目次
~ 『電力崩壊』の問題意識 ~ 日本はエネルギー敗戦の瀬戸際にある――。太平洋戦争という第一の敗戦、「失われた30年」と呼ばれる経済停滞に沈んだ第二の敗戦、そして、エネルギー転換を巡る第三の敗戦を喫するのか。 世界的なエネルギー大転換が進んでいる。エネルギー転換は社会変革である。究極のピンチの先に究極のチャンスがある。崩壊の先に再生がある。 エネルギー変革を日本再生への起爆剤にすることを、竹内氏は提唱している。 |
「Energy with X」で新産業創造を
竹内 『電力崩壊』の最終章では起死回生について論じた。エネルギー敗戦は国が沈むことだ。生き残りをかけて、絶対に回避しなければならないし、私はできると思っている。
これは、エネルギー産業だけの問題ではない。エネルギー産業の問題を、エネルギー産業の中だけで解こうとしても解けない。例えば自動車産業でも同様で、一つの産業の課題をその産業の中だけで解ける時代ではなくなっている。エネルギーと他の産業を掛け算して新しい産業を産んでいく、エネルギーの枠を超えるという意味を込めて、私は「Energy with X」と呼んでいる。
エネルギー変革ではなく、社会変革なのだというところを、多くの国民に認識していただくところから、起死回生は始まると思っている。
竹内 純子/Sumiko Takeuchi
国際環境経済研究所 理事
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 マネージングディレクター
U3イノベーションズLLC共同代表
東北大学特任教授
木村 私は2010年からスタートアップ支援と大企業イノベーションを専門とした社内ベンチャーに取り組んでいる。2015年からはシリコンバレーに駐在している。
シリコンバレーでは2018~19年くらいからエネルギー関連のスタートアップが続々と登場してきている。日本の電力会社向けに新規事業開発をお手伝いする中で、米国西海岸との接点が数多く生まれつつある。異業種連携による新しい価値創造が最も盛んなホットスポットになっている。
木村 将之/Masayuki Kimura
Technology Fast 50日本代表 Deloitte Private Asia Pacific, Emerging Growth Leader
デロイト トーマツ ベンチャーサポート COO / パートナー
三木 デロイト トーマツ ファイナンシャル アドバイザリー(DTFA)のエネルギーセクターを担当している。電力会社での長い経験から言うと、社外に頼らず、社内だけで頑張ってなんとかするという特性というか、そうしなければならないという強迫観念みたいなものがある。しかし、狭い組織の中で外での経験もない同質な集団だけで物事を大きく変えていくということは容易ではない。
私は、その限界を痛感して外に飛び出した面もある。だから、エネルギー業界とそれ以外の業界を繋ぐこと、セクターカップリングに大きなやりがいを感じている。エネルギー敗戦は遠い未来の物語ではなく、今そこにある危機だ。遮二無二、我武者羅に、オールジャパンで向き合わなければならない。
三木 要/Kaname Miki
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 パートナー
DTFAインスティテュート 主席研究員
米国は太陽、欧州は北風、日本は中庸を行く
竹内 エネルギーの量と質が確保できなくなると、どうなるか。安くて安定的な電力が確保できない所では製造業は立ち行かない。停電がしょっちゅうある所では製造業は立ち行かない。海外移転が進み、雇用が失われ、国全体が活力を失っていく。
脱炭素に向けて、世界中がエネルギー転換を進めている中で、作戦を誤れば本当に世界から取り残されてしまうということが起き得る。我々は、国家の生き残りをかけたサバイバルレースの真っただ中にいることをまずはしっかりと認識すべきだ。
木村 シリコンバレーの視点をもう少し入れると、2021年は世界的にスタートアップ隆盛の年だった。米国でのベンチャー投資額は記録的だった。ところが、2022年は一転、インフレや利上げの影響でIPO(新規株式上場)マーケットが急激に縮小し、米国では3~4割くらい投資額が落ち込んだ。
ところが、である。気候変動関連分野だけは約370億ドル(約5兆円)から約700億ドル(約9兆3000億円)へ倍近くに増えたのだ。2023年は一定の落ち着きを見せると考えられるものの、シリコンバレーでは気候変動関連スタートアップの話題が引きも切らない。
特徴的なのは、異業種からの参入、異業種との連携、政府による支援などが驚くべきスピードとスケールで推進されているということ。大企業も新技術をもったスタートアップとどんどん組んでいる。例えば、ビル・ゲイツ氏らが率いるベンチャーでは、大企業にファンドの出資者になってもらうとともに、スタートアップが開発した新技術を大企業に試してもらったり、買い取ってもらったりという仲介支援も行っている。大から小まで業界の垣根を超えて横断的に、今までつながりのなかった人、企業、業界をマッチングさせている。
竹内 米国は、2022年8月に成立したインフレ抑制法で、気候変動分野への補助をかなり手厚くした。米国人を雇用し国内で生産するなど一定の要件を満たすと最大60%の税額控除を得られて、しかもそれが転売可能。カーボンプライスなどの負担を求める規制は導入せず、新産業を応援し、温かく育てていく「太陽型」と言える。一方、欧州は「REPowerEU」などの産業支援策もあるが、排出量取引の無償枠を廃止していくことを決定した。産業界にCO2排出の負担を求める「北風型」だと言える。
日本の「GX=グリーントランスフォーメーション推進法」は、両者の真ん中を取ろうという感じだろうか。米国のインフレ抑制法は社会実装を確実にする税額控除という手法を多用していることや、財政の見直しによる将来投資を可能にしている点など学ぶところが多い。技術への支援もメリハリが効いている。
日本は遅いと批判されることが多いが、新しい取り組みも始まっている。大手エネルギー会社がCVC(コーポレート・ベンーキャー・キャピタル)を組成してスタートアップへの投資を強化したり、岸田政権としてもスタートアップ支援を一つの柱としている。環境・エネルギー分野のスタートアップのピッチ大会で審査員を務めることも多いが、社会課題解決に意欲を燃やすベンチャーが多く生まれている。
しかし、スピードアップと規模の拡大が必要で、知恵、金、技術をいかに賢く繋ぎ合わせていくかの勝負になってきている。
木村 イノベーションを考える上での時間軸としても、2030年ぐらいまでのところはもう実務に落ちているイメージに近い。焦点はその先の2050年までに移っていて、そこにお金をつけている。
インフレ抑制法は、確かに推進力の役割を果たしている。技術としては、大気中のCO2を直接回収するテクノロジーである「DAC(Direct Air Capture)」や、工場などから排出されたCO2を回収して地中などに貯留する「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)」などが注目されている。コスト削減が進むと5年くらいで産業化する見通しが立ちつつある。ワシントンとシリコンバレーの連携がうまく取れている。
掛け算型チャレンジャーを育てよう
三木 日本だと旧大手電力9社の自前主義がネックになっていないだろうか。
竹内 自前主義は日本企業の多くに見られるが、変わってきている面もある。“地域”から絶対に逃げないのは、電力会社や鉄道会社など、限られた存在。地域と一蓮托生であり、現状に危機感を持ちつつ、それを強みとしていこうとする動きがある。その地域に新しい産業を産み出したいという電力会社の原点のような問題意識を持った人たちが、電力会社の内でも外でもけっこう活躍している。
私自身、2018年にU3イノベーションズ合同会社を創設し、Utility3.0の世界を実現するために、新産業の創出に取り組んでいる。例えば、多様な生活を実現するという意味を込めて名付けた「ブレークスルー・リビング産業」の中核となる、完全オフグリッドのインフラ構築に向けて実証実験を行っている。ネットワーク型の大規模集中型の社会インフラは人口が集積していれば極めて効率的であるが、過疎化が進むこれからはその維持が難しくなる。いま求められている多拠点生活を可能にするという観点からも、完全オフグリッドのインフラを成り立たせることが必要だと考えている。このビジョンに共鳴してくださった従来型エネルギー会社さんにもスポンサーを頂いている。
シリコンバレーで成功したベンチャーが日本に参入するのを待つのではなく、日本の問題意識から出発したスタートアップが、日本国内で育ち、東南アジアに出ていくなど、グローバルに展開していくような流れを創りたい。
三木 何が足りないのだろうか。政府、金融機関、電力会社、投資家、スタートアップ――皆、高い意識で頑張っている。やはり、今まで全く関係がなかったセクターどうしを結び付ける人であったり、デジタルテクノロジー、サービスであったりというところがカギになるのかもしれない。
木村 同感だ。そもそもシリコンバレーには産業横断型で活動している人たちが非常に多い。そこに、そういう「繫ぎ屋さん」がエネルギー産業にもからんでくることによって一気にリンクが増えていく。名門大学のエグゼクティブMBAコースには、ESGやSDGs、気候変動などサステナビリティ関連の講座が必ず開設されていて「サステナビリティ×ビジネス」が教えられている。気候変動に特化した学部を創設する大学もあり、その卒業生はベンチャーキャピタルに入ってスタートアップに目利きをかけていく。そこで、また異業種との繋がりが広がって新しいビジネスチャンスが生まれる――。元々、雇用の流動性も高いので、そうした業界横断型の人材とエコシステムを輩出・形成しやすいというアドバンテージがある。
日本にとっては、そこが極めて大きな課題だと思う。
三木 竹内さんみたいなパイオニア、チャレンジャーがロールモデルになっていくのだろう。模倣する人も出てくれば、逆張りでやってみようという人も出てくる。そうすると広がりが出てくる。電力業界には、電気事業者もあれば設備会社もある。層が厚く、幅も広い。もっと面白人材が出てきてもよいのではないかと思う。ここに来て、大学の役割の重要性も格段に上がっている。
木村 学びも掛け算になってくる。「気候変動×ビジネス」をリスキリングする(学び直す)ための講座がたくさん出てきてほしい。米国では大きなプロジェクトを推進していくためにはダブルマスター、トリプルマスターというのが要件になりつつある。例えば、他業界ではあるが、SmartCityの世界では、都市学や金融論で学位を持っている人が「スマートシティアーキテクト」として活躍するといったイメージだ。新しいキャリアが生まれてくる領域でもある。
竹内 しんどいことも多いので安易にお勧めはできないが(笑)、今はチャレンジし放題だし、成功すればもちろん、失敗してもチャレンジしたことで得るものは何にも代えがたい。新しい世界を実現しようとする仲間が一人でも増えてくれたらと思っている。
【最後に一言】
木村 将之
「イノベーション・グランドデザイン」。イノベーションは偶然や個人の頑張りでは起こせない。綿密に計画し、仕掛けていく必要がある。
三木 要
「他力本願」。1人でやれることには限界がある。人を巻き込み、力を借りることから始めよう。
竹内 純子
「リスクの先に光あり」。もっともっと挑戦者が増えてほしい。挑戦者にしか見えない景色を見てほしい。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りします。
(聞き手・構成=水野博泰 DTFAインスティテュート 編集長/主席研究員)
【関連リンク】
電力崩壊を回避せよ ① 電力自由化は誰を幸せにしたのか?
電力崩壊を回避せよ ② 原子力事業のしんどさは誰がどう担うのか?
『電力崩壊 戦略なき国家のエネルギー敗戦』
エネルギーの未来を今こそ語ろう(DTFAインスティテュート、2022年10月12日)