エネルギーの未来を今こそ語ろう
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安全保障には「国防」「食糧」「エネルギー」の大きく3つがあるが、日本では「エネルギー安全保障」の議論が十分に尽くされてこなかった。政治家も、官僚も、産業界も、国民も、オープンかつ本気の議論を避けてきた。
これまで停電はめったに無く、電気料金も安定していた。電力の安定供給は空気のように当たり前で、電力会社に任せておけばいい。資源の大半を輸入に頼るこの日本で、そんな時代が長く続いたのは幸運だった。
だが、状況は厳しさを増している。脱炭素の世界的潮流を受けた再生可能エネルギーの活用推進、電力事業者の機能細分化と競争導入などによって、電力の安定供給の責任の所在はどこなのかが問い直されている。地政学的混乱によってエネルギー危機が迫る中で、安定供給を支える頼みの綱は電気事業者の“善意”あるいは“使命感”という実態にこそ、危機感を覚えざるを得ない。
善意の電力安定供給はもう限界
1990年代から徐々に始まった一連の電力自由化は、2016年に電力小売市場が一気に開放され新規参入が相次ぎ、かつての大手電力会社(旧一般電気事業者、旧一電)は発電部門、送配電部門と小売部門に分離された。電気事業法に基づいて旧一電に課されていた安定供給義務は撤廃された。事業者の約款には各社の事業範囲内での供給責任が記述されてはいるが、トータルでの電力安定供給責任の所在は曖昧になっている。
再生可能エネルギーは自国の自前エネルギーとしての価値を持ちつつ季節や天気による発電量のブレが大きく、電力系統を安定的に運用するためには、流入電力が増えたら旧一電側の発電量を減らし、減ったら増やすという調整を頻繁に行わなければならない。実際には、旧一電が火力発電所や水力発電所を絶えずオン/オフすることで対応している。
また、原子力発電所の稼働休止でベース電源が足りない中、夏の猛暑日の需要ピーク時には旧一電が火力発電所や揚水式水力発電所をフル稼働させてしのいでいる。昼間の猛暑なら太陽光発電による底上げも期待できるが、凍える冬の夜の暖房需要増に対しては、太陽光は望めないため火力を燃やすしかない。需要に供給が追い付かなければ大停電が起こる。それを起こさせてはならないという旧一電のプロの矜持が安定供給の最後の砦になっている。
だが、こうした「善意の電力安定供給」は早晩、続かなくなるのが道理である。
競争が激化するほど旧一電の負担は重くなり、いつか限界が来る。報じられているように、廃止する予定で既に休止していた老朽火力発電所を再稼働させ、出力調整やピーク時対応に使っている。効率は悪いし、古い設備の修理で稼働を安定させるために想定外の作業の繰り返しになるため、作業員にも大きな苦労を強いる。にもかかわらず、固定費の回収すらできない。
また、旧一電は全国に40兆円超の電力資産を保有しているが、これをそのまま維持・更新していくのは困難になる。人口減少につれて電力需要も減っていくので料金収入が減る。太陽光発電、蓄電池、小型燃料電池などを活用した分散型電力システムへの転換が進めば長距離・広域の送電システムは徐々に不要になる。大規模発電・大規模送電を前提として設備投資を行い、数十年をかけて費用回収し、適正な利益を上乗せするという前提だった旧一電の収益モデルは、激変緩和措置も無く急激に進んだ自由化市場では当然に成り立たなくなりつつある。電力安定供給を誰がどのような仕組みで担保していくのかが問われている。
最大の問題は、こうした状況にどう対処するかという議論に発展していかないことにある。
会議室から出て人々に問いかけよう
世界中でエネルギー問題が危機感をもって議論されている。非常に青臭く聞こえるかもしれないが、日本でも、今こそ広く国民を巻き込んで議論を仕掛ける数少ないチャンスである。
電力事業者だけでなく、少しでもエネルギーに関係している人、名刺や自己紹介文に「エネルギー」の表記がある人たちが個々にリーダーシップをとって、議論をスタートさせるための手を打つべきだ。関心は否が応でも高まっているのだから、きっかけさえあれば多くの人が考えを深めるベースができる。自分の意見を言える人は多くはいない。百花繚乱のように様々な考えがあり、簡単に結論は出ないだろうが、それでも議論のスタートすら避けるという選択肢は無いと思う。
人々が考え始め、少しずつでも意見を言い始めると政治が目を向け始める、政治が目を向ければ官僚も動く。人々が考え始め、少しずつでも意見を言い始めると企業が動き、自治体なども含めてどんどん広がっていく。事業関係者や専門家などのエネルギー村の人だけが会議室に集まり、そこで原子力に賛成・反対、再生可能エネルギー推進などの熱弁をいくらふるっても人々には伝わらないし、状況は変えられない。
背景の異なる百花繚乱の人たちをできる限り巻き込んで、自分事としてエネルギーの未来を考える空気と場をつくりたい。小中高大学生、ビジネスパーソン、自営業者、学者、タレント、スポーツ選手、YouTuber、コスプレーヤー等々、今までエネルギー村と接点がなかった人、電力問題に関心を持てず、食わず嫌いをしていた人たちにこそ、議論の輪に参加してもらいたい。
結論はできる限り早く出さなければならない。政府は「2050年カーボンニュートラル」を政策目標に掲げているが、この1~2年以内に具体的な方針を固めて動き出さなければとても間に合わない。
「日本のエネルギー百年の計」を国民的な議論にまで一気に高めていくため、丁寧かつ強力なパブリック・リレーションズを展開することを提案したい。それが、日本の新たな産業、新たな活力を生み出すことにもつながる。
(構成=江田覚・DTFAインスティテュート 主任研究員)