米国の対中政策がデカップリングからデリスキングへと転換しているとされている中、バイデン政権は、中国への投資を規制する新たな措置を導入することを発表した。米国からの資金が、中国の軍事力強化の資金源になることを避ける狙いがある。米国は同盟国にも同様の措置を導入するよう求めており、欧州連合はすでに検討を始めている。日本政府にも対応が求められる。

2023年89日、バイデン米大統領は、半導体など国家安全保障上重要な技術分野での米国から懸念国への対外投資に関する大統領令に署名した(※1)。対外投資規制については、米国では5年以上前から検討が始まっていたものの、議会や行政府内での調整が難航していた。今回の大統領令では、規制対象分野を半導体、量子技術、AI3分野としており、当初の議論から範囲を大きく狭めたものとなっている。実質的な対中投資規制である。

これまでの議論の経緯 ▶米国の対外投資規制をめぐる議論の動向

本稿では、同大統領令の内容を整理する。米国内の賛否両論ある反応や米国に追随する欧州の動きなどをまとめる。

大統領令の概要

今回の大統領令は、「米国人」に対して、「対象となる国家安全保障に関係する技術および製品」にかかる特定の活動に従事している「懸念国の個人・事業体」と「対象の取引」を行うことを禁止、または財務省に通知することを求める対外投資プログラムの設立を財務省に指示したものである。

財務省は、大統領令の発令と同じタイミングで、規則案の事前通知(Advance Notice of Proposed Rulemaking: ANPRM)を公表した。

ANPRMによると、現段階でプログラムの対象として検討されていることは、下記の通りである。

  • 米国人(U.S. person
    米国市民、永住権保持者、米国法または米国内の管轄権に基づいて設立された事業体(その法人の米国外支店も含む)および米国内に存在する個人または事業体。
     ※財務省は、米国内かどうかに関わらず、米国人に対してこの規制を適用する方針である。
  • 対象となる国家安全保障に関係する技術および製品(Covered national security technologies and products
    懸念国の軍事、諜報、監視、サイバー対応能力を向上させ、米国に深刻な安全保障上の脅威をもたらす技術および製品。
     ※財務省案は、図1の通り。
  • 懸念国(Country of Concern
    今回の大統領令の付属書に記載された国・地域は、中華人民共和国、香港、マカオ。
     ※懸念国リストは、今後更新される可能性がある。
  • 懸念国の個人(Person of a country of concern
    1. 米国市民または永住者ではない、懸念国の市民または永住者
    2. 懸念国の法律に基づき設立、または懸念国内に本社を置く事業体
    3. 懸念国政府及びその管理下にある個人や事業体
    4. 1から3で特定される個人または事業体が直接または間接的に50%以上所有している事業体
  • 対象の外国人(Covered foreign person
    1. 対象となる国家安全保障に関係する技術および製品に関する特定の活動に従事している、または従事していることを米国人が認識している懸念国の個人
    2. 1に該当する直接または間接的に子会社または支店を所有し、個別または合計で、その連結売上、純利益、資本的支出、運営費の50%以上を占める個人
     ※財務省は、抜け穴を回避するために、懸念国の個人と対象の外国人を上記の定義にしている。
  • 対象取引(Covered Transactions
    1. M&A、プライベートエクイティ、ベンチャーキャピタル(VC)などを通じた株式の取得
    2. 株式に転換可能な特定のデットファイナンスの取引
    3. 特定のグリーンフィールド投資
    4. 特定のジョイントベンチャー(合弁会社)の設立(※所在地は問わない)
     ※財務省は、上場投資信託(ETF)や米国の親会社から子会社への資金移動などは対象外とする方針である。

図1 取引禁止、届け出が必要となる技術・製品

上述の対外投資プログラムの対象取引の範囲などについて、利害関係者からパブリックコメントを928日まで受け付ける。パブリックコメント期間終了後に、財務省は、商務省をはじめとする各関係機関や同盟国との協議を経て、規則案を策定するとしているが、具体的なスケジュールを公表しておらず、プログラムは2024年以降に開始されるとの見方もある。

関係者からの反応は賛否両論――米国内は強硬派と慎重派に割れる

今回の大統領令に対し、米連邦議会はこれを歓迎している。

上院のチャック・シューマー院内総務(Chuck Schumer: D-NY)は、これまで米国からの資金が中国軍の台頭を助長してきていたため、中国の軍事的進歩の資金源にならないよう米国からの投資を規制することは戦略的な第一歩だと評価した上で、対外投資プログラムの早期実現を求めた(※3)。

他方で、対中強硬派の議員からは、ホワイトハウスが発表した規制の内容は中国に対して寛容であるとの批判が出ており、さらなる規制の強化を求める声も上がっている。下院のマイク・ギャラガー議員(Mike Gallagher: R-WI)は、より広範な規制を求める書簡を83日にホワイトハウスに送付していた(※4)。また、今回の大統領令は受動的な投資が対象外となっていることから抜け穴があるとし、中国の軍事力強化だけでなく、監視社会や人権侵害を助長しかねない資金提供を確実に阻止する必要があると訴えている(※5)。

米議会では、2023725日、対外投資透明性法(Outbound Investment Transparency Act: OITA)を2024年の国防授権法(National Defense Authorization Act: NDAA)の一部として盛り込むことを可決している。OITAは、上院のボブ・ケーシー議員(Bob Casey: D-PA)とジョン・コーニン議員(John Cornyn: R-TX)によって共同提案されたもので、大統領令と同様に米国の事業体に対し、対象となる取引に関して財務省に通知する義務を課す内容となっている。大統領令と異なる点としては、中国だけでなく、ロシア、北朝鮮、イランにおける米国の投資活動をより詳細に把握するための情報収集ツールとして、対外投資プログラムを設計。最先端の半導体・マイクロエレクトロニクス、人工知能、量子情報科学・技術、ハイパーソニックス、衛星通信、軍民両用技術であるネットワーク化されたレーザースキャンニングシステムの6つの技術分野を対象としている。また、知的財産の移転を伴う共同研究などについても対象の活動に含まれる。

一方で、産業界や一部の専門家は、対外投資の規制は米国にも大きなコストをもたらすとし、慎重な立場をとっている。

米国商工会議所は、対外投資プログラム導入について、国家安全保障と(米国の)価値観を守ることと産業界のビジネス機会を維持するためのバランスが取れた措置を求めた(※6)。また、米国の半導体産業協会(SIA)は、かねてから、半導体の輸出などを制限する一方的な措置は、米国の半導体産業の競争力を低下させ、サプライチェーンの混乱を招くだけでなく、中国からの報復措置を受けるリスクがあるとの懸念を表明している(※7)。

専門家は、米国が単独的なアプローチを追求すると、米国企業は中国でのビジネス機会を失い、中国は米国の代わりに他国の投資家を確保する可能性があると主張。米国の対中投資規制の目的を達成するために、多国間のアプローチが必要だとしている(※8)。

また、対外投資を規制しようとする動きは、中国企業と米国のVCの交流から利益を得るのは中国だけだという偏った考えに基づいているとの意見もある(※9)。2023年のネイチャーインデックス(質の高い学術論文の貢献度を調査したもの)によれば、自然科学分野(物理学、化学、生物学、地球・環境科学)では中国が米国を上回って首位に立っている。このような中国の科学的進歩を考慮すると、米中の交流から得る利益は中国だけでなく、米国にも及ぶということを無視すべきではない。米国が中国からテクノロジー市場(technology market)を分断しつつ技術の優位性を維持するためには、多額の研究資金と大きな市場が必要になると指摘している。

米国に足並みを揃える欧州・英国――既に対外投資規制の導入を検討

米国は、202210月の半導体製造装置などの輸出管理を強化した時と同様に、今回の措置について、同盟国やパートナー国に対して連携を求めており、既に欧州連合や英国では、米国の動きに足並みを揃える形で、対外投資に関する措置導入についての検討が本格化している(※10)。

欧州委員会は、2023620日に、外務・安全保障政策上級代表と共同で、欧州経済安全保障戦略に関する共同コミュニケーション(Joint Communication on a European Economic Security Strategy)を発表した(※11)。これは、地政学的な緊張や急速に進化する技術革新を受け、経済の開放性を維持しつつも経済的相互依存から生じるリスクを管理することに焦点を当てている。EU域内の競争力強化や同盟国との連携、また輸出管理や投資規制などを通じて、デリスキング(リスク軽減、リスク管理)を目指すとしている。

注目すべきは、同コミュニケーションに、対外投資から生じる安全保障上のリスクに対処するための措置を検討すると明記したことである。機微技術・新興技術やその他のデュアルユース技術が、軍民融合戦略を採用している懸念国に流出することへの懸念を表明。輸出管理の強化だけでは対応が不十分であるとし、技術やノウハウが対外投資を通じて流出するリスクに対応するために対外投資の規制が必要だとしている。2023年末までにイニシアチブを提案するために、加盟国の専門家からなるワーキンググループを立ち上げ、産業界やその他の利害関係者、および同盟国との協議も実施される予定だ。

ドイツは、この対外投資に関する措置の有用性を強調している。

2023年713日、ドイツは初の中国戦略を発表した(※12)。中国を重要なパートナーであると同時に、競争相手であり体系的なライバルだと位置付けた。中国の不公正な貿易慣行や中国製造2025、双循環戦略などはドイツの安全保障上の脅威になるとし、中国とのデカップリングを否定しつつも、経済分野においてはリスクを回避するための取り組みが必要だと強調。その取り組みの1つとして、対外投資に関する措置は、輸出管理や対内投資規制など既存の手段を補完するものとして重要だとの認識を示した。

米国は、日本に対しても例外なく同様の措置を導入するよう要請することが予想される。現時点で、日本が米国に追随するような動きはないものの、20235月のG7広島サミットにおいて、「対外投資によるリスクに対処するために設計された適切な措置」は、「輸出及び対内投資に関する特定された既存の管理手段を補完するために重要」であるという首脳声明が発出されていることを踏まえると、日本政府としても対外投資プログラムの導入に関する検討が急務となるだろう(※13)。

西側諸国は、デカップリングからデリスキングへと移行しているという見方もあるが、対中政策の方針が大きく緩和されていると評価するのは時期尚早だろう。ホワイトハウスは米中関係の安定を目指すも、米議会は超党派で対中強硬姿勢を維持している。いずれにしても、この対外投資プログラムは、世界的に新しい枠組みであり、今後、米財務省はどのような具体的な規制を策定していくのかが注目される。また、米国の同盟国においても同様の投資規制が導入される可能性があることから、米国や欧州における動向を引き続き注視していく必要がある。

   

参考文献・資料

(※1)The White House, “Executive Order on Addressing United States Investments in Certain National Security Technologies and Products in Countries of Concern”, Aug 9, 2023.
(※2)National Archives, “U.S. Investments in Certain National Security Technologies and Products in Countries of Concern,” An unpublished Proposed Rule by the Investment Security Office, Aug 14, 2023.
(※3)Senate Democrats, “Majority Leader Schumer Statement On The Biden Administration Restricting Certain U.S. Investments In China To Protect National Security”, Aug 9, 2023.
(※4)The Select Committee on the CCP, “Letter to President Biden on Restrictions on US Investments to China”, Aug 3, 2023.
(※5)The Select Committee on the CCP, “Gallagher Issues Statement on President Biden's Executive Order to Curb U.S. Investment in China”, Aug 10, 2023.
(※6)U.S. Chamber of Commerce, “U.S. Chamber Comments on Outbound Investment Screening Executive Order”, Aug 9, 2023.
(※7)Semiconductor Industry Association, “SIA Statement on Potential Additional Government Restrictions on Semiconductors”, July 17, 2023.
(※8)Khushboo Razdan, “US considers screening outbound investment amid China competition, leading experts to urge caution”, South China Morning Post, May 19, 2023.
(※9)Hon. Mark R. Kennedy, “Beware the Unintended Consequences of Investment Restrictions”, Wilson Center, Aug 15, 2023.
(※10)George Parker and Michael O’Dwyer, “Rishi Sunak weighs following Joe Biden on curbing tech investment in China”, Financial Times, Aug 10, 2023.
(※11) European Commission, “An EU approach to enhance economic security”, June 20, 2023.
(※12)Federal Foreign Office, “Germany adopts its first comprehensive Strategy on China”, July 13, 2023.
(※13)外務省「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」2023年5月20日。

平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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