英国がCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定、通称TPP)に署名した。経済安全保障が重視される現状で、英国のTPP加入は日本にとって、デジタル政策の推進やルール形成という観点から進展が予想される。国際事業やデジタル領域を手掛ける日本企業は注視が必要である。前編となる本稿では、英国のTPP加入の意義、日本企業にとっての課題を整理する。

TPPは元をたどると、2015年に日本やシンガポール、オーストラリアなど現在のメンバー11カ国と米国の合計12カ国で「環太平洋パートナーシップ協定」として合意した多国間のFTA(自由貿易協定)である。しかし、米国は171月に発足したトランプ前政権の下、TPP離脱を表明した。これを受け、残る11カ国は約20の合意条項を凍結させたうえ、183月に「包括的及び先進的」という表現を加えたCPTPPに署名した(※1)。

その特徴は、高水準の物品・サービス貿易の自由化にある(※2)。締結国は原則として全品目の関税撤廃を求められ、域内の貿易自由化率は99%に達する。また、高水準の知的財産の保護、データ・ローカリゼーションやソースコード移転に関する要求の禁止など先進的な措置が盛り込まれている。(表1

2020年末にEU(欧州連合)を離脱した英国は、貿易の多角化を進めるためにTPPへの加入を模索。2年間の交渉を経て、23716日にニュージーランドで開かれた閣僚級会合TPP委員会で初の新規加入メンバーとして署名にこぎつけた。締約各国の手続きを経て、1年以内の発効を目指す。

GDP(国内総生産)世界6位の水準にある英国の加入によって、TPPの合計GDPは、世界全体の12(11.7 兆ドル)から15%(14.8兆ドル)に拡大。また、総人口は5.1億人から5.8億人に増え、貿易総額は6.6兆ドルから7.7兆ドルに増大する。(表2

英国のTPP参加交渉は今後の他国による加入協議のモデルケースになると見られる。

英国加入、TPPの影響力は拡大

英国のTPP加入は今後、どのような意味合いを持つのか。経済安全保障の重要性が増した2020年代における位置づけを整理すると、ポイントは次の3点になる。

  • 環太平洋を超えたルール形成の前進
  • 英国の環太平洋への関与強化
  • 日本のデジタル・産業政策を推進

以下、詳述していきたい。

第一に、英国がTPPに加わることで、TPP環太平洋に必ずしも限定されない枠組みに進化する。英国加入によって、TPPへの関心は高まった。各国が進めるFTA交渉やWTO(世界貿易機関)改革でTPPを先進事例として参照する動きは増すと見られ、英国の加入は、TPPが地域協定からグローバルルールに発展する第一歩となるかもしれない。

足元で注視すべきは、EU(欧州連合)型のルールを前提とする英国がTPPに参加することによる波及効果である。英国が橋渡し役となり、元々は発想が異なるTPPルールとEU内のルールが運用レベルでハーモナイズされていく可能性がある。

EUは個人情報の厳格な保護を定めたGDPR(一般データ保護規則)を策定し、多くのアジア太平洋諸国のデータ保護政策とは乖離がある。また、TPPのデータ保護条項や投資家と国家の紛争解決(ISDS)条項などはEUにとっては一般的ではない措置である。だが、英国のTPP加入を端緒として、こうした差異を埋める動きが生まれる可能性がある。アジア太平洋地域とEUのルールを調和させる試みが進めば、中長期的にアジア・欧州の貿易・経済交流はより促進されるだろう。

第二に、英国の太平洋地域に対する関与の強化である(※3)。既に英国は2021年の安全保障・外交に関する統合レビューでインド太平洋への傾斜を表明しているが、TPP署名によって、安保だけではなく経済面でも太平洋への関与強化を明確にした(※4)。

英国はG7(先進7カ国)の一員であり、いわゆる西側の「自由、平等などの基本的価値観を共有する同志国」である。英国がTPPに加わることで、域内の同志国の発言力や影響力は相対的に高まる。

また、TPP締約国は237月のTPP委員会で、TPPを「経済的威圧に対応する手段」と位置づける閣僚声明を採択した(※5)。英国参加により、TPPでの価値共有が今後強化されれば、地政学リスクが高まる東アジアで、威圧的な政策を取る国々を牽制する効果を生み出す可能性がある。

第三のポイントは、日本のデジタル・産業政策を推進する効果である。TPPは日本の通商政策だけではなく、DFFT(信頼性ある自由なデータ流通)政策やサプライチェーン強靭化措置にとって重要なツールになっている。

例えば、TPP締約国間の自由な情報移転の確保、強制技術移転・ソースコード移転の禁止は、日本企業が国際的にデジタル・コンテンツサービスを展開するための基盤となっている。同様に、TPPの原産地規則などは、価値観を共有する国同士がサプライチェーン再構築をするうえで、欠かせない仕組みである。TPP影響力拡大は、日本のデジタル政策やサプライチェーン強靭化措置に追い風となり得る。環太平洋だけではなく、英国に事業展開するデジタル企業、グローバルメーカーも動向に注視が必要だろう。

日本の経済安全保障との関連にも留意したい。

経済安保は貿易圏の分断、貿易管理の徹底をもたらすイメージが色濃いが、貿易立国である日本の経済安保は、国際ルールに基づく貿易・投資を確保したうえで、自国製品・サービスが他国にとって欠かせない状況をつくる「戦略的不可欠性」を主要な柱の一つに位置づけている(※6)。

高いレベルでのルール形成、市場開放を促すTPP(※7)は、日本が他国(貿易相手国)にとって不可欠になる状況(戦略的不可欠性)をつくるために重要な役割を果たしている。英国の参加によるTPPの機能・影響力拡大は日本の経済安保の強化につながると言えよう。

企業の活用が課題に

それでは、企業は今後、TPPに対してどのように向き合うべきなのだろうか。次の2点がポイントとなりそうだ。

  • メンバーの拡大と機能強化への留意
  • ルールの活用促進

日本は20211月に英国との経済連携協定(EPA)を発効させており、モノ、サービスの貿易という点で英国のTPP加入効果は限定的とされる。ただし、TPPは今後もメンバーを拡大する可能性があるうえ、締約国同士は通商分野にとどまらない連携強化に動いている。

まず、企業はこのTPP経済圏の拡大・強化の動きに注意を払うべきである。

特に注目すべき点は、新たな領域でのTPPメンバーの連携体制のアップデートである。デジタル領域では、TPP締約国は20219月に開催した閣僚級会合で電子商取引小委員会を設置した(※8)。締約国はTPPに盛り込まれたデジタル規定を促進するだけではなく、より幅広いデジタル政策を協議し、連携に向かおうとしている。TPPメンバーの中にはグリーンエネルギーでのTPPの枠組み強化・活用を提案する動きがあり、今後、デジタル領域同様に小委員会設置に発展する可能性がある。

協定本文を短期間に修正することは難しいとしても、メンバー同士の政策運用、調整によって、デジタル、グリーンエネルギー分野などの多国間連携体制を構築することは十分に可能だ。今後、締約国が、TPPの枠組みを柔軟に使って、サプライチェーンの見直しやエネルギー・資源の共同調達に向かう可能性もある。企業はこうした国際連携体制の変質に目配りすることが重要になる。

第二に、企業自らが、TPPに基づく低関税率や貿易円滑化措置などを活用していくことが課題になる。協定適用による関税率の引き下げ、原産地規則の適用、通関手続きの簡略化、自由な情報移転確保策は企業、業種によっては大きなメリットとなるが、中小企業やスタートアップ企業の間では必ずしも周知されていないためである。

その要因には、ビジネス用語と関税分類での用語が異なることや、貿易管理上の手続きや書式が煩雑なことなどがある。経済産業省はビジネス用語と関税分類用語の差異を整理し、突合する取り組みを後押ししているほか、FTAEPAの税制優遇措置を受けるために必要な「原産地証明」に電子ファイルの利用を可能にし、利便性を向上させようとしている。

企業はTPPを始めとするFTAEPAを最大限に活用するため、こうした公的機関、業界団体の取り組みに関心を払い、自社や業種に合った手続きを検討することが望ましい。一部の業界団体やコンサルティング会社はFTAEPAの活用を支援するサービスを提供しており、これらを導入することは有効策になるだろう。

    

<参考文献>

(※1)内閣官房、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定

(※2)外務省、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定の説明書

(※3Foreign, Commonwealth & Development Office and The Rt Hon James Cleverly MP, “Indo-Pacific tilt: Foreign Secretary’s speech, September 2022”, Gov.UK, Sep 29, 2022.

(※4Cabinet Office, “Global Britain in a Competitive Age: the Integrated Review of Security, Defence, Development and Foreign Policy” , Gov.UK, March 16, 2021.

(※5Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership (CPTPP), “Joint Ministerial Statement on the Occasion of the Seventh Commission Meeting”, Govt.NZ, July 16, 2023.

(※6Kazuto Suzuki, “Understanding Japan’s Approach to Economic Security”,STIMSON, Feb 10, 2023.

(※7Department for Business & Trade, “CPTPP: 10 benefits for the UK”, Gov.UK, July 17, 2023.

(※8Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership (CPTPP), “Joint Ministerial Statement on the occasion of the Fifth Commission Meeting”, Govt.NZ, September 1, 2021.

 

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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