2024年11月5日の米国大統領選挙まで残り4カ月を切った。バイデン大統領に対する高齢不安が広がる一方、銃撃に遭ったトランプ前大統領の勢いは増している。日本では「もしトラ(もしもトランプ氏が再び大統領になったら)」ではなく、「ほぼトラ(ほぼトランプ氏が勝ちそう)」、「確トラ(確実にトランプ氏が勝つ)」という論調が目立ってきた。選挙結果を見通すことは簡単ではないが、トランプ氏の勝敗に関わらず、トランプ主義的な主張が今後の米国政治に影響を与えることは間違いない。政策の不確実性を増す米国で、日本企業が取るべき備えについて整理する。

前回のレポート「トランプ氏再選後に待ち受ける政策急転換」では、共和党候補者指名を確実にしたトランプ前大統領の公約を記し、トランプ陣営に影響を及ぼす保守派運動「Project 2025」とシンクタンク「America First Policy Institute」について詳述した。

トランプ氏再選後に待ち受ける政策急転換 | DTFA Institute | デロイト トーマツ グループ (deloitte.jp)

今回のレポートはまず、トランプ氏が再選した場合に政策転換が確実視される「経済・貿易」、「労働・移民」など4つの領域を取り上げ、日本企業はどのように備えるべきか、簡単なシナリオを概説する。そのうえで、企業に求められる対応について「前政権期の検証」というポイントから論じたい。

 

シナリオ志向の重要性

トランプ氏の経済政策の基本姿勢は「ディール(取引)志向」、「貿易赤字解消」であり、財政支出よりも減税を重視する姿勢をアピールする傾向がある。これらは、2021年に発足した民主党・バイデン政権のアプローチと異なる点が多い。バイデン政権が、日本や米欧諸国によるG7(先進7カ国)やNATO(北大西洋条約機構)といった多国間の連携の構築・強化に注力している一方、トランプ氏は前政権期の政策で明らかになったように、同盟国・同志国であっても「ディール」を持ち掛け、米国の経済・雇用にとって最も得になる選択を模索している。さらに、 権威主義的な政策を取るロシアや中国、北朝鮮に対しても個人レベルでの「ディール」によって、強い大統領、強い米国を演出することに関心を持っている。

こうしたトランプ氏の姿勢や前回のレポートで整理した公約を基にすると、トランプ第2期政権が発足した場合、政策は次の4つの領域で大きな転換が起きるであろう。

n   経済・貿易

n   労働・移民

n   環境・エネルギー

n   政治・社会

日本企業は政策転換によってもたらされるリスクと政策効果を分析し、備えることが求められる。(図表1

図表1 トランプ氏勝利時の政策転換シナリオ

 DTFAインスティテュート作成[i]

4つの領域のシナリオと企業が取るべき対応について個別に記載したい。

まず、「経済・貿易」の領域においては、保護主義措置の強化によって米国と中国の貿易戦争が再燃する恐れがある。トランプ氏は米国の貿易赤字削減と対中強硬姿勢を訴えるピーター・ナバロ元大統領補佐官らの政策案を第2期政権でも取り入れると見られる。対米貿易黒字がかさみがちな同盟国・同志国も、貿易収支の観点では圧力をかける対象になる。特に日本は、今年に入って1ドル140円台半ばから160円超まで円安ドル高が進行し、外形的には対米輸出に追い風が吹きやすい環境にある。

トランプ氏は20244月、1ドルが154円台と34年ぶりの円安ドル高水準になった際、自身のSNSに「アメリカにとって大惨事だ」と投稿した[ii]。第2期政権が発足した場合、日本などを為替操作国に認定し、制裁関税措置を検討するといったドル安への圧力をかける恐れも否定できない[iii]。金融市場ではトランプ氏が大統領に再選されれば、インフレが加速し、米国の金利上昇圧力は高まり、結果的に円安ドル高が加速するとの見方が目立つ。しかし、一部の金融アナリストが指摘するように、「円安ドル高の流れが一時的に逆流し、為替市場が乱れるシナリオ」も視野には入れるべきかもしれない。

トランプ政策2.0の下で、日本企業が安定的に米国事業を成長させるには、米国生産拠点の拡充といった投資ポートフォリオの見直しが重要になる。また、中国製品だけではなく、中国製の部品・素材を組み込んだ第三国製品に対する追加関税措置が検討される可能性がある。企業は中国の生産拠点を内包した従来型のサプライチェーンについて、抜本的な再構築を迫られるだろう。

2番目の「労働・移民」の領域では移民政策の厳格化と労働規制の緩和が進むと見られる。労働規制の緩和によって、日本企業の米国事業では雇用コストを削減できる可能性がある。ただし、移民政策の厳格化を通じて米国内の雇用需給がひっ迫する結果、低賃金の仕事に限らず、多様な業種で急激に賃金が上昇してしまう事態も起こり得る。

企業が優良な人材・労働力を確保するためには、人事制度の大幅な見直しだけではなく、人件費の積み増しが必要だろう。米国の人件費が上昇し続ける場合、他の地域・国への生産拠点の移管も視野に入るが、このような米国外への拠点再配置はトランプ第2期政権下では事実上の制裁の対象となり得る。トランプ氏は、そのような企業に対する報復関税を導入すると、前政権期から表明し、圧力をかけてきた[iv]。別の理由と合わせ、政府調達や補助金支給の対象からの除外措置などを検討する恐れはある。

一方、金融市場における人的資本への関心は引き続き高く、米国事業ではDEI(多様性、公平性、包括性)を意識した人事を実行し、開示していくことがますます重要になる。

3の「環境・エネルギー」領域は2017年のトランプ前政権発足後と同様に、大規模な政策変更が進むだろう。トランプ陣営はエネルギー産業の強力な支持を受けており、トランプ氏自身も地球温暖化に対して懐疑的な発言を繰り返している。トランプ第2期政権が発足した場合、米国がバイデン政権によって復帰したパリ協定から再び離脱することが確実視されている。

米国向けの自動車や機械の販売・利用では環境基準が緩和され、電気自動車(EV)関連の税額控除などは見直される可能性が高い。逆にシェールオイル・ガスを中心にした化石燃料の生産と利用促進策は拡充される。また、一部の保守的な州政府が導入しているESG(環境・社会・ガバナンス)投資の抑制政策を連邦政府が取り入れ、「反ESG的な政策」を進める可能性もある。日本企業は温室効果ガスの排出削減を前提にした、米国での生産拠点や販売戦略を見直し、エネルギーコストの再確認を求められるであろう。

最後の「政治・社会」については政治・外交的な緊張度合いが高くなると見られる。トランプ氏は対中国強硬政策の遂行を明言しているほか、イスラエル支援の強化とウクライナ支援の縮小も公言している。このような従来型の外交戦略の修正と、米国第一主義的な政策の強化よって、G7をはじめとする「西側」の結束は弱まりかねない。英国では20247月、労働党政権が14年ぶりに誕生した。英国のスターマー新首相はEUとの関係を重視し、多国間連携を進める方針[v]を明確にしており、自国第一主義を取るトランプ氏とは外交姿勢が異なる。協調を探る英国や欧州がトランプ第2期政権に警戒感と不信感を募らせ、結果的に国際関係における米国のプレゼンスが低下する可能性がある。

アイデンティティや人種、所得格差による米国内の分断が深くなることも避けられないだろう。日本企業にとっては、地政学リスクの高まりを踏まえたシナリオ分析的な経営、執行が求められる。分断が深まる中では企業のレピュテーション管理やブランド戦略の明確化が重要性を増す。

 

上記のような政策転換の潮流は、トランプ氏が大統領選に敗北したとしても、注視していく必要がある。11月の大統領選と同時に行われる連邦議会選挙では共和党の影響力が増すことが有力視されている。共和党全国委員会が7月上旬に発表した政策プラットフォーム[vi]には▽経済成長を阻害する規制の撤廃、▽トランプ減税の恒久化、▽米国第一主義に基づく貿易政策の継続(他国の不公正貿易を阻止、米国産業の保護)、▽石油・天然ガスの生産拡大などが盛り込まれた。2025年以降の連邦議会でもこのようなトランプ主義的な政策論が影響力を持つだろう。現在の共和党はトランプ氏の言動や政策を支持する政治家が中核を占めており、民主党が2025年以降、政権を運営することになっても、連邦議会との交渉では米国第一主義への配慮が欠かせなくなる。

前政権期の検証を

米国が政治・社会的な不確実さを増す中、日本企業が米国事業を安定的に推進するにはどうしたら良いのだろうか。前政権期の政策を検証することが重要な一歩になる。

具体的には、トランプ前政権の発足前後(2016年末~2018年ごろ)の出来事や実施された政策を再点検し、その際に日本企業・産業関係者がどのように対応したのか、その経験を振り返ることである。これは業態や企業規模を問わず、速やかに実施すべきだろう。

その際、留意すべきポイントは

(1)連邦政府にとどまらない州政府との関係の強化

(2)民主・共和両党との継続的なコミュニケーション

(3)公約と政策の差分の分析

——の3点となる。

トランプ氏は2016年大統領選から就任後に至るまで、対日貿易赤字を問題視し、「日本に奪われた」といった発言を繰り返していた。そのころ、日本政府や日本企業はトランプ陣営・政権幹部との関係を構築できておらず、政策や事業面での意思疎通が課題となった。課題を克服するカギとなったのが、連邦政府だけではなく州政府との関係の強化だった。経済団体幹部は「拠点・サービスを展開する州政府と緊密に意見交換し、州を通じて連邦政府、トランプ政権に政策的働きかけを実施し、成果を上げた」と語っている。

米国においては州政府の権限が強く、環境・エネルギー規制ではカリフォルニア州やニューヨーク州など海岸部のリベラルな州が連邦政府とは異なる政策を実施しているケースも多い。政権交代が起きた場合、連邦政府は環境・エネルギー規制を緩和する方針に切り替わるため、リベラルな州が独自の権限を使って州レベルで既存の環境政策や規制を維持させる可能性が高い。(図表2

連邦政府と異なる政策を取る州政府の存在感は増すだろう。企業は個々の州政府の政策を評価し、自社の生産体制や商品販売に適した州を見極め、そこでビジネスを伸ばしていけるかを問われる。

図表2 州独自の政策

(参考)PolitiFact[vii]等の各種メディア

州政府との連携を支えるのが、2つ目のポイントの「民主・共和両党関係者との継続的なコミュニケーション」である。2017年のトランプ政権発足時、民主・共和両党との人脈・意思疎通網を築いていた企業や外国政府ほど政策転換の衝撃に柔軟に対応できたとされる。

2024年大統領選の結果がどうなるにせよ、分断が進む米国においては、州政府と連携し、民主・共和両党とのパイプを強化することが重要性を増す。政治リスクを避けながら米国事業を成長させるためには、連邦政府や政権与党以外との継続的なコミュニケーションが求められる。

また、トランプ前政権において大統領選での公約がどの程度、政策として達成されたのか、自社の事業と関連付けて再確認・分析することも必要だろう。例えば、前政権は20183月、「苦境にある米国企業を支える」とするトランプ氏の発言に従い、通商拡大法232条に基づいて日本や欧州連合(EU)、中国などの鉄鋼製品に25%、アルミニウム製品に10%の輸入関税を導入した。日欧中などの鉄鋼・製造業には当初、大きな衝撃が及んだが、ただし、この措置には適用除外[viii]が設けられており、多くの日本企業は個別に米商務省に申請することで、輸出へのダメージを軽減できた。

今回の大統領選でもトランプ氏は高関税や厳格な貿易制限を公約している。58年前に公約がどの程度実施されたのか、どの政策で除外・例外措置が設定されたのか、こうした点を再確認することが事業展開においては保険となり、新たな事業戦略策定の礎になる。図表3はトランプ前政権の選挙戦での公約の達成・未達を整理したものである。

図表3 トランプ前政権の公約達成・未達状況

(参考)PolitiFact[ix]等の各種メディア

Unpredictability”にどのように向き合うべきか

最後に、“Unpredictability”(予測不可能性)にどのように向き合うべきかという視点を記しておきたい。

2016年の米大統領選前後、ワシントンDCで情報収集や政策分析に当たっていた日本政府や経済団体の関係者が頻繁に口にしていた言葉がある。それは「一喜一憂せず」であった。関係者の一人は当時、「米国の経済・通商政策は先読みが難しくなった。無理に予想し、短期間の損得だけを見て行動すると深刻な誤りを犯しかねない」と、長期的な視点で動く必要性を説明していた。

トランプ氏は、選挙や取引、外交において、“Unpredictability”を武器に、相手を揺さぶることで勝利や成果を上げようとしている。このようなトランプ氏がリードする米国で、政策の予見可能性が低下するのは必然だろう。一方で、「強い米国、古き良き米国」を目指すトランプ氏の言動には、ある種の分かりやすさが存在している。日本企業にとっては今、トランプ政権2.0の陣容や政策を予測することより、過去のトランプ氏の言動を読み解き、「公約と政策の差分」を分析していく方が現実的かつ建設的な取り組みではないだろうか。

そのためには、まず、トランプ氏の言動に過度に踊らされないことが求められる。一喜一憂せず、中長期の米国事業戦略を組み立て、着実に執行していくことがさらに重要になっていくだろう。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

<参考レポート・サイト>

トランプ氏再選後に待ち受ける政策急転換 | DTFA Institute | デロイト トーマツ グループ (deloitte.jp)

大統領選に向けて注視すべき米国の反ESG——ESGの新潮流 | DTFA Institute | デロイト トーマツ グループ (deloitte.jp)


<参考文献・資料>

[i] Donald Trump, “Agenda47”, Accessed on July 8, 2024.

[ii] Nathan Layne , “Trump meets with Japan's former prime minister Aso”, Reuters, April 24, 2024.

[iii] IMF(国際通貨基金)によると、ある国(例えば米国)が貿易相手国に関税を賦課した場合、自国(米国)の通貨高(ドル高)を抑制できる可能性はあるが、GDP(国内総生産)の縮小幅が広がる可能性がある。一方、トランプ前政権は中国が為替操作を実施していると批判し圧力をかけたが、為替市場にはほとんど影響を及ぼさなかった。
Maurice Obstfeld, “Tariffs Do More Harm Than Good at Home”, September 8, 2016.

[iv] Alan Rappeport and Stacy M. Brown, “Trump Threatens Harley-Davidson, Saying It ‘Surrendered’”, The New York Times, June 26, 2018.

[v] Lucy Fisher, Jim Pickard and Peter Foster, “Keir Starmer to signal Britain is ‘back’ on the world stage”, Financial Times, July 2, 2024.

[vi] Republican National Committee, “2024 Republican Party Platform”, July 8, 2024.

[vii] PolitiFact, ”Trump-O-Meter”, Accessed on July8, 2024.

[viii] U.S. Bureau of Industry and Security, Commerce, “Notice of Inquiry Regarding the Exclusion Process for Section 232 Steel and Aluminum Import Tariffs and Quotas”, Federal Register, May 26, 2020.

[ix] 注ⅳと同じ

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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