第2次トランプ政権による米国の政策変更は、欧州に大きな動揺をもたらしている。現在、米欧関係は、貿易、防衛・安全保障、ウクライナ問題、選挙介入、デジタル規制、気候変動といった多岐にわたる領域で摩擦が同時多発的に生じ、かつてない緊張状態にある。こうした衝突は一過性のものではなく、大西洋の絆の性質そのものを根本から変容させるリスクを孕んでいる。欧州は、トランプ2.0にどう向き合うのか。最大の焦点は、最も強力な報復措置とされる反威圧措置(ACI)を行使するかどうかであり、欧州の本気度を内外に示す試金石となる。

トランプ米大統領は、同盟国との協調よりも国家間のゼロサム的な取引を優先し、関税や制裁などを通じた一方的な圧力行使を外交手段として復活させている。実際、2025年3月12日からは、米国輸入の鉄鋼・アルミニウム製品に一律25%の追加関税が適用され、3月26日には、米国が輸入する全ての自動車に25%の関税を課すと発表した。また、相互関税の導入も発表され、さらに、ヨーロッパやアジアの同盟国に対して、防衛・安全保障での責任分担の強化を求めている。こうした動きは、貿易赤字や国防費負担の不均衡といった長年の不満が、今や経済的圧力として表面化していることを示している。

トランプ2.0の影響は経済、防衛・安全保障領域にとどまらず、トランプ政権の対ロシアや対中国に対する認識においても、欧州の基本的価値観との乖離が顕在化している。例えば、JD・バンス米副大統領がドイツの極右政党を擁護する姿勢や、トランプ大統領がウクライナ支援には懐疑的である一方で、ウラジーミル・プーチン大統領や習近平国家主席を「強いリーダー」として評価する発言は、欧州における米国への不信感をさらに煽っている。

米国の安全保障のコミットメントの不確実性を背景に、冷戦後、米国主導で築かれてきた大西洋の安全保障体制の安定性に疑問が呈され、米国依存を軽減するための政策や制度構築の議論がEU内で活発化している。

本レポートでは、米国が仕掛ける貿易戦争に焦点を当て、トランプ2.0が欧州に及ぼす影響を概観する。そのうえで、EUが近年整備を進めてきた最も強力な報復措置である、「反威圧措置(ACI)」に着目しながら、どのようにトランプ2.0に対応しようとしているのか検討する。

何が起きているのか?―岐路に立つ米欧関係

「関税は、交渉のための手段に過ぎない」との見方もあるが、第2次トランプ政権は、第1期以上に積極的かつ体系的に関税を活用している。以下、その背景を整理する。

2025年116日、上院財政委員会の指名公聴会において、スコット・ベンセント次期財務長官(当時)は、以下の3点を関税の目的だと示した[※1]。

  • 国別・産業別の不公正な貿易慣行の是正
  • 関税収入を連邦予算の安定的な財源とすること
  • 他国との交渉におけるレバレッジ(交渉ツール)としての活用

実際、トランプ大統領は就任直後から関税措置を次々と打ち出している。2025年2月1日には、国際緊急権限法(IEEPA)に基づき、カナダおよびメキシコ産の全ての輸入品に25%、中国産の全製品には10%の追加関税を課す大統領令を発令した(※カナダ産のエネルギー資源には10%の追加関税)。これに対し、カナダは即座に一部米国製品に報復関税を課すことを表明したが、最終的に米国との協議を通じて関税発動の延期に成功。メキシコも同様に一時的な猶予を確保した(※その後の動きは、図表1参照)。

注目すべきは、こうした経済的圧力の手段が、従来の競争相手国だけでなく、長年のパートナーであるカナダに対しても適用された点にある。これは、米国が経済的手段を通じて国家戦略の目標を達成しようする「エコノミック・ステイトクラフト」を同盟国・友好国にも用いる姿勢を強めていることを示しており、米国の対同盟国戦略に変化が生じているともいえる。

図表1 トランプ政権の通商政策に関連する最近の動き(2-3月)

DTFAインスティテュート作成

そして、欧州も例外ではない。トランプ大統領は、EUとの貿易関係を一貫して「不公平」と断じ、カナダやメキシコと同様に、EUにも高関税を課す姿勢を鮮明にしている。

トランプ大統領は、2025年4月2日、導入を予告していた「相互関税」を発表。全ての国からの輸入品に対し、一律10%の関税を課したうえで、国・地域ごとに異なる税率を上乗せする。EUの税率は20%とした。

2月26日には、トランプ大統領は「EUは米国を騙すために作られた」と発言し、EUからの全ての輸入品に対して25%の追加関税を検討していることを明らかにしていた。この発言は、単なる通商政策の枠を超え、EUそのものに対する不信感や否定的な見解を反映している。

これまでの大統領や政権高官の発言などを整理すると、トランプ政権がEUとの貿易関係において問題視しているポイントは、以下の3点に集約される。

  • EUという超国家的体制そのもの:
    国家主権を制約する枠組みとしてEUの存在意義を否定。また、対EUよりも二国間交渉によって米国の交渉力を最大化したい考え
  • 米国の対EU貿易赤字および「不公平な」税制・貿易慣行:
    EUによる米国製自動車や農産品のアクセス制限、付加価値税(VAT)などを問題視
  • 米国のテック企業に対する「差別的」な規制:
    デジタルサービス法(DSA)やデジタル市場法(DMA)、デジタルサービス税(DST)など、EUの一連のデジタル規制が、米国の大手テクノロジー企業を標的にしていると強く反発

特にモノの貿易赤字に対する懸念は強い。米国の対EU貿易赤字は近年拡大傾向にある(※図表2参照)。トランプ大統領は、「EUは米国の自動車も農産品も買わない」と繰り返し批判しており、2025年3月4日の一般教書演説では、EUをはじめ、中国、ブラジル、インド、メキシコ、カナダを「米国に高関税を課す国」として名指しで非難した。

一方、今最も注目されているのが「相互関税」である。これは、貿易相手国の関税だけでなく、非関税障壁も加味し、それらを相殺する形で関税を課すという新しい構想である。

トランプ政権は、EUの広範な規制枠組みに対して懸念を表明している。米通商代表部(USTR)の2025年版の外国貿易障壁報告書でも、EUに関しては、多くの政策・規制が問題視されている。EUのデジタル関連法に加えて、AI法や衛生植物検疫措置(SPS)、再生可能エネルギー指令(RED)、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)、企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)などは、すべて潜在的な非関税障壁としてみなされている[※2]。

米国は、欧州の広範な規制・ルールの撤廃修正を市場アクセスの条件にしようとしているとして、EU側は強く反発している。経済・通商分野において、EUはどのように自らの主権を確立し、米国との摩擦を管理していくのかーー大きな試練に直面している。

<EUのデジタル規制をめぐる米欧の対立については次を参照:トランプ2.0、100日後の留意点「相互関税」―警戒すべき非関税障壁への圧力 | DTFA Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ

図表2 米国の対EU貿易収支

(データソース)米商務省
<https://www.census.gov/foreign-trade/Press-Release/current_press_release/index.html>

トランプ2.0に欧州はどう向き合うのか?――反威圧措置の行使が焦点

欧州は今、厳しい決断を迫られている。米国による新たな関税措置に対して、報復措置を講じるのか、新たな貿易協定を模索するのか、それともトランプ政権との交渉継続を優先するのか。その決断は、欧州の通商・経済安全保障戦略の方向性を大きく左右する。

欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、不公正または恣意的な米国の関税措置には、EUとして断固たる対応をとるとの姿勢を明確にしており、EUの利益を守るために必要な対抗措置をとる用意があると強調している。その一方で、2018年の第一次トランプ政権下での対応と同様に、EUは貿易戦争の回避を最優先し、外交努力を継続する姿勢も崩していない。通商担当のマロシュ・シェフチョビッチ委員も、関税発動を即座に行うのではなく、一定の猶予期間を設けたうえで、米国との協議継続に道を残す構えを示している。

第一次トランプ政権時に、EU産の鉄鋼・アルミニウムに対する追加関税が発動された際、EUは即座に報復関税を導入した。これは、実施規則654/2014(第三国のセーフガード措置に対する再均衡措置を認める制度)に基づくもので、米国の共和党支持基盤が強い州の産品を対象とする戦略的措置であった。

米欧の対立は一時激化したが、最終的にはEUが米国製自動車への関税を回避する代わりに、大豆やLNG(液化天然ガス)の輸入を拡大することで、両者は「休戦」状態へと移行した。こうした対応は、全面的な貿易戦争の回避に一定の効果をもたらしたと評価されている。

とはいえ、2018年の経験は、EUの従来の制度が経済的威圧、すなわち他国による貿易・投資措置を通じた政策介入に対して脆弱であることを浮き彫りにした。WTO(世界貿易機関)の枠組みに基づく既存の対応策は、他国による政治的・経済的圧力を受けた場合の対処としては、柔軟性と有効性に欠けるという課題があった。

地政学リスクが高まる中で、EUは、欧州経済安全保障戦略を実現する手段の1つとして、反威圧措置(Anti-Coercion Instrument: ACI)を導入し、202312月に施行[※3]。現在、トランプ政権による一連の関税措置に対し、EUが「貿易バズーカ」とも称されるこのACIを発動するかどうかに、国際社会の注目が集まっている。

―反威圧措置(ACI)とは何か

ACIは、第三国による経済的圧力を抑止・他行するための法的枠組みである。以下の特徴を持つ。

  • 外交努力によっても解決されない場合、EUは関税・投資制限・サービス規制など広範囲な対応措置を集団的に発動できる
  • 措置の発動は一定の条件に基づき、EU加盟国および関連するステークホルダーとの協議を経て決定される
  • また、同様または類似の経済的威圧の影響を受けるEUの同盟国など他国との協力も想定されている

図表3 反威圧措置(ACI)の発動プロセス

DTFAインスティテュート作成

なお、EUが発動可能な対応措置には、以下のような広範囲の措置が含まれる。

  • 関税の新設・引き上げ
  • 輸出入規制や域内流通の制限措置の導入・強化
  • 特定国の財・サービスまたはその供給者の公的調達からの排除
  • 銀行業務、保険、資本市場を含む金融サービスへのアクセス制限
  • 特定国からの外国直接投資(FDI)に対する審査の強化
  • 知的財産権の保護または商業的利用に関する制限措置
  • 化学物質関連製品およびSPS(衛生植物検疫)関連製品のEU市場への投入制限

これらの措置は、特定のセクター、地域、事業者、あるいは個別の自然人を対象とすることも可能である。原則として、欧州委員会での発動の決定から3ヵ月以内に発効する必要があるが、第三国が威圧的措置を停止し、必要に応じて損害の賠償を行った場合は、当該措置は解除される。

――ACIは米国に対して発動され得るのか

執筆時点(2025年4月3日)において、トランプ大統領は、鉄鋼・アルミニウム、自動車に対する追加関税や相互関税の導入を表明している。これらはいずれもEUに直接的な影響を及ぼすものである。一方で、米国政府は、これらの関税の目的は、米国の国家安全保障の確保や貿易赤字への是正であると主張しており、これを「経済的威圧」としてみなすかどうかは、EU側の判断に委ねられている。

しかしEU内部では、ACIの適用を求める声が上がっており、もし米国がEUや加盟国に対し、政策変更の強制を目的として、一方的な威圧的な措置を講じた場合、ACIが対応手段として使用される可能性が高まる。特に、米国が関税や非関税措置を通じて、EUの規制・ルールの修正や撤廃を迫った場合には、ACIの発動は極めて現実的な選択肢となるだろう。フランスのマクロン大統領は、欧州の「戦略的自律(Strategic Autonomy)」を一貫して主張しており、デジタル市場法(DMA)やデジタルサービス法(DSA)などを通じて、米国のビッグテック企業を標的とすることにも前向きだ。これらの措置はACIと相互補完的に機能し得る。また、ドイツやオランダなど、輸出志向の経済を有するEU加盟国も自国産業の保護という観点からACIを支持する可能性もある。

ACIで想定される対応措置としては、例えば米国の金融機関に対するEU域内での業務制限、米国企業の公的調達からの排除などがある。また、米国のテック企業を直接標的とすることが可能であり、SNS上での広告配信の禁止、有料サービスの停止、公共機関における情報掲載の制限などの措置を通じて、トランプ大統領に近い人物にも影響を与えることも理論上可能だ。

欧州委員会は既に、米国の一連の追加関税に対する報復措置として、総額260ユーロ規模の対抗措置を発表済みである。この措置は、①2018年および2020年に導入された対米関税(現在は一時停止中)の再適用(4月1日適用予定)、②新たな180億ユーロ規模の報復関税の導入(4月13日予定)の2段階で構成されていたが、欧州委員会は3月20日、これらを一本化し、4月中旬に発動する方針に変更した[※4]。これは、EU加盟国間での調整および米国との協議の余地を確保するためと見られている。

ただし、EUが米国からの輸入品の中で、即座に且つ有効な関税適用可能な品目は限られており、物品(モノ)ではなく、サービス分野での対抗措置を検討すべきだとの意見もEU内で浮上している。産業界からは、欧米間の経済的相互依存の深さを踏まえ(※図表4参照)、報復措置は自国経済に悪影響を及ぼす可能性があるとして、対立よりも交渉を重視すべきだとの慎重な声が多く上がっている。

図表4 米欧の相互依存関係―
米国と欧州は双方にとって最大の市場である。欧州企業は米国の外国企業の売上の半数以上を占め(青)、米国企業の海外売り上げの約半分が欧州市場に集中している(緑)

(データソース)米商務省のデータより算出
https://www.census.gov/foreign-trade/Press-Release/current_press_release/index.html

今こそ、日・欧の連携強化を

これまで、EUにとっての「デリスキング」とは、主に中国への過度な経済的依存からの脱却を意味していた。しかし、近年の米国の一方的な関税措置や、同盟国に対しても経済的圧力を加える姿勢を受け、EUは米国への依存リスクにも目を向け始めており、日本を含む「同志国」との連携強化の必要性がEU内で再認識されつつある。

実際にEUは、メキシコ、南米南部共同市場(メルコスール)、インドなどとの自由貿易協定(FTA)の締結・交渉を積極的に推進している。さらに一部の加盟国や産業界では、中国との関係再構築に関心を示しており、中国市場を再評価する動きもみられる。欧米間の緊張が長期化すれば、こうした傾向がより顕著になるだろう。

日本企業にとって注視すべきは、今回の米EU間の貿易摩擦が単なる大西洋貿易圏の問題にとどまらず、グローバルなサプライチェーン全体に波及するリスクを孕んでいるという点である。現時点では、状況が極めて流動的であるが、トランプ政権の動きには、①米国が新たな措置を発表、②一部に対して猶予・例外措置の提示、③追加的措置の導入の示唆(交渉材料とする)、という一定のパターンが見受けられる。こうした展開を踏まえ、企業は、発表された措置の内容を正確に把握したうえで、リスクシナリオの検討や調達先の多様化、コンプライアンスの強化など、事前の備えが求められる。

今日の欧米間の緊張が示唆する最大の論点は、ポスト「パクス・アメリカーナ(米国主導で続いた平和)」の時代の国際秩序再構築における日本と欧州に求められる役割だ。米国が、同盟国に対してさえ予測困難な外交・通商政策を展開するなか、日本や欧州をはじめとする米国の同盟国が協調し、「ルールに基づく国際秩序の維持」と強化にどこまで主体的に取り組めるかが問われている。

次回は、米国依存低減を目指す欧州の防衛産業の動向を追う。

<関連レポート>
トランプ2.0の激動に備えるための3つの留意点 | DTFA Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ
トランプ2.0、100日後の留意点「相互関税」―警戒すべき非関税障壁への圧力 | DTFA Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グルー

<参考資料>
[※1]Hearing to Consider the Anticipated Nomination of Scott Bessent, of South Carolina, to be Secretary of the Treasury , 119th cong. (2025).
[
※2]USTR, 2025 National Trade Estimate Report on Foreign Trade Barriers of the President of United States of the Trade Agreements Program, 2025.
[
※3]European Commission, “New tool to enable EU to withstand economic coercion enters into force”, December 27, 2023.
[
※4]European Commission, “Remarks by Commissioner Šefčovič at the joint hearing of the Committee on International Trade on trade relations with the United States and a Structured Dialogue”, March 20, 2025.
*ウェブサイトはいずれも2025年4月3日閲覧 

平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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