英国は「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(CPTPP、通称TPP)に初の新規メンバーとして迎え入れられた。企画後編では、英国に続く加入候補国・地域を取り上げ、実現の可能性や日本企業にとってのメリットを整理する。

前編に記した通り、英国の署名によって、TPPは世界全体のGDP15%(従来12%)を占める経済圏に拡大する。TPPは原則的な関税撤廃や、サーバーの国内移転義務付けの禁止といった高水準の自由化措置が盛り込まれた。最初に合意した11カ国は、経過措置やわずかな例外はあるものの、事実上の関税撤廃を受け入れ、デジタルや投資、金融サービスなど広範囲の分野で高レベルの自由化を進めることに合意している。英国は同じ自由化措置を受け入れることを確約し、TPPへの新規加入を認められた。

現在、TPPには中国、台湾など6カ国・地域が正式に加入を申請しているほか、韓国、タイなど3カ国もこれまでに加入に関心を示している(※1)。(図)

加入希望国はTPPの合意内容を受け入れることが参加条件となり、高水準のルールに従うための手段を示す必要がある。また、過去に締結したFTA(自由貿易協定)の順守状況や貿易自由化への姿勢も厳しく問う。TPPメンバーは申請順ではなく、ルールを順守できる国から加入交渉に入るとしている。

本稿では、TPPに加入申請した6カ国・地域、関心を表明した3カ国、さらに当初のTPPに合意したものの、2017年に離脱した米国について取り上げる。それぞれの経済、政治的課題などを基に、加入の実現可能性を整理すると次の表のようになる。

これらの10カ国・地域の状況を記したうえ、その中でも特に中国と台湾、中南米3カ国に注視すべきであることを説明したい。

    

① 米国 (171月に離脱)

米国は現在のTPP締約11カ国とともに、当初の環太平洋パートナーシップ協定に合意したが、20171月にトランプ前政権下で離脱した。日本を始めとするTPP締約国内には米国のTPP復帰に対する期待があるが、実現のめどは立っていない。

復帰を見通せない理由は次の二つがある。第一に、米国では217月に強力な通商交渉権限を大統領に付与する大統領貿易促進法(TPA)が失効し、TPPのように包括的なFTAの議会承認を得ることが極めて困難になっている。第二に、バイデン政権はTPPに代わり、デジタル領域や気候変動対策などに焦点を当てたIPEF(インド太平洋経済枠組み)に注力している。

日本との貿易額(輸出・輸入額の合計)は22年(年間)に約299900億円となっており、日本にとっては中国に次ぐ第2位の貿易相手国である(※2)。また、201月に発効した日本・米国間の貿易協定では米国の自動車関税削減措置が、事実上棚上げされている。このため、米国が当初の状態のTPPに復帰すれば、日本の自動車産業などは米国の市場開放によって相応のメリットを得られると見られる。

② 中国 (219月に加入申請)

中国は日本やオーストラリアなど15カ国が署名したRCEP(地域的な包括的経済連携)の締約国の一つ。中国が、より高水準の自由化措置を盛り込んだTPPに加わるには、経済政策の改革が必要になるとの見方が多い(※3)。

国有企業に対する優遇や外国企業に対するソースコードの開示要求措置などがTPPルールに抵触する可能性がある。また、過去のWTO(世界貿易機関)のルール順守状況にも懸念がある。中国がTPPに加入するためには、全締約国の賛成が必要であり、特に中国と緊張関係にあるオーストラリアから賛同を得られるかが焦点となる(※4)。

2022年の日本との貿易額は約438500億円と、日本にとっては首位の貿易相手国。巨大な中国市場が開放されれば、日本のメーカー、サービス企業にとってはチャンスとなる。シンガポール、マレーシアなどでは中国の早期加入への期待が大きい。

③ 台湾 (219月に加入申請)

台湾は半導体、電機産業が集積し、半導体サプライチェーンの重要な拠点となっている。TPP加入を通じて、経済関係を強化すれば、台湾とTPP締約国にメリットをもたらすと見られる。日本にとっては、台湾加入が経済安全保障の強化につながるとの見方がある。

最大の課題は「一つの中国」政策を掲げる中国との兼ね合いである。2001年のWTO加盟と同様に、中国と台湾の加入をほぼ同時に認めることで摩擦を回避できるとの見方もある。

22年の日本との貿易額は約119500億円。

④ エクアドル (2112月に加入申請)

エクアドルは原油輸出への依存度を減らし、貿易を多角化させようとしている。TPP加入申請はその一環である。一方、TPP加入には関税撤廃や制度整備が求められ、今後の加入審査・交渉で自由化措置が課題になる。

2022年の日本との貿易額は約3400億円。TPPルールが共有され、デジタル経済が発展すれば、ビジネスチャンスは広がりそうだ。

⑤ コスタリカ (228月に加入申請)

コスタリカは外国企業から投資受け入れと段階的な貿易自由化を進めており、中南米の中では有望な経済成長国。TPP加入により、貿易相手国・規模を拡大する狙いがあると見られる。課題は一層の市場自由化となる。2022年の日本との貿易額は約1200億円にとどまるが、将来的なデジタル経済の進展を期待する見方がある。

⑥ ウルグアイ (2212月に加入申請)

エクアドル、コスタリカ同様にTPP加入によって貿易の多角化を図る。国内の自由化措置が課題になる。さらに、ウルグアイが加盟する関税同盟・メルコスール(南米南部共同市場)の一部からは同国のTPPFTA締結の動きに反発が出ている。

2022年の日本との貿易額は計180億円。

⑦ ウクライナ (235月に加入申請)

ウクライナはロシアの侵攻を受け、戦時下にある。このため、TPPの高い水準での自由化措置を短期間に実現することは事実上不可能。法の支配の脆弱性、人権・汚職対策の不備が問題視される可能性もある。

それでも、同国がTPPに加入申請した理由は次の2点が考えられる。

一つは、日本やオーストラリア、カナダなどTPP締約国の関心を引き出し、国際支援を確保するという狙い。第二には、将来の復興をにらんだ動きである。戦後復興の段階では各国の投資が極めて重要になる。ウクライナはTPP加入申請によって将来の自由化への姿勢を示すことが、復興時に有益になると判断した可能性がある。日本企業は復興投資という観点から、ウクライナの動向を注目すべきである。

今後、TPP締約国がウクライナの加入申請を前向きに検討した場合、TPPは自由貿易だけではなく、安全保障の枠組みとしての色彩も濃くなる。企業はこの点について目配りが必要になる。

2022年の日本との貿易額は約830億円。

⑧ 韓国 (関心表明)

韓国は文在寅・前政権下でTPP加入に強い関心を示したが、尹錫悦・政権はTPPに対する明確な方針を公表していない。同政権が加入申請を目指す場合、農畜産業界からの反発が予想されるほか、経済界との調整を要すると見られる。

2010年代に悪化した日本との外交関係も課題になり得る。ただし、日韓関係は改善の兆しがあり、韓国が申請に踏み切れば、審査・交渉は円滑に進む可能性がある。

2022年の日本との貿易額は約115200億円。韓国ではRCEPが発効済み。韓国が今後、自由化率の一層高いTPPに加われば、日本企業は貿易・デジタルサービスでの事業機会を得られる。

⑨ タイ (関心表明)

RCEP発効国。2022年の日本との貿易額は約77700億円。日本との経済関係が強固であり、TPPに加入した場合、日本のメーカー、サービス業へのメリットは大きい。サプライチェーンの強靭化も期待できる。

ただ、タイ国内での調整は難航していると見られる。

➉ フィリピン (関心表明)

RCEP発効国。フィリピンは国内製造業を強化することを目的として、断続的にTPPへの関心を示してきた。しかし、国内の雇用・産業への影響を懸念する声が目立ち、申請するという判断には至っていない。

2022年の日本との貿易額は約3200億円。

注目は中国・台湾、中南米3カ国

上記に詳述した10カ国・地域の中で、日本企業は中国と台湾、そして中南米3カ国の動向に注目すべきである。

中国と台湾はともに日本にとって重要な貿易・投資の対象であり、TPP加入の是非は日本のメーカー、サービス企業、金融機関の経営戦略に影響を及ぼすだろう。ただし、中国は「一つの中国」政策に基づいて台湾のTPP加入を牽制しており、TPP締約国は中国、台湾の加入審査を進めるうえで慎重な対応を迫られている。日本企業は地政学リスクや政治・外交情勢を考慮に入れ、各締約国の判断に目配りすることが必要である。

エクアドル、コスタリカ、ウルグアイの中南米3カ国については、日本との物品貿易の成長の余地は限られる一方、将来のデジタル経済の発展に伴う電子商取引・サービス関係は大幅な拡大を期待できる。3カ国ともにTPP加入は決して容易ではないが、実現すれば、日本や他のTPP締約国とグローバルサウスの連携を強化する効果が見込め、日本企業にとっては新たな成長市場へのアクセスが広がる可能性がある。将来的に、新規市場を求める新興企業による中南米事業拡大や、日本企業と新興国のスタートアップの連携などが生まれることも期待される。

  

<参考資料>

(※1) The Ministry of Foreign Affairs and Trade, “CPTPP common-questions : Accession by other economies”, Govt.NZ, July 7, 2023.

(※2) 財務省、「貿易統計」。米国以外の9カ国・地域の貿易額も貿易統計に基づく。

(※3) Shiro Armstrong, “China’s bid to join Pacific trade pact a strategic opportunity for Canberra”, East Asia Forum, Sep 20, 2021.

(※4) Dipaneeta Das, “Australia May Reject China's TPP Proposal Amid Sinking Relations Over AUKUS”, RepublicWorld.com, Sep 19, 2021.

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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