2026年5月に開催された米中首脳会談において、トランプ米大統領は中国側の協力を引き出すため、一部においては融和的な構えを見せた。この外交姿勢の底流には、実利主義と介入抑制・勢力圏的発想が融合した政権独自の新たな対中アプローチがある。米国のこうした対中政策の転換は、結果として中国側に地政学的な「戦略的余白」と相対的優位性をもたらしている。本稿では、同首脳会談の背景と結果をマクロな視点から概観し、この新たな米中関係を考察する。

米中首脳会談のサマリ

 

  • 米中首脳会談の位置付け

    2026514日および15日、ドナルド・トランプ米大統領と中国の習近平国家主席による首脳会談が北京で開催された。表面的には目新しい合意や成果には乏しかったものの、今後の国際秩序と地政学リスクを見極めるうえで、重要な分水嶺となる会談として注目された

  • 主要議題

    会談では、貿易と投資の拡大、中東情勢(イラン戦争、ホルムズ海峡の航行の安全性の確保)や台湾問題が主要議題となった。米国の対中関税や中国の鉱物資源(レアアース等)の輸出管理をめぐる対立については、緩和・管理に向けた実務的な枠組みが合意されたものの、技術覇権などをめぐる根本的な構造対立の解消には至っていない

  • 米国の対中政策の転換

    トランプ政権の対中アプローチは、バイデン前政権時の「大国間競争」や同盟国連携による対中包囲網から、「ビジネス・ディール(中国の市場開放と貿易不均衡の是正)」に重心をシフトしている。この実利優先の姿勢が結果的に中国の国益拡大のための戦略的な余白を与える形となっている

  • 中国が提唱する「建設的戦略的安定関係」の狙い

    習近平国家主席が提唱し、(中国の報道によると米国側も同意したとされる)「建設的戦略的安定関係」が意味するところは、中国にとっての「現状維持」と「時間稼ぎ」にある。米国との決定的な軍事衝突を回避しつつ、自国の経済成長と技術的優位性を拡大する狙いがある。同時に、台湾や南シナ海などの核心的利益への配慮を米国に迫る姿勢を鮮明にしており、日本や台湾などの東アジアの同盟国にとっては、米国のコミットメントの揺らぎという懸念材料を残す結果となった

  • トランプ政権内の政策的不確実性

    JDヴァンス副大統領らに代表される、新右派「ニューライト」は、中国を直接的な脅威として見做さず、ディールによる管理を志向する。他方、戦争省(ペンタゴン)関係者やマルコ・ルビオ国務長官などの共和党主流派は、依然として戦略的・軍事的な対中封じ込めを重視している。こうした政権内部の路線対立に加え、トランプ大統領自身の予測不可能性が高いディール手法(突発的な対中強硬姿勢など)により、今後の米国の対中アプローチは極めて不確実性が高い

 

米国の対中政策の転換

 

2026514日と15日の両日にわたり北京で開催された米中首脳会談は、表面的には目新しい合意や成果には乏しく、2010年代以前のように中国が米国の要求を一方的に受容せざるを得なかった戦略環境の終焉を印象付けた。米中間の構造的優位性における非対称性の逆転、すなわち中国側の相対的優位性が顕在化した。むしろ、トランプ大統領が習近平国家主席の強硬姿勢に押され気味だったという見方もある。しかし、本会談の本質は米国の外交的敗北ではなく、その底流にある米国の対中政策の転換として捉えるべきである。いわば、戦後米国が主導してきたグローバルへの関与を拒否し、本土及び西半球の防衛を最優先する地政学的重心のシフトの中で米中関係を再定義した結果としての路線変更である。

バイデン前政権下において、米国は中国との関係を「大国間競争」として捉えていた。2022年の『国家安全保障戦略(NSS 2022)』では、中国を米国にとっての「唯一の競争相手」とし、より大きな脅威として位置付けた。その理由として、中国が国際秩序を再構築しようとしていること、そして軍事・経済・技術能力を急速に拡大していることを挙げていた[1]。同政権のグランドストラテジーは、同盟国との協調によって米国の優位性を確保するという信念に立脚し、NATOの拡大やインド太平洋地域における同盟ネットワーク化を通じて具現化された。

しかし、第2期トランプ政権において、この包括的な対中包囲網のドクトリンは弱体化している。現在の政権内部には、対中アプローチをめぐり複数の異なるベクトルが交錯しており、政策の一貫性に大きなボラティリティをもたらしている。

第一に、エルブリッジ・コルビー戦争次官(政策担当)やマルコ・ルビオ国務長官らに代表される、従来の戦略的競争の枠組みを維持しようとする勢力がある。ただし彼らも、バイデン政権のような同盟国に対する寛容な協調路線は好まない。むしろ米国の圧倒的な優位をレバレッジにし、同盟国に対して自律的な防衛負担の増強を迫る。このアプローチは大西洋同盟に大きな動揺を与え、結果として欧州独自の防衛政策を促すきっかけとなっている。また、彼らは、国際機関を維持することが米国の国益に資するという前提そのものを否定している。

第二のグループは、JDヴァンス副大統領をはじめとする「ニューライト(新右派)」であり、現政権のイデオロギーの根幹となっている。彼らは、中国への地政学的対抗を国家の最優先事項とは見なしていない。米国の存亡に関わる主たる課題は、不法移民、テロ、麻薬密売、グローバル化に伴う経済的脆弱性、あるいは国内のリベラルな社会政策やイデオロギーであり、中国は軍事手段によって管理すべき脅威ではないという認識に立つ。

この内向的なナショナリズムは、202512月に発表された直近の『国家安全保障戦略(NSS 2025)』において西半球(米州)が最優先地域に指定されたことからもうかがえる。同戦略において、欧州やアジアの優先順位は相対的に下げられた。また対中アプローチは、広範な体制間対立から、経済競争、サプライチェーンの強靭化、技術的覇権、および本土防衛に絞り込まれた。ただし、こうした戦略文書に忠実に沿う形で外交が実践されるとは限らない。中東は米国の最優先戦略地域ではないと宣言したわずか3ヶ月後にイランへの軍事行動に踏み切った前例が示すように、そこには不確実性が残る。

第三に、決定的な影響力を持つのが、トランプ大統領自身の「ビジネス上の実利」を最優先する視点である。トランプ氏は、対中関係をイデオロギー的な覇権争いではなく、通商上のディールとして捉える。第1次政権における主たる目標が貿易不均衡の是正や農産物輸出の拡大であったのと同様に、2期目においても一貫して貿易問題に焦点を当ててきた。中国は第2次貿易戦争の主要なターゲットになった一方で、トランプ政権は米国企業の輸出拡大および事実上25%の輸出税徴収による税収増を目的に、先端半導体の対中輸出を承認した。さらに、バイデン政権が阻止しようとしていた中国の電気自動車(EV)メーカーによる米国内の工場建設を容認する姿勢すら示唆している。この実利優先な姿勢に伴い、ホワイトハウスが特定の企業や対中取引を直接的に管理・介入しようとするマイクロマネジメントが常態化しており、米中双方のビジネスアクセスが「ホワイトハウスを直接経由する」という特殊な構造を生み出している。

特筆すべきは、これらのニューライトの「介入抑制・勢力圏的発想」とトランプ氏の実利主義が合流した点にある。これは、1823年にジェームズ・モンロー大統領が提唱した「欧州列強による西半球への介入拒否」と「米国の欧州への不干渉(現状維持)」を基盤とする孤立主義思想の現代的変容であり、「ドンロー主義」と呼ばれる。

この「ドンロー主義」のレンズを通してこそ、今回の北京首脳会談におけるトランプ政権の振る舞いの論理的整合性が浮かび上がる。米国が自国の国益および二国間ディールを優先し、グローバルな地政学的コストの削減を志向している中では、後述する習近平国家主席が提唱した「建設的戦略的安定関係(軍事衝突を回避し、相違点を現状維持のまま管理する枠組み)」は、トランプ政権にとってむしろ自らの路線に合致する許容範囲であったのではないだろうか。帰国直後にトランプ大統領が放った「台湾の安全保障もディールの対象になり得る」という主旨の発言は、このドクトリンの必然的な帰結であり、今回の首脳会談の本質が米国の「対中アプローチの転換」であったことを物語っている。

 

米中首脳会談―背景と結果

 

米中両首脳による直接会談は、202510月に韓国・釜山で開催されて以来である。前回の釜山会談は、双方が追加関税を課し合い、米国による対中半導体輸出規制の強化と、中国による重要原材料(レアアース等)の輸出管理強化(事実上の禁輸措置)が応酬されるという中で実施された。同会談では、構造的解決こそ先送りされたものの、相互譲歩(中国による輸出管理措置の1年間停止、米国による関税引き下げなど)によって当面のエスカレーションを回避する「戦略的休戦」が成立していた[2]

当初、トランプ大統領の訪中は20263月に予定されていた。しかし、2月に米国がイスラエルと合同で踏み切った対イラン攻撃が想定を超えて長引いた結果、訪中は延期された。結果としてトランプ大統領は、以下の中東における膠着状態と政治基盤の揺らぎという制約条件を抱えた状態で今回の会談に臨むことになった。

  • 中東における膠着状態:米国やイスラエルの対イラン圧力も成果を上げず、非対称戦を展開するイランの背後には原油を輸入し、技術的・資金的支援を行う中国の存在があるとされる。こうした背景から、米国は中国に対してイランへの資金提供や装備品の供与を行わないようにディールを模索せざるを得ない状況にあるという見方もあった
  • 政治基盤の揺らぎ:高関税路線に伴う米国内のインフレや政治スキャンダルを背景に、トランプ政権や共和党の支持率は低迷。そのため、短期的かつ内向的な「外交的勝利」を急ぐ必要性に迫られていた

 

こうした背景を経て開催された今回の首脳会談であったが、開催前から多くの専門家が指摘していた通り、重大なディールが発表されることはなかった。

米国が中東へのリソース消耗と国内インフレによって短期的かつ内向的なディールを追求せざるを得ない中、習近平主席は米国の構造的衰退と戦略的誤認を確信し、より安定した米中関係の構築と引き換えに、台湾問題をはじめとする中国の「核心的利益」における米側の譲歩を要求する外交を展開した。

習主席が提唱し、北京側が「米国も同意した」と主張する「建設的戦略的安定関係」は、冷戦期の米ソによる「戦略的安定」の概念をベースにしつつ、今日の経済・ビジネス文脈に適合させたガードレールを米国に課す試みである。中国政府によれば、本概念は以下の4大支柱から構成される。

① 積極的安定: 協力可能な分野(非戦略的分野のビジネス等)における限定的協調

② 健全な安定: 衝突に至らない範囲での「節度ある競争」の維持

③ 恒久的安定: 相互の相違点を適切に管理・容認することによる持続性の担保

④ 永続的安定: 軍事衝突という究極的リスクの確実な回避

 

米中間には経済・技術・安全保障の全方位で構造的緊張が存在し、歴史的にも軍事衝突リスクが警戒されてきた。その中で、衝突を回避するシグナルを中国主導で発信した点は注目すべきだ。これは米国との関係は管理可能であるという中国側の自信の表れであり、同時に自国の経済成長と技術的優位性の拡大を図る「現状維持と時間稼ぎ」でもある。

中国は台湾や南シナ海などを核心的利益として位置付けており、これは実質的に中国側のレッドラインである。習氏はこれらのハンドリングを誤れば米中関係は重大な危機に陥ると警告し、米国側の「戦略的曖昧」の変更や台湾への武器供与停止を迫ったとされる。トランプ政権の反応は以下の通りであるが、従来の米国の政策路線を揺るがす恐れもあり、注視が必要だ[3]

  • 米国が台湾を防衛するか否かについて、トランプ氏は「私しか答えを知らない」と言及を避け、台湾問題をディールのカードとして扱う姿勢を示唆。台湾側には独立を宣言しないよう警告
  • 米議会が超党派で支持していた140億ドル規模の対台湾武器売却の承認を保留。「台湾への武器輸出に関して中国と協議しない」という米国政府の数十年にわたる前例を破る恐れ
  • ただし、マルコ・ルビオ国務長官らは即座に「台湾に対する米国の公式な政策は変更されていない」と強調。ホワイトハウスと共和党主流派・戦争省との足並みの乱れが浮き彫りに

 

中東情勢を巡っては、イランが事実上封鎖しているホルムズ海峡について、米中がともに開放状態を維持すべきとする意見で一致したことを明らかにしている。一方で、米中が発出したメッセージには細かいながらに重要な違いがあり、米中間での協力の難しさが浮き彫りになった。

  • 米国のスタンス:トランプ氏は戦争終結とイランの核保有阻止で「米中が合意した」と国内向けに成果を強調
  • 中国のスタンス:中国は「イラン戦争はそもそも始まるべきではなかった」との声明を出し、米国の軍事行動を間接的に批判。米国に荷担する意志がないことを示唆

 

また、会談初日の14日には、イラン軍がホルムズ海峡で中国企業所有の船舶を拿捕する事件が発生した。これは中国がイランに対して有する影響力の限界を示すと同時に、中東情勢のコントロールの難しさを裏付けている。

実務的なビジネス・ディールが極めて限定的だったことも留意すべきである。次の5点を挙げたい。

第一に、戦略的懸念の低い分野での関税引き下げを目的とした「通商委員会(Board of Trade)」の設置の検討がある。この委員会がカバーする対象は米中貿易全体の10%未満にすぎず、ハイテクをはじめとする最重要戦略分野が除外されるとされ、本枠組みが実質的な米中摩擦の解消には至らないだろう[4]。どの分野が対象となるかは未だ討議中である。

第二に、トランプ大統領も最優先事項として掲げる「市場アクセスの拡大」。この課題については、中国の改革開放以来、数十年にわたり歴代の米国政府が要求し続けているが、今回の米中首脳会談においても特段の進展は見られなかった。国家資本主義と国内産業の保護を一段と強める現在の中国市場において米国企業が競争優位性を確立するための具体的なマイルストーンは依然として示せていない。

第三に、航空機200機の購入合意は、一見大規模なディールに見えるものの、当初水面下で協議されていた500機という水準を大きく下回り、市場の期待を裏切る結果となった。これは、中国政府側が自国の強力な購買力を「ディールの引き下げカード」として戦略的にコントロールしている証左であり、民間企業の大口受注が地政学的な人質となり得るリスクを改めて浮き彫りにしている。

第四に、ホワイトハウスは中国が2028年までに、毎年少なくとも170億ドル相当の米国産農産品を購入することに合意したと発表した。2025年の米国から中国への農産品輸出額は、関税戦争の影響で前年比65.7%減の84億ドルへと急落していた。米国から中国への農産品輸出は2022年の380億ドルがピークであることから、今回の合意は実質的にバイデン前政権時の水準への部分的な回復を目的とした、内政向けの数字合わせの側面が強い。

第五に、先端技術分野における半導体取引に関しては、米国は中国主要IT企業10社への売却を承認したが、中国政府側はこの取引に対して消極的である。中国は現在「中国製半導体の市場創出(技術の内製化)」を最優先課題として掲げているため、米国側が提示するディールが不発に終わる可能性もある。

 

管理された競争へ

 

前述したトランプ政権のドンロー主義は、結果として中国の指導部に「超大国としての米国の相対的衰退」と「戦略的後退」という確信を植え付けた可能性がある。また政権内の政策的ボラティリティと足並みの乱れは、中国の対米姿勢に自信と戦略的な「余白」を与える結果となっている。第2期トランプ政権の発足前から、習近平主席がロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対し、「今、100年未曾有の変革が起きており、我々が共にこの変革を推進している」と語った事実は、この認識を端的に示している[5]

中国はトランプ政権が仕掛ける貿易戦争に対し、米国への融和や調整を優先した欧州やアジアの同盟国とは一線を画し、報復関税の即時実施と短期的な経済コストの受容という強硬姿勢を貫いた。中国は、グローバルな製造業生産ネットワークにおける自国の圧倒的なプレゼンスや、レアアースをはじめとする重要鉱物の支配力をレバレッジとして最大限に活用し、経済的自給自足体制(サプライチェーンの内製化)への移行を加速させている。欧米諸国による「デリスキング(リスク軽減)」の動きを助長するという側面はあるものの、短期的な外交防衛戦略としては十分に機能している。中国にとって現状の摩擦コストは許容範囲内であり、中長期的な技術的優位性を確保するための時間稼ぎこそが最優先の国益である以上、トランプ政権によるアドホックな経済的威圧は実質的に無力化されている。

この構造的変動は、2025年のマクロデータからも読み取ることができる。2025年の米中貿易額は大幅に減少し、米国の対中物品輸出は25.8%減(1,063億ドル)、中国からの輸入は29.7%減(3,084億ドル)となった[6]。米国企業はサプライチェーンの途絶リスクを回避すべく、製造・調達拠点をベトナム、メキシコ、インド等に急速にシフトさせる「ニアショアリング」や「フレンドショアリング」を進めている。しかしながら、2025年の米国の貿易赤字は9,015億ドルに達し、2024年の9,035億ドルからわずか0.2%の微減にとどまっており、対中デカップリングが米国の不均衡是正に寄与していない[7]

対照的に、中国の2025年の総輸出額は前年比5.5%増の37,700億ドルと過去最高を更新し、貿易黒字も約12,000億ドルに達した。トランプ政権による高関税措置にもかかわらず、東南アジア諸国をはじめとする非米市場への輸出先の多角化がこの成長を牽引した。黒字急拡大の背景には、国内製造業の過剰生産と工場出荷価格の下落(デフレバイアス)、さらには再生可能エネルギーの普及によるエネルギー輸入依存度の低下(戦略的備蓄による一時的買い付けを除く)という中国固有の国内事情も影響している[8]

すなわち、トランプ氏が中国とのビジネス・ディールに前向きである一方、これら両国のマクロ構造を踏まえると、大規模かつ持続的な譲歩が成立する可能性は低いだろう。習近平体制下の中国は、「製造業重視」「自前技術の開発(テクノナショナリズム)」「戦略的脆弱性の低減」を軸とした国家主導の産業政策を推進しており、結果として、米国経済と中国経済の構造的な相互補完性は急速に低下しつつある。

さらに注目すべきは、中国がグローバルサウスにおける経済的影響力とソフトパワーを戦略的に強化し、「ポスト欧米(ポスト・ウェスタン)」の世界秩序におけるリーダーとしての地位を着実に固めている点である。皮肉にも、トランプ政権の排他的なレトリックと外交姿勢は、以下の2つの側面から中国のこの戦略目標を後押ししている。

第一に、トランプ政権によるグローバルサウス諸国に対する不寛容な姿勢、国際開発庁(USAID)のドラスティックな見直し、およびイラン戦争の泥沼化は、米国の国際的プレゼンスと信頼を失墜させた。その結果、中国が「安定的かつ寛容なパートナー」として台頭する絶好の対比構造を生み出した。

第二に、トランプ氏が国際舞台で習氏に対し、対等な超大国の指導者として敬意を払い、相応の配慮を示す姿勢は、中国にとって象徴的勝利となった。米国の大統領が中国の指導者に対して、一定の譲歩や配慮を示さざるを得ないという構図は、国際社会および中国国内の双方に対して中国の地位向上を強く印象づけるものであり、習近平体制にとっての戦略的成果として評価できる。

この「管理された競争」という米中関係は、グローバル・ガバナンスやアジアの同盟国に大きな不確実性をもたらす。米国と同盟国との間に横たわる複雑な経済的・軍事的な諸問題は中国を勢いづかせており、将来的には中国が米国に対してさらに過大な要求(台湾や南シナ海における現状変更の容認など)を突きつけるインセンティブとなり得る。

トランプ大統領は、バイデン前政権とは戦略や手法こそ大きく異なるものの、中国の行動変容を迫り、中国の政策から生じる経済・安全保障問題に対処しなければならないというマクロな要請においては、同様の課題に直面している。その上で、トランプ大統領が時折見せる突発的な対中強硬発言や予測不能なディール手法を鑑みれば、米国が中国の主張する「建設的戦略的安定関係」に100%コミットし続けるとは考えにくい。

このような米国の対中政策の不確実性と米中パワーバランスの地殻変動に直面する中、米国の同盟国はこれまでの「米国の包括的な抑止力と関与」を前提とした戦略からの脱却が急務である。米国の外交姿勢に追随して意思決定をするというよりもむしろ、日本を含む同盟国自身が米中双方の行動や政策を見て、自国の対応を主体的に判断していくフェーズに入ったのではないだろうか。

近年のミュンヘン安全保障会議等で議論されている通り、現代の国際秩序は、従来の包括的な同盟関係から、特定の課題や地域ごとに機能的な連携を組み合わせる「安全保障のモジュール化」や、一国のみに依存しない防衛の論理へとシフトしつつある。米国の関与が「優先順位」や「トランプ的条件」によって選別され、対中アプローチが転換していることを前提に、日本は日米同盟と地域秩序のあり方を再設計していくことが求められる。

 

参照:ミュンヘン安全保障会議が示す「新秩序」の論理:モジュール化、包括防衛、AI台頭を補助線として | Strategy Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ

 

 

<参考文献>


[1] The White House, National Security Strategy, October 2022. <https://bidenwhitehouse.archives.gov/wp-content/uploads/2022/10/Biden-Harris-Administrations-National-Security-Strategy-10.2022.pdf>

[2] The White House, Fact Sheet: President Donald J. Trump Strikes Deal on Economic and Trade Relations with China, November 1, 2025. <https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/11/fact-sheet-president-donald-j-trump-strikes-deal-on-economic-and-trade-relations-with-china/>

[3] Ryan Hass, Trumps dangerous Taiwan gamble, Brookings, May 16, 2026. https://www.brookings.edu/articles/trumps-dangerous-taiwan-gamble/

[4] David Lawder, Trump, Xi to weigh tariff cuts on $30 billion of imports in managed trade push, Reuters, May 13, 2026.https://www.reuters.com/business/autos-transportation/trump-xi-weigh-tariff-cuts-30-billion-imports-managed-trade-push-2026-05-13/

[5] Chinas Xi tells Putin of changes not seen for 100 years’”, Aljazeera, march 22, 2023.https://www.aljazeera.com/news/2023/3/22/xi-tells-putin-of-changes-not-seen-for-100

[6] Office of the United States Trade Representative, The peoples Republic of Chinahttps://ustr.gov/countries-regions/china-mongolia-taiwan/peoples-republic-china

[7] U.S. Bureau of Economic Analysis, U.S. International Trade in Goods and Services, December and Annual 2025, February 19, 2026. https://www.bea.gov/news/2026/us-international-trade-goods-and-services-december-and-annual-2025

[8] General Administration of Customs Peoples Republic of China, Summary of Import and Exports (In USD) A: Annually, updated on January 8, 2026. http://english.customs.gov.cn/Statics/156cd0ee-940e-4e8a-a463-eb42d9547327.html

 

ウェブサイトの最終閲覧は、2026517日である。

平木 綾香 / Ayaka Hiraki

フェロー

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(現合同会社デロイト トーマツ)に参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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