米国の2024年大統領選挙に向けて、トランプ前大統領が共和党候補者指名に必要な代議員数を確保した。2020年に続き、バイデン大統領との一騎打ちになることは確定的となり、「ほぼトラ(ほぼトランプ氏が勝ちそう)」という論調が勢いづいている。トランプ氏が再選されれば、産業、エネルギー、外交など幅広い領域で急激に政策が転換されるため、日本企業は備えが求められるだろう。トランプ氏が選挙を制した場合、新政権に影響を与える保守派の動き「Project 2025」とシンクタンク「America First Policy Institute」について解説する。

まず、民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領の公約・政策を整理したい。

バイデン政権は二期目で、政府調達や税控除措置で米国産品を優遇する「バイアメリカン政策」を継続するとともに、インフレ抑制法に基づく財政措置によって国内製造業の振興や脱炭素対応を加速する方針を打ち出している。外交政策では、多国間連携を重視したうえ、同盟国・有志国と連携しながらサプライチェーンの強靭化や対中国政策を施行する取り組みを続ける構えである。

一方、トランプ氏が大統領に再選されれば、2017年の政権発足と同等、あるいはそれ以上の衝撃が米国内外に広がりそうだ。トランプ氏の経済政策の基本姿勢は「ディール(取引)志向」、「貿易赤字解消」、「(補助金よりも)税制改革」であり、バイデン政権のアプローチと大きく異なる。トランプ氏は、多国間の枠組みから国際貿易ルールを構築・再構築することよりも、摩擦を抱えるロシアや中国と二国間の「ディール」によって米国の国益を確保することに関心がある。トランプ陣営の公約「Agenda 47」には、同盟国・同志国も対象となり得る「全輸入品に対する10%の関税賦課」や、「中国製品に対する60%の関税」といった前政権期よりも踏み込んだ政策が盛り込まれている。(図表1参照)

図表1 バイデン氏、トランプ氏が訴える経済・対外政策

 

バイデン

トランプ

税財政
ヘルスケア

積極的な財政措置

トランプ前政権の減税見直し

医療保険制度改革(オバマケア)の推進

外国支援・気候変動対策に関する財政支出削減

大規模な減税

オバマケアの撤廃

産業政策

インフレ抑制法、インフラ投資法の確実な履行

2050カーボンニュートラル実現

脱炭素技術投資を加速

インフレ抑制法見直し

エネルギー業界中心に大幅な規制緩和

気候変動対策を批判

通商政策

国内産業保護を重視、
メイドインアメリカ政策

対中関税維持

同志国と連携して対中国政策を拡充

保護主義的政策を強化

アメリカ・ファースト

全輸入品に10%の輸出関税

中国製品に60%の関税

中国の最恵国待遇撤廃を示唆

WTO(世界貿易機関)による
多角貿易体制を批判

対外戦略

IPEF(インド太平洋経済枠組み)やNATO推進

パリ協定に沿う気候変動対策

ウクライナ軍事支援を強化

食糧安全保障、グローバルヘルスなどで国際連携

IPEF離脱、NATOと関係見直し

パリ協定再離脱

ウクライナ支援を批判

孤立主義・一国主義的

移民政策

強硬措置については抑制的

国境警備を強化

不法移民対策を強化

移民への社会保障を縮小・廃止


DTFA
インスティテュート作成[i] [ii]

トランプ前政権で米国通商代表部(USTR)代表を務めたロバート・ライトハイザー氏は、米国がレアアース(重要鉱物)や半導体といった重要製品を海外供給網に依存していることを問題視し、「トランプ2.0」政策では、特に中国に対して「戦略的デカップリング」、すなわち対中貿易、投資を管理し、制約することが必要になると主張している 。ライトハイザー氏が提唱する「トランプ2.0」は共和党内でも一定の支持を得ており、情報通信や人工知能(AI)で重要性が増す先端半導体を中心に、米国が国内への製造拠点誘致、中国製品・技術の排除を徹底する可能性がある。当然、日本の半導体・先端技術産業や政策も影響を免れないだろう。

このように第一期よりも過激になりそうなトランプ氏の政策は、保守派の運動、組織が支え、影響を与えている。その代表格として米国で注視されているのが、「Project 2025」と「America First Policy Institute」である。トランプ第二期政権に保守派の人材を供給する可能性に焦点を当て、それぞれの特徴を詳述する。

 

(1)Project 2025(連邦政府の再構築)

Project 2025」は、保守派が2025年の共和党大統領就任を見据えて掲げた政策提案であり、連邦政府の再構築という大胆な内容を盛り込んでいる[iii]。このプロジェクトは2022年、ヘリテージ財団を含む米国の代表的な保守系シンクタンクによって立ち上げられ、計画を遂行するための同名の組織も発足した。組織のアドバイザリーボードには約100の保守派団体や研究機関が参画している。最終的な目的は、共和党政権に不都合な連邦職員を、国家を支配する「ディープステート(闇の政府)」の一員と見なし、大量に解雇したうえ、共和党の意向に沿った人材を政治任用することで、保守的な政策を実現することにある。

Project 2025は、次の4つの主要な柱に基づいている。まず、「Mandate for Leadership」という約900ページに及ぶ文書によって政策アジェンダを整理し、来るべき共和党政権の下、主要な連邦機関がどのように統治されるべきかを示している。第二に、共和党政権に最大2万人規模の保守派人材を送り込むため、人材データベースを構築している[iv]。第三に、新たに政府機関で働く職員を対象として、保守派の専門家による研修を実施する。最後に、新政権の誕生後から直ちに政権移行を円滑に実施するための180日間の計画(Play Book)が定められている。

既存の官僚機構をディープステートと見なし、保守派人材の政治任用を抜本的に増やそうとするProject 2025に対して、米国内では「民主主義の根幹を揺るがしかねない」といった懸念が出ている。Project 2025が掲げる政策方針やスキームには、メキシコ国境管理の厳格化やエネルギー産業に対する規制の撤廃、保守層が反発している「妊娠中絶権」の大幅な規制、司法省をはじめとする連邦機関の独立性制限などが盛り込まれており、個人の権利や行政機能が大幅に制約される可能性があるためである。

特に、Project 2025の人材データベースと研修は、約5万人の中堅連邦職員の相当数を保守派の政治任用者に置き換えることを目標としている。短期間に実務官僚が排除され、政治任用が増えれば、政策企画・執行における人材の質は低下しかねない。連邦政府や米国憲法よりも、共和党政権を尊重する政治任用者が多数派を占めるようになり、官僚機構が機能不全に陥るとの懸念もある。

Project 2025に対する警戒感が現れる中、トランプ陣営は、Project 2025は正式な公約とは異なるとの立場を示し、一定の距離を置こうとしている。ただし、トランプ氏が掲げる公約「Agenda 47」にも、新たな政治任用制度が盛り込まれており、既存の連邦職員の大量解雇と保守派の政治任用を進めるという点で、Project 2025と共通している。

トランプ陣営の公約「Agenda 47」とProject 2025がともに前提としているのが、新たな政治任用制度「Schedule F」の活用である。Schedule Fは、現状で閣僚・高官中心の4000人の政治任用者の枠を中堅幹部まで拡大できる制度であり、政治任用者は最大5万人まで増えると見られている。また、中堅幹部を解雇することが容易になる仕組みも規定されている。Schedule Fはトランプ前政権が202010月に大統領令で創設を命じたが、バイデン大統領が20211月、政権発足直後に制度導入を撤回させていた。

トランプ陣営は、Project 2025がトランプ氏の政策ではない点を強調しているが、Schedule Fによって連邦政府内の抵抗勢力を一掃するという目標は共有している。政権を奪取した暁には、「ディープステート」の解体や政治任用者の拡充に向けて、Project 2025の人材データベースや研修が活用される可能性がある。

また、Project 2025には、対中強硬派で知られる前政権大統領補佐官のピーター・ナバロ氏ら、多数のトランプ政権の高官・顧問が参加している点も留意が必要である[v]。トランプ第二期政権の発足を支えるため、Project 2025は、いわばトランプ陣営の別動隊のように動いており、トランプ氏が大統領に返り咲けば、Project 2025はホワイトハウスの戦略・政策策定に影響力を及ぼし得るだろう。

 

(2)America First Policy Institute(トランプ氏のブレーン)

トランプ前大統領が2024年大統領選挙を制した場合、新政権に影響を与えると注視される、もう一つの組織が、シンクタンク「America First Policy Institute」(AFPI)である[vi]AFPIは、トランプ前政権の国内政策会議(DPC)委員長代行を務めたブルック・ロリンズ氏と国家経済会議(NEC)委員長だったラリー・クドロー氏が2021年に創設し、中小企業庁長官を務めたリンダ・マクマホン氏が議長の座にある。

サイト上では「非営利、超党派の研究機関」を自称するAFPIだが、トランプ氏が掲げる「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を組織名に冠していることからも、トランプ氏の政策ブレーン集団であることは明白である。米報道によると、創設者のロリンズ氏、クドロー氏らは、トランプ前政権終盤、ホワイトハウス内で第二期政権に向けた政策アジェンダを練っていたが、落選により政策を実行に移すことができなかった[vii]AFPI幹部らは、未達に終わった政策をトランプ2.0に反映させようと積極的に対外発信している。

AFPIが提言する経済、外交、教育、エネルギー・環境など30余りの領域に及び、それらは10本の柱として整理されている。(図表2参照)

 

図表2 AFPIが掲げる10本の柱

1.世界で最も偉大な経済を全アメリカ人のために機能するようにする
 インフレ終結、賃金上昇、国家安全保障に資する貿易協定、減税など

2.(政治家や官僚ではなく)患者と医師が医療を主導する仕組みにする
 トランプ前政権の短期・期間限定保険制度の恒久化、オバマケアの廃止

3.自由、平等、自治に関する歴史的なコミットメントを取り戻す
 武器保持の権利擁護、巨大テック企業の「言論侵害」規制

4.親が子供の教育をよりコントロールできるようにする
 「不正確な」歴史の是正、反米思想の是正

5.国境の壁を守り、人身売買を終結させ、麻薬カルテルを打ち破る
 メキシコとの国境の壁を完成、移民政策を厳格化

6.米国のリーダーシップと力によって平和を実現する
 米国第一の外交、世界最強の軍隊の維持、共産主義中国による不公正貿易の阻止

7.自立した米国のエネルギー体制を構築する
 ガスの供給力向上による価格引き下げ

8.投票を容易にし、不正を阻止する
 コロナ禍での2020年の大統領選挙を不当と示唆、有権者の身分証明を厳格化

9.全ての米国人が平和に暮らせる安全・安心なコミュニティーを築く
 中国共産党による介入・知的財産審判の阻止

10.政府の不正と戦い、ヘドロをかき出す[ⅷ]
 透明性維持のための規制コストを問題視

DTFAインスティテュート作成[ix]

 

これらの中に含まれる「ディープステートの解体」や「移民政策の厳格化」、「対中強硬姿勢の必要性」などは、トランプ氏が2016年の大統領選以来、繰り返し訴えてきた「決め台詞」であり、AFPIはシンクタンクとしての政策提言によって、トランプ氏の思想を補強する立場を取っている。8つ目の柱は、トランプ氏が敗北した2020年の大統領選挙での郵便選挙活用などを不当とみて、直接投票を重視する保守派・共和党に有利な選挙制度を求める内容になっている。トランプ氏もAFPIの資金調達に協力しているほか、AFPI主催イベントで積極的に演説しており、距離の近さをうかがわせている。

このAFPIが、第二期トランプ政権が発足し、保守派のProject 2025や政権のSchedule Fによって政治任用が急激に進んだ場合、高官や中堅幹部の人材供給源の一つになることが有力視されている。ただし、AFPIが提言する対中国・アジア政策は反共産主義、一国主義を過激に打ち出したり、特定企業を批判したりする内容も目立つ。過激・極端に見える政策を掲げる高官・中堅幹部が第二期トランプ政権の中枢を占めることには、米国内外に警戒論がある。

前政権の政策通はトランプ氏と距離

本稿で取り上げた、完全な米中デカップリングを提唱するライトハイザー前USTR代表、AFPIのロリンズ、クドロー両氏ら、前政権の閣僚・高官は、トランプ2.0の理論的支柱の立場を取っており、2025年にトランプ氏とともにホワイトハウス入りすることを目指している。

ただし、トランプ氏自身は「ランニングメート」と呼ばれる副大統領候補をまだ指名しておらず、新政権を担う閣僚の人選についても口をつぐんでいる。共和党、保守派内の主導権争いが激しくなり、選挙戦にマイナスの影響が及ぶことを警戒しているようだ。また、Project 2025の主要メンバーであり、前政権の大統領補佐官を務めたナバロ氏は、AFPIを「第一次政権を失敗させた連中や、名ばかりの共和党員、トランプ前大統領を失望させた不忠者のゴミ捨て場だ」と批判し、AFPIから反発を招いた[x]Project 2025AFPIというトランプサポーターの間でも不協和音が響いている。

もっとも、細かな点では対立・批判しあうProject 2025AFPIのメンバーであっても、対中政策や外交戦略、移民政策では、ナバロ氏を代表格に、強硬な姿勢で一致している。トランプ第二期政権の人選では、強硬派や極端な政策提唱者が前政権よりも発言力を増す可能性がある。

トランプ前政権では、副大統領を務めたマイク・ペンス氏をはじめ、ポンペオ元国務長官、マティス元国防長官のような政治・行政の実務に長けた実力者が起用された。相対的に穏健派とされるペンス氏らはトランプ氏を支え、時には過激な言動を抑制し、政策運営の暴走にある程度の歯止めをかけたと見られている。しかし、こうした政策通の多くは20211月の連邦議会襲撃事件を批判し、トランプ氏と袂を分かった。

トランプ氏が2024年大統領選を制した場合、現状のままでは、ペンス氏のような政策実力者の政権参加は期待しがたい。一方で、Project 2025の人材データベースや研修、Schedule F制度が軌道に乗れば、万人単位の保守強硬派が政治任用によって連邦政府に加わる。政策通の閣僚・高官が不在の中、結果として、短期間に極端な政策転換が推し進められるだろう。

産業面では、半導体を含めた重要製品のサプライチェーンの抜本的な再構築、脱炭素政策の転換、米国産原油・ガスなどの供給拡大——などが政権発足後の6カ月(180日)以内に断行されることが想定される。当然、米国と取引を持つ日本企業にも影響は及び得る。

もちろん、前回のトランプ政権期の経験から、各国の政府や国際展開する多くの企業は、サプライチェーン・政策の再編に備えるためのコンティンジェンシープランや戦略を策定・履行してきた。こうしたプラン、戦略に基づき、対外的な経済依存関係から生じるリスクを評価し、自社の製品・サービス網を強靭化していくことが引き続き重要になる。そのためには、Project 2025AFPIなどのメッセージを精緻に分析することも求められるだろう。

トランプ2.0に備え、日本企業が留意すべき詳細については、別のレポートで整理したい。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。


<参考文献・資料>

[i] White House, “Priorities”, Accessed on April 22, 2024.

[ii] Donald Trump, “Agenda47”, Accessed on April 22, 2024.

[iii] Presidential Transition Project, “Project 2025”, Accessed on April 22,2024.

[iv] Jonathan Swan and Maggie Haberman, “Heritage Foundation Makes Plans to Staff Next G.O.P. Administration”, The New York Times, April 20, 2023.

[v] ナバロ氏は下院特別委員会による20211月の連邦議会襲撃事件の召喚、証言、資料提出を拒み、議会侮辱罪で起訴され、20243月、禁固刑(4カ月)が確定した。
Chief Justice John Roberts, "Supreme Court of the United States Docket No. 23A843 Peter K. Navarro v. The United States", The Supreme Court of the United States. Retrieved March 18, 2024.

[vi] America First Policy Institute, “Agenda”, Accessed on April 22,2024.

[vii] Meridith McGraw, “Trump returns to D.C. this week. These former advisers are plotting the comeback”, Politico, July 25, 2022. 

[viii] 2016年の大統領選以降、トランプ氏は(国際金融資本や情報機関による)「ディープステート」が存在し、それによって米国や世界は支配されているとの立場を取り、それを打ち破る必要があると訴えてきた。その決まり文句の1つが「ヘドロをかきだせ(Draining the Swamp)」である。

[ix] 注ⅵと同じ。

[x] 注ⅶと同じ。

 

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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