2023年の骨太の方針で、スタートアップ育成にインパクト投資という手法を積極的に活用する方針が示された。インパクト投資はスタートアップとの相性が良い。それゆえ、金融庁が主導する形で、インパクト投資の促進のための環境整備が進んでいる。インパクト投資への共通理解が形成され、投資人材の厚みが増し、投資コストの削減が進むと、スタートアップ育成の切り札となるだろう。

政府は、2022年11月に閣議決定した「スタートアップ育成5か年計画」で、環境問題や子育て問題などの社会的課題の解決を目的に起業する、いわゆるインパクトスタートアップと、そうした企業への投資手法となる、インパクト投資の促進がうたわれた1。この計画に沿って、2023年6月には、金融庁の有識者検討会が、「インパクト投資等に関する検討会報告書」2(以下、インパクト投資報告書)を公表する予定だ。その中で、インパクト投資促進のための目玉として、インパクト投資の要件などを定めた基本的指針案と、官民連携の協議会設立を掲げ、インパクト投資の環境整備を進める方針が示される予定だ。

さらに、2023年の骨太の方針にも、スタートアップ育成のための「インパクト投資の促進」が盛り込まれる見込みだ3。インパクト投資を通じたスタートアップの育成への、政府の本気度がうかがえる。

そもそもインパクト投資とは何か?

サステナブルファイナンスの一分野であるインパクト投資の歴史は意外に古く、2007年に米国のある財団が初めて提唱した。日本では、10年ほど前から促進の機運が高まり、休眠預金の民間公益活動への活用が始まった。しかし、稼ぐビジネスとしてはまだまだ馴染みが薄いのが現状だ。

インパクト投資の定義を簡潔に述べれば、経済的収益(リターン)に加え、ある特定の社会的効果(インパクト)の実現をあらかじめ定めて、継続的にモニタリングをする中で、リターン・インパクト双方の実現を目指す投資のことだ。したがって、寄付や非営利活動といった、そもそもリターンを追求しないものはインパクト投資には含まれない。

一方、インパクトが生じる投資全てがインパクト投資と呼べるわけではない。実現を目指すインパクトがあらかじめ明確化されていない、例えばCSR活動のみを行う企業への投資は含まれない。また、気候変動対応などを支援するサステナブルファイナンスが全てインパクト投資とは呼べない。特定の企業や事業に対して、あらかじめ定めたインパクト実現のために投資を行って初めて、インパクト投資と呼べる。

スタートアップ育成の呼び水となるインパクト投資

こうしたインパクト投資の特性を踏まえると、以下の三点から、現代の日本において、インパクト投資はスタートアップ育成に適した投資手法と言える。

一つ目は、若い世代で、社会的課題の解決を目的に起業するケースが増えていることだ。

こうした企業家は、単にリターンを追求するだけでなく、インパクトの実現にも力点を置いている。こうした起業ニーズを満たす資金供給が増えると、主要先進国と比較して低いとされてきた、開業率の向上が期待できる。

二つ目は、伴走支援の仕組みが投資手法に内包されていることだ。

スタートアップが創業し、成長する過程では、非公式なものも含めて、先輩起業家や投資家からの支援が欠かせない。インパクトの実現状況について投資家が継続的にモニタリングする必要があるインパクト投資は、投資と伴走支援が一体化した、まさにスタートアップ育成にうってつけの仕組みだ。

三つ目は、長期のリスクマネー供給手段となりうることだ。

ディープテックと呼ばれる研究開発型スタートアップは、事業化に時間もお金もかかることが多い。こうしたスタートアップには、投資期間が限られるなどして早期にリターンを獲得する必要に迫られる、従来型の投資手法ではなかなか資金が付きにくい。

こうしたスタートアップ、例えばある脱炭素技術に秀でたスタートアップに対して、その技術をインパクトととらえて投資できれば、これまでより長期の目線で、息の長い資金支援ができるのではないか。

共通理解の形成、人材育成、コスト削減が課題

このように、現代の日本において、スタートアップ育成の切り札となりうるインパクト投資を促進するうえでの課題は何か?

一つ目は、インパクト投資の共通理解の形成だ。

インパクト投資が投資手法として浸透するうえでは、ある程度共通の仕組みを確立して、事例の蓄積を図っていかなければならない。もっとも、有識者検討会での議論を聞いていると、専門家の間でもインパクト投資のあるべき姿について相違がみられ、まだまだ共通理解が形成されているとは言えない。

そこで金融庁は、インパクト投資報告書で、有識者検討会での議論を踏まえ、海外の先行事例と整合的な形で、インパクト投資の要件を定めた基本的指針の案を示す算段だ。今後、国内外からのパブリックコメントを踏まえて、最終化するようだ。

基本的指針は、法的拘束力のある規制ではなく、官民でインパクト投資に対する共通の目線を持つためのガイドラインとなる。黎明期のインパクト投資市場を規制でがんじがらめにするのではなく、民間の自由な発想による市場育成を重視している。

二つ目は、専門人材の育成だ。

金融庁が実施したアンケート調査によると、金融業界において、サステナブルファイナンスの専門人材の中でも、インパクト投資に精通した人材は、特に不足感が強い。社内人材の不足を補うためにキャリア採用を積極化する動きがあるが、同業他社との奪い合いの様相を呈している。ゆえに社内での育成に力を入れるものの、OJTなどの社内での取り組みだけでは難しい様子がうかがえる4

そこで金融庁は、官民連携の協議会が人材育成のハブとして機能することを期待している。投資ノウハウと言うと収益の源泉となる営業秘密に属するもので、本来安易に開示できるものではない。しかし、業界内で人材の奪い合いをしていては、事例の積み上げすらままならない。一定期間に区切るかたちで、投資家同士で手を取り合って市場全体として人材の厚みを増す努力がどうしても必要となるだろう。

三つ目は、投資コストの削減だ。

インパクト投資は、投資期間を通じてインパクト実現状況のモニタリングを行う必要があり、通常の投資と比較するとコストがかさみがちだ。インパクト投資では、現状通常の投資と同等以上のリターンを目指すのが通例だが、顕著に高いリターンをあげ続けるのは容易ではない。インパクト投資が普及するうえでは、リターンに見合うコスト水準に抑える努力が必要だろう。

コスト削減策として、まずは、官民連携の協議会での事業評価のデータ整備が有効だ。海外の先進的な事例を取り込んで、データや評価手法の標準化が進めば、ある程度画一的な手法とデータを横展開することで、投資案件ごとにオーダーメードでデータや手法を準備する必要がなくなり、コスト削減につながる。

また、思い切って外部の専門家にインパクト評価を委ねることも一案だ。もちろん自前できちんと評価できることに越したことはないが、自前で評価ができないからやらないのでは、ノウハウの蓄積や人材育成が進まず、いつまで経ってもできない状態が続きかねない。

このほか、複数の投資家で協力してインパクトの実現状況のモニタリングを行うことも考えられる。上場企業へのESG投資における、複数の機関投資家が集まって、投資対象の企業に対して働きかけを行う、協働エンゲージメントの発想をインパクト投資においても適用してみてはどうか。

          

参考文献・資料

  1. 経済産業省「スタートアップ育成5か年計画」19-20頁(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/sdfyplan2022.pdf, 2023年614日最終閲覧)。
  2. インパクト投資等に関する検討会「インパクト投資等に関する検討会報告書 - 社会・環境課題の解決を通じた成長と持続性向上に向けて-(案)」(https://www.fsa.go.jp/singi/impact/siryou/20230529/01.pdf, 2023年614日最終閲覧)。
  3. 経済財政諮問会議「経済財政運営と改革の基本方針 2023(仮称)(原案)」11頁     (令和567日)(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2023/0607/shiryo_01.pdf, 2023年614日最終閲覧)。
  4. サステナブルファイナンス有識者会議「第3次報告書(案)」23-24頁     (https://www.fsa.go.jp/singi/sustainable_finance/siryou/20230606/03.pdf, 2023年614日最終閲覧)。

久光 孔世留 / Marcel Hisamitsu

主任研究員

政府系金融機関にて、欧州・新興国を中心とした海外経済や国際金融市場の分析のほか、関西を中心とした地域経済調査に従事。また、バーゼルIIIなどの国際金融規制策定やASEAN+3などの国際金融協力に関わる業務にも従事。2022年6月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。経済学修士。
(肩書はレポート発表時点のものです)

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