テクノロジー領域のクロスボーダーM&Aが踊り場にある。グローバル成長を目指す日本企業にとっては、グローバルで収益を稼げるビジネスの構築や世界トップクラスのテック人材をいかに獲得して活かすかという積年の課題に真正面から取り組む絶好のチャンスである。

半導体、エレクトロニクス、電子部品、ICT、データ&セキュリティー、X-Techといったハイテク領域において、日本を代表する大企業から新進気鋭のスタートアップまで様々な企業のお手伝いをしている。現在関与する案件としては、クロスボーダー/国内、バイサイド/セルサイド、リストラ、大企業による大型取引、スタートアップ関連のバイアウト/資金調達などがあり、多種多様なディールが進行中である。

日本の大企業の側に立って海外ハイテクベンチャーの探索・選定・アプローチを経て、買収案件としてご支援することも増えている。デロイト トーマツ ベンチャーサポートとの連携はもちろん、米国シリコンバレーとイスラエルにはチームメンバーを現地駐在させ、最新動向の調査と分析、日本企業へのつなぎなども行っている。競争環境が厳しくなる中で、いわゆる単なるM&A(合併・買収)アドバイザリー業務の提供だけでは企業の要請に応えられなくなっている。世界のイノベーション動向に目を光らせ、戦略立案や資金調達のアドバイスまで重層的な支援を提供している。

2010年代以降、当該セクターのM&A環境としては、特に成長領域においてグローバル市場で“バブル”と言っても良い状態が続き、クロスボーダーのM&Aも高バリュエーションでの取引が相次いでいた。ところが、2021年をピークに新型コロナウイルス禍や地政学的リスク、不確実性の高まりなど複合的な要因が重なって、同セクターにおいてもその熱気は世界的に鎮静化の傾向が顕著になってきている。ファンドの新規資金調達の動きやIPOの実績も鈍化している。

日本企業に関しては、アウトバウンド(海外企業の買収)が鈍り、海外子会社や資産の売却が先行している。これまでの「買い一本やり」の疾走モードからいったん立ち止まり、過去の成果を総点検し、態勢を立て直す絶好のチャンスである。最重点テーマは、グローバルで勝ち抜くためのグローバル人材戦略の根本の練り直しである。

会社を買うと人材が逃げる

クロスボーダーM&Aで日本企業が悩んでいることの筆頭が、買収した後に優秀な人材の多くが辞めてしまうこと、つまりリテンションの問題だ。ハイテク領域では、技術やノウハウが「特定の人」「特定の経営陣」に属していることが少なくない。会社を買収できたとしても中核人材が流出してしまってはせっかく獲得した先進的なビジネスや技術を生かし切ることができないのだ。

そこで、過去5年くらいで日本企業が盛んに取り入れ始めているのが、HRDD(人事デューデリジェンス)である。デューデリジェンス(M&A対象企業の多面的な事前調査)には、財務・税務、法務、IT、環境、知的財産など様々な種類があるが、その中でもHRDDが注目されるのは、日本企業が海外優秀人材の流出で長きにわたり相当に痛い目を見てきたからである。

会社を買収した後に、「この人材が対象会社のノウハウの中枢を担っていたのか!」などと知るようでは遅過ぎる。人材の引き留めなどできるはずもない。少し前までは、そうしたことがむしろ普通に起きていた。

キーパーソンは誰か、どのような役割を担っているのか、モチベーションは何か、給与水準は同じ地域の競合他社に比べてどうか――などを綿密に調べる。そうした優秀人材にM&A後も居残ってもらい活躍してもらうにはどうしたら良いのかについて議論を重ねる。こうしたHRDDをしっかり行うことが第一の基本になってくる。

そして、M&A後の統合プロセスであるPMI(Post Merger Integration)でフォローアップしていくことが大切だ。ハイテク領域のM&Aで成功しているケースでは、HRDDからPMIを通して、グローバル競争力のある優秀人材の確保に全力を注いでいることが多い。

では、HRDDPMIで十分かと言えば、そうではない。本質的な課題は、日本企業が世界基準の人事システムに転換できるかどうかである。これは積年の大懸案である。

グローバル人材を活かす成長戦略、練り直すなら今!

クロスボーダーM&Aで成長を目指すグローバル日本企業にとって、海外の優秀人材をどう活かすかは大きな課題である。かつて、買収した企業に日本人トップを送り込み現地社員を“管理”することが主眼だった時代もあったが、それではうまくいかなかった。「中国は世界の工場」と言われた2000年代、競合の欧米企業に比べ硬直的な日本的人事・給与制度には限界があることが顕在化した。

その反省を踏まえ、海外優秀人材を一定期間日本に呼び寄せたり、本社やグループ企業活躍の場を作ったり、グローバル人事制度面での柔軟性・創意工夫が重ねられてきた。人材こそが、成長戦略の実践、イノベーションの推進、DXの実行など企業変革の要だからである。

ここに来て、米系大手テクノロジー企業による世界規模での人員調整が相次いでおり、グローバル人材の流動性が大いに高まっている。ポストコロナの攻勢をかけるため、市場が転換点を迎えた今こそ、グローバルな視点で人材戦略を練り直す千載一遇のチャンスである。

やるなら今!――。強く進言したい。

(構成=水野博泰・DTFAインスティテュート編集長)

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー

横田 智史 / Satoshi Yokota

大手銀行、投資銀行および証券会社を経て20年以上に渡りM&Aアドバイザリー業務に従事。2009年にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(DTFA)入社。資源・エネルギー、製造業、化学品等の各セクターにおける国内外のM&A案件のオリジネーション・エグゼキューションを数多く主導。2013年よりDeloitte LLP にて2年間英国ロンドン駐在。帰任後DTFAのテクノロジーセクターリーダー、同欧州地域担当リーダー、TMTセクターにおけるM&Aプラクティスをリーダーとしてクライアント・案件のサポートに従事。

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