政府の「スタートアップ育成5か年計画」も追い風になり、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)に取り組む事業会社は増加している。しかし、新規事業創出や新技術獲得という目的の達成には難航しているケースが多い。海外で先行している企業は、経営環境の変化に対応した事業ポートフォリオの再編、最新技術の取り込み、新たな成長事業の確立などに際してスタートアップと連携し、持続的な成長に繋げている。米国の大手テック企業に限らず、伝統的な業種でもこうした成功例が多い。
海外との比較を踏まえ、日本企業に、①大胆な規模拡大、②スタートアップとの相互利益獲得、③グローバル化を提言する。これらの戦略が好循環を生むことで、スタートアップとの協業によるオープンイノベーションが加速すると考える。

取り組みは増えるが成果獲得に悩む

経営環境の変化、多様化する顧客ニーズ、社会課題解決の必要性などに直面し、事業会社がスタートアップへの投資活動であるCVCを通じてオープンイノベーションを目指す動きが活性化している。政府の「スタートアップ育成5か年計画」も追い風になり、現時点ではほとんどの大手企業が何らかの形でCV活動を行っている状況となっている。しかし、その割には成功事例が増えてはおらず、運営や活動状況に課題を抱える企業が多い。日本企業の自前主義、保守性、流動性の低さなども障壁になっている。

本稿では、事業会社から独立した投資会社による投資活動及び、社内の一組織がスタートアップへの投資機能を持つケースの双方をCVC、必ずしも投資を伴わないアクセラレータープログラムや業務・技術連携などを含めた活動全体をコーポレートベンチャリング(CV)として定義する。その上で、海外事例の研究により、日本企業はCVCを含めたCV活動をどう進めるべきか考察する。

海外のオープンイノベーション先行事例

図1で示す通り、事業会社による投資額は海外に比べ、かなり低い水準に留まっている。海外CVCの成功事例にはGoogleMicrosoftAmazonSalesforceなど米国大手テック企業によるものが挙げられることが多い。これらの企業が元スタートアップであること、超大手プラットフォーマーによる事業拡張が目的となっていることなどから、日本企業は「そもそも前提が違う」と考えるかもしれない。しかし、製造業など伝統的な業界も含めたフォーチュン100企業のほとんどがCVC部門を持ち、CVCによって優れた成果を得ているケースは数多い。このため本稿では、伝統的産業のグローバル大手企業のCVCの取組事例を紹介する。

図1 事業会社によるスタートアップへの投資額(2020年度)の国際比較

出所:内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局「スタートアップに関する基礎資料集」(202210月)(※1)

BMW(※2

l  CVCやアクセラレータープログラムは直接な経済的効果を生むアプローチではないという課題を持ち、新たな手法として2015年にベンチャークライアントプログラム「BMW Startup Garage」を開始。現在世界の大手企業が導入しているスタートアップとの協業手法「ベンチャークライアントモデル」を確立している(※3)。

l  ベンチャークライアントモデルにより運用される「BMW Startup Garage」、事業とのシナジーを重視し先端技術を持つレイトステージのスタートアップ中心に出資を行う「BMW i Ventures」、自動車のみならず都市生活という観点で幅広い領域のアーリーステージのスタートアップを中心としたアクセラレータープログラム「URBAN-X」と、複数のプログラムを持ち、目的やスタートアップのステージにより戦略的に使い分けている。

Nestle(※4

l   「バイオテック&デジタルヘルス」「D2C」「植物由来食品」「エコな包装容器」といった戦略的な領域でスタートアップと連携。成長市場への参入、事業ポートフォリオの変革と多様化、消費者ニーズの変化への対応などを迅速に実現している。

l   新規事業参入の事例として、利益率が高いヘルスケア事業への参入を判断するために2001年にCVCを設立して情報収集を行った。2011年の専門会社Nestle Health Science設立後は同社がスタートアップを中心に約30社への出資や買収を行う。ヘルスケア事業が売上に占める比率は2007年は7%だったが2023年には16%に上昇し、主力事業に成長している。

Samsung(※5

l  2012年ごろから、Appleをライバル視したエコシステム構築とオープンイノベーションに着手。投資規模の大きさや件数の多さから見ても、世界的なスタートアップ投資企業であると言える。経営戦略と戦略的に連携したCV活動を推進し、テクノロジー産業でリーダーシップを確立している。

l  CVC組織には役割・領域別にSamsung Ventures(シリーズA以降、コアビジネス強化)、Samsung NEXTSeed以降、注目技術)、Samsung Catalyst Fund(先端技術)の3社がある。各組織のリーダーを事業部門責任者出身などエグゼクティブクラスが務めることで、企業戦略との一貫性を担保している。

Unilever(※6

l  環境負荷低減とビジネス成長をともに目指す成長戦略として2010年に「Unilever Sustainable Living Plan」、2020年に「Unilever Compass」を発表。サステナブルビジネスのグローバルリーダーになることを目指す。環境関連の技術やビジネスモデルにおいてスタートアップ投資を進める。

l  CVCUnilever Venturesは、パーソナルケア、健康・ウェルネス、D2Cなどの事業活動に合致したスタートアップに戦略的に投資。アーリーステージの企業も多い。Unilever Foundryと連携したパイロットプロジェクトの実施、支援企業への出資やM&Aも行う。

日本のCVCの目指すべき方向性

海外企業に共通しているのは、大規模かつ戦略的に、グローバルにCV活動を展開している点である。スタートアップとの連携が経営戦略と強く結びつきトップマネジメントのコミットメントがない限り、巨額の投資は不可能であり、結果としての新事業成長などのインパクトを得ることもできないだろう。これら先行事例との比較から、成果獲得に悩む日本のCVCの課題と方向性を考察する。

海外成功事例の大きな特徴は、活動規模の圧倒的な大きさ、事業ポートフォリオの拡張・変革、顧客ニーズやテクノロジーの取り込み、新市場の獲得など事業へのインパクトが顕著であること、グローバルなスタートアップエコシステムの構築などである。

それらを踏まえ、日本企業への提言として、①大胆な規模拡大、②スタートアップとの相互利益獲得、③グローバル化、を挙げたい。

①大胆な規模拡大

先述の海外企業による投資額や投資数、M&A件数などは、日本のCVCより12桁くらい大きい。スタートアップ連携に対する経営戦略の転換が伴わなくては、一段上のレベル感で投資を行うことはできない。

「環境変化への対応」「新規事業開発」「事業ポートフォリオの再編」などを経営戦略に掲げる日本企業は少なくないだろう。その目的に対し、スタートアップの能力を活用したオープンイノベーションをどう位置付けるかが問われる。何らかのスタートアップ協業を行う企業は増えたが、投資規模などを見ると重要な経営テーマとまではなっていないと推測される。背景には、スタートアップが重要なイノベーションをもたらす存在だと実感しきれていない企業風土があると考える。

日本が海外の先進各国と並ぶ国際競争力を得るためには、トップのコミットメントや経営戦略との密接な連携によって、大きくアクセルを踏むことが不可欠となる。

②スタートアップとの相互利益獲得

日本企業は、意思決定が遅い、知的財産権を得ようとする、マイナー出資にも関らずスタートアップを支配したいと考えがちである、などと言われ、相互に利益を得られる関係を築けていないといえる。

海外企業は、CVC、ベンチャークライアント、アクセラレーションプログラム、スタートアップスタジオなど複数の手法やプログラムを駆使し、スタートアップに多様な機会を提供している。また、優れたスタートアップから選ばれる相手となるために、潤沢なリソースやインフラの提供、共同開発、市場へのアクセス支援などを積極的かつ献身的に行う姿勢がみられる。それによって、スタートアップの事業成長と自社の戦略的な課題解決を合致させ、相互補完的な関係を構築している。

スタートアップがCVCから資金提供を受ける際には、金銭面だけではない期待もあるだろう。自社がスタートアップに高い価値を提供できるようにして、長期的な視点で相互に利益を得られる関係を構築することが求められる。

③グローバル化

事業成長の機会を少子高齢化が進む日本国内ではなく、海外に求める企業は増えている。中国や東南アジアなどの地域は、安価な労働力を調達する場所から、現地の成長市場を獲得する場所へと位置づけが変わった。しかし活動が国内中心で、海外のスタートアップとの積極的な連携が進まないCVCもまだみられる。コミュニケーションのしづらさや商習慣の違いなどがハードルになる上に、CVCに割く予算や人員が小さいため、手間やコストがかかる海外投資に対応しきれないという悪循環もあるだろう。
海外の成功事例では、どの企業もグローバルにスタートアップの探索や出資を行っている。欧米企業だけではなく、アジアで非英語圏の韓国でも、成功したCV活動は完全にグローバル化している。海外に目を向ければ、米国シリコンバレーやイスラエルなどスタートアップの集積地として知られる場所のみではなく、日本企業が多く進出しているASEAN、スタートアップ先進国の韓国、人口大国として市場性が高いインドなど、アジア各国も有望であろう。海外のスタートアップ側としても、規模が大きい日本市場への参入機会の獲得に繋がる日本の事業会社との連携に魅力を感じる可能性もある。


 これら3つは不可分の関係にある。経営においてオープンイノベーションの重要性が高まり、資金とリソースの投資が増え、CV活動が拡大し、世界の優れたスタートアップとの連携が実現する。これらの戦略が好循環を生むことでオープンイノベーションの成功率が高まると考える。

図2 スタートアップとのオープンイノベーション実現戦略

出所:DTFAインスティテュート作成

【レポート全文】海外事例研究から見るCVCの課題と戦略.pdf

<参考文献>

※1:内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局「スタートアップに関する基礎資料集」(202210月)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/bunkakai/suikusei_dai1/siryou3.pdf

※2:BMW Startup Garage https://www.bmwstartupgarage.com/
BMW i Ventures
  https://www.bmwiventures.com/
URBAN-X  https://www.bmw.com/en/events/nextgen/urban-x.html

※3DTFAインスティテュート 「スタートアップ協業の新手法『ベンチャークライアントモデル」』 CVCやアクセラレーションプログラムとの違いとは」https://faportal.deloitte.jp/institute/report/articles/001068.html

4Nestle https://www.nestle.com/
Nestle Health Science
 https://www.nestlehealthscience.com/


5Samsung Ventures  https://www.samsungventure.co.kr/
Samsung NEXT
  https://www.samsungnext.com/
Samsung Catalyst Fund
 https://samsungcatalyst.com/

6Unilever Foundry https://www.theunileverfoundry.com/
Unilever Ventures  https://www.unileverventures.com/

<参考情報>

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/dtvs/dtvs.html

コーポレートベンチャーキャピタル設立サポート
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/solutions/nb/cvc.html

小林 明子 / Akiko Kobayashi

主任研究員

調査会社の主席研究員として、調査、コンサルティング、メディアへの寄稿などに従事。IT業界及びデジタル技術を専門とし、企業及び自治体・公共向けIT市場の調査分析、テクノロジーやイノベーションについての研究を行う。2023年8月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。

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