2023年度スタートアップ支援施策が目白押し、大企業の動きに注目
目次
政府は2022年11月に策定したスタートアップ育成5か年計画に、「社会的課題を成長のエンジンに転換して、持続可能な経済社会を実現する」と記し、次の目標を定めた。
・2027年度にスタートアップへの投資額を現状の10倍超の10兆円規模にする
・将来的にユニコーン(時価総額1000億円超の未上場企業)100社、スタートアップ10万社を創出する
目標達成に向け、政府は税制、予算措置等の施策を相次ぎ打ち出す。2023年度に実施する施策は主だったものだけでも10以上になる。(表1)
スタートアップ支援施策 |
概要 |
所管省庁 |
スタートアップの発行済株式の取得を所得控除の対象に(従来は新規発行株式の取得のみ控除) |
経済産業省 |
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企業が子会社株式の一部(20%未満)持分を残すスピンオフも優遇対象に(従来は保有株式ゼロが対象) |
経済産業省 |
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事業化前段階のスタートアップに対する投資、自己資金による起業について非課税化 |
経済産業省 |
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設立5年未満の未上場企業については、課税繰り延べ対象となる権利行使期間を2~15年に延長(従来は2~10年) |
経済産業省 |
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企業がスタートアップと共同研究する際の控除上限を拡大 |
経済産業省 |
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1億円以上の有価証券を持つ経営者等が一時的に海外赴任する際の国外転出時課税制度の手続きを簡素化 |
経済産業省 |
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国内法人が自ら発行・継続保有する暗号資産について、期末時価評価課税の対象外に |
金融庁 |
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スタートアップにビジネスと知的財産権の専門家チームを派遣し、成長を支援 |
特許庁 |
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ベンチャーキャピタル(VC)に弁護士・弁理士等の知財専門家を派遣、スタートアップ支援体制を後押し |
特許庁 |
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産業革新投資機構(JIC)傘下のベンチャー向け2号ファンド(2000億円規模)による投資 |
経済産業省 |
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日本政策金融公庫、日本政策投資銀行によるスタートアップ投融資の強化 |
財務省 |
大企業を軸としたスタートアップの出入りを活性化
主要施策の中で、特に注目すべきは、①オープンイノベーション促進税制と②スピンオフ税制の拡充である。前者は大企業によるM&Aという出口戦略をスタートアップに提供し、成長を促す施策であり、後者は大企業発スタートアップの分離(スピンオフ)を後押しする施策となっている。
①オープンイノベーション促進税制
オープンイノベーション促進税制では、企業やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)がオープンイノベーションを目的としてスタートアップの株式を取得する場合、取得額の25%の所得控除が認められる。従来はスタートアップが新規発行する株式の取得のみが控除対象だったが、2023年度はスタートアップの発行済株式の50%超を取得し買収する場合も対象に加わる。(表2)
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従来 |
23年度 |
対象株式 |
新規発行株式 |
発行済株式を追加 |
取得控除上限額 |
25億円/1件 |
50億円/1件 |
税制の狙いは、企業とスタートアップの資本提携によって人材交流や技術連携を深め、成長を後押しすることにある。同時に、経済産業省はM&Aを「スタートアップが自社だけでは実現不可能な、大きく・早く成長できる重要な出口戦略」(2023年度税制改正説明資料)と位置付けており、スタートアップが大企業とのM&Aを実施しやすい環境を整えたい考えだ。
2022年の米国テック業界頭打ちを背景に、スタートアップのIPO環境が悪化した。22年の日本の国内新興市場の新規上場数は96社と前年の125社から落ち込み、23年も新規上場数は低迷すると見られている。日本のスタートアップの出口はIPOが8割を占めているが、IPO環境の悪化と今回の制度拡充によって、大企業によるM&Aがスタートアップの出口の有力な選択肢になる可能性がある。ある大企業関係者は、「オープンイノベーション促進税制の拡充を利用し、スタートアップの買収を検討する動きが既に出ている」と話す。
②スピンオフ税制
スピンオフ税制の拡充は大企業からの独立を後押しする。
同税制では、企業が子会社(事業)を分離する際、企業や株主の税負担の繰り延べが一定の条件で認められている。従来、企業(元親会社)は子会社の株式を完全に手放すことが優遇の対象だったが、2023年度は企業が20%未満の子会社株式を保有し続ける場合も優遇対象とする。
分離される子会社は元親会社と20%未満の資本関係を維持できる。制度を活用すれば、大企業発スタートアップは独立後も元親会社のブランドやシステム、顧客網を使うことが容易になる。
ただし、上場企業からのスピンオフでは、分離会社も即時に上場することが税制優遇の条件になる。対象は、独立後も確実に利益を上げられるようなレイターステージの社内ベンチャーに限られる。大企業関係者からは「スタートアップ創出にスピンオフ税制を用いるハードルは高い」という声も聞こえており、同税制は改善の余地がありそうだ。
大企業の動きが流れを創る
いずれにしても、2023年は大企業のスタートアップ戦略が問われることになりそうだ。従来から言われていることではあるが、(1)どの領域にフォーカスするのか、(2)優良スタートアップを見つける目利き力、(3)機会を逸しない迅速な決断力——等々が必要になってくる。
特にオープンイノベーション促進税制は24年3月末が期限となっている。また、23年度に導入されたスピンオフ税制の拡充部分(20%未満の株式保有を対象化)は、23年度中に産業競争力強化法の事業再編計画の認定を受けた企業が対象である。現時点では両税制の拡充部分は実質1年間しか確約されていない。
制度を所管する経済産業省は24年度税制改正で両税制の延長・恒久化を要望すると見られるが、具体的な活用事例が現れなければ、実施は難しいだろう。大企業がどう動くかが注目される。
<参考資料>
新しい資本主義実現会議「スタートアップ育成5か年計画」(2022年11月28日)
経済産業省「令和5年度経済産業関係税制改正について」(2022年12月23日)