目次
▶ 経済安保を俯瞰する(前編)――米中対立を前提としたリスクマネジメントを
米中の技術をめぐる競争は、人工知能(AI)や第5世代通信規格(5G)、量子コンピュータ、ビッグデータなどの先端技術分野で激化している。ブリンケン米国務長官は、「冷戦後の世界は終わりを迎え、世界を形づくるための新しい競争が繰り広げられている。その競争の中心にあるのは技術だ」と述べ、中国を想定しつつ、先端技術分野で一歩も引かない姿勢を示している。(※1)
米中の技術をめぐる競争が激化するに至った経緯を、(1)中国の挑戦(Challenge)、(2)米国の巻き返し、(3)拡大と長期化、の3つの段階に分けて俯瞰する。
■第1段階:中国の挑戦(Challenge)
2006年2月、中国の最高行政機関である国務院(日本の内閣に相当)は「国家中長期科学および技術発展計画網要(2006-2020年)」を公表し、「自主創新」を国家の重要方針と位置付けた。「自主創新」は、中国独自の技術や技術革新を国家戦略として推進するもので、中国をイノベーション型国家へ転換することを目標に掲げた。その後、政府主導でこれを推し進めている。
当時の胡錦濤政権は、「経済建設と国防建設を統一的」に考え、「富国と強軍の統一を実現しなければならない」という富国強兵のビジョンを打ち出していた。途上国がその発展過程で陥りやすい中所得国の罠を回避して持続的に経済発展することと、人民解放軍の近代化を、同時に目指そうというものだった。(※2)
現在の習近平国家主席はこの路線を踏襲し、さらに発展させようとしている。「第13次5カ年計画(2016-2020年)」では、イノベーション駆動型の経済の発展モデルへ転換するために、戦略的新興産業の育成に力を入れることを強調した。これは、少子高齢化による労働力不足などにより経済成長が減速する「新常態(ニューノーマル)」に移行しつつあるという認識に基づいている。(※3)
軍民融合で「中国製造2025」を目指す
習主席は、「軍民融合」の名の下で技術の優位性を追求する政策や計画を次々と打ち出している。「軍民融合」は、民間の資源を軍事目的に活用し、逆に軍事技術を民間に転用することで、経済発展と軍事力強化を一体的に推し進める取り組みである。
国務院は2015年5月、「中国製造2025(Made in China 2025)」を発表した。この計画は、世界の製造強国の先頭グループ入りを目指す産業政策であると同時に、軍民融合の宣言でもあった。製造業全体のレベルの向上を推進するとした上で、次世代情報技術(半導体や5Gなど)などを含む10の重点分野を指定した。(図1)
そして、国防科学技術産業の改革を着実に推進するために、以下を基本原則として示した。(※4、一部抜粋)
- 中国の自主発展だけなく、国際協力を進め、開放拡大を継続する
- 世界中の資源と市場を積極的に利用する
- 軍事・民間技術の資源を一元化し、軍民両用技術の共同攻略を展開し、軍事・民生技術の相互の有効利用を支援する
図1 中国製造2025の戦略目標と重点分野
■第2段階:米国の巻き返し
米国は、こうした中国の動きを米国への挑戦だと捉えた。
2017年の国家安全保障戦略(NSS2017)には、中国に対する強い警戒感が記された。巨額の政府補助金、知的財産権の強制移転、米国人の個人情報の窃取など、あらゆる手段を通して中国は技術の優位性を高めようとしているとして、具体例を挙げた。
米国議会も、中国が「中国製造2025」を実現するために下記の手段を用いていると指摘した。(※6、一部抜粋)
(1)税制優遇措置
税制優遇措置を利用し、外国企業が生産や研究開発(R&D)を中国に移転するように促している。
(2)強制的な合弁会社とのパートナーシップ
外国企業は中国企業と連携することを要求される。その際、ライセンス供与など技術移転を強制されることがある。
(3)政府補助金
中国政府は、政府引導基金(Government Guidance Funds: GGF)を用いて、国内の研究開発や、外国企業の買収を支援している。中国製造2025に関連するGGFは、資本の目標を1兆5000億ドルに設定している。また、GGFは資金提供した企業の株式を保有しており、企業の意思決定に影響を与えることもある。
(4)外国企業の買収
政府引導基金(GGF)は、外国企業を買収し、外国企業が保有する専門知識、知的財産、人材などを通じて中国の能力向上を目指している。
上記以外にも、中国はサイバー攻撃によって知的財産や企業秘密の窃取を行っていると批判した。(※7)
政府一丸(Whole of Government)の反撃
2017年のドナルド・トランプ政権発足で保護主義的な傾向が強まったことで、対中政策はさらに厳しさを増した。当初は対中貿易赤字の削減に主眼が置かれたが、2018年以降は技術競争に争点が移行し、安全保障の論理が経済・貿易面に波及していった。これが米中貿易戦争の始まりである。
米国通商代表部(USTR)は2018年3月、中国による知財侵害行為を批判する「通商法301条報告書」を発表した。同年6月には、ホワイトハウス通商製造業政策局(OTMP)が、「どのように中国の経済侵略(economic aggression)が米国と世界の技術の知的財産を脅かしているか」という報告書を発表。中国による対米投資を「技術獲得を目的とした中国政府主導の投資(technology-seeking investment)」、つまり、米国から技術を窃取する手段であると断じた。実際、安全保障上の理由から、中国系企業による米半導体企業の買収を大統領令によって阻止している。(※8)
さらに同年8月、「2019年米国国防権限法(National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2019: NDAA)」がトランプ大統領の署名により成立した。注目すべきは、輸出管理改革法(Export Control Reform Act: ECRA)と外国投資リスク審査近代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act: FIRRMA)が盛り込まれたことである。
ECRAでは、「新興技術」を新たな規制対象に加えた。また、ECRAの下位法令となる輸出管理規則(Export Administration Regulations: EAR)では、米国の国家安全保障や外交政策上の懸念がある企業を指定するエンティティリスト(EL)があり、これに「中国製造2015」の目玉となっていた中国企業が多く含まれた。
FIRRMAは、安全保障の観点から米国への対内投資を審査する対米投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States: CFIUS)の権限を強化するものである。審査対象取引を拡大し、ECRAに規定されている重要技術や重要インフラ、機微な個人データに係る投資を規制する。
上記に加え、中国企業5社からの政府調達を禁じる措置も発効した。
米国は、①関税引き上げ・輸入規制、②輸出管理、③対内投資規制、④政府調達規制、⑤人的交流の制限、⑥個別企業への制裁――など、あらゆる政策手段を用いて、中国の挑戦への巻き返しを開始した。
終わりなき報復合戦(Tit-for-Tat Competition)
これに対して、中国も米国の措置を模倣しながら国内法の整備を進めている。2020年12月から輸出管理法を施行、2021年12月には輸出管理に関する白書を初めて発表した。2021年1月からは、外国企業による対中投資を安全保障の観点から審査する外商投資安全審査弁法を施行させるなど、立て続けに対抗策を打ち出している。(図2)
図2 米中の技術をめぐる攻防の主なアプローチ
2021年に発足したバイデン政権も、トランプ前政権の対中強硬政策を踏襲した。2022年10月には、国家安全保障を理由に半導体やスーパーコンピュータ関連の対中輸出規制を前例のない厳しさで強化した。中国との技術競争で一歩も譲歩しない姿勢を示している。
そして、米国主導の対中包囲網が構築されつつある。米国の要請を受け日本やオランダは半導体製造装置などの対中輸出管理の強化に踏み切った。さらには、米国、日本、台湾、韓国による「半導体同盟(チップ4)」の結成に向けた動きもある。(※9)
対する中国は2023年5月21日、中国の大手企業が米国の大手半導体メモリーメーカーから製品を調達することを禁止した。同社の製品が国家安全保障に重大なリスクをもたらす可能性があると判断したため、と中国当局は発表している。(※10)
まさに、米中報復合戦の様相を呈している。
■第3段階:対立は拡大、長期化へ
そして今後はどうなるのか――。技術領域を中心とする米中対立は、さらに様々な領域に拡大し、長期化すると見られる。互いの真意や出方を探り合う初期段階は過ぎ、対立環境で勝ち残るために国家戦略そのものの再構築が既に始まっている。
自立自強の経済発展を目指す「双循環戦略」
中国側の動きとして注目すべきは、「双循環戦略」(Dual Circulation Strategy)である。習近平国家主席が2020年、中国の新たな経済発展モデルとして発表した。双循環とは、「国内循環」と「国際循環」を指す。それぞれの狙いは以下の通りである。(※11)
国内循環: 外国依存度の軽減と内需の強化
国際循環: 中国経済の外国への開放、外国市場における中国企業の優位性確保
一見すると内需と外需のバランスを取りながら経済を発展させる玉虫色の施策だが、実際には米国をはじめとする西側諸国が「脱・中国依存」を進めたとしても、巨大な中国市場を最大限に活かして経済発展を遂げるという狙いがある。最近の中国ではこれを「自立自強」と表現している。
米国政府の米中経済・安全保障調査委員会(USCC)は、懸念を示している。双循環戦略は、中国が重要な品目に対する外国からの輸入の依存度を下げ、欧米企業には中国を経由したサプライチェーンに依存し続けるように仕向けることだ、と指摘している。
さらに、中国は、「反スパイ法」を2023年4月に改正し、「スパイ行為」の定義を拡大した。中国では、2014年に初めて反スパイ法が成立して以降、国家安全法、反テロ法など、国家安全法制を着々と整備・強化していることからも、“中国経済の外国への開放”を文字通りに受け取ることはできない。(図3)
図3 中国の安全保障の観点から企業活動に影響を与え得る法律
習主席はこれまで米国を名指しで批判することは避けていたが、2023年3月中旬に実施された全国人民代表大会と中国人民政治協商会議で、「米国を中心とする西側諸国は、中国を完全に封じ込め、包囲し、抑圧しようとしており、中国の発展にとっては未曾有の挑戦となっている」と発言。米国と対峙する姿勢を示している。(※12)
国家の介入を通じたイノベーション競争へ
これに対してバイデン政権は、戦略的産業を中国から切り離すだけでなく、「CHIPS及び科学法(CHIPS and Science Act: CHIPS法)」や「インフレ抑制法(Inflation Reduction Act: IRA」を通して巨額の国家予算を投入することによって、米国内の製造業を支援し、雇用創出を実現し、さらにはイノベーションを創発させようとしている。政府調達に関してはバイ・アメリカン規則を強化するなど自国優先の施策を打ち出している。(※13)
さらにこれらに先がけ、2022年2月には、米国のイノベーション及び国家安全保障における重要・新興技術(CETリスト)を発表している。特筆すべきは、中国が「中国製造2025」で重点分野として位置付けた分野と重なる分野が多く、さらに拡大している点である。今回特定された重要・新興技術には、まだ具体的な政策に落とし込まれていないものもあるが、今後技術管理の対象として取り上げられる可能性が高い。(図4)
図4 米国の優位性を追求する分野
権威主義的イノベーションと民主的イノベーションの対決へ
経済安全保障を「守り」と「攻め」の観点で見ると、「守り」は貿易・投資・調達・情報・人的交流などの管理強化を通じた技術の保護が焦点だった。
次は、「攻め」である。技術保護の取り組みが今後も進められる一方で、中国製造2025やCETリストに列挙されている最先端技術領域において、どのようにイノベーションを生み出していくのかが焦点となる。2023年3月、豪シンクタンク、オーストラリア戦略政策研究所(Australian Strategic Policy Institute: ASPI)が発表した国別技術競争力ランキングでは、全44項目のうち37項目で中国が1位となった。防衛、宇宙、安全保障に関連する技術研究における中国の優位性は、米国にとって明らかな脅威となっている。(※14)
この米中の技術競争は、体制間競争の文脈の中でも展開されている。いわば、テクノロジーをめぐって、権威主義と民主主義という異なる価値観が正面からぶつかり合い、世界秩序の新たな均衡点を見つけ出す試みである。
一例を挙げると、バイデン政権は、個人の自由と人権を重んじる民主主義の価値観に基づき、監視技術の輸出管理をめぐる多国間枠組み「輸出管理・人権イニシアチブ」を推進している。これは、中国のデジタル権威主義を念頭に置いたものである。中国は、少数民族ウイグル族を監視カメラや顔認証などを用いて監視しているとされており、米国は先端技術が人権侵害に結びつかないように中国企業5社を米国製品や技術の輸出を事実上禁止する制裁対象に加えた。どのような価値観に則ってイノベーションを起こし、いかに活用するかが問われている。換言すれば、権威主義的イノベーションと民主的イノベーションの競争という構図にもある。
ただし、後者は各国の思惑も様々で、結束を固めるにも時間をかけてプロセスを踏む必要がある。先日の主要7か国首脳会議(G7サミット)では経済安保に関しても議論されたが、中国への対応については欧米間に温度差があることが改めて浮き彫りになった。欧州は戦略分野について中国への依存度を下げつつも、対中強硬路線をとる米国と完全に足並みを揃えているわけではない。「デカップリング」ではなく「デリスキング(リスク軽減)」という言葉を用いており、中国への一定の配慮も見せている。(※15)
経済安保の本質は、こうした複雑性と不透明性にある。まず、その現実を直視することから始めなければならない。
<参考文献・資料>
※1 U.S. Department of State, “Remarks to the Press”、Oct 17, 2022.
※2 阿部純一「富国と強軍の統一 目指す中国―胡錦濤の軍近代化戦略」『中国調和社会への模索―胡錦濤政権二期目の課題』日本貿易振興機構アジア経済研究所、2008年、55ー74頁。
「中所得国の罠」とは、発展途上国が経済発展に伴い、1人当たりのGDPが中所得の水準に到達した後、発展パターンや戦略を転換できず、成長率が低下、或いは長期にわたって低迷することであり、2007年に世界銀行によって提示された。
※3「習近平総書記 チャンスを捉えて第13次5カ年計画を系統的に策定」人民網日本語版、2015年5月29日。
※4 「中国製造2025の公布に関する国務院の通知の全訳」 科学技術振興機構 研究開発戦略センター、2015年7月25日。<https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2015/FU/CN20150725.pdf>
※5 経済産業省 「通商白書2022」 2022年6月。
※6 Congressional Research Service, ””Made in China 2025” Industrial Policies: Issues for Congress”, Dec 22, 2022.
※7 The White House, National Security Strategy of the United States, Dec 2017.
※9 “Taiwan says 'Fab 4' chip group held first senior officials meeting”, REUTERS, Feb 26, 2023.
※11 ”Xi Focus: Xi stresses long-term perspective in economic, social planning” , Xinhua, Aug 25, 2020.
※13 The White House, “FACT SHEET: Biden-Harris Administration Issues Proposed Buy American Rule, Advancing the President’s Commitment to Ensuring the Future of America is Made in America by All of America’s Workers”、July 28, 2021.
John Harwood,“Biden’s Buy American push is good politics but bad economics”, CNN Politics, Aug 1, 2021.
※14 Australian Strategic Policy Institute,”ASPI’s Critical Technology Tracker”, Mar 2, 2023.