ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が普及するなか、米国の共和党による反ESGの動きが盛り上がっている。2024年11月に実施される米国大統領選挙の争点となり、結果次第ではさらに影響が広がる可能性がある。その特徴を整理したい。

ESG投資や温暖化に疑義

米国は2021年に共和党のトランプ政権から民主党のバイデン政権に代わり、ESG投資・経営を促進する政策に舵を切った。共和党が優勢な州(レッドステート)では激しい反発が起き、反ESG的な政策が実施されている。ESGをめぐる政治対立が先鋭化した格好である。

共和党が知事、司法長官などの要職を押さえるテキサス州では20216月、ESGの観点からエネルギー会社への投資を抑制する金融機関に対して、州の公的年金が投資することを禁じる州法が成立した(※1)。フロリダ州では20235月、次期大統領選の共和党候補者争いに加わるデサンティス知事が主導し、州や自治体の公的資産の投資先を決定する際、金銭的要素のみに基づき判断する(ESG要素を考慮に入れない)ことを義務付ける州法が成立した(※2)。

また、233月には、フロリダ州のデサンティス知事が中心となって、バイデン政権のESG政策に対抗する計19州の同盟が結成された(※3)。

レッドステートで目立つ反ESG政策の特徴を整理すると、次の3点が挙げられる。

    公的年金や資産運用会社がESGを考慮して投資や議決権行使を実施することを制限する

    金融機関が保有資産の脱炭素化に向けて連携・情報交換する行為について競争法上の問題を提起する

    金融機関がESGの視点から温室効果ガス排出企業・産業(特にエネルギー分野)への投資を抑制することを禁じる

ESG政策を施行する州政府は、ESG投資のパフォーマンスが明確に実証されていないとの立場を取り、ESG投資は「最善の利益を提供する」という企業年金の受託者責任を満たさないと主張している。また、背景には、共和党内に地球温暖化現象に対する根本的な懐疑があること、共和党が石油・ガス業界の支持を受けていること、といった政治的側面も色濃く存在しており、ESGは政治・思想的対立の焦点になっているといえるであろう。

ESGをめぐる対立は202411月の大統領選に向けて争点となっている。米国の保守系シンクタンクがまとめた「大統領候補に関する反ESGレポート」を参照すると、共和党の有力候補とされるトランプ前大統領やデサンティス知事らがこぞってESGに反対する立場を取ってきたことが分かる(※4)。(図表)

 

図表 保守系シンクタンクがまとめた「大統領候補の反ESG的取り組み」

参考:The Heartland Institute, “Anti-ESG Report Card”
https://heartland.org/wp-content/uploads/2023/10/Anti-ESG-Scorecard-2023.pdf

いずれの候補であっても、2024年の大統領選を共和党が制した場合、翌年に発足する政権がパリ協定から再離脱したり、ESG投資を抑制したりする政策に向かう可能性は高いと見られる。

地域と範囲の拡大に留意を

大統領選に向け、米国で激しくなる反ESG活動について、日本企業が特に留意すべき点は何か。ポイントは大別して

(1)  米国内での反ESGの広がり

(2)  米国外への波及

(3)  環境分野での反ESGの広がり

——の3つに整理できるだろう。

(1)米国内での反ESGの広がり

米国の反ESG活動が活発になり、ESGへの取り組みを制約する州法が広がる可能性がある。反ESG同盟に加盟した州は19に上る。20231月にバイデン政権が個人口座プラン(401K)での投資でESG的要素の考慮を認める新規則を施行する直前には、差し止め訴訟に計25の州政府が参加した(※5)。反ESG的な立場に同調し得る州は少なくとも全米50州の半数に達しているといえる。

米国で事業展開する日本企業は、大統領選後のESGルールの変化を見極め、進出した地域(州)がESGに対してどのような姿勢で臨んでいるのか点検することがこれまで以上に必要になるだろう。ESG関連政策が連邦政府と各州で大きく異なってくる事態が予想され、連邦と各州の政策を分析しながら、それぞれの事業の展開方法を調整していくような戦略も求められる。

(2)米国外への波及

日本では2020年に公的年金の積立金基本指針が改正され、年金の管理・運用に「ESGの考慮」が加えられた(※6)。欧州とともに日本の企業の間ではESG投資、ESG経営が企業の持続的な成長を促すと見て、積極的に取り組む動きが目立っている。

資産運用会社の関係者は「米国と異なり、日本ではESGに政治的な立場から批判する声はほとんど見当たらない」と指摘している。ただし、金融市場の中心地である米国が2024年大統領選後、パリ協定再離脱をはじめとする反ESG政策を選んだ場合、日本を含めた世界全体の投資・企業活動やルールづくりに影響が及びかねない。米国の反ESG活動が波及し、「ESGは経済・投資活動に直接貢献しない」といった論調が勢いづく可能性に目配りすることが求められるだろう。

(3)環境分野での反ESGの広がり

最後に留意すべき点は、将来的に反ESGの範囲・領域が広がる可能性である。

現在の反ESG活動は地球温暖化、温室効果ガスの排出をめぐる規制を批判の対象としている。一方、ESGが関わる領域は幅広く、環境分野だけでも、今後、生物多様性や自然資本への取り組みが開示の対象や経営上の留意点になる可能性が高まっている。ESGに反発する動きが、温暖化だけではなく、生物多様性や自然資本に関するルールづくりの領域に広がるか注視が必要である。

20239月には、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が生物多様性に関する情報開示の枠組みを公表した(※7)。TNFDは企業活動が自然に与える影響や自然によるリスクを開示する制度を整えることを目指した民間イニシアティブであり、開示の想定対象は生態系、廃棄物、水資源への対応など多岐にわたる。

持続的な成長を意識する企業の間で、生物多様性や自然資本を開示対象に取り入れ、経営や投資に反映させていく取り組みは将来的に広がる可能性がある。一方で、現時点では自然資本の拙速な開示・経営への導入に戸惑う声や消極的な姿勢も少なくはない。反ESG活動が、戸惑いや消極的な姿勢と結びつき、自然資本の開示にとって逆風となる可能性に留意すべきであろう。

以上のように、ESGをめぐり短期、中長期的に留意すべきポイントを挙げてみたが、やはり最大の焦点となるのは2024年の大統領選がどのような結果になるのか、そしてESGを起点とした米国の分断がどの程度進むのかだろう。ESGは現時点で共和党と民主党にとって相容れない争点であり、政治的志向だけではなく、州ごとの政策においても分断が広がる要因となっている。

ESG投資、経営に対しては、排出量、環境対応、人的資本などさまざまな非財務情報を活用し、企業の持続的な成長につなげるという期待がある。こうした投資、経営手法に効果があるという考え方は、先進国の企業や投資家の間に広がりつつある。その矢先に、米国のESGをめぐる政治対立が冷や水を浴びせる恐れは否定できない。

ESGに対する懐疑によって米国の政策や事業環境が大きく変わるのか。大統領選までまだ1年近い時間があるため、予測は難しいものの、日本企業は米国戦略やESG戦略を組み立てていくうえで注視していくことが求められている。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

<参考文献・資料>

(※1) Capitol Texas Gov, “AN ACT relating to state contracts with and investments in certain companies that boycott energy companies.”

(※2) Leah Malone and Emily B. Holland, Simpson Thacher and Bartlett LLP, “Florida Passes Farthest-Reaching Anti-ESG Law to Date”, Harvard Law School Forum on Corporate Governance, May 27, 2023.

(※3) State of Florida, “Joint Governors Policy Statements on ESG”, March 16, 2023.

(※4) The Heartland Institute, “Anti-ESG Report Card”, October 13, 2023.

(※5) Attorney General of Texas, “Paxton Sues Biden Administration to Stop It From Risking American Workers’ Retirements by Promoting Woke ESG Goals”, January 26, 2023.

(※6) 社会保障審議会資金運用部会、「積立金基本指針の改正について」20191219日。

(※7) Taskforce on Nature-related Financial Disclosure, “Final TNFD Recommendations”, September 19, 2023.

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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