欧州委員会(EC)は、2023年10月4日、中国から輸入されるバッテリー式電気自動車(BEV)の補助金調査を開始した。ECは、経済安保の見地から貿易・投資などの管理を強化しており、欧州域内の産業基盤強化と国際社会での欧州の競争力向上を目指す。ただし、経済安保を掲げた規制が行き過ぎれば保護主義の弊害を招きかねない。今回の補助金調査のケースから、日本が経済安保施策を考えるうえで、学ぶべきポイントを示したい。

2023913日、欧州委員会(EC)のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、欧州議会本部にて一般教書演説を実施した。演説では、欧州連合(EU)が直面する問題に取り組んだECの成果や今後の活動方針を表明した(※1)。

主なポイントは、以下の4つである。

     気候変動対策であるEUのグリーンディール計画を経済成長戦略の観点から捉えなおす

     (脱中国依存を目指す)デリスキングを推進する

     AIに関するルール形成を主導する

     ウクライナの支援を含む、EUの東方拡大を目指す

特筆すべきは、中国製電気自動車(EV)の補助金に関する調査を実施すると発表したことである。EUでは、気候変動の対応として、ガソリン車からEVへのシフトを推し進めており、2035年以降は、域内の新車販売の全てを原則ゼロエミッション車にする方針を表明している(例外で、合成燃料を使う車の販売を容認)。今回の中国製EVの補助金調査は、安価な中国製EVの域内への大量流入を問題視したもので、世界貿易機関(WTO)違反が見つかれば相殺関税を賦課するとしている。

EUは、これまでも、EU域外で補助金を受けた中国製のソーラーパネルや光ファイバーケーブル、電動自転車などに対して、輸入に起因して域内産業が損害を受けている場合の救済手段(貿易救済措置)を講じてきた。最近では、中国製光ファイバーケーブルにアンチ・ダンピング関税を最大88%、電動自動車に対しては最大79.3%の関税(アンチ・ダンピング、補助金相殺の両措置)を賦課している(※2)。他方、今回の調査は、欧州域内の雇用、欧州の経済を支えている自動車産業への挑戦(Challenge)という観点から、経済安保の論理を鮮明にしており、これまで欧州が中国に対して講じてきた貿易救済措置のケースとは一線を画している(※詳細は後述)。

今回のケースを精査すると、自国産業を守るための経済安保政策が逆に混乱をもたらし得るということも見えてきた。具体的には、①保護主義の応酬がエスカレートして歯止めがきかなくなる恐れ、②市場や技術への相互の自由なアクセスが制限されると、かえって自国のイノベーションを阻害してしまう恐れ、③国家の政策と民間企業の戦略に亀裂が入り、政治・経済の情勢が混乱に陥る恐れ――などである。

EUが保護主義に傾斜?

EUはこれまで、グローバルに開かれた市場の恩恵を受け、関税や市場への参入障壁(非関税障壁)の撤廃などを通して自由貿易を推進してきたが、その政策に変化が生じている。

特に中国との貿易関係を深めてきたが、国家の補助金によって中国メーカーが欧州市場で台頭する一方、中国メーカー優遇政策による中国市場への参入障壁の高さなどが相まって、2018年以降、欧州の対中貿易赤字は急速に拡大している(図1)。2022年については、米国の対中貿易赤字を上回った。フランスやドイツをはじめとする欧州諸国では、欧州の市場が中国産業に奪われると、欧州の産業が衰退し、深刻な社会的・経済的な打撃を受けるかもしれないという懸念が広がりつつある。米国と同様の現象である。

図1

また、新型コロナウイルスによるパンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻は、他国への経済的依存が突如として深刻な問題を引き起こすことを示した。想定外なショックが発生すると、製造拠点など他国に移転するオフショアリングは、サプライチェーンに混乱をもたらす。さらに、欧州がロシアのエネルギーに依存していたことは、ウクライナ危機を契機とした原油価格高騰などで大きな影響を受けたことから、重要物資における特定国への過度な依存がもたらす危険性を示す重要なケースの1つなった。

さらに、米中対立など地政学的な緊張の高まりに伴い、グローバル経済への政治的な介入が各国で強化されるようになる。安全保障の見地からの輸出や投資規制、バイ・アメリカンを強化する米国もまた、欧州にとっては経済的な脅威となり、欧州の経済的主権(economic sovereignty)を脅かす可能性が出てきた(※4)。

こうした背景から、主権(sovereignty)や戦略的自律(strategic autonomy)、経済安全保障という概念が、欧州委員会で頻繁に唱えられるようになる。「EUは、域内の市場を保護し、域内産業により強力な支援(補助金)を提供し、米中の補助金政策に対抗しなければいけない」というエマニュエル・マクロン仏大統領の言葉は、EUの保護主義への傾斜とも言える変化を暗示している。

拡大する「経済安保」の適用範囲

ここで、EUの経済安保の骨格を振り返っておく。

まず、欧州の経済安保は、米中競争を最大の課題とする米国とは異なるアプローチであることに留意しなければならない。

米国の経済安全保障:経済安保を俯瞰する(後編)――米中の競争と分断が先端技術領域で激化 | DTFA Institute | デロイト トーマツ グループ (deloitte.jp)

EUが掲げる「経済安全保障」は、欧州域内の産業の空洞化を防ぎ、特定国への一方的な依存を軽減し、グローバルな市場での欧州の競争力を確保することを目指している。そして、地政学リスクや安全保障の観点から、ECや加盟国が貿易・投資を管理できるようにするものである(※5)。グローバリゼーションに伴うリスクを軽減するための手段を整備しようというもので、米国よりも広範な取り組み方だと言える(※6)。

20236月に発表された欧州の経済安全保障戦略に関する共同コミュニケーション(政策文書)では、リスクを「地政学的緊張の高まりと加速する技術革新の環境下で、経済の開放性とダイナミズムを最大限に維持しつつ、特定の経済の流れから生じるリスク」と規定し、4分野を特定。促進、保護、連携のアプローチで取り組んでいくとしている(※7)。

EUの経済安保戦略が規定するリスク4分野は下記の通り。

(1)  エネルギー安全保障を含むサプライチェーンの強靭性に対するリスク

(2)  重要インフラの物理的およびサイバー・セキュリティ上のリスク

(3)  技術上の安全や技術流出に関するリスク

(4)  経済的依存の武器化や経済的威圧のリスク

これまでEUは、経済問題を安全保障や外交政策に直接的に結びつけることはしてこなかった。2010年代の中国製太陽光パネルをめぐるEU中国間の貿易摩擦(中国製太陽光パネルに対するアンチ・ダンピング調査)では、中国の不公正貿易慣行(中国企業が中国政府から補助金を受け、不当に安い価格で太陽光パネルをEU域内に輸出していること)を問題視していたが、これらはあくまで貿易問題として論じられていた(※8)。

しかし、今回の中国製EV補助金調査には、経済安保のロジックが明確に組み込まれた。中国メーカーが中国政府から多額の補助金を受けているか否かが表向きの焦点ではあるが、中長期的な戦略として脱炭素における中国依存を解消したいという狙いも見え隠れしている。

欧州におけるEVへのシフトは、想定以上に速く進んでいる。欧州では、2022年の新車販売台数に占めるEVの比率は、21%で過去最高であった(※中国の、2022年の新車販売台数に占めるEVの比率は29%、米国は8%)(※9)。2035年の内燃機関(ICE)の販売禁止が迫る中、自動車メーカーは、サプライチェーンの変革(GX)、顧客ニーズの変化への対応(走り心地から乗り心地へ)、新規参入企業との競争などに直面している。

他方で、一番のリスクとなるのは中国だ。202319月に販売されたEVの新車のうち中国製EVは8%を占めている。2021年の4%、2022年の6%と確実に増加している(※10)。また、EVの核となる車載バッテリーの中国メーカー世界シェアは60%を超え、BEVバリューチェーンの競争力を保持している。このままでは、バッテリーを含めたEV市場を中国に席捲されかねない。EUが何かしらの防衛手段を講じない限り、中国からの輸入は増加し続け、EU自動車産業の貿易収支は慢性的な赤字から脱却できる見通しが立たない。

EU市場に中国製EVが大量流入する前に、域内への中国メーカーによるアクセスに制限をかけ、域内の産業を保護・育成するための時間を稼ぎたいというのがEUの本音だろう(※11)。保護主義的な政策意図を「経済安保」という言葉で糊塗しているかのような印象さえ受ける。

経済安保の負の側面に留意を

ところが皮肉なことに、EUが中国との競争から保護したいと考えている欧州自動車メーカーは、今回の中国製EV補助金調査について強く反発している。

第一に、欧州の自動車メーカーは、中国が同様の措置を発動することを懸念している。事実、中国は、20237月に、EUが最優先課題としているデジタルとグリーンの移行製品を製造するうえで必要となるガリウム・ゲルマニウム関連品目の輸出規制を発表している(※12)。このような報復措置が取られれば、欧州自動車メーカーは、サプライチェーン再編などの対応に伴うコストを負担することになる。

第二に、EV搭載バッテリーや自動運転などの分野において、欧州企業は中国企業との研究開発協力を推し進めており、これが阻害されることを警戒している。元々、中国政府は、外資系メーカーが中国国内で工場所有および運営することを制限していたため、中国の自動車業界においては、外資系メーカーと中国企業との合弁事業が一般的であった。しかし、最近では、外資系メーカーが中国での製造に依存していることもあり、輸出向けの自動車を生産するために中国企業とのパートナーシップを逆に利用している。これは、製造コストの削減を狙ったものだけでなく、中国の技術やノウハウにアクセスするために中国企業と連携しているところもある(※13)。

そして、EU当局の施策に対して、域内自動車メーカーが反発していることそのものが、経済安保のハンドリングがそれほど簡単ではないことを示している(※14)。

ポイントをまとめると以下のようになる。

l  行き過ぎた経済安保は保護主義を招く。経済安保は、経済的手段によって国益を確保することである。しかし、保護主義的な色彩が濃くなりすぎると、相手からの報復を招き、政治的な対立へとエスカレーションしかねない。

l  市場や技術への相互の自由なアクセスが制限されると、新技術のイノベーションや普及が遅れてしまい、産業競争力を失いかねない。

l  国家が推進する経済安保政策(国益)とグローバル企業が追求する利益は必ずしも一致しない。亀裂が広がれば、政治・経済の情勢が混乱に陥る恐れもある。

今回のケースは、経済安保には負の側面もあることを改めて示したと言える。今後、日本で経済安保政策を具体化していくうえで念頭に置いておくべきである。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

<参考文献>

(※1)European Commission, “2023 State of the Union Address by President von der Leyen”, Sep 13, 2023.

(※2)European Commission, EU tightens anti-dumping measures on optical fibre cables from China to defend significant EU industry”, Aug 9, 2023.

(※3) European Commission, ”Trade statistics on the EU’s relations with China”, April 19, 2023.

(※4) Josep Borrell, “Taking action to protect our economic sovereignty”, European Union External Action, Jan 26, 2021.

(※5)European Commission, “An EU approach to enhance economic security”, June 20, 2023.

(※6) EUは、脱炭素社会の実現と域内産業の保護の観点から、国境炭素調整措置(CBAM)やバッテリー規制の段階的導入などを進めている。規制の対象範囲が広がり、貿易摩擦の火種が拡大する恐れもある。
CBAM
は、EU域内の事業者が対象とする製品を域外から輸入する際に、温室効果ガス排出削減が不十分な製品に課税する措置であり、202310月から報告義務化、2026年から本格運用。
バッテリー規制は、20238月から段階的にカーボンフットプリントなどに関する情報開示義務化。EU域内で販売される全てのバッテリーに対し、資金調達から製造におけるデューデリジェンス情報や電池の回収、リサイクル時をふくめたカーボンフットプリント情報、リサイクル効率などの情報を登録し、一般顧客などに開示することを求めているため、情報を開示するための仕組み構築が必要となる。

(※7)European Commission, “JOINT COMMUNICATION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE EUROPEAN COUNCIL AND THE COUNCIL ON “EUROPEAN ECONOMIC SECURITY STRATEGY””, June 20, 2023.

(※8)European Commission,” EU imposes provisional anti-dumping tariffs on Chinese solar panels”, June 4, 2013.

(※9)IEA, “Global EV Outlook 2023”, April 2023.

(※10 Victoria Waldersee, “China's EV makers face cost and consumer challenges to conquer Europe”, REUTERS, Aug 21, 2023.

(※11EUの経済安全保障の議論の中では、「開かれた戦略的自律(open strategic autonomy)」という言葉がよく使われる。これは、EUがこれまでと同様に自由で開かれた国際経済秩序を推進していく一方で、EUの利益が損なわれる恐れがある場合には、積極的に擁護していくというものである。エネルギー分野だけでなく、半導体、食料などの重要分野においては、サプライチェーン上のリスクを軽減し、他国からの攻撃を抑止したいという狙いがある。最近では、グリーンとデジタルトランジションを進める際に、EUの戦略的自律と技術的主権は無視できないとの意見もある。

European Parliamentary Research Service,The future of EU’s Open Strategic Autonomy: Ensuring citizens’ well-being”, March 7, 2023.

(※12)この措置は、米国、日本、オランダによる対中先端半導体製造装置の輸出規制への対抗措置と指摘されている。Alexander Holderness, Nicholas Velazquez, Henry H. Carroll, and Cynthia Cook, “Understanding China’s Gallium Sanctions”, CSIS, July 2023.

(※13Victoria Waldersee, “Volkswagen buys Xpeng stake, partners with SAIC to boost China EV lineup REUTERS, July 27, 2023.

(※14)ドイツメーカーは、中国市場でのシェアを守るために、中国内でサプライチェーンを構築し、現地のサプライヤーを活用するなど、中国企業との連携を強化している。さらには、欧米と中国のエコシステムの分離に備えて、中国への投資を拡大するなど、巧妙に対応している。事実、ドイツの大手自動車メーカーは中国での自動車製造に使用する部品や材料の90%以上を既に現地調達している。William Boston, “German Industry Defies Rising Pressure to Limit China Exposure”, The Wall Street Journal, Sept 20, 2023.

 

平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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