デジタルやサステナビリティ対応の重要性が増し、日本の製造業は多様な技術の組み合わせで価値を創造する必要性に迫られている。国際競争力を再び強化するためには、外部から革新的な技術を取り入れ、オープンイノベーションにより製品ポートフォリオを強化、変革することが肝要である。このような中、オープンイノベーションのパートナーとして、大学の研究成果を活かして起業するディープテックスタートアップへの注目度が高まっている。その活躍分野は、環境、エネルギー、素材、バイオ、量子、宇宙などに拡大しており、国際展開に成功すればユニコーン企業へと成長するポテンシャルも見込まれる。製造業がスタートアップ連携の新手法ベンチャークライアントモデル(VCM)を活用しオープンイノベーションを成功させるためのポイントは何だろうか。ディープテックに造詣が深いMonozukuri Ventures代表の牧野 成将氏とデロイト トーマツ ベンチャーサポート(DTVS)パートナーの木村 将之が、ディープテックの重要性やVCM適用のポテンシャルについて対談を行った。

日本のディープテックスタートアップの現状と課題

木村
まず初めに、牧野さんは日本のスタートアップについてはどうご覧になっていますか。資金調達額の推移をみると、2013年から10倍近くに伸び1兆円に近付きましたが、まだまだディープテック領域で急成長するスタートアップが急激に増えたとは言えない状況です。現状をどのようにお考えになりますか?

図表1 国内スタートアップ資金調達額

国内スタートアップ資金調達額

牧野
この10年は、スタートアップ資金調達額が示すように日本のスタートアップ市場が成長する転換期になりました。一方で、様々な課題も出てきています。
例えば、日本政府は評価額10億ドル以上、設立10年以内の非上場企業であるユニコーン企業の100社創出を目標にしていますが、小粒なスタートアップが多く、ユニコーンは思うようには創出されていません。また優れた技術を持つ研究開発型のスタートアップはユニコーンへの期待値も高く、着実に成長していますが、イグジットには時間が必要です。そうしたディープテックスタートアップに投資してきたファンドが満期を迎えつつあり、「VCファンド2025年問題」も取りざたされています。

木村
ディープテックは様々な領域に広がっており、日本が強みを持つ製造業とのシナジーが期待されます。しかし研究開発が長期化し製品化の難易度が高いため、「死の谷」を乗り越える難しさがあります。大企業がスタートアップの製品を段階的に採用することにより、健全に取引が拡大していかないと、ディープテックスタートアップの成長が難しいようにも感じます。

牧野
問題はスタートアップ、大企業双方の事業開発力にあると思います。私は長年大学発のディープテックに携わっています。2001年に経済産業省が発表した「大学発ベンチャー1000社計画」の時代は、フルコミットでない経営者や教員自らが経営者となり経営力が不足していたなどの問題があり、経済にインパクトを生む結果を出せませんでした。
現在は、起業家の経営能力が向上し大学系VCが設立され、環境が変化しチャンスは拡大しているとみています。それでもやはり、事業開発力が不足し、売上に繋がっていません。スタートアップ側の問題だけではなく、大手企業側にスタートアップと連携する仕組みが乏しいことも実感しています。オープンイノベーションという呼び声だけで施策がないのです。スタートアップを下請け扱いするマインドセットを残している企業も少なくありません。

木村
マインドセットの変革は本当に重要ですね。欧米企業は、イノベーションを起こすためには、自社単体のR&Dだけでは難しいと考えるようになってきており、スタートアップを競争優位獲得のための重要なパートナーとして考え、連携を重視する経営戦略に変わってきています。

オープンイノベーションで「問題児」を「花形」にするポートフォリオマネジメント戦略

牧野
欧州企業には事業ポートフォリオマネジメントが根付いているので、売上・利益に貢献する事業が内製か、スタートアップなどの外部連携から生まれたのかを分析し、後者が多いという事実に基づいてオープンイノベーションを加速させています。一方、経産省は、日本企業は事業ポートフォリオの組替えが進んでいないと指摘しています(※2)。
日本の製造業は、これまで「問題児」を自前主義で「花形」に成長させてきました。新しい技術を見ても「自分たちで開発できる」と考えがちです。しかし、技術環境、市場環境の変化が激しい現在においては、自社だけで事業成長を達成することは困難です。ポートフォリオマネジメントの考え方にオープンイノベーションを取り入れ、「問題児」を「花形」に成長させる切り札としてスタートアップを活用することは非常に重要です。
例えば、トップが「新技術の5割は外部から獲得する」と数値目標を決めて推進するなど経営のコミットメントも重要です。その際には新製品を創造する際の課題解決をスタートアップに求め、多くのスタートアップと取り組みを検討する手法でもあるVCMが強力な手段になるでしょう。

図表2 オープンイノベーションを組み込んだPPMProduct Portfolio Management)戦略

オープンイノベーションを組み込んだPPM戦略

木村
示唆に富んだご指摘です。多くの企業が、両利きの経営で言う深化に集中しがちで、目標を達成する手段が既存事業の強化と、不足分を埋めるためのM&Aに留まっているように感じます。イノベーション実現には、探索を行い、将来有望な事業領域を見定める必要があります。VCMは、まず自社の新製品製造における課題を特定し、その課題を解決するためのスタートアップを探索する段階を踏むので、競争優位に資する技術の獲得に繋げられます。

牧野
全くその通りです。CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立しシナジーを模索する企業が増え「ディープテックスタートアップと組みたい」という相談を受けますが、その目的が漠然としていることがあります。まずは企業としてどういう姿を目指すかという中長期のビジョンが大切ですし、その姿に向けて何が欠けているのかという現状認識を行う必要があります。
そしてもう1つ重要な点は時間軸です。一定の時間軸の中で目標に到達するには、「時間を買う」という観点でスタートアップと本気で向き合うことも不可欠です。そのロードマップが曖昧な企業にはディープテックスタートアップの紹介が難しいのが現実です。
誤解してほしくないのは、CVCLP出資などの投資をベースにした手法が悪いわけではないということです。スタートアップから購買し、インパクトを検証し、取り込みたい技術であれば出資する、買収するという手法の使い分けができていないのが問題です。

木村
私も同感です。日本でもっとコーポレートベンチャリング手法の理解が深まることを望みます。VCMが広まった結果、VCMが良い悪い、スタートアップへの出資が良い悪いという単純な議論に陥ることを危惧しています。複数の手法を適切に使いわけることが重要です。

ディープテックへのVCM適用のポテンシャルと新たな可能性

木村
ディープテックへのVCM適用に話を進めましょう。現状をみると、世界で100社以上がVCMを導入しており、日本でも、FUJIOKI、日立ソリューションズなど導入事例が増えています。
VCMでは、多くの場合、最初の購買額は5万ドル以下となります。大手製造業にとってはリスクが低く、スタートアップにとっては売上獲得になる、相互にメリットのある関係を構築できます。規模の大きいB2Bの購買力がディープテックスタートアップの売上に結び付けば、日本の製造業の国際競争力向上やユニコーン企業の登場にも繋がるのではないでしょうか。

図表3 2023年B2B/B2CEC市場規模

2023年B2B/B2CのEC市場規模

但し、VCMは、検証可能なプロトタイプを持つ製品や技術と相性が良く、対象となる製品や技術が一定パッケージ化されていることを前提としているため、技術のプロダクト化が不得手なディープテックスタートアップに適用しづらいという課題があります。スタートアップが大企業からカスタマイズの要請を受けがちな日本の環境を変えていく必要があると感じています。スタートアップ側はパッケージ化した製品を意識し、大企業側のマインドセットを変革するのがまず第一歩でしょう。
その上で、次の可能性として、VCMを①研究開発段階でのスペック確認、②用途開発に向けた検証・確認、③量産に向けた性能確認の3つのシーンで活用できるのではないかと考えています。牧野さんのご意見をお聞かせください。

牧野
興味深い論点ですね。③の量産は、現場の体制や設備を変えずに製造の現場部門が行えるので比較的着手しやすいでしょう。但し、既に用途や売り先が見えている③の段階では、市場成長が約束されており、スタートアップはミドル・レイトステージに到達していると考えられます。すり合わせが必要な設計力やサプライチェーンを強みとする日本企業の存在感は発揮しにくい領域でもあるように思います。
一方で①や②は、日本企業の強みが発揮される領域であると共に、ディープテックスタートアップの成長にとって一番重要な部分だと感じます。ただこの段階では顧客や市場性も明確ではないため、スタートアップ連携を積極的に行うためにはマインドセットの変革及び連携するための工夫が必要です。

繰り返しになりますが、製造業がイノベーティブな新事業を創出するには、シード・アーリー段階のスタートアップが持つ革新的な技術の獲得が不可欠というマインドセットを持つことが必要です。その上で、①研究開発や②用途開発に踏み込むための予算を持った専門組織の設置を行うことが有効です。
しかしながら、現状では、既存の新技術開発部門やオープンイノベーション部門はスタートアップを事業部門に紹介する機能しか持っていません。売上や量産を担当する現業部門は①②にコストをかけられないので、スタートアップとの連携は促進されません。そこでスタートアップとの連携を促進する専門組織を設け、①②に相当する活動を支援することで、現業部門の研究開発や用途開発にスタートアップを活用する環境を作ることが可能になると考えます。

図表4 ディープテックへのVCM適用イメージ

ディープテックへのVCM適用イメージ

木村
大企業とスタートアップの関係を考えると、③においてスタートアップはどの大企業とパートナーを組んでも良い状況とも言えます。このような状況ではスタートアップが選ぶ側になるともいえるでしょう。
製造業の大企業自らが、将来の事業ポートフォリオを構築する上での新製品開発に必要な技術を見定め、スタートアップの初期段階から顧客になることで接点を持ち、研究開発や用途開発に取り組む。そのための組織と予算を準備する。重要な示唆を頂きました。

牧野
欧州の大手製造業は5年、10年の長期スパンで取り組んでナレッジを蓄積し、成果を得てきています。日本企業は、今すぐ着手しなくては間に合いません。2025年に変革を起こせる企業が次の5年、10年も優位性を保てるのではないでしょうか。

関西発スタートアップエコシステム育成の取り組み

木村
最後に、京都をベースにする牧野さんから、日本の地域のスタートアップエコシステム育成に関してメッセージをいただけますか。

牧野
米国では、ものづくりや環境系のディープテックと製造業のエコシステムは、シリコンバレーではなくニューヨークやボストン、ピッツバーグなど東海岸や中西部を中心に発展しています。インターネット系の起業なら東京が良いでしょうが、ディープテックスタートアップは東京圏外の大学発で増加しています。有力な大学が立地し、大手製造業が本社を置いている関西からエコシステムを育てていきたいのです。

私がいま取り組んでいるのは、関西での大企業を中心としたコミュニティ作りです。皆悩みを抱えており、情報共有の場が求められていると実感しています。成功体験・失敗体験から学び合えれば、課題を解決しやすくなるでしょう。大学、スタートアップ、中小企業、大企業含め、社会のステークホルダー全体が協力することで、イノベーションを起こし、社会課題を解決していきたいと考えています。

木村
関西ならではの取り組みですね。米国ではヘルスケアならボストン、金融ならニューヨークなどといった地域特性を持ったスタートアップエコシステムが構築されています。地域の産業の特色を反映したスタートアップの集積が進むと日本全体の経済活性化に繋がりますね!今日はありがとうございました。

構成=小林明子 DTFAインスティテュート 主任研究員

Monozukuri Ventures 牧野 成将

牧野 成将
株式会社Monozukuri Ventures 代表取締役
FVCやSunBridgeで日米スタートアップへの投資、更には京都市や大阪市と連携してアクセラレーションプログラムや起業家教育等の立ち上げを通じてスタートアップのエコシステム構築を行う。2015年、京都試作ネットと連携してスタートアップの試作支援を行うベンチャーキャピタルDarma Tech Labs(現Monozukuri Ventures)を創業。2017年7月に国内初となるスタートアップの試作と投資を行うMBC Shisakuファンド(20億円強)を設立し、日米のスタートアップに投資を行う。2019年2月に関西財界セミナー特別賞受賞。

DTVS 木村 将之

木村 将之
デロイト トーマツ ベンチャーサポート COO/パートナー
2007
3月有限責任監査法人トーマツ入社。2010年より、スタートアップ支援と大企業のイノベーション支援に特化したデロイト トーマツ ベンチャーサポートの第2創業に参画。現在は全社執行責任者を務める。Deloitte Asia Pacificのユニコーン支援セクターの代表(Deloitte Private Asia Pacific Emerging Growth Lead Partner)にも就任するとともに、「ベンチャークライアント(Venture Client)」のリーディングカンパニーである27pilotsの日本リードパートナーも務める。

【参考】
1 スピーダ「スタートアップ調達トレンド」
https://initial.inc/articles/japan-startup-finance-2024
https://initial.inc/articles/japan-startup-finance-2023

2 経済産業省「事業再編実務指針 ~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」(20207月)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/20200731003-1.pdf

3 経済産業省「令和5年度 電子商取引に関する市場調査 報告書」
https://www.meti.go.jp/press/2024/09/20240925001/20240925001-1.pdf

【関連サービス】
ベンチャークライアント
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/solutions/vs/venture-client.html

小林 明子 / Akiko Kobayashi

主任研究員

IT事業会社を経て、調査会社の主席研究員として15年以上IT市場及びデジタル技術の調査研究・分析に従事する。専門領域は、エンタープライズアプリケーション、自治体・公共向けIT・スマートシティ、先端テクノロジー・イノベーションなど。2023年8月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。

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