Govtechスタートアップの活躍に向けた日本版DMPへの期待
政府が進める日本版デジタルマーケットプレイス(DMP:Digital Market Place)構想
政府は、情報システムの導入をする際の第一候補としてクラウドサービスを検討する方針「クラウド・バイ・デフォルト」原則を掲げ、自治体や政府のIT改革を進めている。プラットフォームはガバメントクラウド、アプリケーションはSaaS化し、導入や利用の効率性向上、技術革新対応力の向上、可用性の向上などのメリットを享受しようとする考え方である。
クラウドの活用において、アプリケーションの調達についての新たな方針がデジタルマーケットプレイス(DMP)構想となる。公共向けのアプリを提供するベンダーがカタログサイトと称するWeb上に登録され、自治体など行政機関は必要なシステムを検索し選定することで簡単に調達を行える。スマートフォンのアプリストアのようなものと考えればわかりやすい。
2023年11月時点では、デジタル庁によって、企業に対するデジタルマーケットプレイス実証カタログサイト(α版)の説明会が開催されている。スケジュールをみると、2023年度中にα版の実証サイトを公開しテストを実施、調達上の制度を整理したうえで、2024年度下半期頃に本番運用を行うという計画となっている。(※1)
図表 1ガバメントクラウド移行とDMPの概念図
現状、自治体など行政機関での情報システムの調達で一般的なのは、行政側が調達仕様書を作り、入札を行う一般競争入札である。複数社が応札すれば、価格や提案が優れた事業者が選ばれる。この形式は、中小自治体でも都度仕様書を作る必要があり、入札資格を得たベンダーが提案を作成し書類をとり揃えて応札しなければならず、双方にとって負担が大きく手続きには時間がかかる。また、過去の実績や女性活躍などの認定取得に加点する評価制度になることもあるなど、経験豊富な企業には有利だがスタートアップにとってはハードルが高い制度である。
DMPで先行するイギリスの事例を見ると、2009年の英国政府のIT支出は160億ポンド(約2.9兆円)、そのうち80%が18社のサプライヤーに発注されていた。DMP開設後の2021年時点ではDMPには7,000以上のサプライヤーが登録され、うち92%は地方企業やスタートアップを含む中堅中小企業である。数千億円規模のITコスト削減も実現している。
これから実現されていく日本版DMPが、スタートアップを始めとする多様な企業の事業機会増加につながるものになるかが重要なポイントとなる。
図表 2英国のDMP導入効果
DMPの詳細はこれから明らかになるだろうが、数あるITサービスの中から、デジタル庁の評価をクリアし、いわばお墨付きとなったものがラインナップされることになるように見受けられる。
この場合に求められるのは透明性であろう。評価基準や審査の方法など、検討の段階からオープンに議論を進めていくことが必須と考える。様々なステークホルダーが平等に参加し、納得性の高いルール作りを行っていくことが望ましい。また、実現後に実効性のあるものにすることも重要だ。充実したコンテンツをラインナップできるか、事務手続きは簡略化されるか、自治体の迅速なシステムの選択や導入につながるのか、サービス提供者側に営業コストの削減や導入促進というインセンティブがあるのかなど、枠組みを用意するのみではない留意点が想定される。自治体、スタートアップを含むクラウドベンダーなど、関係者のニーズや実情を十分踏まえて推進する必要がある
Govtechスタートアップにとっての課題と要望
2022年11月に発足した一般社団法人Govtech協会の代表理事日下光氏は、政府のDMP構想について「歓迎する」とコメントしたうえで、「DMPの動きはフォローしているが、調達改革はそれだけで解決できるわけではない。Govtechのステークホルダーには様々な変革が求められており、業界全体として持続可能なビジネスモデルを作っていく必要がある」と指摘する。
DMPによる調達の条件緩和以外の観点で、日下氏が挙げたのは、「RESTful API(REST API)の実装を公共システムの仕様とすること」である。RESTful APIの公開によって、公共システムと連携したサービス開発などの柔軟性や拡張性が大きく高まる。現状では、機能追加や外部SaaSとの連携を行うためには、公共システムの開発を担っているSIerに委託する必要があるが、APIが利用できればGovtechスタートアップのソリューションとの連携が容易になる。民間企業が業務アプリケーションを通じてオンラインで手続きを行ったり、自治体がスタートアップのSaaSを利用して業務を行ったりするなどがスムーズに行えれば、官民双方で利便性が高まり、システムの利用コストも低下する。
日下氏は「電子政府の先進国といわれるエストニアは、システムをオープンにしている。そのため、多数のスタートアップを含む民間企業が連携サービスを開発・提供しており、Govtech市場は活況だ。エストニアと日本の経済や人口の規模の差を考えれば、日本のGovtechのポテンシャルは大きい」という。日本でも公共システムがオープンになっていけば、官民協創など新たなビジネスモデル創出も起こりえる。
また、公共案件のスケジュールとスタートアップのキャッシュフローの相性が悪いという課題もある。自治体の予算取りと執行時期に合わせると、次年度の予算計画に向けて営業をかけ、年明けに予算要求が可決されれば新年度に入札があり、入金は次の年度という長期スケジュールとなる。スタートアップにとってはキャッシュフローの悪さのために対応しづらい。Govtech協会では、自治体特有の条件などを投資家に理解を得ることも重要と考え、ベンチャーキャピタルとの勉強会を開き理解を求めているという。
スタートアップが担うGovtechの発展に向けて
大手企業や政府からの支援体制も整備されつつある。大手クラウドベンダーによるGovtechスタートアップ支援の事例を見ると、AWSは2022年2月に公共分野のスタートアップ支援プログラム「AWS Startup Ramp」(現在のプログラムは「AWS Activate」)を立ち上げている(※4)。日本マイクロソフトは、2021年11月に「Microsoft Enterprise Accelerator GovTech」を開始した(※5)。アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 パブリックセクター官公庁事業部 本部長 大富部貴彦氏は「AWS Activateには国内の数多くのスタートアップ企業も参加している。AWSの役割の一つは、ミートアップなどの機会を通じて、これらの行政機関とスタートアップが接点を持つ機会を提供することだと考えている」という。
政策面では、経済産業省は「スタートアップ5か年計画」政策において、スタートアップへの投資を2027年に10兆円規模まで拡大する目標を掲げる。また、デジタル田園都市国家構想では、交付金活用事業においてスタートアップの活用を加点対象とするなど優遇措置をとっている。
これらの市場環境はGovctechスタートアップにとって追い風といえるが、進化・拡大をさらに後押しするためには、政府はDMPを成功裏に実現させることはもちろん、公共調達の改革、行政機関とスタートアップの協創機会創出などに多面的に取り組んでいく必要があるだろう。また、公共分野のDX、スマートシティ、ヘルスケア、防災、脱炭素社会への対応などGovtechの事業が拡大していく現状と並行し、日本版DMPを切り口の一つとして様々な領域で大手企業やベンチャーキャピタルなどを含めたエコシステム構築が進んでいくことが求められている。
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<参考文献>
(※1)デジタル庁 デジタルマーケットプレイスについて(2023年9月)
(※2)自由民主党 「デジタル・ニッポン2023~ガバメント・トランスフォーメーション基本計画~要約版」(2023年5月)
https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/205991_2.pdf
(※3)会計監査院「英国政府におけるデジタル化とデータ活用推進の成果と課題」(2022年3月)
https://www.jbaudit.go.jp/koryu/study/pdf/2022_sw.pdf
(※4)アマゾンウェブサービスジャパン合同会社
https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/japan-startup-ramp-1st-batch/
(※5)日本マイクロソフト株式会社
https://news.microsoft.com/ja-jp/2021/11/26/211126-whats-next-for-government-in-japan/