1.地域未来戦略と産業クラスターの位置づけ
地域未来戦略については、2026年6月の関係副大臣等会議で「政策パッケージの案」[i]が示された。単なる産業誘致ではなく、官民設備投資の増加や地域の人材力強化などに必要なインフラ整備や人材育成を進める方針。そして、サプライチェーン強化や産学官連携の規模拡大などを図るうえでは、自治体などの単一の枠組みを超え、複数の都市や地域をまたぐ広域連携の視点が不可欠となる。本稿ではこの文脈で注目されるHVVAを、半導体産業クラスターの推進組織としてではなく、戦略産業クラスター政策を広域地域経営[ii]と結びつける「広域エリアマネジメント[iii]の参画基盤」として位置づける。
先にデロイト トーマツ戦略研究所が公開したレポート『戦略産業クラスターをどう設計するか―北海道バレーが示す新たな官民連携の要諦』[iv](以下、先行レポート)では、HVVAの重要条件として、①機能別専門部会、②海外先行事例の研究、③官民の政策起業家が動きやすい環境、が整理された。本稿はこの3要素が広域地域経営の実装にもつながる点に着目。生活便益の見える化、社会的受容性、中小企業の共創参加を視野に入れ、「少人口社会に適応した広域地域経営モデル」としての可能性を考察する。
地域未来戦略の中核には3類型のクラスターが置かれている。戦略分野に関連した大規模投資を中心とした「A.戦略産業クラスター計画」、知事主導で複数自治体の連携や中堅企業支援を活用する「B.地域産業クラスター計画」、地場産業の高付加価値化や販路開拓を支援する「C.地場産業成長プラン」である。Aは17の戦略分野との整合性があり、大規模投資が見込め、良質な雇用の創出・維持が可能なことを要件とし、道路、工業用水、鉄道、産業人材育成などを一体で進めるとされている。Bでは複数自治体の広域連携の視点も求められる。つまり、産業クラスター形成はもはや単一自治体における産業立地政策だけでは完結せず、広域経営政策として実装・推進していく必要がある。
この政策設計が自治体や地域に求めるものは2つ。第1は、長期かつ大規模な政策資金を受け止める能力である。地域未来戦略では、基金や交付金を通じた複数年度の取り組みが想定され、地域未来基金費、地域未来交付金、地域産業構造転換インフラ整備推進型などの支援枠が示されている。第2は、地域自身が自発的なプロジェクト提案能力を持つことである。政府の戦略分野と重要目標達成指標(KGI)を踏まえつつ、地域の強みを戦略的自律性・不可欠性へつなげる独自計画を提示するよう求められている。戦略産業クラスターは中央政府から産業政策がそのまま地方へ下ろされるのではなく、地域の制度設計能力、官民調整能力、実行能力が問われる政策領域だといえる。
2.HVVAが持つ独自の設計思想
こうした政策形成能力の蓄積と発揮に向けて、HVVAは有効な事例となる。従来の一般的な企業誘致モデルとは異なる設計思想を持っているからである。ここでは「組織設計」と「広域空間設計」、および「実装プレイヤーの構成」に着目したい。
機能別専門部会で責任の所在を明確に
HVVAの第1の特徴は、複数のプロジェクトマネジメントを横断的に支援する機能別専門部会を備えていることである。先行レポート[iv]でも述べられているように、HVVAの原点は、「苫小牧から札幌、石狩に抜ける一帯を『北海道バレー』と名付け、半導体関連企業、研究機関、大学が集まるエリアを実現したい」との発想であり、自治体、大学、金融機関を含む産官学金の約90団体が参画している。設立準備段階から単なる連絡会ではなく、政策と実装を前進させるための運営設計を組み込んでいた。一般的な協議会では意思決定と実行が分離しがちなため、責任の所在があいまいになりがちでプロジェクト全体が前進しにくい。HVVAでは運営委員会が意思決定を、機能別専門部会が調査、意見集約、戦略立案、施策の実行・管理、要望書案の作成までを分担するため、「誰が何を担うのか」が明確になる。
機能別専門部会は準備段階から投資計画、規制緩和、システム構築などを議論し、HVVAの設立後も「都市計画」、「人材育成」、「規制緩和」、「エコシステム構築」、「バレーブランドPR」の5部会として継承された。それぞれに幹事会社を置いて、責任の所在を明確にしている。構想を推進するうえで重要な各論点を機能ごとに分解し、それらを束ねた政策パッケージとして扱う組織設計である。行政にとっては実行責任を明確化しやすく、企業にとっては自らの参画領域を認識しやすい形といえる。
地域未来戦略における産業クラスター形成でも、産業・社会インフラの整備、人材育成、支援措置の設計を一体で進めることが前提とされている以上、自治体単独の縦割り行政では、広域かつ複雑な政策課題への適切な対応には限界がある。そのためHVVA型の専門部会方式を採用することで、準備段階から教育、インフラ、規制などを専門領域ごとに議論し、部会として引き継いでいくことができれば、その後の制度設計と地域実装をつなぐ効果的な力になりうるだろう。
複数都市で一つの価値を
第2の核心は、一つの都市への集中投資ではなく、複数都市の機能分担による広域都市圏形成にある。従来の行政区分や自治体ごとの最適化を超えて「広域地域で価値を設計する」ことを目指す「広域エリアマネジメント」の視点から、主な都市である千歳・苫小牧・石狩・札幌の役割を位置づけてみる。
千歳は半導体を核とした製造・人材のハブ、苫小牧は化学薬品供給や物流、GXを支えるゲートウェイ、石狩は再生可能エネルギーとデータセンターを支えるデジタル基盤、札幌は高度医療、教育、文化、金融などを備えた生活基盤である。重要なのは相互に支え合う構造になっている点だ。例えば千歳の製造・研究需要が苫小牧の物流投資や石狩の計算資源需要を支え、札幌の都市機能が高度人材定着を後押しする。一方的に依存したり負担を押し付け合うのではなく、大都市ですら周辺都市に支えてもらう形が見えてくる。各都市が自らの強みを磨いて伸ばすほど、道央圏という広域地域全体の価値が高まる設計である。
戦略産業クラスター形成における広域連携に求められているのは、中核工場をどこに置くかという議論ではなく、高度人材が家族とともに住み続けられる広域の都市機能をどう組み合わせるかである。このような各都市の比較優位(機能分担)と相互作用のシステムを認識することで、行政は広域調整の論点を見出しやすくなり、民間企業は投資すべき都市や領域を判断しやすくなる。
半導体以外にも広がる投資・事業機会
そしてこの発想は、「工場の内側」だけでなく、「工場の外側」に当たる住宅、交通、教育、文化、国際対応まで含めて「地域を共同で設計する」方向へ議論を広げることができる。第3の特徴は、HVVAには半導体製造・関連企業に加えて、広域エリアマネジメント実装に必要なプレイヤーが最初から同じ場に存在していることだ。
会員企業として不動産・デベロッパー、建設、通信・IT、エネルギー、航空・観光、金融、法務、ブランド・メディア・娯楽など多様な分野の主体が参画していることで、魅力的な地域を設計・運用するための「街の仕様書」を官民共同で描くことができる。どの領域や機能にどの担い手が必要かが見えやすくなるため、その後の具体的な実装プレイヤーの関与・参画も見込みやすくなる。
人材定着を支える「生活側」への投資
さらに、地域未来戦略の基盤となる地方創生の文脈からも、HVVAは示唆に富む事例である。地方創生の政策目標は「強い経済」だけでなく、「豊かな生活環境」「選ばれる地方」とされ、地域交通のリ・デザイン、地域医療の維持確保、スマートシティ、若者や女性に選ばれる地域づくりなどが示されている[v]。一方でHVVAの構想では、高度人材を呼び込む条件に住環境、教育、文化、QOL、ブランドまで含めている。
HVVA会員のうち、競走馬生産牧場が手がける「馬のテーマパーク」は、海外VIPや投資家を迎える高付加価値を創出できる。プロ野球チームの本拠地を所有・運営する企業は、民間主導のスマートシティ型まちづくりの象徴である。さらに、私立の中高一貫学校などは、家族帯同で移住する高度人材にとって重要な教育の受け皿となる。「地域で必要となる人材の入口を中高段階から設計対象に入れる」という発想として捉えることもできるし、「地域で起業する若者」を輩出する機能も期待できよう。
このことから、産業クラスター形成と地方創生施策が目指す暮らしの安定を結び付けるうえで、生活側の設計を前倒しで組み込むことは、重要な投資領域であるといえる。
3.実装上のボトルネックを先回り回避するには
恩恵と同時に生じうる摩擦
HVVAについては積極的に評価するだけではなく、他地域が先回りして学ぶべきリスクが早期に顕在化しうる「実装ボトルネックの先行事例」として注視することも大切である。住宅、交通、働き方、教育などの領域では恩恵と同時に摩擦が生じうるからだ。
例えば「住宅」では、技術者流入による需要増が高品質な住宅供給や街づくり投資を促す一方、住宅の価格高騰や不足を招く恐れがある。「移動」では、広域交通の再設計が進む可能性がある一方で、通勤渋滞や冬季運用の負荷が懸念される。「働き方」では、所得向上や地域定着が期待されるものの、賃金や職種の二極化、既存産業の人手不足も起こりうる。「教育」でも、地域全体の学力レベルや進学意識の向上が期待できる反面、「教育資源がよそ者に奪われる」との感情が生じるリスクもある。
先行地域でこのような弊害が実際に起こっている点などを十分に考慮したうえで、地域の得られる便益と摩擦の双方を見据えた先回りの設計が求められる。
社会的受容性の確保と地元企業の巻き込み
これらの摩擦を軽減する第1の条件となるのが、広域な地域にわたる多様な利害関係を踏まえつつ、社会的受容性を確保することだ。仮に投資額や旗艦企業の話題ばかりがフォーカスされ、交通、住宅、教育、医療、環境改善といった生活面の便益の発現が後れると、「誰のためのプロジェクトか」が見えにくくなる。そうなれば、目立つ旗艦企業がやり玉にあげられ、プロジェクト自体への反発を招きかねない。だからこそ「市民価値ファースト」の意識を徹底し、地元雇用、職業訓練、渋滞対策、住宅供給、教育受入れ、福祉の拡充といった「生活KPI(重要業績評価指標)」の見える化が重要になる。
第2の条件は、地域企業、とりわけ中小企業を下請けとしてではなく、「共創の担い手」として組み込んでいく仕組みとガバナンスである。HVVAが志向する「地域住民や地域企業が恩恵を受ける」姿を実現するには、取引や雇用はもちろん、知識や事業機会も地域内に共有されなければならない。先行レポートivで示された、北海道大学や地元高専と連携した次世代半導体カリキュラム構築の事例は、こうした制度設計の重要性を示している。
4.他地域への政策的示唆
「少人口社会」に適応した広域地域経営
HVVAは成長産業に対応する先端的なクラスター形成のモデルにとどまらない。より重要なのは、人口減少に伴う「少人口社会」となって各自治体が域内すべての行政機能を果たせなくなる中で、限られた都市機能を再編・分担しながら維持する広域地域経営のモデルとして読める点にある。肝心なのは、人口減への対応を図るだけではなく、現在より人口の少ない社会を前提として、住宅、交通、教育、医療、文化、エネルギー、データ基盤をどう再編・分担し、人が住み続けられる条件をどう広域地域で整えるかである。HVVAは、この課題に対する具体的な設計の方向性を示している。
産業クラスター設計は「二重構造」で
この視点は冒頭で紹介した「地域未来戦略の政策パッケージ(案)」[i]とも整合する。同案では公共施設の老朽化、人口構造の変化、人手不足などにより、多くの市町村で成長分野へのリソース配分が困難になっていると指摘されている。そのうえで、公共施設の集約・再配置、持続可能な公共交通・物流の実現、交通・デジタル・生活サービスなどを多層的に連携させたネットワーク型の地域構造の形成を支援するとしている。戦略産業クラスター計画に沿って道路、工業用水、鉄道などの必要インフラ整備や人材育成を一体で進めるうえで必要になるのは一つの自治体の最適化ではなく、広域圏としての設計思想である。
重要なのは、産業クラスターを産業政策として単独で構想するのではなく、広域地域の生活構造維持、交通、教育、医療、データ基盤などの既存政策群を束ねた上に重ねる「二層構造」で設計することである。これにより、産業クラスターは「工場立地」から「地域経営」へと、政策面でより滑らかに拡張される。
官民は地域価値を共同設計できるか
以上の考察から、HVVAは半導体・AIクラスターの推進組織であるだけでなく、戦略産業クラスター政策を広域エリアマネジメントへ結び付ける実装基盤と位置づけることができる。先行レポート[iv]で示された論点を本稿の考察も踏まえて整理するとHVVAの強みは①専門部会による運営によって人材、都市機能、制度、ブランドを政策パッケージとして扱える➁海外先行事例を参照しながら産業政策を地域文脈へ適合させている③民間プロフェッショナルが政策起業家として制度改革と実行管理を前進させる環境を備えている、の3つだ。その成否は、住宅、交通、教育、コミュニティなどの摩擦を見越した設計、生活KPIの可視化、社会的受容性の確保、中小企業の共創参加を実現できるかどうかにかかっている。
そのため他地域が地域未来戦略のもとで産業クラスターを構想する際には、少なくとも次の5つを設計条件として確認することが重要である。
①専門部会など、分野横断の課題をさばける組織設計があるか。
②複数都市の機能分担を描けているか。
③住宅、交通、教育、医療など生活面のKPIを見える化できているか。
④住民や地域社会の受容性を確保する仕組みがあるか。
⑤地元企業、特に中小企業が知識や事業機会の担い手として参加できるか。
改めて言えば、産業クラスター形成の成否は、旗艦企業の誘致そのものではなく、産業政策、生活基盤整備、広域調整、社会的受容性を一体化することにかかっている。重要なのは、「行政がインフラを整備し、企業が要望を出す」という関係を超え、官民が対等な立場で「街の仕様書」を描くことだ。HVVAは、広域地域の価値を官民の共同設計で具体化する最初の例として、他地域にとって重要な参考となろう。
※本稿の情報は筆者の個人的な見解に基づき執筆・編集しています。
<参考文献・注釈>
[i] 地域未来戦略に関する関係副大臣等会議(第4回、令和8年6月24日)配布資料 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chiikimirai/kankei_fukudaijin/dai4/gijishidai.html
[ii] 「広域地域経営」とは、広域的な連携・展開を重視する「広域経営」と、地域の実情や住民との関係性を重視する「地域経営」を統合的に捉える概念として用いる。地域固有の特性を踏まえつつ、周辺地域との連携によって課題解決を図る考え方を指す
[iii] ここでは「広域エリアマネジメント」を「複数都市が機能分担しながら一つの都市圏・地域圏として価値をつくり、住宅・交通・教育・医療・文化・エネルギー・データ基盤などを広域で再編・分担・実装していく枠組み」とする
[iv] 『戦略産業クラスターをどう設計するか―北海道バレーが示す新たな官民連携の要諦』(2026年6月8日公開、デロイト トーマツ戦略研究所 江田覚主席研究員)https://faportal.deloitte.jp/institute/report/articles/2209
[v] 「地方創生に関する総合戦略 ~これまでの地方創生の取組のフォローアップと推進戦略~」(令和7年12月23日閣議決定)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chiikimirai/pdf/20251223_honbun.pdf

