2022年末に緊急出版された『電力崩壊 戦略なき国家のエネルギー敗戦』(竹内純子著)の問題意識をベースに、 デロイト トーマツの有志が「日本の電力」について考える3回シリーズ。第1回のテーマは「電力自由化」――。

~ 『電力崩壊』の問題意識 ~

「日本の電力供給がおかしくなっています」――。最初の一文で、竹内純子氏はそう記している。2022322日には、経済産業省が電力の「需要ひっ迫警報」を発令し、利用者に節電を呼びかけた。さらに、世界的な燃料価格の高騰により日本の電気料金は大幅に値上げされ、一般消費者はもちろん企業活動にも大きな負担になっている。

日本では、1995年から電力事業に競争原理を導入する「電力自由化」が部分的に始まった(卸売等の自由化)。東日本大震災後には家庭部門を含めた全面的な電力小売自由化、発送配電と小売りの分離などが次々に行われた。そして、様々な事由により原子力発電所の再稼働が遅れる中、再生可能エネルギーが大量に導入されている。

現状を見ると、電力自由化には様々な課題がある。日本の未来のために、もう一度、客観的、俯瞰的な議論を重ね、より良い方向に軌道修正すべきではないか――。竹内氏はそう訴えている。

“善意”に頼る安定供給は長続きしない

竹内 『電力崩壊』という強烈な書名をあえてつけたのは、社会の生命線である電力が危機的な状況にあることを多くの人々に伝えなければと思ったからだ。

エネルギー政策を考えるうえで大切なのは、供給の「安定性」、料金の「経済性」、地球に優しい「環境性」のバランスをとること。しかし、実際には「競争原理の導入で料金を安くする」「欧米と遜色ないCO2削減を」といったように、個別の議論が多い。

エネルギーは究極の生活財・生産財であり、供給途絶は文字通り命に関わると言っても過言ではない。価格高騰は特に生活弱者にダメージを与え、企業の競争力を削ぐ。日本のCO2排出の4割は電力に由来するので、その変革は喫緊の課題だ。しかし安定性、経済性、環境性のすべてを満たす理想のエネルギー源は無いので、トリレンマに陥る。重心をどこに定めるか、全体を俯瞰した議論が必要だ。

2022年322日、関東圏で「電力需給ひっ迫警報」が政府から発令されたことは記憶に新しい。福島第一原子力発電所事故以降、日本は電力制度の改革を進めてきたが、同時に複数の施策を行った上、リスク管理の意識も不足していた。このままでは本当に電力システムが崩壊しかねないという危機感を持った。

日本の未来に灯りをつなぐため、今こそ日本のエネルギーについて考えるべき時だと考え、緊急出版を決断した。

  

竹内 純子/Sumiko Takeuchi
国際環境経済研究所 理事
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 マネージングディレクター
U3イノベーションズLLC共同代表
東北大学特任教授

東京大学大学院工学系研究科にて博士(工学)。慶応義塾大学法学部法律学科卒業後、東京電力入社。主に環境部門を経験後、2012年より独立の研究者として地球温暖化対策とエネルギー政策の研究・提言に携わる。国連気候変動枠組み条約交渉にも長年参加し、内閣府規制改革推進会議ほか政府委員も多数務める。2018年にはU3イノベーションズLLCを創業し、新事業の創造による環境・エネルギー問題解決を目指す。著書に『誤解だらけの電力問題』(ウェッジ)、『原発は〝安全〟か──たった一人の福島事故報告書』(小学館)、共著に『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』『エネルギー産業2030への戦略 Utility3.0を実装する』(いずれも日本経済新聞出版)など多数。2022年12月、『電力崩壊 戦略なき国家のエネルギー敗戦』を緊急出版した。

三木 私は大手電力会社を辞めて、コンサルティング、アドバイザリーの世界に移った。エネルギー問題は個社の努力、業界関係者だけでは解決することが難しいことを痛感し、電力業界の外側を突き動かしたいと考えたのが辞めた動機の一つだった。今回、竹内さんの『電力崩壊』を拝読して、電力利用者・消費者にとってのメリット・デメリットを総合的に考えることが大切だということを再認識した。

  

三木 要/Kaname Miki
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 パートナー
DTFAインスティテュート 主席研究員

エネルギーセクターリード、フォレンジック&クライシスマネジメントサービス統括。大手電力会社において、電源立地企画、経営計画策定、エネルギー事業・政策調査、法務業務など、エネルギー政策全般に幅広く対応。クライシス対応の経験も深く、巨額の損害賠償対応についてチームアップおよび制度の基本設計、マネジメントを統括し、マスコミ対応や官公庁折衝にも従事。その後、上場大手素材メーカーの事業企画部長として事業計画の立案・管理に従事し、管理業務の経験も有する。2015年にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に参画、デロイト トーマツ グループのエネルギー専門家、不正調査・危機対応専門家としてアドバイザリー業務に従事。

竹内 私も新卒で大手電力会社に入社した。新入社員で配属された支社では、窓口でお客様から「電気代」を頂く業務を経験した。「世の中には電気代を払うことが、こんなにも大変な方々がいるのか!」ということを学ばせてもらった。3か月分電気代の支払いが滞ると電力会社としても電気の供給を止めざるを得ない。年金支給日に「いつも遅れてごめんね」と支払いに来てくれるおじいちゃんやおばあちゃんがたくさんいらした。この方たちにとって、月々1000円、2000円電気代が増えるということが、どれだけ大変かということを肌身で感じさせてもらった。

もう一つ学んだことは、「電気はインフラ中のインフラ」だということ。電気は通信、水道、医療、交通などあらゆるインフラを支えている。電気がなければ何もできない。停電時にパニック状態に近いお客様から厳しい叱責をいただく経験を重ねて、電気は決して止めてはならないことを叩きこまれた。当時よりも、今はより電気に依存する社会になっている。

今、エネルギー政策の研究をしている自分自身にとって、エネルギーが極めて“現実”の商品であることを学んだのは大変貴重な経験だった。政府の委員会にも多く参加させていただいているが、委員の中にこうした現実を知っている人はほとんどいない。消費者団体の方がメンバーにいたとしても、同様だ。エアコンが効いた快適な会議室で、電気代は口座引き落としなのでいくら払っているかも知らないというメンバーで議論して、果たして現実的なエネルギー政策になるのか。

三木 同感だ。料金未払いのお客様にお支払いをお願いに行くと、100円、200円が払えないと泣かれ、心が痛んだ。また、台風で停電した時、お客様から激しく叱られてへこんだ。ところが、そのお客様から「今、電気が点いた。ありがとう!」という感謝の言葉をもらって感動した。現場でのそうした積み重ねから、できる限り低廉に、安定的に電気を供給したいという使命感が自分自身に染みついていったように思う。

竹内 私はそれを「供給本能」と呼んでいる。電力事業者として他のすべてに優先するパーパスのようなもの。しかし、自由化して競争原理を導入すれば、安定供給に必要な「余裕」は事業者にとって「重荷」になる。余裕を削った事業者が生き残る制度になっている。エネルギーの現場で培われた「供給本能」はそう簡単に潰えるものではないと信じたいが、現状の問題は、それを当てにした制度設計がなされていることだ。

三木 電力システムが発電、送配電、小売りと細分化され、それぞれに競争と特にコストダウンが導入される中で、電力の安定供給の責任感は分散され不明確になっている。かつては、大手電力会社(旧一般電気事業者、旧一電)がトータルでの安定供給を担う仕組みになっていたが、今では各社の事業範囲内でのビジネス上の責任が求められているだけ。そのしわ寄せはもっぱら送配電会社が担うが、やれることには限界がある。全面自由化なのに、大手電力は小売りに規制料金がなぜか残っている。現状は“使命感”あるいは“善意”に頼る仕組みになっていて、これは決して長続きしない。

料金を下げるために何が必要か?

竹内 電力自由化の効果を全て否定するわけではないが、東日本大震災後は「自由化ありき」で拙速に進めてしまった感が否めない。日本の電力システムがどうあるべきかという本質論は無く、電力会社に対するお仕置きとしてこれを進めようとした政治家・行政関係者がいた。これでは国民にとってメリットのある電力システム改革にならなくて当然だ。改めて、電力自由化の再設計をする必要がある。

そもそも、規制料金制度の仕組みである「総括原価方式」に対する検証が十分ではなかったと考えている。総括原価方式では、原価と適正利潤を積み上げて料金を算定する。適正利潤が「電力会社の儲け」と誤解されたが、あれは資金調達コスト。確かに安定供給を確保するために、設備投資を過剰にしがちだが、資金調達コストを抑制し、設備投資を確実にするというメリットはある制度であった。

金融機関からすると貸したお金を確実に回収できることを意味するので、利率は低く抑えられる。電力事業は設備産業であり、発電所や送変電網の建設・維持のためには莫大な資金が必要だ。総括原価方式をとることで、資金調達コストを抑制でき、結果として電気代も安くできる。

また、日本の場合、総コストに占める燃料費の割合が大きい。海外から燃料を調達する交渉においては、「長期」「大量」の買い付けが調達単価を下げることになる。事業者を細分化する電力自由化によって、そのバーゲニングパワー(購買の交渉力)を削いでしまった。本来、交渉力を上げるために大規模化させる改革をすべきではなかったか。

三木 電力自由化と言うと「国内競争」がイメージされがちだが、バーゲニングパワーというのは「国際競争力」である。世界での生き残りをかけたエネルギー資源の取り合いだ。

竹内 であれば、発電会社と送配電会社は一体化させる、あるいは、今の全国10電力体制には固執せず、統合して財務体質を高める。そうすることで、国際的なバーゲニングパワーを高めるべきだ。小売会社に対しては公平・公正な条件で電気を卸し、情報も公開する。小売会社は、身を削る値引き競争ではなく、サービス競争で電気サービスの付加価値を上げていく――。そんな競争を目指せないだろうか。

強大なインフラ会社を作ると、政治や行政からすると監督しづらいのかもしれない。では、逆に細分化することで本当に国民のためになったのか、国民を幸せにする改革だったのか、コスト構造やバーゲニングパワーの観点から制度設計は適切だったのか、という点を問い直したい。

三木 突発的な出来事で乱高下する資源価格に、市場原理によって対応・追随できるような仕組みがビルトインされていれば良いのだが、残念ながらそうはなっていない。

残された時間は少ない

竹内 エネルギーインフラに携わったことがある人とない人で決定的に違うのが、時間に対する感覚だと思う。二酸化炭素の排出削減の目標年限である2030年、2050年は電力関係者にとっては、決して遠い未来ではない。例えば発電所の建設の場合、既に着工しているものが、2030年の稼働にぎりぎり間に合うかどうか。脱炭素電源の確保に向け、2050年に新規の原子力発電所を稼働させようと思ったら、既に用地交渉を始めていないと間に合わないだろう。東通原子力発電所(青森県)は、村の誘致決議から着工まで45年を要した(20111月に着工式を行ったものの工事は中断している)。

エネルギー政策というものは、結果が出るまでに長い時間がかかる。成功か失敗かは、政策を決定した政権の次の次ぐらいの政権で見えてくる。例えば、ドイツがロシアに天然ガスを過度に依存していたことで窮地に陥ったが、その政策を決めたのは現政権ではなく前政権だ。

政府がエネルギーに関してやるべきことは、そういうことを国民に対して「説明する」ことである。日本のエネルギー政策は、取り得る選択肢は少ない。石炭も石油も天然ガスはほぼ全量を輸入に頼っている。火力発電の効率化やアンモニアの混焼等を進めていくこと、そして、再生可能エネルギーと原子力を活用していくこと。どちらかを選ぶという余裕は無くて、どちらも取り入れなければならない。

選択肢は限られている。だから、30年後のことまで考えて、「こうしていく」「こうしていかなければならない」「ここに投資する」という説明を重ね国民の理解を得ることこそが、エネルギー政策の本質だと思う。政府だけでなく、電力事業者も伝える努力が足りなかった。電力自由化の再設計は、伝えることから始める必要がある。

【最後に一言】

竹内 純子

電力システム改革は完成形ではなく制度設計の途上にある。日本の強み・弱みを見極めた「再設計」が必要。

三木 要

残された「時間」は少ない。エネルギー設備・エネルギー政策に関する時間ギャップを埋めることが議論の前提になる。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りします。

(構成=水野博泰 DTFAインスティテュート 編集長/主席研究員)

【関連リンク】
電力崩壊を回避せよ ② 原子力事業のしんどさは誰がどう担うのか?
電力崩壊を回避せよ ③ 起死回生―エネルギー敗戦を回避するには
『電力崩壊 戦略なき国家のエネルギー敗戦』
エネルギーの未来を今こそ語ろう(DTFAインスティテュート、2022年10月12日)

水野 博泰 / Hiroyasu Mizuno

主席研究員

日経BPにて日経コミュニケーション、日経E-BIZ、日経ビジネスの記者・編集者・ニューヨーク支局長、グロービスにて広報室長、英字新聞ジャパンタイムズにて取締役・編集主幹、MM総研にて主幹研究員、東京都政策企画局にてオリンピック・パラリンピック海外戦略広報担当などを歴任。現在、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社にてシニアヴァイスプレジデント。電気工学修士、経営学修士(MBA)。

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