出してくる。しかし、コロナウイルスがなぜあんなに変異したかという問題は解けない。変異の理由が人間の作ったデジタルデータの中にはないからだ、その真理真実がもしかしたら宇宙にあるかもしれないのだとすると、宇宙の価値はもっともっと出てくるのかなと思う。

 

【山崎氏】

民間主導への移行でIOWNにも出番

・国際宇宙ステーション(ISS)は2030年ごろに退役し、その先は民間宇宙ステーションの時代となる。米国の民間企業Vastでは2027年には初の民間宇宙ステーションを打ち上げ、随時モジュールを連結し拡張していく計画だ。こうした新たな宇宙利用・インフラ構築にはデータや電力の確保が不可欠であり、通信・計算基盤の整備が重要なテーマとなる。そこにIOWNの出番もある。

・世界ではロケットの回収・再使用化が進むとともに、宇宙ステーションでの製薬やタンパク質の実験などの成果を地上に持ち帰る回収ニーズも高まっている。さらに近年はロケットが発射地点と別の地域に着地可能となる「Space Mobility」の議論が活発化し、米国では、1時間以内に地球上のあらゆる場所へ数十トン級の貨物を運ぶ構想が進められている。イーロン・マスク氏が示した、人間の「ニューヨーク上海間39分」輸送構想も、現実味を帯びつつある。

輸送技術の強みを生かす

・日本は物資補給船「こうのとり」で9回の打ち上げすべてに成功するなど、極めて安定した宇宙輸送技術を持つ。民間宇宙ステーション時代に向け、新たな経済・社会活動を構築していく必要があり、特に回収・輸送技術の需要は確実に高まる。ロケットやカプセルを海上で回収する回収船の技術開発も行われており、宇宙と海洋分野の連携の例である。日本の技術には単発ではなく、エコシステムが集積している強みがある。ただ、要素技術があるものの産業としてはまだ十分に育っておらず、世界市場を見据えた官民連携による育成が不可欠だ。

(左)川添氏 (右)山崎氏

 【角南氏】

・日本の成長戦略として宇宙を考えるうえで、インフラの議論は極めて重要。自らの力で輸送していく手段を獲得することが重要で、そのためには日本の民間企業にしっかり参入してもらわないといけない。

・また、宇宙は単独の政策領域ではない。海洋、エネルギー、通信といった様々な領域と掛け合わせることで新たな価値創出が可能となる。民間主導による投資を呼び込みつつ、分野横断の連携を進め、宇宙を産業として成長させていく視点が重要である。

 

陰徳を積む覚悟

閉会あいさつでデロイト トーマツの長川知太郎・代表執行役(当時、現グループCEO)は、角南DTSI共同代表理事の主催者講演を受け、「われわれデロイト トーマツ グループも陰徳を積んでいく覚悟ができている。今日をきっかけに産業界のリーダーの皆様とともに考え、前進していく、成長戦略実現に向けた協業の姿を一緒に作ってまいりたい」と述べた。

 

(編集)駅義則、江田覚、小松潔、酒井綱一郎、鈴木和泉、中村圭介

デロイト トーマツ戦略研究所 / Deloitte Tohmatsu Strategy Institute