石破茂首相は新内閣発足後、戦後最短のスピードで衆議院を解散し総選挙に打って出た。大敗しない限り、石破首相は続投するだろう。経済・財政政策は当面、岸田文雄前政権の路線を踏襲すると見られる。唯一、石破カラーを出すのが、地方創生を柱とした経済成長促進である。交付金を増額し、支援施策を拡充する「地方創生2.0」が目玉になる。ただし、石破首相はその具体策を示していない。地方創生2.0を見通す上でのポイントを過去の発言と近年のイノベーションなどから整理したい。

地方創生、「静かな有事」への対応

石破新政権は経済・財政運営、「貯蓄から投資へ」、スタートアップ支援、サプライチェーン強靭化、エネルギーなど多くの領域・テーマで、岸田前政権の政策を引き継いだ。(図表1)

図表1 石破新政権と岸田前政権の政策比較

(参照)「経済財政運営と改革の基本方針2024[i]と石破首相の所信表明[ii]

石破首相が現時点で独自色を打ち出している政策は事実上、地方創生のみと言える。石破氏は109日の記者会見で、少子高齢化と一極集中によって、「今や全国の地方において、地域そのものが消滅する、言わば『静かな有事』が起きております」と警鐘を鳴らし、地方創生を最優先課題に掲げた。そして、就任直後に地方創生推進交付金を当初予算ベースで倍増させる方針を表明した[iii]

地方創生推進交付金は地方自治体による先進的な取り組みを支援する予算措置であり、石破氏が、地方創生担当相を務めていた2015年に制度を整備した。2024年度当初予算では、「デジタル田園都市国家構想交付金」として2023年度と同水準の1000億円が計上されており、これが倍増の対象となる[iv]

1011日の閣議では、地方創生戦略の策定・実行に向けて、岸田前政権の「デジタル田園都市国家構想実現会議」を発展させた「新しい地方経済・生活環境創生本部」の設置を決めた[v]。この本部が、今後10年にわたる地方創生の基本構想を策定する。

石破首相は総裁選以降、「地域経済を活性化し、若い女性に選ばれる地方を創る」と再三、語ってきた[vi]。出産適齢期の女性の地方からの流出に歯止めをかけ、地方創生と少子化対策の両面で成果を上げることが目標となる。予算措置からスタートする「地方創生2.0」が、「移住・定住の促進と中堅・中小企業の賃上げ→地域経済の活性化→設備・人材投資の拡大」という循環を生み出せるのか問われる。

地方創生相時代から注視すべき3

地方創生2.0はどのようなものになるのか。石破首相はまだ、その具体論に踏み込んでいない。このため、本稿では、石破氏が初代地方創生担当相を務めた20149月~20168月の発言や直近のイノベーション、政策動向を基に、地方創生2.0を見通したい。注視すべきポイントは、

①ハードとソフト

②「産官学金労言」による独自政策

③新たな技術とスタートアップ

―の3点である。

①ハードとソフト

地方創生をめぐっては、「公共施設やインフラの建設に依存しがちとなり、人口減少社会での持続的な成長に結び付けにくい」(公共政策研究者)との見方が多い。石破首相の「地方創生2.0」も予算の分配に終わるとの懸念がある。

ただし、石破氏は地方創生担当相の任期中、地方創生におけるハード(インフラ・施設・設備など)とソフト(システムや組織、枠組み)を組み合わせる必要性にたびたび言及していた。

例えば、石破氏が所管した「まち・ひと・しごと創生総合戦略(地方創生総合戦略)」(201412月閣議決定)では、公共施設・公共不動産(ハード)の維持・更新について、PPPPublic Private Partnership)やPFIPrivate Finance Initiative)の拡充、データベースの整備といったソフト面の連携が盛り込まれ、その後、政策的に促進された[vii]

石破氏は20161月の閣議後記者会見では、中山間地の交流を支える「小さな拠点」事業について、「(店舗や医療施設などを集積させる際、施設を集めてネットワークを結ぶ)ハードの考え方があるわけですが、それを実現するに当たっては、いわば、ソフトとでもいうべき組織が必要になる」と語っていた[viii]。この発言に沿って、小さな拠点事業はICTや地域の見守りサービスとの連携が強化されている。

さらに、20167月の閣議後会見では「(地方創生は)すぐ道路だ、ダムだ、土木事業、あるいは単なるハコモノをイメージするのが通例」と述べた上、ソフトを連携させ、実効性を高める必要性を挙げた。地方自治体に対する政策支援については「ソフトのないハードは全く念頭に置いておらない」と言い切っている[ix]

石破氏は首相就任後の会見では10年前の地方創生政策・戦略について「当初の目的が達成されたとは、とうてい言い難い状況」と語っており[x]、地方創生2.0では実効性を高める措置を模索すると見られる。そうであったとしても、ハードとソフトの連携、デジタルプラットフォームの構築や官民連携は2.0において引き続き重要な方針になるだろう。予算の分配に留まらず、成長促進策を示せるのか注視される。

②「産官学金労言」による独自政策

「産官学金労言」とは「産業」と「官=行政」、「学=アカデミア・学校」、「金=金融機関」、「労=労働者」、「言=メディア」を指す。石破氏は地方創生担当相就任前から、地方創生には、この「産官学金労言」の連携が重要だと訴えてきた。そして、地方自治体に対し、関係者と連携した上、地域の特色を生かした独自政策を企画するよう求めていた。

20163月の閣議後記者会見では「(地方創生政策は産官学金労言の関係者が)全て参加する形で作られる。きちんとした目標設定をし、企画立案、実施、検証、そして改善、そういうものがサイクルとしてワークすること。これはもう形式要件として当然のことだ」と語っている。その上で「一つの政策だけを実現するのではない、政策間の連携があること。そして、官民の連携があること。一つの自治体のみならず、広域の自治体においてのシナジー効果が期待されること」が重要であり、産官学金労言の連携によって「ここの町でなければできないもの(が創出されること)を期待したい」と語っている[xi]

首相就任直後の2024101日の会見でも、石破氏は「産官学金労言」に言及しており[xii]、地方創生2.0では多様なステークホルダーの関与をさらに促すと見られる。

地方自治体は今後、倍増される地方創生推進交付金などを活用し、これまで以上に特徴がある施策を講じることが可能になる。同時に、政策アイデアの創出や政策評価でのデータ活用の力が一層問われることになる。

自治体のデータ解析や政策の構想・施行・検証などに関する知見には差があり、これらのプロセスで民間事業者や研究機関が関与する余地は広がるだろう。事業環境が厳しさを増す地方の金融機関やメディア企業にとっては新たなビジネスを切り拓く機会が生まれるかもしれない。

③新たな技術とスタートアップ

石破政権の地方創生2.0を見る上で、留意したいのは、10年前の「地方創生1.0」の時期からのイノベーションの進展である。例えば、ドローンやブロックチェーン(分散型台帳)の社会実装は10年前と比べ、急速に広がった。これらの新技術・新領域が街づくりに影響を及ぼす可能性は高く、今後の地方創生戦略の焦点になる。また、イノベーションを促進し、地域特有の課題を解決する上で、有力なアクターとなっているのがスタートアップ企業である。

ドローンをめぐっては2022年度、航空法改正によって「有人地帯の目視外飛行」を可能にする「レベル4飛行」が認められ、機体認証や操縦士資格が整備された[xiii]20241月に発生した能登半島地震ではドローンによる目視外飛行での初期状況調査なども試行された[xiv]。中山間地や離島のほか、都市部でのドローン物流の事業化も進められている。

今後、ドローン技術を発展させた「空飛ぶクルマ」が制度・ビジネス面で普及すれば、人の移動や物流の在り方、住みやすい地域などが大幅に変わり得る。

同様にブロックチェーンも10年前と比べ、急激に地方自治体などで活用が進んだ。よく知られる事例を挙げると、(1)地域特産物のトレーサビリティ確保、(2)地域通貨の発行、(3)公共サービスのプロセスの記録による効率化、(4)観光情報の共有や決済への活用-などがある。

地方経済の成長を促す上では、新技術を事業化・社会実装するとともに、その地域特有のリソースを活用し、固有の課題に対処することが重要である。例えば、特産品や観光資源を生かし、デジタル化によって「中小企業の事業継承」や「高齢化」、「働き手の不足」に手当てすることなどが考えられ、スタートアップが10年前よりも大幅に存在感を増している。

石破首相は所信表明演説で地方創生について「ブロックチェーンなどの新技術やインバウンドの大きな流れなどの効果的な活用」を表明した[xv]。しかし、ブロックチェーンやドローンなどの新技術を地方創生2.0に実装する道筋はまだ不明瞭である。地方創生においてスタートアップによる事業をどのように促進するのかも具体的に言及していない。

地方創生2.0は、地域でのイノベーション創出とスタートアップ活性化を実現できるかがポイントになる。「産官学金労言+イノベーション+スタートアップ」といった観点を取り入れ、それぞれの地域に適した政策を導入していく。この成否が、地方創生2.0の行方を左右するのではないだろうか。

進展は衆院選後のリソース次第

本稿で取り上げた3つが、石破政権の地方創生2.0を見通す上で留意点になる。しかし、地方創生2.0が進展するかどうかは、1027日投開票の衆院選の結果が大きく影響する。

地方自治体からは交付金倍増方針について早くも「政策の幅が広がる」(政令指定都市幹部)と歓迎の声が出た。一方、政府の経済官庁関係者は「具体策と財源が読めない。自治体の政策立案・執行の体制も足りず、民間のサポートや助言の需要がさらに増すのではないか」と見ている。

「静かな有事」を警告する石破首相は衆院選では、物価高対策と地方創生2.0による財政刺激を訴え、地方での与党支持を固めたい考えである。しかし、自由民主党の有力国会議員は、「『政治とカネ』問題による不信感が拭われたとは言い難く、議席数が減ることは避けられない」と断言する。

石破政権が地方創生2.0や他の経済政策で、斬新な施策に踏み込めるか。その可否は衆院選後の政治リソース次第である。選挙後の政策運営は、

(1)どのような執行体制を取るのか[xvi]

(2)財源をどのように手当てするのか[xvii]

(3)地方創生イノベーション・スタートアップ活性化を組み合わせられるのか

―が焦点となる。それぞれ注視していくべきだろう。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

<参考サイト>

Future of Cities|Deloitte Japan

空飛ぶクルマの社会実装・事業化支援|インダストリー:産業機械・建設|デロイト トーマツ
グループ|Deloitte

新たな企業の形「DAO」の活用に向けたガバナンスのあり方 | DTFA Times | デロイト トーマツ グループ
(deloitte.jp)

<参考文献・注釈>

[i] 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2024 について」, 2024621日閣議決定(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2024/2024_basicpolicies_ja.pdf)。

[ii] 首相官邸「第二百十四回国会における石破内閣総理大臣所信表明演説」, 2024104日(https://www.kantei.go.jp/jp/102_ishiba/statement/2024/1004shoshinhyomei.html)。

[iii] 首相官邸「石破内閣総理大臣記者会見」, 2024109日(https://www.kantei.go.jp/jp/102_ishiba/statement/2024/1009kaiken.html)。

[iv] デジタル田園都市国家構想実現会議事務局(2024.4)「デジタル田園都市国家構想交付金について」内閣官房(https://www.chisou.go.jp/sousei/about/kouhukin/pdf/denenkohukin_2024_gaiyou.pdf)
 

[v] 内閣府「新しい地方経済・生活環境創生本部の設置について」, 20241011日閣議決定(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_chihousousei/pdf/konkyo.pdf)。

[vi] 「地方創生、若年女性に照準 石破氏インタビュー 自民総裁選」『時事通信社』,2024921日配信(https://www.jiji.com/jc/article?k=2024092000909&g=pol)。
 

[vii] 内閣府「まち・ひと・しごと創生総合戦略について」, 20141227日閣議決定(https://www.chisou.go.jp/sousei/info/pdf/20141227siryou5.pdf)。
 

[viii] 内閣府「石破内閣府特命担当大臣記者会見要旨」, 2016122日(https://www.cao.go.jp/minister/1510_s_ishiba/kaiken/2016/0122kaiken.html)。
 

[ix] 内閣府「石破内閣府特命担当大臣記者会見要旨」, 2016729日(https://www.cao.go.jp/minister/1510_s_ishiba/kaiken/2016/0729kaiken.html)。
 

[x] 注ⅲと同じ。
 

[xi] 内閣府「石破内閣府特命担当大臣記者会見要旨」, 201631日(https://www.cao.go.jp/minister/1510_s_ishiba/kaiken/2016/0301kaiken.html)。
 

[xii] 首相官邸「石破内閣総理大臣記者会見」, 2024101日(https://www.kantei.go.jp/jp/102_ishiba/statement/2024/1001kaiken.html)。
 

[xiii] 国土交通省「無人航空機レベル4飛行ポータルサイト」(https://www.mlit.go.jp/koku/level4/index.html)
 

[xiv] 令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応検討ワーキンググループ(2024.6)「令和6年能登半島地震を踏まえた有効な新技術及び方策について」内閣府(https://www.bousai.go.jp/jishin/noto/taisaku_wg_02/pdf/siryo5.pdf, 災害地のドローン利用については、消防ヘリコプターや航空法との兼ね合いなど様々な課題も明らかになっている。
 

[xv] 注ⅱと同じ。
 

[xvi] 今回の組閣では、衆院選を控えて自民党所属の副大臣の大半・政務官の全員を再任させた。
 

[xvii] 石破氏は総裁選で金融所得課税の拡充に加え、法人税の増税を訴えていた。増税全般については「党税調の議論にゆだねる」と語っている。自民党税制調査会は2024年度税制改正大綱で「レベニュー・ニュートラルの観点からも、今後法人税率の引き上げも視野に入れた検討が必要」と指摘した。
自民党税制調査会「令和6年度税制改正大綱」, 20231214日(https://storage2.jimin.jp/pdf/news/policy/207233_1.pdf)。

※インターネットソースは全て20241016日に最終閲覧した。

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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