米国では中国を念頭においた対外投資規制の導入に向けた検討が本格化している。これは、半導体関連、人工知能(AI)など重要・新興技術分野への対中投資を監視するものである。欧州委員会も対外投資審査の導入を検討していることから、今後日本国内の議論にも波及してくることが予想される。

バイデン米政権は、中国を含む米国が指定した「懸念国」を念頭においた対外投資規制を導入する大統領令を、早ければ7月末頃に発表するとされている(※1)

2022年9月、米国のジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、米国の技術優位性確保の重要性を説いた。その中で、「機微技術への対外投資に対応するためのアプローチの策定を進めている」とし、「特に輸出規制の対象とはなっていない機微度が非常に高い分野で競争相手国の技術力を高める可能性のある投資」への対応を検討していることを強調していた(※2)。

本稿では、米国におけるこれまでの対外投資規制をめぐる議論の経緯と課題について整理したい。

これまでの議論の経緯――議会での調整が難航し、大統領令による規制が先行

米国は、数年前から、対外投資の規制を検討してきた。2017年から2018年の対米直接投資審査と輸出管理の改革に関する議論の中でも、議会は、特定の対外投資の審査に関する規定を追加することを検討していた。しかしこれらは、最終版の法案(「外国投資リスク審査近代化法(FIRRMA)」と「輸出管理改革法(ECRA)」)で削除され、対外投資規制の導入には至らなかった。

それでも、2020年に、ドナルド・トランプ前大統領は、中国人民解放軍とつながりがあると認定した中国企業31社に対して米国人による証券投資を禁じる大統領令(13959号)を発令。通信機器、通信大手や、化学、原子力、航空宇宙分野などの企業が対象となった。さらに、バイデン大統領は、このトランプ前大統領が出した大統領令の投資禁止対象とする範囲を拡大し、監視技術分野を加え、外国投資の管理を強化した(※3)。

その後、バイデン政権下で、米国からの外国投資を制限するための議論は加速している。20215月には、対外直接投資を規制する「国家重要能力防衛法案(the National Critical Capabilities Defense Act: NCCDA」が超党派で提出された。この法案には、国家安全保障の見地から、「懸念国」への対外直接投資の取引を審査するための省庁間委員会として、「国家重要能力委員会(Committee on National Critical Capabilities: CNCC」を新設することが盛り込まれた。これは、対米直接投資を審査する「対米外国投資委員会(CFIUS)」に因んで、「逆CFIUSreverse CFIUS)」と表現されている。また、審査対象となる「国家重要能力」には、米国の国家安全保障に不可欠なシステム、サービス、資産を指し、農業、健康、国土安全保障、エネルギー、インフラ、天然資源などが含まれる。代表的な例として、以下のものがある。

  • 半導体
  • 人工知能(AI
  • エネルギー
  • 医薬品
  • 通信、電気通信機器関連
  • 輸送
  • 航空・宇宙・防衛
  • ロボット

この法案の狙いは、中国やロシアなどの米国の安全保障上懸念のある国への投資を規制し、機微技術など重要な分野のサプライチェーンを米国や米国の友好国への移管を進めることである(※4)。

米国の研究開発や半導体産業への支援などを含む「アメリカ競争法(America COMPETES Act of 2022)」の一部として、NCCDAは、下院を通過し、最終的に成立した「CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)」に含める案もあったものの、審議の過程で、取り下げられた。下院で通過していたNCCDAは、米国の対中直接投資の約40%をカバーするとの試算が出ているなど、「国家重要能力」の範囲が広いことが問題視された。また、中国市場へのアクセスの観点から、対中投資規制については産業界からも強い反発があった(※5)。

議会での調整がうまく進まなかったため、上下両院超党派議員は、2022927日に、バイデン政権に対して、対外直接投資審査に関する行政措置を要請する書簡を送付し、早期の対応を求めた(※6)。 これにより、議会での決着を待たずに、大統領令で規制をしようとする動きが目立つようになった。

対外投資規制を導入する上での課題

対中投資規制に関する大統領令は、当初2023年の3月下旬やG7サミット後に発表されると予想されていたが、まだ発表には至っていない。

背景には、バイデン政権は、米中の関係改善を目指していることや、対外投資規制をめぐって欧州委員会との連携・調整が必要であることなど外交的な問題もあるが、他にも対外投資規制導入には考慮すべき点は多くある。

第一に、国外への資本移動に関するデータ収集である。資本がどこに流れているのか、どこのセクターに流れ込んでいるのか、はたまた誰がその資金を提供しているのか、などについて把握することは難しい。

第二に、法律における定義についてである。昨年成立には至らなかったNCCDAにおいても、FIRRMAECRAなどの現行の国家安全保障の観点から投資や輸出を管理する制度と比較すると、定義などの曖昧さが指摘されていた。さらに、複数国や異なるファンドを経由して投資が行われていることを鑑みると、対外投資を審査するプロセスはより複雑になるだろう。「投資」や「米国企業」の定義をどのようにするべきなのか。「ノウハウ」の移転や年金基金への投資も含むべきなのか、など論点は多い。

第三に、米国の産業界への負担の増加と米国経済への影響である。対外投資審査の導入は、米国の投資家への負担を増やすだけでなく、外国企業の米国への進出を妨げかねない。さらに、米国への投資か、中国への投資か、どちらかを選ばなければならないと投資家が感じれば、中国への投資の方が理にかなっていると判断する人もでてきて、米国の経済に大きなダメージを与える危険性もある。どのように、経済的利益と米国の技術競争力を追求するのかが問われる。

第四に、政府と民間企業の役割分担についてである。新しい技術の出現や、技術の進歩の加速により、安全保障の観点から技術を保全するためには、新しいプレーヤーを含め、多くのプレーヤーに幅広い対応求められる。

最後に、貿易・投資の自由化を掲げる米国の理念との整合性をどのようにとるのかについてである。米国では、対外投資規制はこれまでほとんど規制されてきていない(※制裁を除く)。下院金融サービス委員会のパトリック・マクヘンリー(Patrick McHenry)委員長は、「中国と競争するうえで、米国は中国共産党のようになるべきではない」と述べており、米国政府が民間企業の活動への監視を強化することへの懸念の声も依然としてある(※7)。

国際的な連携が求められる――欧米は足並みを揃えられるのか

対外投資規制は、複数国による協調的なアプローチがなければ、米国の目標である技術の優位性の確保の実現は難しい。

2023年520日に発表された「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」では、「対外投資によるリスクに対処するために設計された適切な措置」は、「輸出及び対内投資に関する特定された既存の管理手段を補完するために重要」であるとしており、対外投資の審査においても、多国間で連携していく可能性が高い(※8)。

さらに米国と欧州連合(EU)は、31日に開催された、第4回EU米国貿易評議会(EU-US Trade and Technology Council: TTC)の閣僚会議の共同声明でも、既存の規制手段である輸出管理や対内投資規制を補完するために、対外投資規制の検討が必要であることを盛り込んでいる(※9)。

また、欧州委員会は、2023620日に、EU初となる経済安全保障戦略を発表しており、この中で、EU加盟国と「対外投資によってどのような安全保障上のリスクが生じるのかを検討し、これを基に、年内にイニシアチブを提案する」と対外投資規制に関する取り組みの方針を明文化した(※10)。

米国においても、202359日に、国家重大能力防衛法案(NCCDA)の改正版が、超党派議員から下院に提出されており、引き続き、欧米での議論を注視していく必要がある。

動き出した米企業、米国からの対中投資は減少傾向に

こうした背景から、世界に分散投資するビジネスは、ますます複雑さを増している。まだ、対外直接投資規制に関する大統領は発令されていないものの、米国を拠点とする投資家たちは、新しい対外投資制度が海外での事業活動にどのような影響を与えるか検討を進めており、実際に動き出している企業もある。

Crunchbaseの調査によると、2023年は、米国の投資家による中国での取引がここ数年で最も少ないペースである。2019年から2021年にかけて、中国のスタートアップ企業への投資件数が426件と増加していたが、地政学リスクが高まったこともあり、昨年の投資件数は283件に減少している。

図1 米国拠点の投資家による中国ハイテク産業への投資件数推移

米国のベンチャーキャピタル(VC)大手は、202366日、同社のグローバルでの投資体制を再編し、グローバル事業を欧米、中国、インド・東南アジアの3地域に分割することを発表した(※12)。 いわば、中国部門を欧米の事業から切り離すという社内デカップリングである。

同社は、中国での事業に関して米政府から多くの政治的圧力を受けてきたとされる。特に最近は、米国政府が制裁対象とした中国のドローンメーカーや、新疆ウイグル自治区のウイグル人を監視していると非難されたAIスタートアップなど、米国政府が国家安全保障上のリスクがあると主張する中国企業への投資をめぐり、政府からの監視が強まっていた。

この動きは、他の米国拠点のVCが中国での事業戦略を見直す大きなきっかけとなっている。日本企業においても、対外投資規制の導入が自社の事業にどのような影響を与えるのか、検討を始める必要があるだろう。

   

< 参考文献・資料 >

(※1) Leonard, Jenny, and Annmarie Hordern. “Treasury Secretary Yellen Plans July China Trip While US Preps Investment Curbs.” Bloomberg.Com, 26 June 2023.

(※2) The White House, “Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan at the Special Competitive Studies Project Global Emerging Technologies Summit”, Sep 16, 2022.

(※3)  The White House, “Executive Order on Addressing the Threat from Securities Investments that Finance Certain Companies of the People’s Republic of China”、June 3, 2021.
米財務省は、「Non-SDN 中国軍事・産業複合企業リスト(Non-SDN Chinese Military-Industrial Complex Companies List: NS-CMIS List)」を公表している。

(※4)バイデン政権は、サプライチェーン強靭化のために、友好国でサプライチェーンを構築する「フレンド・ショアリング」を推し進めている。U.S. Department of State, “The Administration’s Approach to the People’s Republic of China,” May 26, 2022.

(※5) U.S. Chamber, “U.S. Chamber Letter on the Bipartisan Innovation Act.” U.S. Chamber of Commerce, 16 Mar. 2022.

(※6)  “Supporters of Outbound Investment Legislation Urge Administration to Take Executive Action to Safeguard National Security, Protect Supply Chains: U.S. Senator for Pennsylvania.” Senator Bob Casey, 27 Sept. 2022.

(※7“White House Scales Back Plans to Regulate U.S. Investments in China.” POLITICO, Feb 27 2023. 

(※8) 外務省 「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」 2023年5月20日。

(※9) European Commission, “Joint Statement EU-US Trade and Technology Council of 31 May 2023 in Lulea, Sweden”, May 31, 2023.

(※10)  European Commission, “An EU approach to enhance economic security” June 20, 2023.

(※11)  Metinko, Chris. “US Investment in China Tech Scene Falls as Political Headwinds Strengthen.” Crunchbase News, 6 June 2023.

(※12) McMorrow, Ryan, et al. “How Us-China Tensions Shattered Sequoia’s Venture Capital Empire.” Subscribe to Read | Financial Times, 7 June 2023.

平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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